もっと頼ってくれていいんだぜ?
そして、こっちも大隊長室を出ないと。恩給組合に送付する大量の届出書に決裁印を押印しないと。それにしても届出書の多いこと!500名分なのだから。しかも所帯持ちの場合、配偶者に子供、或いは親に関しての書類もくっついてくるから、実際はもっと点検しなければならない頭数は多いのだ。しかしこれだけの人数がいると、顔と名前が全くと言ってもいいほど結びつかない。結成記念式典の時に壇上で感じた恐怖がまた蘇って来た。今のところ顔と名前が一致するのは、各中隊長・小隊長に、大隊司令部所属の者くらいだ。どこまでできるか分からないが当面の課題だろう。
そうこうしているうちに、桃たちが武器保管庫から戻って来た。さて、あの4人には何をさせるべきか?それが分からない。俺が全体の状況を把握して、適切な命令を下さなければならないのに。そんな懊悩とも呼べる苦しい感情に押し潰されそうな、大袈裟ではなくそんな風に思えた。
俺の苦悩をよそに少なくとも大隊司令部は動いていた。
「武器庫に行っていた4人帰って来たみたいだけれど、何をさせるか決まっている?」
巴に聞いたが返事が返ってくる前に、
「はい、奥さん。判子お願いします。ここですよ、ここ」
西村が突然割り込んできて、決議書に決裁印を要求する。
「桃には、公用車の点検をして来いって言うてます」
「そう」
ちらりと差し出された決議書を見ると、決裁欄には確かに岡田の判が有った。まあ、良いだろう。無言で押印すると、
「有難うございました~」
と言って去って行った。別段聞き耳を立てていた訳ではない。自然と耳に入ってくるのだ。小畑一等兵の所で嬉々としている2人の会話が。
「有難う。でも何か健ちゃん、凄いね~。あっさり決裁もらえたんだ~」
小さく拍手している。
「まあね。俺は大隊長に信頼されているからさあ、こんなの楽勝よ、楽勝。こばっち。もっと俺を頼ってくれていいんだぜ?」
そんな会話も青春の1ページだろうか?




