穢らわしい!
決議書を決裁し終わると、今度は報告書が待っている。それぞれ日報・週報・月報。本省への報告は早くしないと。残っていたコーヒーを一気に飲み干す。大慌てと言っても良いくらい気持ちは焦っていた。だから内線が鳴ると、ビクッとすると同時に腹が立った。定時過ぎてから電話するなよ!だがそんな気持ちは受話器を取ったらどこかへ吹き飛んだ。
「どうもお忙しいところすいません。古田です。今よろしいですか?」
そうなのだ。静の修復と巴の日常点検を大隊付きの技官達が行っていたのだった。
「特に問題ありません。そちらに向かわせました。マルロクに関しては予定より遅れてしまいました。思ったよりも頭部を修復するのに時間がかかってしまって。申し訳ない。随分ご不便をおかけしたでしょう?見込みが狂ってしまったのでは?」
「いいえそんなことはありません。思ったよりも早く修復して頂けて助かりました。有難うございました。私が危ない橋を渡らせたせいで余計な手間をかけさせてしまって申し訳ありませんでした」
「いえ、そんなことはありませんよ。作戦の都合上どうしても避けられない部分というものは有りますから」
静が島田を落とすのを面倒くさがって、普段通りのムカつく振る舞いをした結果、暴力を振るわれた末に打ち所が悪くて「死体」と化したという顛末にしたため、運用に大きな支障が出たのは事実だ。だから古田達に早めに対処してもらえたのは助かった。修復が長引けばGR05の運用が出来なくなるところだった。
礼を言って電話を切ってから5分も立たない内に静が巴を伴って現れた。
「会いたかったですよ~少佐殿!少佐も私と会いたくてたまらなかったでしょう?ねえ?一日千秋の思いで待ち焦がれていたでしょう?」
などと、ウインクしたりこちらを指差したりとかなり高めのテンションで現れた。大阪高等女学校の制服を着たままだ。
「どうですか?あの島田中佐を狂わせた制服姿の私!」
右の拳をマイクに見立ててコメントを要求してくるので、イラっときている今の気持ちをそのままぶつけてやった。
「その名前を二度と口にしないで!穢らわしい!」
そのまま固まってしまった静を捨て置き、
「順調に点検は終わったようね」
と巴に言ってやると、
「まあ日常点検ですからね。誰かなんかと違くて!手を煩わせるアホなんかよりウチがいーひんかったら寂しかったでしょ?」
「そうね」
と答えてやったら予想通りきつく抱きしめられ、窒息するところだった。
「あの~私が殊勲を立てたという事実はどこへ行ったのですか?」
静はおずおずと切り出した。そんな気持ちは抑えなければならない。それは分かっているのだが、どうにもならない。静の量の頬をつねながら言ってやった。
「睡眠薬入りの酒をたらふく飲ませたのだから、後は時間を稼げば自然に昏睡状態になるでしょう?」
そこでつねるのを止めて、お説教を続ける。
「時間が経過してもそうならないなら、裸になって油断しているところにあの指先の針を使って、さらにアルコールと薬物を注入すれば済むことよ。何故そうしなかったの?」
腕組みをして睨んでやると、
「いや、だって普段通りのムカつく振る舞いをしろって命令されましたから」
力ない返事が返って来た。
「だから手っ取り早くそうして死体になったと。そういうこと?」
「はいっ!御命令通りですよ!」
「もう少し引っ張ってからにすべきじゃなかったかな?その辺はどう思っているの?」
「・・・厳しいですね、少佐。何かご機嫌斜めになる様な事が有ったんですか?」
「あなたの対応でそうなっているの!」
思わず声が大きくなってしまった。2人とも固まっている。と思ったら、静は素早く巴の背後に回り込む。
「少佐殿、怖いです~」
巴の両肩に手を置き、右肩越しにこちらをそっと覗いて来る。ますますイラっとくる。
「あなたねえ・・・自分の振る舞いで他人をイラつかせているという自覚が無いの?」
落ち着け、落ち着け俺。一呼吸置く。
「結果論だけど上手くいったからそこは今後改善しなさい。分かった?」
そう言ってやったら、
「はあい。分かりました!」
巴を押しのけ前へ出るや、両方の人差し指で自分の頬を指し、上目遣いでこちらに向かって微笑んできた。全く持ってあざといものだ。この狸娘はこんなんばっか!お尻をビンタしてやった。
本当にイライラする。おかげで次にやるべきことを忘れるところだった。もうとっくに18時を過ぎている。また今日も見回りだ。地下4階の第1中隊からにした。どうにも気になるのだ。相変わらず吉岡隊にはどこかルーズな雰囲気が漂っているし、鈴木隊は良く言えば鈴木のリーダーシップが発揮されている、悪く言えば専制独裁的だ。覗いてみるとそのイメージは膨らむばかりだった。
今日もきっちりと整理整頓された鈴木隊の執務室内に足を踏み入れてみると、
「大隊長殿に対し、敬礼!」
という号令と共に全小隊員一斉にこちらに向かって敬礼してくる。何度されてもなじめない。
「今日は随分残っているようですね?」
そう、見慣れない顔が多い。全員の顔を覚えているわけでは無いが、確かに見覚えが無い。第一軍服を着用していない。背広姿の中年男性と学生服姿の少年達ばかりだ。
「ええ。養成職員との打ち合わせですよ。全員を一か所に集める必要が有ると。そういうことです」
小隊長の鈴木中尉はこちらを見てにこやかに言った。
「上半期中に『仏恥義理組』と『全国喝賭飛連合会』の下請け的存在である奴らを殲滅しようと、そういうことでして。目標として掲げましたから当然ですけれどね。ですが、やはり今月の目標をどう達成するか?そこを詰めておかないといけない。そのための打ち合わせです」
「そうですか。ところで『養成職員』というのはどういった存在なのですか?」
「おや?」
鈴木はやや驚いた様だった。
「ご存じだと思っていましたが?」
「協力者のことだと思っていたのですが・・・、違うのですか?」
「なるほど、なるほど」
鈴木は何度も頷く。
「孤児を秘密裏に我々の手駒として活用しているんですよ。ほら、『救いのゆりかご』なんてものが有るでしょう?事情があって育てられない赤ちゃんは、国が責任を持って一人前の大人にします。美しいスローガンでしょう?実際『教育』は施されるわけです。出来の良いものはホワイトカラー。悪いものはブルーカラーです。『汚れ仕事』が嫌なら勉強しろと教育されているはずなのですが、残念ながらそれについていけなかった者がここに居るわけです」
鈴木が指し示す先に居る10数名の男達。皆一様に淀んだ眼をしていて生気が無い。
「無戸籍ですから、当然『社会保障番号兼納税者番号証』は取得できない。どこへも行けないわけです。気の毒ですが親を恨んでもらわなきゃ仕方が無い。これが若い者の境遇です。年かさの連中には何の遠慮もいりませんよ。こいつらは全員前科者ですから」
「孤児と前科者を利用しているのですか?」
「ええ、そうですよ。ショックでしたか?」
いたずらっぽくこちらを覗き込んできた。愉快なのだろうか?
「そんな風にあっけらかんと説明される方が余程ですね・・・」
語尾は濁しておいた。そして俯く。早くここから逃げたくなってきた。
「私の態度がショックですか?なるほど、そうかもしれませんね」
それで笑うのだから、この男は想像以上の食わせ者なのだろう。
「ご安心ください。我々の部隊に在籍している者は、一応実績は有ります」
「そうですか・・・」
自分でも声が小さくなっているのが分かる。なるほど謝金の単価が違うのはそういう事だったのか。市井に暮らす人達の中に居る「協力者」と、弱みを握り「養成」して後ろ暗いことをさせる「協力者」の違いだったのだ。
知ってしまうと後戻り出来ない感じがする。彼らも逃げることなど及びも付かないだろう。メディアは恐らく国に逆らわないだろうから、彼らに告発したところで無駄どころか命取り。これも恐らくだが、身分証明書も持っていないだろうから、インターネットにアクセスすることもできないだろう。精神的な首輪と足枷を煩わしく感じながら、時折与えられる餌を食むしかない。そんなことが推察されたので正視に耐えない。もう一つだけ質問してこの場を去ることにしよう。
「打ち合わせは長引きそうですか?」
「彼ら次第ですよ」
鈴木は養成職員たちの方に向かって手の平を広げる。
「そうですか。他も見て回りますので、これで」
慌てていると自分でもはっきりと分かる。そんな勢いで吉岡隊の執務室へとなだれ込む。案の定こちらはだらだらと仕事を続けていた。ある意味こちらの方が組織の実情を反映したごく当たり前の光景のような気がした。
「あ、チュース、少佐。何の用すか?」
小西少尉か。本当に軽い奴だ。将校のお前がそんなんだから、下士官兵が少佐で大隊長である俺を女教師ぐらいにしか捉えていないんだぞ?一遍本気で説教してやろうか?
「皆きちんと仕事をしているの?だらだらと職場に残らない。きちんと区切りを付けてさっさと帰りなさい」
うい~す、などとだらけ切った返答が返ってくる始末。女だから(少なくとも外見は)舐め腐っていやがるな?一度何らかの形できっちりと躾てやらねば。よし、今月の目標はまず吉岡隊を掌握することにしよう。そう決意すると不思議なもので、気持ちが軽やかになった。この気持ちを何と表現すべきなのだろうか?少し恥ずかしいものなのかも知れない。上の階に上がる時に、
「何か良いことがございましたか?」
などとエレベーターガール役のメイドロボットに質問されたからだ。浮かれている場合じゃない。問題点を把握し改善しないと。俺は大隊長。責任者なのだから。




