昼休みはお喋りを楽しむべきか?
12時を少し回ったところで、巴が作ってくれた弁当をそのまま大隊長室で食べようと思っていたら、
巴が中に入って来て、
「あ、こんなところでお弁当食べようとしてはる!あきまへんよ、そんなの!」
腰に手を当てこちらに向かって憤慨する。
「1人で食べたらあかんです。女子休憩室がありますから、そっちへ行って皆で食べましょ」
巴はにっこり笑って、俺を他の女性たちの居る所へ誘おうとする。
「ここで食べるから。私に構わなくても良いわよ?」
ポカンとするのを尻目に弁当箱の蓋を開けたら、
「ええ~何でですの?」
両の拳を握り締めて上下にブンブンと振って不満なことを表現するが、それを無視して箸箱から箸を取り出す。
「あのね、あなたは偉い人と一緒に食事したい?」
「はあ、少佐殿とやったら、ええですね」
後ろ手を組んで、嬉しそうな顔と声。本当に俺のことが好きなんだなと、思わせられるのに十分だった。
「でも、別役中佐が輪の中に混ざっていたら?」
と聞くと、
「うへえ、それは勘弁ですよ~嫌です~、そんなん!」
心底嫌そうな声になり、顔をしかめる。
「でしょう?上司が同席していると、ご飯が美味しくならないの」
まずご飯から食べる。一旦箸を置いて水筒を開けようと思ったら、巴はすかさず寄って来て注いでくれた。甲斐甲斐しいことだ。
「食べる必要があるわけじゃないのよね?」
確認の意味で話を振ってみた。
「はあ、食べることはできますけど、必要はあらしまへん」
「ふうん。1人じゃ駄目だと言うなら、そこにいればいいじゃない」
応接セットを指差した。
「え、何でそっちなんです?」
「立っているのも何でしょ?」
「じゃあ、椅子を持ってきます」
そう言うと素早く大隊長室を出ていき、椅子を転がしてきたと思うと、後ろに桜と梅も連れてきていた。
「准尉殿はずるいです!」
梅は憤慨する。
「そうだよ!ボクも一緒が良い!」
桜は宣言する。
「何で自分らも来るんや!」
巴は反論するが、
「皆で食べたいのでしょう?さっきそう言っていたじゃない」
ちらりと目を見ながら言ってやると、無言になり桜と梅の方を向く。
「何だよう。いいじゃん、ボクたちがいても」
ねえ~と梅の方を向き、声をハモらせる。巴は椅子に腰掛け、肘掛に両手を置いて天井を見つめる。
「何でやねん、もう・・・。ウチが独り占めできるんちゃうかって、思うてたのに・・・」
呟きが漏れたのを俺は聞き逃さなかった。何だやっぱり最初からそのつもりだったか。二人きりで食事を楽しみたい。そんな気持ちを持たれたことなどあっただろうか?何だか無図かゆいような、或いは有難迷惑のような。何とも言いようがない感情に心乱されながら、唐揚げを口の中に放り込む。
「ねえ、午後からのことだけど」
そう切り出したら、3人から駄目出しされた。しかし、宿題を2倍にされた小学生じゃあるまいし、こんな時だけ息を揃えるというのはどうなのか?
「届出書のチェックは終了しているのよね?」
「ばっちりです!」
巴は得意げにサムズアップしてきた。
「じゃあ、一応それを確認しながら決裁印を押印というところかな?」
「そうっすね。面倒くさいですけど」
苦笑する巴。
「何でデジタル化しないんでしょうね?」
「さあ、予算の関係じゃない?お金が無いと何もできないわよ?」
「世知辛いっすね・・・」
巴のため息に合わせるように、桜が話の輪の中に入り込んできた。
「お金が無いと駄目?」
「兵長・・・、誰もタダ働きはしたく無いでしょ?」
梅は桜の袖を引っ張る。
「そっかあ・・・」
かくんと下を向く桜。何だかお通夜みたいになりかけている。こんな状況を変えることが今の俺に出来るか?試されているような気がした。ふとそんな気がしたのだ。だから、
「そんなことより、この時間天気予報しているでしょう?ラジオは無いの?」
「明日の天気が気になりますか?」
梅はこちらがびっくりするくらい凄く弾んだ声で、
「タブレットが有りますから!すぐ持ってきますね!」
と言って飛び出したかと思うや、すぐさま戻って来た。
「ニュースを見ながらお弁当食べて、お喋りもしましょう、少佐」
お喋りはともかく、ニュース自体は見ても良い。端末の操作を促すと、タブレットからニュースが流れてくる。
「為替と株の値動きです」
アナウンサーがこれを伝えてくるとしたら、ニュースはもう終わって天気予報に移るはずだ。
「今日の為替の動きは、1ドル、82銭円高ドル安の120円25銭。東証平均株価は昨日の終値より・・・・」
ぼんやり聞いている内に急に妙な考えが胸をよぎる。俺は株をやっていた。何種類かの銘柄を買って持っているだけだったが、果たしてこの六塚冬実はどこかの証券会社に口座を開設しているだろうか?
「大証全銘柄平均指数は・・・」
あれ、大阪証券取引所は統合されて消滅したはずだぞ?それはいつだったっけ?そんなことを思っているうちに、お待ちかねの天気予報だ。
「曇り時々晴れ。降水確率30%。何か締まらん天気ですね」
巴は面白くなさそうだ。
「と言うか、何も言ってないって気がしません?」
梅が言うと、3人は深く頷いた。こちらはその間に食べ終わってお茶を飲んでいたが、
「少佐はどう思いますか?」
と、梅からいきなり話を振られたので、ちょっとむせてしまった。なので、巴と桜は無言で梅の糾弾を行っている。威圧しているだけか、それとも電波で何か非難の言葉を連ねているのか?
平静を取り戻したときには、もうニュースと天気予報は終わっていた。いつの間にか12時30分を過ぎている。以前の俺なら迷わず仕事に戻っていた。そうしないと仕事は終わらない。昼食というガソリンを補給したら、すぐ発進。そうしようとしたら、3人がかりで止めに来る。もっとお喋りがしたいと言ってきかない。そこを
「今日は初日だから。ここを乗り切らないといけないから、のんびり休憩はできないの!」
半ギレに近い形で強引に昼休みを終わらせた。そのせいか、印鑑を持って最終チェックとこちらは意気込んでいるのに、
「特に問題無いっしょ?」
巴からは、不貞腐れたような声が返ってくる。言う通り問題など何も無い。
「添付書類があかんやつ、記入漏れとかは各中隊司令部に突き返してあります。全部で22名分です。残りは判子ついてしもたら、今日中には恩給組合に送付出来るんちゃいます?」
押印しながら思う。
「問題の無いものから先に送付しようか?それとも全部揃ってからにした方が良いと思う?」
「どっちがええかって・・・、そらさっさと出来てる分は送るべきでしょ?」
「そうねえ、やっぱりそうなるか。添付書類漏れは明日以降か」
「まあ、そうなりますね。取りに帰ってもらうのはあかんでしょ」
そういう会話などお構いなしなのだろうか、岡田がつかつかとこちらに歩み寄って来た。
「少佐。そんな作業は他の者にさせて下さい。決裁が滞るじゃないですか。大隊全体のことを考えて行動して下さいませんか?」
腕組みをして、若干ふんぞり返っている。少なくともそういう印象を与える姿勢だ。
「大隊全体のことを考えているから、最優先で処理しないといけないことをしているだけよ。それに決裁印は、これ1つです」
俺の返事を聞くや否や、岡田は不愉快そうに自席へ戻っていく。そこへ追い打ちをかけるように言ってやった。
「ああ、そうだ。第3中隊で大量の人員が放送協会と民間放送に配置換えされたから、大隊司令部からGR05を補助に回すことにしましたので、報告しておきます」
岡田は茫然としていた。どちらに対して驚いたのか?又は両方か?それは分からないし、別段分からなくとも差し障りが無いことだが。
「何故勝手にそんなことを決めるのですか?」
怒気を含んだ声だった。だから余計冷静になれたのかも知れない。
「責任者は私です」
それが耳に忍び寄って来たから、怒発天を衝くことになったのだろう。俺に対する憎しみと怒りを隠そうともせず自席へ戻って行った。




