究極の2択と第3の選択肢
筋肉ムキムキでパンツ一丁の、中年というよりも初老という年齢のおっさんが正座していた。
「こいつが標的ね?」
西村と木村そして犬萩は頷く。
「こいつ、キモいっすよ、マジで」
西村はへらへらと笑う。
「女の子たちは逃がしましたけど、それでええんでしょ?」
木村はこちらを見ないで真っすぐ男の方を見据えて言う。
「そうよ」
俺は眼鏡のふちを摘まんで位置を修正する。その上で傍らにいた犬樫にノートパソコンを差し出させる。
「ええと・・・。松田仁志。昭和35年12月10日生まれ・・・、妻と娘2人有り。職業OBSテレビプロデューサー。趣味女漁りのろくでなし」
西村も木村も笑う。
「ほんとこいつ、ろくでもない奴ですね!」
「西村。私は発言を認めていないわよ?」
「あ、はいっ!」
西村は俺の音量と速度を抑えた喋り方にびくっとする。もっともこれは芝居なのだが。
「それにしても准尉。何故私を呼び出す必要があったの?」
犬樫にノートパソコンを手渡す。
「は、はい。それはですね・・・」
巴は怯えたような声を出す。これもお芝居。俺は後ろにいた巴に向けていた視線を、ゆっくりと目の前に正座している松田の方に向ける。
「いつも通り二択を突きつければ良いでしょう?何故そうしないの?」
「はあ、そうは言うてもこいつ利用価値が有りそうなんで・・・」
巴は縮こまりながら弁明する。俺はため息をつきながら標的のキモいおっさんにⅤサインを示しながら話しかける。
「あなたに与えられた選択肢は2つ」
中指を折る。
「ひとつ。司法手続きに基づいて裁きを受ける。この場合陪審員は、おそらく速やかに全員一致で有罪とするでしょうね。間違いなく家庭も崩壊するわ。身から出た錆だから仕方が無いけれどね。刑期については分かっているでしょうけど最低30年。収容場所は北海道自治区。内地へ帰ってくることは出来ないわよ?」
ここで一旦大きく息を吐く。そして大きく息を吸い話を続ける。今度は中指も立てる。
「ふたつ。ここで死ぬ」
場の空気が凍り付く。
「こちらがお勧めね。敬称付きで報道される機会なんてそうそう無いでしょう?『何らかの事件に巻き込まれた可愛そうな被害者さん』であった方がましじゃないかな?やらかした所業を考えると。そう思わない?」
松田は悲鳴を上げて正座を崩した。後ずさりしている。おまけに小便もちびっているようだ。
「か、勘弁してください、お願いします。娘を残して死ねません。何でもしますから、命ばかりは・・・お願いします、助けて下さい・・・」
か細い震えた声を早口で発しながら土下座してきた。
「ええんちゃいます?民間放送はウチらの『お友達』やないですか?」
巴はとりなす。俺は拳を握り締め巴の提案を却下する。
「何を言っているの准尉。私は発言を許可していないわよ?」
「は、はい!少佐殿!」
お芝居のはずだが本気でビビっているのかも知れない。
「おいたが過ぎるお友達なんていらないわ」
舌打ちをした。「おいた」どころの騒ぎではないのだ。こいつの被害者は1人や2人ではない。
「でもまあ」
間を開け独り言のように呟く。
「命だけ助かれば良いのね?」
松田は顔を上げる。
「は、は、はい!命だけは、命だけはお助け下さい!何でもします!」
再び土下座してくる。
「何でも?」
「はい、何でもします!」
松田が土下座したまま問答は続く。
「命だけ助かれば良い?」
「はいっ!命だけはお助け下さい!家族を残して死ねません!」
「そう。命さえ助かれば良いし、何でもするのね?その言葉に偽りは無い?」
「はい!天地神明に誓って嘘は有りません!本当です!何でもします!」
松田の声は段々絶叫の様になっていった。もう一度間を置きそれから大きく息を吐き出す。
「良いでしょう。あなたに第3の選択肢を取ることを認めましょう。それはあなた自身が述べた通り。命だけは助けて差し上げるから、そのかわり我々のために何でもすること。良いわね?」
「はいっ有難うございます!」
松田は号泣し始めた。無理も無いがうっとおしいことこの上ない。こんな事態を招いたのは自分自身なのだ。この男主催の「飲み会」に参加し性行為を迫られた若い女は数多いる。もちろん抱かれた女も。テレビに出演しスターになろうとする女たちを利用し、性欲を満たした上に子分共にも「美味しい思い」をさせてきた輩なのだ、こいつは。いい加減蹴ってやろうか。
「五月蠅いっ!静かにしろ!」
だから蹴ってやった。
「これ以上私をイラつかせるな!さもないと・・・」
睨みつけながら言ってやった。
「ここで『可愛そうな被害者さん』になってもらうぞ?」
松田は震え上がったようだ。たちまち黙り込んだ。
「連行しろ。取調室で宣誓供述調書を作成し細かな条件について詰める。そして子分共の所業についても残らず自供してもらう。さっさと出るわよ。私はこれ以上こんな不浄なる場所には居たくない」
巴以下全員が俺に敬礼し、きびきびと動き始めた。この筋肉だるまのスケベ爺を連行するために。箱バンを運転するのは俺。巴が助手席に乗り、西村と木村が後部座席。荷台に松田と犬萩・犬樫を詰め込み研究所に戻ることにする。
エンジンをかけるとディーゼルエンジン特有のエンジン音がする。妙に懐かしい。2トン車を転がしていた時期も有ったからな。シフトレバーをローに入れアクセルペダルを踏む。エンジンは唸り声を上げる。力強いディーゼルエンジンの音。それはこれから始まる、罠に嵌ったスケベ爺を我々の奴隷に仕立て上げる作業への高揚感を示している様に聞こえた。もう一度アクセルペダルを踏みこみクラッチを繋げると、箱バンは高級ホテルの地下駐車場から駆けあがってゆく。出庫する際の料金の支払いに多少まごついた後、俺達の乗った箱バンは煌びやかな大阪の街並みに溶け込んでいった。




