犬萩と犬樫
病院の個室のような大隊長室へ戻って来た時には、もうお昼前だった。まずは巴を呼びつけ、説明しなければ。と思っていたら、向こうからやって来た。
「待ってました。点検の方は順調でっせ。もうチェック済みました。せやけど勝手に判子ついたらあかんから、第3中隊の方へ内線かけたら、もう出た言わはったんです。お昼食べたら一緒に最終チェックして片っ端から判子ついていきましょ」
こちらが話始める前に高揚感に溢れた顔を突き出してきた。
「あのね、司令部付きの6人に今何をさせているの?」
「はあ、桜と梅は書類の点検手伝わしてます。犬萩と犬樫は書類運びその他の雑用さしてます。後、桃と椿は田中はん・吉田はんと一緒に武器と装備品の点検さしてます。今武器保管庫にいますけど、何ぞ用ですか?」
犬萩と犬樫。犬耳をした2人はそう名付けられている。実在する花の名前とはいえ、命名者のセンスを疑う名前だ。いつか変えてやろうか?
「書類の点検とか何らかの仕事をしながら、6人にそれぞれ別々の命令出せる?」
「お茶の子さいさいですよ、そんなもん!」
巴は得意げに胸を張った。心なしか鼻息が荒い気がする。第3中隊関連の経緯をかいつまんで説明すると、巴は目を剥いて驚いた。
「マジっすか⁉チョーヤバいっしょ⁉」
「超やばいのよ。どうにかできない?」
「はあ、桃と椿は無理っすね、暫くは。弾薬装備品類まできちんと実物と『銃剣類管理簿』・『装備品管理簿』を複数名で確認せなあかんのです。先に弾薬の方からチェックしてたから、これから機関銃とかの数を確認して全部きちんと保管庫に収納せなあかんのですよ」
「分かった他の4人はOK?」
「う~ん、今点検してる書類って、今日明日中に恩給組合に送らなあかんやつでしょ?」
「そうよ」
「せやったら、犬萩と犬樫だけにしときましょ。2人にさしてるのは雑用やし、何か落ち着いてきて他の人と雑談して、あのおばちゃんが睨みつけてる感じになってますよって。でもそれ以上は割けません」
「そうか。仕方が無いわね。犬萩・犬樫、両名をここに呼びなさい」
巴に命令すると、文字通り飛んできた。
「どのようなご用件でありましょうか、大隊長殿!」
居住まいを正して敬礼してくるが、ぴたりと同時に声がしているためか、エコーがかかっているような珍妙な感じがした。
「あなた達両名は、これより木曾川准尉の指揮のもと、第3中隊での勤務を命じる。期間は当分の間。委細は木曾川から説明させる。先方の山本少尉に挨拶してから任務に取り掛かること。以上」
敬礼すると、初対面の時のような見事な答礼が返って来た。
2人を送り出した後、山本に内線電話を掛ける。何故かダイヤル式の黒電話だ。限りない懐かしさを感じさせるものではある。
「はい、第3中隊司令部」
「大隊長です。今、そちらにGR05を送り出しました。取りあえず捻出できるのは2名のみになります。まずあなたに挨拶してから任務に取り掛かるように命令しました。それと、木曾川の指揮下で任務に当たるように命じてありますので、その辺を踏まえて案内してください。よろしくお願いします」
山本は一瞬言葉に詰まったようだ。受話器からは鼻声が聞こえた。
「ああ、あ、大隊長有難うございます。・・・」
涙をこらえたのかもしれない。また少し間が空いた。
「直ぐに対応して下さって有難うございます。何と言うかそのう・・・、私・・・、そのう・・・」
「何も礼を言われるようなことでないわ。取りあえずそのう、うん、出来る範囲で良いから。無理をしないように。必ずこちらに報告するように。良いわね?」
そう、頑張る必要なんてない。できることをやれば良い。責任感に押しつぶされる筋合いなんてない。電話を切ってから、それらを上手く伝えられたか不安になって来た。もう少し上手く言えれば良かった。そんな事ばかりだ。でも、次こそは上手く出来るように。そう、少しづづ前に向かっていれば良いじゃないか。少しでも彼女にとって励ましになってくれると良いな。




