九尾の狐と決議書の山
大隊司令部に戻ると、大隊長室の前で副官の岡田中尉が待ち構えていた。
「いちいち委託業者の挨拶など受ける必要は無いと思いますけどねえ。初日ですから、片付ける必要のあるもの山盛りですよ?」
「はあ、それは分かっていますが・・・」
「きちんと指示を出さずにうろうろするのは、止めてください」
「それは・・・、私が不在の時は副官の貴女が処理されるのでしょう?副官なのですから」
そこで岡田中尉の額に少し皺が寄った。40代半ばの「元美人」。きつそうな性格をしているのが全身から漂ってきている、九尾の狐。それが岡田中尉に対する第一印象だ。階級章と辞令を手渡す時にそう思った。
「副官ね」
岡田はそう呟きため息をついた。
「あのロボットの方を、そうお考えじゃありません?早速兵隊ロボットどもを使って届出書の点検を始めていますよ?勝手なことをしないよう手綱を締めて頂けませんか?」
「私がそうするよう命令しました。きちんと仕事をしているなら、結構なことでしょう。詳しくは知りませんが、下士官としての事務処理能力もあると聞いています」
「ところで抱えておられる段ボール箱の中身は何ですか?」
相当ムカついているようだ。声に若干怒気が籠っていた。段ボール箱を一旦その辺の机の上に置き、
「川本さんから預かって来た委託事業者に関する書類一式です」
と説明すると、そんなことで時間を食ったのか、と言わんばかりの嫌味を言うので顛末を説明してやったら、呆れ返ったようだ。
「何を考えていらっしゃるんですか!!そんなことは、委託事業者が責任を持ってするべきことでしょう!」
「結果的に双方で何も問題が無いことが確認できたから、良かったと思いますよ」
岡田は無言で後ろを振り返ると、
「おい、失敗作!こっちへ!」
と大声で、兵達と書類を拡げて点検をしている巴を呼びつけ、
「大隊長殿が持ってきたこの書類の束を、重要書類保管庫へ持って行け!」
と言うや否や、自分のデスクへ向けて去って行った。巴は俺の手を取って大隊長室へ連れてゆき、中に入るや耳打ちしてきた。
「ひどいっしょ、あのおばはん。ウチのこと『失敗作』って言うんでっせ。ウチのすることにいちゃもんつけるし」
手を離した巴の頬は膨らんでいた。
「ほんま何やねん。副官はウチやのに。ウチの方が信頼されとって、書類きっちり点検するよう言われてる言うのに、そんなあかんって言わはるんでっせ。どないです?」
プリプリしているので、
「きちんと言ってから作業を始めたの?」
と問うと、
「勿論です!」
少し声が大きくなった。人差し指を口元へ持ってゆくと黙ったが。ついでに机の上の溜まっている決議書の山を指差してやった。巴は何度も頷いた。
「取りあえず、重要書類保管庫ってどこにあるの?」
「あ、それはですね」
振り向いて金庫を指差す。
「あの金庫の中に鍵が有ります。金庫の開け方はですね・・・」
ちょいちょいと手招きをする。可愛らしい仕草だ。病院の個室より少し広い程度の広さしかない大隊長室には、中央に重厚な机が鎮座しているが机上には未決の決議書が満載で、応接セットの机にも乗っかっている。金庫は、その応接セットの後方左奥の壁に埋め込まれていた。
「こういう風にダイヤルを回します」
手順通りにすれば当然金庫は開く。
「現金・公印以外に、大事な鍵とかはここに入ってます。一応、どんなんが入っているか言うときましょうか?」
「いや、それは後で良いわ。保管庫の鍵はどれ?」
タグのついた鍵を差し出してきた。
「ほんなら行きましょうか。こっちです」
大隊長室の向かって右隣りが重要書類保管庫だった。巴が段ボール箱を持ち、俺が鍵を開け先に中へ入る。
「何でもかんでも書類は保管しとけ、何ですよねえ。要らんもんはポイでええと思いますけど」
ぼやく巴に、
「そうすると『要らんもん』が何かっていう解釈が問題になるわよ?」
と投げかけると、
「はあ、やっぱりそうですよねえ」
ため息が返って来た。中には整然と棚が並んでいる。巴はその中に平成27年度とシールの張られた棚を見つけたのでそこに箱を置く。
「早よ戻りましょ。あのおばはん、何言い出すやら分からへんし」
異論を唱える理由はなかったので、巴は作業に戻り、俺は大隊長室へ戻る。金庫に鍵をしまってから、机上に溢れる決議書の山を見て、軽く眩暈がした。




