ガソリンカードの一般競争入札
川本が持ってきた決議書を抱えて大隊長室を出ようとすると、同じく決議書の束を抱えた丸山少尉相当官と出くわした。俺と同じく文官で、大学を出たばかりの整った顔立ちの女の子だ。多分彼氏が途切れたことは無いんじゃないか?そんな気がする。
「あのう、少佐相当官はどちらに?」
「第2中隊にこの決議書を持って行くところよ」
桜達に命じるのべきだろうが、第2中隊の現状をちょっと見ておこうと思ったのだ。
「はあ、そうなんですね・・・」
何やら消え入りそうな声だ。そして、岡田の方をちらりと見た。
「気になるの?」
「あ、いえ、そう言う訳では・・・。あのう、帰ってこられたらこの決議書を決裁して頂けませんか?」
「急ぎ?」
「ええ。そうですね。急ぎと言えばそうですね」
「そう。机の上に分かるように置いておいて。多分相当整理しないと、埋もれてしまいそうだけれど」
そうすると、
「でしたら、兵に決議書を持って行かせますので、今すぐ決裁をして頂くことにします」
丸山はそう返してきた。そして同時に兵に命令する。
「西村!ちょっと決議書を持って行きなさい」
「はいはい、どこへ持って行きますう?」
顔も体型も丸い20歳前後の若い兵が返事をした。
「川本隊」
西村は頷き、
「これだけでいいんですか?何でしたら他も回りますよ、少尉殿」
ニヤニヤと笑いながら(いや、多分俺にはそう見えるだけで、本人としては微笑んでいるのだろうが)丸山に尋ねる。
「今のところはそれだけ。と言うか、あんた、それにかこつけてサボるつもりでしょ?」
「いやいや、そんなことはありませんよ~やだなあ~」
西村は両手を振り、下心が無いことをしきりにアピールする。
「ふん。まあいいか。5分以内に戻ってきなさい。さもないとサボりと見なす」
丸山の言葉に西村は、
「ええ~ひどい~。なあなあ、俺って何で少尉殿に仕事サボるって決めつけられているわけ?」
隣の席に座っている木村に尋ねる。
「そら自分に前科があるからやろ?」
木村は、パソコンの画面から目を離さず冷たい一言を浴びせる。
「前科!ひどくね?木村ぁ、俺、友達やめるぞ?」
西村は詰め寄るが木村は、
「好きにしたらええやん。仕事に関しては、自分と同類と思われたないわ」
冷淡な態度を崩すつもりはないようだ。ひとしきり眺めていると、丸山が話しかけてきた。
「あのう、少佐相当官。こちらで責任持って決議書を届けますから、私の決議書に決裁お願いします」
「そう。分かったわ」
早々に大隊長室に引っ込むとこにした。
丸山が持ってきた決議書は、ガソリンカードの一般競争入札関連のものだった。又しても一般競争入札。管理部門に関しては「お役所」ということか。早速目を通すと、各クレジットカード会社に対して、落札者が今年度末までの間ガソリンカードを使えるようにする、というものだ。さて、どこが落札するのやら。
それはともかく、俺とほぼ同時に大隊長室に入って来た丸山の様子が気になる。俺の机の前で真剣な面持ちで俺の手元を見つめているからだ。
「あのう、すいません。そこに記載の通り連休明けに入札をするので、早く決裁して頂きたいのですが・・・」
「うん。5月8日入札。そこは確認したわよ?」
そう言いつつ決議書をめくる。
「随分と急なのね」
「はい。これに関しては重要度が低いので、正式発足まで先送りにしていたんですけど、二神大尉から早速『お掃除』を始めるので、早急にガソリンカードを調達して欲しいって要望がありまして」
「ああ、公用車、移動用の車両の燃料補給の事を考慮して欲しいと言う事ね?」
「はい。そうなんですよ」
「入札の準備は出来ているの?」
「ええ、勿論。場所と時間はちゃんと記載していますよ?」
「そうね」
何か抜けてやしないか、ちょっと心配になってきた。それは俺自身もそうかも知れないからだ。
「これって指名競争入札じゃないのよね?」
「そうですね。政令の規定によって、一般競争入札ってことになっています」
「でも事実上指名競争入札になっていない?その辺大丈夫なの?」
「大丈夫です!決裁頂いたら至急公告しますから!」
丸山は意外なほど大きな声で決裁を促してきた。最も次の瞬間口を押え、
「申し訳ありません!」
最敬礼で謝罪の意を明らかにしてきた。
「公告かあ・・・、インターネットで?それとも庁舎の前の掲示板に貼るの?」
「はい。両方です。一応体裁は整えないといけませんから。そこに載っていない信販会社が応札してきたら、それはそれで」
「ふうん。でも大手には全部声をかけるのね?何だかそんな感じだけれど?」
「はい!」
「じゃあ、良いか。はい」
決裁印を押印した決議書を渡してやると、
「ありがとうございます」
と一礼して大隊長室を出て行った。




