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壁に向かって話すべきか?

 2日も続けて不快な夢を見た。内容は覚えていないが仕事で失敗をした夢だったように思う。詰まらない、本当に詰まらないことが棘の様に頭の中に引っかかっているのだろう。うなされていたらしい。巴に要らぬ心配をさせてしまった。巴の困ったような焦っているような顔を見ると、申し訳なさと情けなさが同時に押し寄せて来る。そんな気持ちを伝えてしまうと巴を困らせるのは必定なので、そんな気持ちを振り払って仕事をすることにした。

 月曜日は大量の決裁承認作業があったが、仕込みはこの日にすべきだと思ったので、昼休みに犬樫に言い含めた。

「良い?明日にでも捕り物を行うから、今度はあなたが標的の喉笛に食らいつきなさい。今から出動すること。細かな指示は木曾川准尉がするから」

その時の犬樫の良い笑顔!実に良いものを見せてもらったものだ。眼福とは正にこのことだろう。

 定例会議が終了した18時過ぎに俺は軍医殿の所を訪ねて行った。

「珍しいじゃないか、診察日でもないのに君の方からやって来るのは」

森元軍医大佐は例の如く椅子に悲鳴を上げさせながらこちらを向いた。

「ええ。お話ししたいというか相談したいと言うべきか、とにかく聞いて頂きたいので」

俯き加減でそう言うと、

「ほう」

と森元は言った。かなり驚いているようだ。すぐさま森元は机に向かいパソコンのキーを叩き、何かを入力し始めた。

「言ってごらん」

森元の声は宦官の作成を依頼した時とは比べ物にならないくらい優しい声色だった。俺に何か異変が起こったと思ったのだろう。俺は正直に話した。

「私の病名は『鬱病』で間違いないのでしょうか?」

ここ数日ふつふつと疑問として沸き上がってきて、頭から離れてくれないのだ。こんな疑問は潰しておかねば。

「と言うと?どういう事かね?」

「いわゆる『躁鬱病』では?何だかそんな気がして・・・。先週ぐらいからそんな気がするのです」

「うん、うん」

森元は何度も頷きパソコンに入力していく。一通り入力されるまで沈黙が流れた。

「そんな風に感じる、君が思う根拠は何だろう?」

「やたらと気分が前向きになっているのですよ。或いは前のめりになっていると言いますか・・・」

「前向きに?ほう、何に対して前向きになっているのかね?」

森元は興味深そうにこちらを見ている。

「先週診察した時はそんなことは言っていなかったね。その間に何か心境の変化が有ったわけか。そうだろう?」

「先週・・・、私はその時何と申し上げたのか思い出せません・・・」

森元は苦笑した。

「そんなものさ。先週何を食べたを答えられる人はそうはいないよ。安心しなさい。ところで話を戻すが、どういうことなのかな?説明してくれるかね?」

「ええ・・・」

俺の心の中にはためらいがあった。が、説明しないわけにはいかないだろう。

「お掃除の件でお願いしましたが、それでですね・・・」

再び沈黙が流れる。時計の針が時を刻む音がやたらと大きく聞こえる。

「何だか楽しくなってきているのです。待ち遠しいと言うべきか、楽しみなのです。部下が成果を上げることももちろんですが、自分が赴いてケリをつけることが楽しみなのです・・・」

ああっ言ってしまった。自分は人を殺すのが好きです。罠に嵌めるのが好きです。そう言っているのと変わらない。どういう回答が帰ってくるのか?悩む間もなく森元は答えた。

「うん。それ以外は?生活全般というべきか、空回りするほどエネルギーが湧いてきているかね?」

「それは・・・」

森元はこちらに体を向け、目を見て話しかけてきた。

「いいかい?躁状態と言うものはね、君の現状とは合致していない。エネルギーが湧いて出てきてあれもしたい、これもしたいと考えが浮かんできている。そんな状態だよ。例えていうなら真夏日のカンカン照りというところかな?でも今の君の状態は飽くまでも、そうだね今言った通り天気に例えて言うなら、どんより曇って今にも雨が降りそうだと思っていたら、少し晴れ間が見えた。そんなところだよ。仕事に対する意欲が出てきたのなら良いことじゃないか」

「そうなんですか・・・」

いささかショックだった。人殺しに直結しているのにと思ったが、森元の見立てでは俺は命令を下しているだけで、直接手を下している訳じゃないという事なのだろうか?

 そこから先森元と何を話したかは、記憶の中にもやがかかっていてよく覚えていない。大したことじゃないのかも知れない。何だか捨て鉢のような気持ちになる。まあ良いや。後ろを向いているわけじゃ無い。それでも他人に話して気持ちが楽になることは無いな。それに聞く方が愉快じゃない。例え仕事だとしても。 俺は礼を言って医務室を辞した。

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