生贄を屠りし祝賀の宴
列車の刻む規則正しい音を聞きながら目覚める。偶にはそんな命の洗濯と言うべきことも無いと人生を楽しむ甲斐も無し。そんな大袈裟極まりないこともぼうっと頭の中に浮かんでくる。寝台でごそごそとしながら起き上がると、大量のサラリーマン達が座席車の方に吸い込まれていった。そちらには紛れもなく日常が有るのだ。ご苦労さん。
俺の方は非日常がまだ少し続いている。研究所に今回の件を報告をしたら大喜びされ、祝宴が催されることになった。宴会が好きなじいさん達だと思わないでもなかったが、出席だけはせねばなるまい。それが原因かは分からないがその日はあまり出歩く気にさえならなかった。本来なら休日。だが実質勤務しているのと大して変わらない。そんな気がして仕方が無い。どんよりとした気分のまま17時には巴を連れて地下奥深くの研究所に出向く。メイドロボット達が深々と礼をして出迎えてくれた。そしてその後ろから白衣に身を包んだ男が現れた。一見すると白衣に似つかわしくない長髪の40代後半の男。
「技術准将の網場だ。よろしく」
すっと自然に手を差し出してきた。握手と言う事だろう、拒否するのも何だ。こちらも右手を差し出す。
握手し終わったら、
「名前は?私は網場登記。登記と書いて、ときと読ませるのだよ。ふふ、何らかの功績をそれこそ登記するように記録される人間になって欲しい。そういう願いが込められているそうだよ。君の場合は?」
「六塚冬実です。名前の由来は聞いたことが無いです・・・」
「へえ。聞いてへんのですか?」
メイド服姿の巴はいささか抜けた顔をこちらに向ける。不味いな。親族関係の事は何一つ分かっていないんだよ!実家があるのかすらまだ分かっていない。「上官」だから気安く話しかけてくる者は少ない。家族の話をじっくりすることはなかった。連絡先が携帯電話にもパソコンにもない以上、そういう話題になってしまったらはぐらかすしかない。
「そうかね。まあいい。ここへ来るのは初めてでは無いだろうが、ようこそ大阪人工知能研究所へ。歓迎するよ」
両手を広げる。挨拶してきた以上こちらも頭を下げねば。すると、
「いやいや、六塚君。頭を下げろとは言っていない。私は決まり文句を述べただけだ」
「ですが挨拶として頭を下げませんと・・・」
頭を上げながら言うと、
「うむ、やはり君は紛れもなく『高文組』だね。良く分かったよ。もう宴は始まっている。メイドロボットはそちらへ向かったよ。我々も続こう」
と左手で奥の方を指し示す。頷き後に続く。立食パーティー形式のようだ。案内された会議室らしき部屋では、既に前回顔を合わせたじいさん達は既に出来上がっていた。
「おお、六塚君!大戦果じゃないか!はっはっはっ!ほんと大したもんだよ、君は!実に良い気分だ。ざまあみろだよ、ほんと!しかし君は仕事が速いね。感心したよ。こんなに早く奴が失脚するなんてねえ!さあ、君も酒は飲めずとも我々の愉快な気分だけでも味わってくれ。酌をしろとは言わないから!」
宮崎は心底愉快そうな顔でメイドロボットから受け取ったオレンジジュースの入ったグラスを渡してきた。
「ま、一献。こういう形も良いだろう?」
「ええ、そうですね」
愛想笑いを浮かべるしかない。ジュースを飲みつつ周りを見ると、見たことの無い顔ぶれが集合していた。網場が寄って来た。
「宮崎教授と両石原教授とは前回会ったことが有るそうだね?」
「はい」
「お三方が『教授』とも呼ばれているのは、かつて大学教授として教鞭をふるっていたからだよ。他の面々を紹介しよう」
網場はそう言って俺を次々と研究所の技官、それも将官クラスの者と引き合わせる。猪瀬・大江・村上・茂木・香山・田嶋・上野・・・。誰がこのGR計画、軍人ロボット計画のどの部分を担っているかは分からないが、皆それぞれ各分野における第一人者なのだろう。ただ感心する暇もない。入れ替わり立ち代わりお偉いさんとの挨拶をするのは、かなりの緊張を強いられる。
それにしても俺は挨拶するたびに「快挙」についてのお褒めの言葉を頂戴し、褒められるのだから舛添の嫌われ度は凄まじいものだ。大体想像はつくがどれだけの事をやらかしたのか。そのやらかしに対して「天誅」を加えてやった訳だが、その結果得られた信頼に戦慄せざるを得ない。これを裏切ったら俺は破滅だろう。傍らに居る巴はそれを知ってか知らずか、俺を誉めそやす。宮崎もそれに加わり豪快に笑う。網場は後ろから見守る。休日出勤は本当に嫌だが今日のは格別だ。早く終わってくれ。胸中に去来するのはそんな気持ちだった。




