定時終了後の会議は踊らない
「初日じゃけん、皆さん相当お疲れじゃろうが、情報と目標の共有は計っておかんといかんけん、こういう場は設けんといかんとわしは思うんじゃが、どんなですかのう?」
17時30分大隊司令部。第1中隊長の二神四郎はそう切り出してちらりとこちらを見てきたので、
「ええ、そうするべきかと。今日は格別書類が多かったせいでしょうけれど、皆さんが何をなさっているか、大隊長室では中々把握できないものですから、手短にでも報告して頂けると有難いです」
と返した。俺としてはそうしてもらえると助かる。お誂え向きだ。
「放課後・・・じゃなかった、定時終了後に毎日開催ということでしょうか?」
第3中隊付きの山本が質問するが、放課後という単語に第2中隊長の川本が失笑した。
「あ、すいません。ちょっと可笑しかったので。ごめんなさい。すみません」
川本は、山本に向かって何度か頭を下げた。
「いえ、こちらこそすいません」
山本は恐縮する。それから、二神が口火を切る。
「これは毎日するべきじゃと思う。大隊長の判断次第じゃが・・・」
「するべきです」
こちらを見てきたので、頷いて言ってやった。
「ではまずわしから。第1中隊の作戦状況から報告します。まず鈴木小隊が『お掃除』のために出動済みです。目標は、指定暴力団組員の前科8犯の男の周りをうろちょろしとる、クソガキです。2月ほど前から、『しんぐるまざあ』なるこぶつきのお嬢さんの住んで居る市営住宅に転がり込んで、ヤクザ野郎のろくでもない仕事を手伝いつつ、調子に乗っておる。それだけなら後回しでええんじゃが、僕ちゃんに虐待を加えておるとの通報が複数の者から複数回寄せられており、早急に対応が必要と判断した次第。顛末は後程報告します」
一度ここで咳払いした。
「ええと、今回の実証実験の対象である鎌倉静ことマルロクじゃが、今般の作戦開始に向け第3連隊傘下の部隊との最終調整に励んでおったところ。それでですな、昼から1個分隊の者を件の『めいどかふえ』に投入したとの由。情報収集及び分析を行い、『お掃除』対象者の選別を行うとの由。なお、今晩から家出少女を装って、ろくでなしの野郎どもを引っかけるべく別の分隊を出動させるとのこと。現時点での報告事項は以上です」
二神の厳かな口調で語られると、分かり切っていたことなのに驚愕してしまう。静め、人畜無害な女子高生を装いながら何を企んでいるのやら。
「ええと、次は僕のところということで構いませんか?」
川本が言うので、そのまま発言させる。
「はい。え~僕のところはですね、無事委託事業者が稼働を始めまして、日報及び週報を紙とデーターの両方で頂いています。それと並行してスパコンが重要度が高いと判断した情報についてですね、配信されていますので、我々による手作業での情報収集等を行っています。これらの生データーにつきましては、少佐の電子決裁承認を受けてからそれぞれ配信されますので、活用をお願いします」
「有難うございます。分かりました。収集した情報については、第1・第3各中隊にそれぞれ振り分けられ活用されている。それでよろしいですね」
二神と山本を交互に見た。二人とも頷く。
「ええと、第3中隊については・・・」
山本を見ながら話し始めると
「ふぁい、それはでずね」
思いきり噛んだようだ。声も上ずっている。
「単なる報告だから緊張しなくても大丈夫よ?」
真っ赤になって下を向く山本に言ってやった後、
「岡田さん、ここは笑うところではないので」
ぴしりといってやった。巴と川本も笑っていたが不問に付す。岡田だけやり玉に挙げれば良いだろう。
「ええと、第3中隊ではですね・・・」
まだ立ち直れていないようだ。声が震えていて小さい。
「ご承知の通り多数の者が放送協会及び民間放送での任務に当たっているところで、残りの者で情報工作を行っています」
ここまで来てやっと普段の声に戻って来た。
「対象者については、ええっと・・・、収集された情報及びデーターに基づき、当面の間はSNSにおける犯罪的行為及び犯罪者予備軍と思しき者への警告を中心としています。勿論様々な形での警告に従わない場合は、直ちに攻撃に当たります。これはですね・・・」
山本の話が途切れかかると、すかさず巴が割り込んできた。
「そこから先は、大隊司令部から貸し出したマルゴ2体にもさせることにしております。自分がマルゴを遠隔操作しながら、自分自身の業務を行うのは造作も無いことなので、本日から時期は未定ですが当面の間この体制で情報工作を行うと言う事で、山本少尉と協議が成立しました」
巴は発言後、山本を見る。
「実は渡辺隊長とは連絡が取れていません。収録等の業務に追われているらしく、取り次ぐことは出来ないと言われておりまして。しばらくこちらを手伝って頂こうかと」
山本が付け加えると、岡田がいたぶるような視線を向けた。
「しばらくと言うのはいつまでですか?それと渡辺隊長と引き続き連絡を取って、第3中隊の今後について確実に確認して下さる?このままではこちらが困るので!」
そう言い放つと、むすっとした顔になり沈黙を保った。山本は蛇に睨まれた蛙のようになってしまった。あまりに気の毒なので助け舟を出すことにした。
「連絡は私の方からしておきます。暫定的な体制を取ることについては、私が許可しました。暫定的なものですから、いずれ時期を見て解消し本来の体勢を組むことになりますが、それらについては全て私が判断します」
わざと岡田の方を向いて言ってやった。
「少佐!それでは困ります!」
岡田は叫ぶように言った。
「責任者は私です」
出来る限り抑揚をつけずに、淡々と言い渡した。すっきりする。そしてなんだかんだ言われない内に、素早く話題を変えた。
「ところで二神さん。目標の設定に関してですが、部下に何をどのくらいさせるか、というものも対象になりますか?」
「ええ、そうですな。部下との目標の共有というのも問われますけん。それに限らずきちんと進捗管理できておるか?これが大事ですな」
二神の返答を待ってから眼鏡のフレームをつまみ、位置を直してから一旦軽く俯く。それから顔を上げて各中隊長を見まわして述べた。
「では、各中隊ともそれぞれ作戦行動を順調に開始しているということで、それで良いのですが、我が大隊の目標及びそれに沿った各中隊以下各隊員の目標設定が必要になります。私の方で近日中に大隊全体の目標を作成する予定ですので、作成が完了しましたら各隊において早急に目標設定面談を行うと言う事でよろしくお願い致します。それまでは現在行っているように目標設定を想定した作戦行動を行って頂くという事でよろしくお願いします」
そこで立ち上がって礼をした。頭を下げるのは無料だ。活用できるならそれに越したことは無い。
「了解であります!」
頭を上げると、巴と二神は敬礼付きで返してきた事が確認できた。川本と山本は一歩遅れて、
「了解しました」
と敬礼をしてきた。岡田は憮然とした顔のまま。
「取りあえず今日はこのくらいにしましょうか?何か伝達事項は有りますか?」
何も無いだろうと思っていたら、
「はい!はい!」
と巴が挙手のうえ、指名を求める。
「何かあるの?木曾川准尉?」
「はい。研究所の竹原はんから電話が有りました!用件はですね、兵どもの今後の日常点検についての打ち合わせです。他にも色々話したいから、定時終了後に時間作って欲しいって言うてはりました」
「えっ!何でそれを早く言わないの?」
かなりびっくりしたので声が上ずった。何だか恥ずかしい。
「いや少佐殿忙しかったでしょ?定時終了後に連絡くれたんでかまへんって言うてはったし」
巴は何も悪びれておらず、ぽかんとしたそんな表情だった。
「ああ、そういうこと。なるべく早く言いなさい。会議に入る前に時間あったでしょ?」
「はあい」
巴は何故かそんな気の抜けた返事をして笑った。どうしてなのかは分からない。古田技術少佐が、巴に搭載された人工知能は分からないと言っていたことを思い出した。
「ええと、あのう、他に無ければこれで解散ということで」
二神達は三々五々大隊司令部から去って行った。その後、俺たちの間に不協和音が流れる。原因は岡田。
「おい、失敗作!何故早く言わない!私は何も聞いていないわよ!何とか言ったらどうなの!」
大声で巴を叱責する。巴は苦虫を嚙み潰したような顔。
「岡田さん。止めて下さい」
俺が静かに宣告したことがよほど気に食わないらしい。公然と俺に食って掛かる。
「どうしてですか!少佐はこいつに甘すぎです!それと副官扱いするのは止めて下さい!」
相当に大きな声だ。少なくとも大隊司令部の者は茫然としてこちらを見ている。
「止めて頂けませんか?私は貴女に叱責される覚えは有りません」
睨みつけてやったが効果は無かった。
「はあ?何を仰っているんですか!私はそんなことはしていません!」
机をバンと叩く。少々驚いた。ビクッとした。痛くないのか?そういえば別役も机を叩いていた。小柄で癖も同じ。美人だというところも。道理で苦手なはずだ。俺はちょっと俯いてから顔を上げ、眼鏡のフレームをつまみながら、もう一度宣告してやった。
「見解の相違ですね。少なくとも貴女は私を上官扱いする気は無いのでしょう?だから大声で私に話しかけてくる」
俺はそれで会話を打ち切り、巴を手招きして大隊長室へ入りながら、
「研究所の内線は何番だったかな?」
と話しかけた。




