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情報収集業務委託事業者は微笑む

式典が終了し総員各中隊の執務室へ移動する中、俺は単身で地下2階にある第2中隊の執務室へ向かった。第2中隊長から、情報収集業務委託事業者からの挨拶を受けたうえで、業務委託関係の書類を大隊司令部へ持って行って欲しいと、要請があったからだ。第2中隊の広々とした執務室内に入ると、初日独特の繫雑さに満ちていた。その中を突き進みながら、こちらの姿を見るや一度手を止めて敬礼してくる兵達に、どう対応すれば良いのか考えた。いちいち敬礼しなくて良い。そう声をかけようとしたら、中隊長と3人の男女がこちらにやって来た。

「あ、どうもすいませんご足労頂いて。第2中隊長の川本です」

そう述べ、普通にお辞儀をしてきた。50歳前後で中肉中背。眼鏡を掛けているどこにでもいるごく普通のおじさん。こういう組織とは無縁の生活を送って来たように思えるが、案外巧みな擬態なのかもしれない。後方の男女はそれぞれ名乗りながら名刺を差し出してきた。

「どうもお世話になります。『帝国情報管理システム』の佐藤と申します」

40前後のスーツ姿の男。正社員で、おそらく責任者。

「あ、あのお世話になります。同じく帝国情報管理システムの山岡です。どうぞよろしくお願いします」

緊張しているのが丸わかりの、紺色のスーツ姿の若い女。これから会社訪問にでも出かけていきそうだ。案の定インターンの学生だった。

「帝国情報管理システムの柴田です~。よろしくお願いします~」

こちらの女性は40代だろうか?ただ、白いブラウスに白いカーディガンを羽織り、白いスカートを履いている。それがまた似合っているので、まだ30代なのかもしれない。そして、その服装・髪型・化粧のせいでプードルを連想させられた。

 さて、差し出された名刺をどう受け取ってどう返せば良いのやら。俺は民間企業で働いた経験はもちろんあるが、パート社員としてだ。就職氷河期という奴はそんな仕事しか与えてくれなかった。努力が足りないと言われたらそれまでだが、幾らサービス残業その他会社に奉仕しても、正社員登用という餌がぶら下げられただけだった。だから、俺は名刺交換のやり方が分からないのだ。率直に言うしかないだろう。

「大隊長の六塚と申します。ごめんなさい、名刺は持っておりませんので・・・。ついでに言うと、名刺入れも忘れてしまいまして・・・」

さりげなく名刺を胸ポケットに入れてお茶を濁したが、柴田は、

「別にそんなんかまへんですよ、大隊長さん。ここに居てはって、川本さんが頭下げてはるのやから、大隊長さんに決まってるし」

右の手のひらを上下に振り問題ないとアピールしてくれたので、正直助かった。佐藤と山岡は軽く笑い、3人揃って整列した。

「今回も弊社の方で落札させて頂きまして、お手伝いさせて頂けるということで、非常に光栄に存じます。大隊長さん、今後ともどうぞよろしくお願い致します」

佐藤がそう音頭を取り、3人とも深々と頭を下げた。

「ええ、こちらこそよろしくお願いします」

深く首を垂れておく。別に損をするわけじゃない。

「あ、いやいや大隊長さん、そう深く頭を下げられると何だか無図かゆいので、普通にして下さいよ。そんなにされるとねえ、何だかこう、私達が無理やり頭を下げさせているみたいじゃないですか?それは勘弁ですよ」

頭を上げて、

「そうですか。でもご挨拶ですからきちんとしませんと」

そう言うと、佐藤は苦笑いした。山岡は強張った表情だった。

「やっぱり偉い人はしゃんとしてはるなあ。ねえ、川本さん?」

柴田は川本に微笑みかける。

「え、柴田さん、何で僕に話を振るの?」

「え、いや、何となく」

「何となくなんだ」

川本は失笑し俺の方を向いた

「これはあれですよね、僕がしゃんとしていると。そういう事ですよね?」

「そうだと思います」

頷いてやると、柴田は手を叩いて笑った。

「え~、そうじゃないのに~」

両手で口を押えている。

「ええ~、どういうこと?僕何かやらかした?記憶に無いんだけど?」

川本が笑いながら反論すると、

「うん、まあそういうことにしておこうか」

柴田は矛を収めた。

「ああ~、何だかなあ・・・」

そこで川本は咳払いした。そして3人の方に手のひらを向ける。

「ええとですね、僕の部隊は情報収集専門の部隊ですが、それを補完するものとして『情報収集業務委託事業者』としてですね、こちらのお三方の属する『帝国情報管理システム』が、今般の委託事業者として活動してもらうことになりした。今後このフロアの一角で作業してもらいます」

川本は左手をズボンの裾に目がけてだらりと垂らした。そして、佐藤に話しかける。

「ええと・・・、佐藤さん、今日は取りあえずこちらの3人だけなんですね?」

川本は佐藤に話しかける。

「そうですね。管理監督者は、今日は私達3名です。明日以降交代要員が順番通りに作業に従事しますから、その都度挨拶させるようにします」

「そうですか。分かりました。つまりそのう、こちらのお三方以外の方もですね、管理監督者としてこのフロアに出入りすることになります。ええと、委託事業仕様書によりますと、常時3名で事業従事者を監督することになっています。ところで佐藤さん、あれですけど、『履歴書・誓約書・戸籍謄本・社会保障番号兼納税者番号証の写し・入館許可証発行申請書』。この5点セット、もう全員分提出してもらったということで構いませんね?」

「え、あ、柴田さん、3人ほど提出まだでしたよね?どうなってましたっけ?」

佐藤は不安そうに柴田の方を見る。

「あれは全部川本さんに提出済み。もう報告したやん」

「えっ⁉」

佐藤は驚愕した。それを見た柴田は呆れる。

「締め切りまでに提出あらへんかったのは5人やんか?それで催促したら3人が期限までに提出してきたけど、残り2人は辞退しはったって報告したやんか?覚えてへんの⁉」

「ちょっと待って、ちょっと待って、柴田さん。俺、そんな報告受けたっけ?2人辞退したって聞いてたかなあ?」

「うわあ・・・、そんなんやから、川本さんも念押ししてはるんやで?しっかりしいや?」

何というか、大阪のおかんとその息子という図になっている気がした。

「ええ~ちょっと勘弁してくださいよ。ここに大隊長を呼んだのは、挨拶受けてもらってそのまま書類の原本一式持って行ってもらうためだったんですよ」

川本が悲鳴のような声を上げる。そろそろ口を挟もうか?

「あのう、書類の原本と雇用した方の名簿はありませんか?照らし合わせれば、全員分の提出があったか、直ぐに分かるのでは?」

「それや!流石大隊長さん、冴えてはるなあ!」

柴田は一拍し、感心した様を表した。早速確認したら全部の書類の提出を受けていたことが分かった。

「ああ~良かった。全部有って。寿命が縮まる思いがしたよ」

佐藤は心底ほっとしたという表情を見せた。汗がにじんでいるようだ。

「ほんまにちゃんとしいや、もう」

柴田は佐藤に苦言を呈する。川本は笑いながら、

「僕も良かったですよ、佐藤さん。初日に全部集まって無かったら僕、これもんですよ」

首元の虚空を手刀で切った。

「ええと、大隊長。委託事業者からの一連の契約関係書類は全部提出を受けましたので、大隊司令部へ持って行って下さい。原本は大隊司令部で保管することになっていますので」

もう一度書類を収めた、マチ付きの分厚い封筒が段ボール箱の中にぎっしりと詰められていた。

「分かりました」

と言って頷いた。その上で佐藤に問う。

「佐藤さん、もう作業の方は開始されていますか?」

「あ、はい。そうですね。ええ、もう始めています。ご挨拶のために席を外している次第でして」

「そうですか」

頷き何気なく腕時計を見る。すると、無言を貫いていた山岡が傍らの2人を交互に見ながら、

「あのう、そろそろ作業に戻りませんか?ご挨拶はさせていただいたわけですし・・・」

と呟くように言った。

「そっか、それもそうやね。戻ろっか。すいません大隊長さん。せわしないことで」

柴田は軽く会釈して、何処かにある作業スペースに戻ろうとするので、

「いえ、こちらこそ確認が不足していたようで、申し訳ありませんでした」

頭を下げると、

「うわ、何か偉い人に頭下げてもらうと、気分ええわあ~」

という笑い声が返って来た。


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