コーヒーブレークと初日にいきなり有給休暇(5連休)を届け出る55歳のおっさん
13時過ぎになってようやく届出書への決裁印を押印し終えた。何度も入る横槍を、こなしたり後回しにさせたり。中々精神的にしんどい。だから、取りあえず一息つける。それが嬉しかった。喉が渇いて仕方が無い。水筒にいれたお茶はとうに無い。兵達に持ってこさせるのも何だ。自分で給湯室へ行けば良い。眠くて仕方がないから、コーヒーにしよう。電気ケトルでお湯を沸かす。その間に、赤いテプラのテープが張り付けてあるインスタントコーヒーの便を戸棚から取り出す。しかし誰だ。「少佐専用」などというシールにした奴は?マグカップの中にお湯を注いでいたら、欠伸が出た。眠気覚ましになるかな?冷蔵庫の中から牛乳を取り出してマグカップの中に注ぎ、流しに背を向けゆっくりと揺らしていると、勢いよく扉が開いた。
「あ!大隊長!こんなところにいたよ!」
危うくコーヒーをこぼすところだった。いきなり少女の大きな張りのある声を聞かされると、どぎまぎしてしまう。現れたのは桜だった。
「ど、どうしたの?何か緊急事態?」
思わず素っ頓狂な声でそんなことを口走ってしまった。年端もいかない女の子(軍人ロボットと言う名のアンドロイドだが)の前で醜態を晒してしまった。かなり恥ずかしい。
「きんきゅーじたい?うん、多分そう!」
にっこりと笑った。呆れるほどあっけらかんとしていた。
「あのね、大隊長のお部屋で。大隊長の判子が欲しいって待ってるの!」
「誰が?」
桜は首を左右に振る。
「分かんない。えらそーに探せって命令されたの。だから、お名前分かんない」
「そう。分かったわ。大隊長室へ戻って確認する」
戻ってみると、偉そうなおっさんが待っていた。第1中隊司令部付きの岩田軍曹だと言う。
「探しましたよ少佐。コーヒーブレークでしたか」
皮肉っぽい笑い。マグカップ片手に戻ってきたらそう言いたくなるのは当然だろうが、むかつく、この野郎。
「判子、お願いします」
机の上に置いた決議書を指でトントンと叩く。こういうところが階級と教養の差と言うべきか。川本とそう年齢は変わらないはずだし、ひょっとすると年上かも知れないのに。しかも信じられないことに、決議書ではなく、単なる回覧文書だった。
「早くしてよ」
と指で叩くのを止めない。仕方が無いので押印すると、
「有給、早く認めて下さいよ!」
不機嫌であることを隠しもせず、扉を乱暴に閉めて出て行った。
「有給?」
思わず声に出てしまい、大した内容ではない回覧をわざわざ持ってきたのは、それが目当てだったと分かった。手元のパソコンで勤怠管理システムを開いてみると、「有給休暇届出処理」の中に500人からいる大隊の将兵の内で、岩田がたった1人だけ届出していた。届出時刻は10時13分。恐らく机に座って最初にしたことがこれだろう。初日にいきなり5連休を届け出るのだから全く持って豪気なことだ。狸娘の静とはまた違った不愉快さが有った。静は、なんだかんだ言っても俺好みの可愛らしいお顔で、愛嬌があって意外と間抜けだ。正に「狸娘」。可愛らしい尻尾が丸見えだ。上司が「小娘」であることの不愉快さを隠そうともしない奴とは、相容れない。岩田の人事情報をついでに確認してみたら、年齢は55歳だった。うわ、大人げない奴。




