平成27年5月1日・所長室でのポンケの抜け作と酒飲み美人の夫婦漫才の顛末
巴は今朝は軍服姿だった。今日が初日なのだから当然ではある。俺も女性将校用軍服に着替えるが、巴の胸の膨らみを見るとどうしても昨夜の出来事を思い出してしまうので、必死になって巴の裸のことを振り払うべく無心になる様、努めなければならなかった。それにしても女性用の衣服を着用することに抵抗感が無くなってきているのは良いことなのだろう。きっと。多分。中身がおっさんだとばれたら不味いからな。
テーブルの上には、桃と椿が配膳した朝食が。ラジオから流れてくる特にどうということも無いニュースを聞きながら食べる。時刻は7時を回ったばかり、しかし、今日は急がねば。今日、自分を長として部隊編成が行われる以上、遅刻など許されるはずもない。幸い、着替えている間に意識は完全に覚醒。後は朝食を食べてからハンドバッグの中身を一応点検するだけだ。基本、全部巴がやってくれている。
「8時に所長室だったっけ?」
「そうっすね。色々なことは9時開始の編成記念式典が終わってからですけど、その前に何か話が有るそうです」
「そうか、組織的には大阪人工知能研究所の下に位置するのよね?」
「そうっすね。形の上では別役中佐が直属の上官ってことになります。せやけど研究所の管理部門任されてるだけで、ウチとこへの指揮権はありませんよってびびることないですよ。おっかない人ですけど」
「変な前情報くれなくても良くない?」
「はあ、そう言われても事実ですもん。別役中佐は理不尽が服を着たようなお人です」
「嫌ねえ、そんな人と会うの」
だが、仕事に嫌も応も無い。渋々3階の321号室を出る。何故か階段を歩きたい気分だった。おそらく、なるべく赴きたくないからだ。のろのろと徒歩2分の大阪人工知能研究所へ向かう。所長室へ着いたのは指定時刻の10分前だった。
「入れ」
ノックすると中から尊大な声が。入室すると、中央の机に別役中佐と思しき女性が座ってパソコンを操作していた。机の上には相応の未決書類が溜まっている。
「敬礼はえい」
と言うので、取りあえず指示があるまで動かないことに。
「おい、二神。おまんの方から話ばあしちょけ。忙しいきよ、ほら」
室内の左側。応接セットの椅子に二神大尉が腰かけていた。
「よい、後輩。あなた、人を呼びつけておいて自分から話をせんのかね。へらこいのう」
「黙っちょけ!言われたとおりにせんかえ!」
別役中佐は椅子から立ち上がり、その小柄な体の奥底から轟くような声で叱責すると、
「黙れっ⁉何という事でしょう!ああっ!後輩から沈黙を強いられてしまう、可愛そうなわし!」
二神は立ち上がり天を仰いだかと思うと、俯いて両手で顔を覆い深い悲しみを表す。誰に対してかは分からないが。
「うっかりしちょったわえ。おまんに黙れ言うたら直ぐにそれながやきよ」
舌打ちした後コメントする別役。直ぐに椅子に座り憎々しげに二神を睨む。二神は大袈裟なポーズを取るのを止め、
「抗議するなとかように申すか、後輩よ?」
二神はどこからか取り出した扇子で別役の方を指し示す。
「申すに決まっちゅうろう。訳の分からんことばあ言わんと、ちやっちゃとせんかえ」
別役はパソコンの画面と書類を睨めっこしている。
「しょうがないのう。ほしたら、そこにお掛け下さい、六塚少佐相当官。それと木曾川准尉」
3人とも椅子に腰掛ける。そのタイミングを見計らって、俺はちょっとだけ感じた違和感を口にする。
「今、少佐相当官と仰いました?」
「ほうですよ。それがどうかしましかのう?」
二神には逆質問する癖が有るのかもしれない。
「ええ、何故相当官という単語がくっつくのかという、単純な疑問です」
「ああ、そりゃあなたは高文組なんじゃから、当然文官に決まっとります。官吏として奉職しとるわけですけん」
「文官・・・、ああ、そういう理屈ですか。ここにいる間は軍人扱いかと思っていましたので・・・」
「そんあことありゃせんですぞ。その軍服からして文官用ですけん。というか、よい、木曾川准尉。あなた、その辺は説明しとらなんだんかね?」
「その辺は別に省略しても良いかなって」
巴はしれっと述べる。
「細かいことやけん、かまんかな。それもそうじゃ」
しかし、その言葉に別役は噛みついてきた。
「何を言いゆう!二神!おまんがちゃんと細かいことまで説明せんだち、どうするがぞ!」
「え、わしが全部説明しとかなんだらいかんと。かように申すか後輩よ?」
又扇子で別役を差す。
「当たり前ながじゃろう!」
「え~そんな酷い。わしは、あなたといっしょにあれやこれやせないかなんだじゃろう?六塚少佐相当官に色々説明するのはまかせなんだらいかなんだけん、こらえてや」
「そういう訳にはいくかえ!おまんが副官やき、ちゃんと指導ばあしちょかんかえ!」
「え~そんな酷い。わしは第1中隊長で副官や無いぞ。そんなことは聞いとらんぞね?そんなことわしゃ知らん!」
「関係ないわえ!知っちょけ!」
「聞いとらんことはしらんぞね!」
別役の舌打ちが聞こえる。
「まあ、それは置いておいてですな、今日の予定ですが」
二神はそれを無視して話を続ける。
「はい、9時からの式典のことですね」
俺は眼鏡のフレームをつまみ、眼鏡の位置を直した。
「ほうです。本省のお偉いさんも来ますけん、恙なく執り行わんといけません。大丈夫ですよ。式次第と挨拶文はこのとおり有りますけん、心配せんで下さい。これは後輩の検閲済みです。のう、後輩?」
やや遅れて別役の返事があった。
「そうながって。そのとおりにしちょけ。責任は二神が取るき」
二神は目を剥き口をぽかりと開ける。
「後輩よ、それはないぞね?」
今度は別役が無視する番だった。
「もう、いけずじゃのう。まあ、ええわい。ええと、これがですな中隊長と小隊長の辞令及び階級章です。これは式典で授与します。一応少佐相当官の方でも確認して下さい。間違いないはずですがのう」
俺と巴が確認を終えるのを待って、二神は話を続ける。
「入学式みたいなもんじゃけん緊張せんでもええですよ。そんなことよりその後が肝要でしてな」
二神は急に真剣な面持ちに変った。
「よろしいか?わしらは早速始動ですけん事務的なもん、これをなるべく今日中に片してしまいますぞ。もう各隊長以外の辞令じゃとか身分証明書なんかは作成済みです。大隊司令部から各中隊へ向けてそれぞればらまきます。勿論階級章もです。それでですな、回収せにゃならんものもあるでしょう?それまでの階級章は当然回収です。それと提出させるものが家族関係の書類、これです。これが一番肝心です。この紙に要点をまとめてありますけん、しっかり目を通してもらいたいんですが」
二神はレジュメを渡してきた。必要事項と思しきことは全て網羅されているようだった。卓の上に置く様に言い、扇子で差し示す。
「『官吏軍人恩給組合被保険者資格取得届』は、大隊司令部で異動の有った者全員分を作成させて下さい。『官吏軍人恩給組合被保険者扶養異動届』については該当する者から提出があったら、必ず『社会保障番号兼納税者番号証』の写し、その他の必要書類が添付されているかを、厳重に確認して下さい。必要なものについては、これこのとおり全部記入しておきました。確認できたものは片っ端から決裁承認して下さい。必要書類を提出しとらんポンケの抜け作がおったら、督促かけてくださいね。その時はまず中隊司令部へ願います。我が社は軍隊式ですけん、民部省とかのやり方は一旦封印で願います。よろしいか?」
頷く。そして感心している間に話は続いてゆく。
「装備品、特に機関銃・機関拳銃・拳銃等の銃剣類に関してですが、複数のもんで確実に書類と現物を点検して下さい。弾丸もです。これを疎かにすると大変なことになります。言わんでも分かることでしょうけれど、念のため。金銭関係。金銭出納関係については大隊司令部一括管理です。きっちり願います。帳簿については紙管理ですが、電子化もされとりますけん、そちらもよろしく。なお、現金と公印の取り扱いは厳重に願います。取扱者については、現金等管理規則・細則に基づいて至急定めるとともに、きっちり漏れなく管理規則・細則通りに取り扱って下さい。次、委託事業者関連。一般競争入札で、『情報収集業務委託事業者』は決定済みです」
「一般競争入札⁉」
俺はやや大袈裟と思われてしまうぐらい驚いた。
「魂消ましたか?」
「ええ。そんな単語が出てくるなんて・・・」
二神は苦笑する。
「もう随契ではいかんのですよ。会計監査院というのは中々五月蠅いので」
「そうなんですか、すいません。そのう、何と言いますかこういった組織に似つかわしくない単語だったもので、つい」
「そうでしょうなあ。それでですね、落札した事業者からは、事業従事者についての関連書類を確実に徴収して下さい。基本的には第2中隊管理です。ただ、委託事業関連、委託契約書・委託事業仕様書については、早急に中身について把握して下さい。さて、大まかなと言いますか、今日急ぎでやらないかんことは一通り言いました。細かなことは別途有りますけどが、気を付けてもらわないかんのは、わしらは交代勤務ゆうことです。全員が一堂に会するのは、はっきり言うてしもうたらこれが最後じゃと思うて下さい。この機会に一気に書類関連はやっつけるということで、願います」
二神は扇子をポケットにしまう。
「分かりました」
「ま、ほぼ中隊司令部がやっとることを管理すると、そういう形になりますけん。それとご承知でしょうけど、うちの部隊は本省直轄部隊です。正確に言うと、本省直轄の大阪人工知能研究所の附属部隊です。ほじゃけん、少佐相当官のついた判子が最終です。あなたが最高責任者です。これは念押しですけん。わしらとしては、少佐相当官に類が及ばんように上手いことやりますけん、抜かりの無いようわしらのすることを見よって下さい。お互いにしよったら、上手いこといくでしょう。よろしいか?」
それはそうだろう。頷かざるを得なかった。
「内部監査であれこれ言われちゃかなわんですけんね。我が社の場合は、憲兵隊が偉そうにそこらを徘徊してケチつけて回る。そういうもんじゃけん、引っ掛からんように。お互いにね」
「憲兵隊ですか・・・」
絶句する俺を捨て置く形で、二神は言葉を連ねる。
「それでですな、最後になりますが、明日以降早急に片付ける必要があるのがですな、目標設定面談です。何せ実証実験大隊ですけん、その実証実験に関する目標の設定とそれに対する評価。それは当然やらにゃあいかんですけんのう。まず大隊長の方で本省・研究所の掲げる目標から、わしらの部隊の運用上の目標を設定してもらう必要がありますけん、よろしくお願いします」
二神は軽く頭を下げる。
「えっ・・・」
再び絶句する。
「また魂消さしてしもうたみたいじゃねえ・・・」
「はあ、すいません・・・」
魂消るよそりゃ!上じゃなくて自分が目標を設定して評価する。何だよそれ!見当もつかない。
「びっくりして固まる。ようあることです。かまんですよ。わしみたいな繊細な神経の持ち主は、後輩の如き傍若無人の精神を体現するお嬢さんの発言に固まることしばし、ですけんね」
その笑い声は怒声にかき乱される。
「二神っ!おまんはよう!ちくっと、こっちばあ来い!」
「何でぞね、後輩?」
「おまんらは何ながぞ!ふざけちゅうがか!」
「そんなに怒らんでもよかろうがね、後輩?あなたのような可愛らしいお顔からは、そんな乱暴な言葉を出すもんじゃないのぞね?せっかくの美人が台無しじゃ」
まるで幼児を諭すような、ゆったりとした静かな声。
「おまんはよう・・・、ほんとのことを言うたち、それがどうしたがぞ?」
そう言いつつ満更でもない表情を見せ、声も柔らかくなった。
「これから、噛んで含んで言い聞かせるけん、黙っておいでな。別嬪さん」
「まあ、おまんがそう言うならそれでえい」
先ほどの剣幕はどこへやら。拍子抜けするほどあっさり引き下がった。
「見当もつかんんけん、びっくりなさったんじゃろうが、どうこう言うことはありゃせんです。何故ならこの二神四郎、この分野の第一人者ですぞ。後輩を長に仰ぎつつ、大阪・東京で色々やってきましたけん」
手のひらを上に巴の方に向ける。
「えへへ、そうっすね」
巴は得意げに笑う。
「故に、わしが作成してきたものを流用なさったらええ。勿論細部は変えにゃあいかんですぞ?そんでもって実際に作成する際は、当然わしが指導しますけん」
「そ、そうですか。良かった」
俺がほっとするのを見計らったかのように、別役はパソコンの電源を切り、ぱたんと折りたたんで声をかけてきた。
「何がえいがぞ。あれは試作1号機ながよ。これからデーターを集めてからよう、ほら、今後に生かす必要があるがって。分かっちょらんがか?量産してからよう、ろくでなしの破落戸どもを片っ端から掃除せんならんがよ。何をボケッとしちゅう!」
「まあまあ、後輩。そう一遍に言わんでも良かろうがな。いずれそうなるのはもちろんじゃが、ぼちぼちコツコツと積み重ねりゃあええことなんやけん、そう言われん」
二神が助け舟を出してくれた。正直なところ別役は土佐弁を早口でまくし立ててくるから、苦手極まりない。少なくとも本当に美人なのでなおさらだ。黙っていれば、本当にそうなのだ。
「おまん、何を言いゆう!呑気に構えちょったらいかんがよ!」
「最終目標、山頂のことを言うのはそりゃ構わんけどが、登山口でやいやい言わんでも良かろう?焦ってすっ転んで崖から転落では話になるまいがね?」
別役は舌打ちし、
「おまんそれをよう、研究所のお偉方に言うつもりながか?」
「それはそうじゃろうがね、後輩。言わんでどうする」
「4年以内にGR06の量産化。きっちり運用してからよう、ほら、新型機の試作運用までせなんだらいかんがぞ!目標達成は至上命題ながって!それをここではっきりさせちょかんで、どうするがぞ!」
別役は相当興奮していて、机をバンバン叩きながら力説する。ただ、二神は冷静と言うべきか冷淡と言うべきか、落ち着いたゆったりとした声で語り掛ける。
「後輩。酒飲みの貴女がそんなに頭に血を昇らせよったら、血圧が上がるぞね?貴女もええ年なんじゃけんね?」
それで別役の怒りは頂点に達した。
「二神っ!おまんっ!何を言いゆうがぞ!ぶちくらわされたいがか!」
二神はそう声を張り上げられて罵倒されてもどこ吹く風だった。こちらが叱責されているみたいなのに。ひょとしたら「指桑罵槐」ってやつで、本当に叱責されているのは俺なのか?
「後輩。わしの干支は寅じゃが、あなたの干支はなあに?」
別役は固まってしまい返事を渋った。
「どしたん?忘れたん?」
「そんなわけないろう!」
「ほしたら、なあに?」
「・・・・・・子」
「ほしたら、わしより2つお姉さんじゃね」
「そんなわけないろう!」
「ほしたら、わしの後輩いうことじゃの。後輩なんじゃけん、先輩にそんな口のききかたせられん。もう少しゆっくり喋ったらどうぞな。後輩、貴女みたいな美人はそれに見合った言葉遣いをせにゃならんのよ。そうじゃないと、お掃除せにゃならん破落戸きどもと変わらんぞね?ええかな?」
「ふん!おまんは何を言いゆうが!うちが口の利き方知らんち、そう思いゆうがか!どういうことながぜ!」
腕組みをして、ぷいと二神から目を背ける。
「やけんのう、わしみたいにゆったりと話たら良かろうがね、後輩?スピード違反はいかんぞね?」
二神の言葉は別役にとってはよほど可笑しかったらしい。
「おまん、何アホらしいことばあ、言いゆうがかえ?しょうもないき、止めちょけ」
右手を口に持って行き笑いをこらえた後でそう言った。
「ほうかね。あなたがそう言うなら、それは前向きに検討せにゃならんのう」
「するつもり無いがかえ?ほんにおまんはよう・・・」
俺にとって2人の会話は特に面白みなど感じられなかったが、巴は結構ツボに入ったらしく、長身を震わせている。まあ、身の丈六尺の大男と身長150センチ程の小柄な女性の掛け合いは、一種の夫婦漫才に聞こえなくもない。2人とも四国訛り丸出しとくれば尚更だ。別役は巴を睨みつける。そして、一呼吸置いてから不機嫌そうに述べた。
「よし、そろそろ行くがぞ。おい、出来損ない。兵どもは集まっちゅうかえ?」
それが巴に対する呼びかけだと気づいたのは、巴が返事をしたからだ。
「狸娘に任せてあります。今電波通信で確認したら、『貴女じゃないんですから、ちゃんとやってます!』って生意気な返事が返ってきました。中佐殿」
笑ってしまうくらい巴の、静の真似は完璧だった。全く同じ声。アンドロイドだから声色など自由自在なのだろうか?
「そうながか」
別役は鼻で笑い、
「おまんら、行くぞ」
と、所長室を先頭に立って出て行った。




