大隊長になって頂きます。よろしくお願いします。
銀色に輝く2メートルを軽く超える大きさの看守ロボットに両脇を抱えられ、足元をジタバタさせながら芝居の台本のようなセリフを留置所の中で響かせるというのも、一つの才能なのかも知れない。
「畜生!権力の犬め!俺は絶対に屈しないからな!」
看守ロボットは当然そんなことは意に介さず、取調室の前に陣取る上等兵が顎で取調室の中を指し示すのを確認し、静かに扉を開く。
待ち受けていた茶色がかかった髪と太い眉毛が印象的な取調官は、
「ご苦労さん」
と軽く言って看守ロボットを下がらせた。
「おい、豚野郎!それは俺の資料か?ニヤニヤしながら読むんじゃねえよ!地方支局の記者だから馬鹿にしているのか?言っておくがな、俺はジャーナリストだぞ!俺のペンを折ろうったって無駄だ!弾圧に屈したりはしないぞ!」
机を勢いよく叩いて啖呵を切ったジャーナリストは、5秒もしないうちに熱を帯びた演説に冷や水を浴びせられ、腰砕けになった。
「まあ、そんなこと言わんと、お飲み」
美少女の造形をしたメイドロボットー腰から電源コードが伸びているーがいつの間にか背後から現れ、冷たい麦茶の入ったグラスをそっと机の上に置く。
「なあんも遠慮はいらんのぞね?ついでにそれもお食べ」
水羊羹がそっと差し出される。
「あ、いや・・・」
ジャーナリストは毒気を抜かれてしまう。こんな暑い日に取材先から冷えた麦茶を出してもらうのは、ジャーナリストとして当然の権利だが、ここは悪名高き検非違使庁の取調室。目の前にいる大男は、確かに軍服を纏っている。なのに、きょとんとした顔で真剣に聞いてくるのだ。
「なんぞね、ケーキのほうが良かったんか?」
「いえ、これでいいです・・・」
俯きながら小声で返事をする。
「ほうか、良かったわい。『苺のショートケーキじゃないと嫌じゃ!』とか言われたらどうしようかと思うた。あなたは和菓子派か。ほしたら、次の質問には気合入れて答えてもらおうかのう」
にやりと笑う取調官の青みがかかった双眸が怪しく光る。
「粒あんとこしあん。どっちがええんぞ?」
そこで映像は一時停止。正面を向いた映像の中の取調官は、
「わしは断然こしあん。粒あんなんか邪道じゃ!」
と嘯く。たちまち教室中に少年少女達のけたたましい笑い声が響き渡る。
「教官!ここをどこだと思っているんですか?」
前列に座っている男子生徒が笑いをこらえながら尋ねるのに対して、教官は映像の中より幾分か加齢の跡が見て取れるすっとぼけた顔で、答える。
「東京第2幼年学校別館2階1号教室」
さらなる爆笑が拡がり、やがて収束に向かう。教官が時刻を確認する仕草を見せる頃には、皆真剣な顔つきに戻り、静粛が教室を支配した。
「続けるぞ」
再びそこには摩訶不思議な光景が拡がる。
「よし、漫画の時間はこれまで!次はテレビを見ながらおやつタイムだ!」
たちまち看守ロボットが漫画を取り上げる。メイドロボットがテレビをつけ、紅茶をティーカップに注いでゆく。そして今度は綺麗に切り分けられた栗羊羹を追加してゆく。
「お昼もロールケーキと苺大福だったのに、またかよ・・・」
ジャーナリストはげんなりした顔で呟く。
「何だ文句を言うな貴様!懲罰を加える!」
伍長はそう宣告し、メイドロボットに目配せをする。するとメイドロボットは、たちまちコーラを持ってくる。
「さあ飲め!美味しいぞ!」
「何でコーラ何だよ!おかしいだろ!」
「おかしくない。美味しいぞコーラは。何だ?ハンバーガーとセットじゃないから嫌なのか?」
ジャーナリストは黙ってしまった。
「残すなよ?もったいないからな!」
3日後には耐えきれなくなったようだ。ラジオ体操を第2まで終了してからすぐに朝ごはんになるわけだが、出てきたのは外郎だったからだ。
「畜生!いい加減にしやがれ!何で毎日お菓子ばかり食わせやがる!責任者出てこい!」
にわかに騒がしくなった。看守ロボットが取り押さえてはいるものの、まだわめいている。
「面倒くさい奴だ。おい、曹長殿を呼べ」
しばらくして、ジャーナリストの騒ぎ立てる気力が萎えて黙った頃を見計らったかのように、曹長は現れた。取調官と同一人物だ。
「何ぞね、あなたは名古屋が嫌いなんか?外郎、美味いぞね?」
「何でそうなるんだよ!名古屋関係ねえだろ!」
「関係大有りじゃ。外郎は名古屋を象徴するものの一つじゃけんのう。それが嫌いと言うことは、あなたは名古屋が嫌いなんじゃ。そうに違いないわい」
「だから何なんだよ!名古屋なんかどうでもいいよ!」
「しょうがないのう。よい、タルト食べさしてやれ」
「またかよ!あれはロールケーキだろ!何がタルトだよ!」
すると、曹長は目の色を変える。
「何を言いよるのぞね。遍照金剛言われん。この松山の町ではのう、あれはタルトというんじゃ。昔からそうじゃ。これは譲れんぞね?こればかりはのう」
静かな声色だが、謎の気迫に満ちていた。
「あれは一六のタルトじゃ。ええもんなんぞ。それが分からんのかね。往生すらい。難儀なことよのう」
ジャーナリストは無言になった。
さらに3日経過する。
「よい、一六からタルト調べに来たぞな」
「あ、お疲れ様です。曹長殿」
「おう」
ジャーナリストの朝食にしっかりとタルトが含まれていることを確認する。
「よし、乾いとりゃせんのう。また来るけんの」
「なあ、待ってくれよ」
ジャーナリストの懇願の声が弱弱しく投げかけられる。
「いつまでこんなことが続くんだよ?まともな飯食わせてくれよ。ていうか、全然取調べが無いけど、いつ釈放してくれるんだよ?」
「何を言いよるのぞね?言うたじゃろう?あなたはわしらと一緒に楽しい夏休みを過ごすのよ。当分の間はのう。9月1日なんぞ来やせん。8月32日がずっと続くんよ。その方が良かろうがね?楽しかろう?」
「ええ・・・マジで・・・」
朝一番に身柄を拘束され、会社へは何の連絡も入れていない。無断欠勤はいつまで許されるか?それは想像するだに恐ろしい。8月32日。それは小学生の頃の憧れ。甘美な色彩を放つ魔法の言葉。だが、今はそんな日が続いてもらう訳にはいかない。
「頼むよ、何でも喋るから釈放してくれよ。ねえ、お願いだから。俺、後何日ぐらいここにいることになるの?ねえ?」
曹長は素早く周囲の兵とメイドロボットに目配せする。周囲に皆が集まる。
「そんなこと、わしゃ知らん!」
一斉に浴びせられる言葉に、心がポキリと折れたようだ。宣誓供述調書が作成されたのは、それから20分ほど後のことだった。
「分かるか?」
映像を停止させた教官は、語り掛ける。
「必ずしも暴力を使う必要は無いのよ。拷問なんかせんでもええ。毒饅頭をたらふく食わせてやったらええんじゃ。こんな手の込んだことを面倒なことをしたく無い場合はじゃ、独房へぶち込んだらええ。そして何にもせんのよ。何にも。一切何もせんと、3月ぐらいしてから釈放する。そうするとな、ええか、不思議なことに向こうも何もせんようになる。アカ・国賊・スパイ野郎がだんまりよ。それで目的は達成じゃ。何なら釈放して表に出たところを再逮捕という手もある。さて、そこら辺のことはのう、配布した校長の論文に詳しいけん、各自精査しておくように」
講義を終えて教室を出た教官に、怒声にも似た大声が浴びせられる。
「おい!二神!」
声の主はおよそその声には似つかわしくない、小柄で30歳前後の若奥様と言うところだろう。2人の子供の子育てで、忙しい毎日を送っていますと顔に書いているようだ。
「おお何ぞね、後輩?藪から棒に?」
「ちくっと顔ばあ、貸せ」
人差し指で後方の虚空を指差す。そんな仕草というか、全体的に彼女の有様は「残念美人」。黙っていれば美人なのに。何せ口を開けば土佐弁丸出し。
「え⁉この真昼間から『先輩の奢りでザギンでシースーしようぜ⁉』そら、いくまいがね後輩⁉」
二神はうろたえ、周囲を見渡す。
「そんなわけないろう!おまんは、何を考えちゅうが!校長室ばあ、来い!」
「そうは言うても後輩、あなたは週末になったら必ず『先輩、焼き肉奢って!』じゃろうが。そら来たぞと身構えるのは当然じゃろうが」
「ウザいがよ、おまん!黙っちょけ!」
「黙れっ⁉何て酷い!ああっ!後輩によって発言を禁止されてしまう、可愛そうなわし!」
両手で天を仰いでから目を覆い、俯いて嘆き悲しむ。
「やき、何を言いゆうが!おまんはよう!」
生徒が遠巻きに、二人の夫婦漫才的なやり取りを見つめ、笑いをこらえている。校長は苦々しい思いで周囲を睥睨し威圧する。
「おまんら!次の講義の準備ばあ、せんかえ!こっちの事ばあ、気にせんだち、えい!」
たちまち生徒達は固く口を閉じ、蜘蛛の子を散らすように各教室へと消えて行った。
「もう、後輩。あなたは横暴じゃのう」
「誰のせいでこんなこと言わんといかんが?」
「はいはい、全部わしのせい、わしのせい」
二神は呟きながら校長室へと連行されて行く。校長室の扉を開けると、校長専属のメイドロボットがにこやかな微笑みを浮かべ、二人に挨拶した。
「お茶が入っております。別役校長。二神大尉」
「おお、すまんのう。お嬢さん」
二神は、応接セットに置かれたお茶を一口飲み、話を切り出した。
「ほいで?どんな用件ぞね、後輩?」
別役はソファーに深く身を沈め、両腕を背もたれに回して、足を組む。その上で二神の問いに答えた。
「上からよう、内示が降ってきたがって。再編成の話。例の実験部隊、前倒しでロボット連中の整備が進んでよう、ほら、おまんもうちも5月1日付けでそっちに行くことになったがよ。やき、準備ばあ、しちょけ。今度は、大阪で派手に『お掃除』をやらかすことになるがやき。『ゴジョウイカイゲン』にむけての『環境整備』を早う進めろ言うてよう、上が五月蠅いがって」
そこで映像は停止した。
「いかがでしょうか。飽くまでも直属の部下と、上官に当たる方の参考映像ですが」
いかがも流石も無いだろう。俺はそう思わざるを得なかった。目の前にいる美少女は軍服を身に纏っていて、自分は「軍人ロボット」の新型で、少佐殿の部隊である「第13独立機械化実証実験大隊」は、自分のテストのために編成されるのだと言った。そして、そのための参考資料を見せたのだとか。
しかし、こっちはそれどころじゃない。何てこった!何がどうなっているのか・・・。俺はたった今まで部長と課長から、退官勧奨を聞かされていたはずだ。確かにそうだっていうのに、あれは幻か?それとも俺の妄想か?いや、そんな事よりも!有るはずのものが無くて、無いはずのものが有る!漫画みたいな状況だが、俺の体の感触は間違いない!俺、女の子になっている!スカートとタイツを履いているじゃないか!ちゃんとブラジャーも着けているみたいだ!でも極力動揺を表に出さない様に。体のことはさておき、他に把握しなければならないことが山のようにある。落ち着け。落ち着け。理由は考えるな。異世界に連れて来られたとか、そんなことはどうでもいいからな。何故か女の子になっているし、「少佐殿」って代名詞で呼ばれているから、名前すら分からない。
色々なことを目の前の、眼鏡の良く似合う美少女に質問してみないと。年齢は女子高生くらいだろう。髪型が三つ編みのおさげということもあってか、生徒会長みたいだ。セーラー服でも着ていそうなのに、何故「軍人ロボット」などと訳の分からないことを言うのだろう?恐る恐る手を挙げてみた。
「ねえ、『軍人ロボット』って、一体何?」
「まあ、当然の疑問ですね」
目の前の美少女はふっと柔らかく笑った。どことなく嘲笑されたような気もする。
「順を追ってお話しましょう」
しかし、そこに横槍が入る。
「おい、そこはウチが説明する!」
何故かこの会議室らしい部屋の後方に控えていたメイドさんが声を上げる。こちらは凄い美人だ。女優だと言われたら納得できる透き通るような美貌。白磁のような白い肌。ポニーテールを赤いリボンで束ねているのが、凄く可愛らしい。すらりとした体型でありながら、出ているところはきっちり出ていることが、メイド服の上からでも良く分かる。バレーボールの日本代表と言えるくらい背が高いので、パリコレ常連のスーパーモデルだと言われたら、それも信じられる説得力があった。
「何故貴女がしゃしゃり出てくるんですかねえ・・・・」
軍服の美少女は、あからさまに嫌そうな顔を浮かべる。明らかにむっとしている。
「順番どおりに説明するんやったら、ウチを飛ばすわけにはいかんやろがい」
「失敗作の貴女のことは省略で良いでしょう?今回の件にしても、どうしてくっついて来ているんですかねえ・・・」
「誰が失敗作やねん!どアホ!どけ。ウチが説明して差し上げる」
「はあ、本当に貴女は強引ですね・・・」
軍人ロボット?とやらは傍らに退き、古式ゆかしいメイド服を纏ったメイドさんがプロジェクターの横に陣取る。
「まず軍人ロボットと言うのはですね、軍部と、ウチとこ、検非違使庁それに刑部省が共同開発した、ロボットの兵隊さんです。ただ、刑部省が欲しかったのは人間型である程度の力が有るやつですし、ウチとこが目標にしとったのは、大人の女の色香溢れるくノ一的女スパイですけどね」
「大人の女の色香とか・・・」
軍服の美少女は笑いをこらえている。
「黙っとけや、自分!ええっと、話始めたら長くなるんですけど、まず出来上がったのが電子頭脳付きの人間型重機なんです。それがGR01。小型にした完全な人間型の汎用作業ロボットです。それがGR02。そっからもっと小型化して電池で動く様になったのが、GR03。さっきの映像で看守を務めとった奴です。それをさらに小型化して、外見を女性にしたのがウチです。GR04。通称マルヨン。これこの通り完璧美人のメイドさん。ほんまはロボットの兵隊さんいうのは、内緒やで?」
そこで、人差し指を口元に持ってゆきウインクしてきた。ドキッとさせられた。
鈍く頭を締め付ける痛みが、どうやら女の子になってしまった今でも治まっていない。ズキズキとするそれは、現実と夢ないしは妄想との境目を曖昧にしてくれる。だから、到底信じられるはずの無い話を受け入れてしまったのか?それとも彼女に一目惚れ何て言う、当の昔に亡くしてしまった感情を突然甦らされてしまったからだろうか?俺の視線は彼女に釘付けになった。
「ねえ、少佐殿。ウチって美人で別嬪さんでしょ。そう思わはるでしょ?どないです?」
俺は二度頷いた。両方の人差し指を頬に向けにっこりと微笑む様は、そうとしか思えなかったから。だが、名前の分からない美少女は笑い転げている。マルヨンだというメイドさんは、
「おい、マルロク!何が可笑しいんじゃ、こら!笑うな!」
そっちを向いて怒りを露わにする。
「だって可笑しいじゃないですか、やだなあ。自画自賛も甚だしいじゃないですか?全く持って手前味噌ですよ!自分で自分のことを別嬪さんだって!」
あっはは!と、又笑い転げている。よほど可笑しいのだろう。
「やかましいわ!黙っとけや!」
金剛力士像のような怒りの表情をマルロクに見せたかと思うと、こちらに紅潮した顔ではにかむ。
「ああ、すんません。お恥ずかしいところをお見せして。全部こいつのせいです」
左手で頭をかく仕草をしながら、右手でマルロクを指差す。
「ああ、はいはい、そうですよ。全部貴女のせいです」
「何じゃと、こら!」
「だって、ご説明が全然前へ向いて進んでいないでしょう?全部貴女のせいです。自分から説明するって言いましたよね?違いますか?」
「分っとるに決まっとるやんけ。自分、取りあえず黙っとけ」
「はいはい、分かりましたよ」
頬をぷくっと膨らませてから、俺の横に座って来た。
「見ものですよね。一緒に見物しましょう」
こちらを向いてにっこり笑う。グッときた。実はこの娘も結構タイプ。少なくとも高校生の頃にこんな顔されたら、確実に好きになっている。
「4と6はここにいると。でも5がおらんことに気付いてはるでしょ?それが今度合流する兵どもなんです。整備してるって言うてはったでしょ?」
頷く。取りあえず黙っていよう。自分の置かれた状況が何なのか、未だに分からないし。
「4はウチ。持てる技術力の全てを注ぎ込んだ意欲的な実験作です!」
腰に拳を当て、ふんぞり返る。でも、そんなところも可愛らしい。
「その当時の技術力ですね」
「うっさいねん!いちいち茶々を入れるな!ほんまにもう!」
右手の人差し指でマルロクを指差している。よほど頭にきているらしい。何故この2人はこんなに仲が悪いのか?
「それでですね、ウチ、ゼニが掛かってますんや。ほんまです。せやから、メイドロボットでございますって、大々的に売り出されたわけなんですけども、それは偽装目的なことは言うまでも無いことですけど、実は製作費の回収目的もあったんです。電子頭脳付き人間型重機でございます、人間型汎用ロボットでございますって売り出した分のゼニが無うなるくらい、ゼニが掛かったそうです。ま、ウチはええ女やから、ゼニが掛かるのは当然ですけどね」
俺の方に向かってぺろって舌を出してきた。可愛い。
「でもメイドロボットに関しては、貴女自身がプロトタイプと称して大々的に売り出したは良いけれど、買い手が有りませんでしたよね?人気が有ってバカ売れしたのは、同時発売された電源コード付きの小型の方だったでしょ?」
「それでですね、メイドロボットはめっちゃ話題になりまして、次々に新シリーズが出来ていったわけです。そんでもって、これをベースに軍事転用したら安上がりでええやんけってことになった訳です。それがGR05って兵員型です。せやけどコスト削減が最優先になってもうたから、今度は性能的に物足らんと。それでですね、ウチの設計図を流用してですね」
マルロクを無視して話を進めるマルヨンは、ここまで言うとマルロクを指差し、
「こんなムカつく奴を製作したんです。それで、この狸娘のために部隊編成が行われるので、少佐殿に指揮官になっていただきます」
「そうなんだ」
「はい、そうなんです」
うん、えらいことになっていやがるな。俺、13年役人をやってきたけれど、部下は一人もいなかったよ?まあ、35歳になって以降は鬱病のせいで休職・復職の繰り返し。まともに勤務していなかったけど。
「ちょっと待ってくださいよ。何ですか狸娘って?誰の事ですか?」
憤慨するマルロクにマルヨンは冷静に返す。
「自分の事に決まっとるやんけ」
と言って、あかんべえをする。子供っぽい仕草もできるわけだ。これも可愛い。
「誰が狸ですか!断固として抗議します。謝罪して撤回してください!」
「はいはい。文句があるんやったら、研究所のお偉いさんに言うてや。宮崎教授が、こんなんどうやって企画出さはったそうやで。皆、この狸顔やったらロリコンのスケベ野郎に受けそうやって、めでたく製作決定や。良かったやん」
マルロクは固まってしまった。気の毒に。マルヨンは嬉しそうに笑っている。本当に仲悪いなこの二人。よくよく見ると、マルロクは涙目になっている。
「少佐殿!この失敗作のデカブツに何とか言ってくださいよう!」
こちらを見て訴えかけてくるので何か言おうとしたら、その前にマルヨンは怒りを露わにする。
「誰がデカブツじゃ!ウチは187センチしかあらへんわ!」
「十分デカブツです!」
「二回も言うな!この狸娘!」
「予算オーバーの失敗作のくせに!金食い虫の失敗作!」
「何やと!ウチは優秀やから、GR04のなかでウチだけが生き残っとるんやで!アホ!」
2人の言い争いが続いている間、嫌なことが頭をよぎる。まさか俺、この女性の肉体を乗っ取っているわけじゃあるまいな?あるいは入れ替わっているとか・・・。まずいな、俺の人生を生きることを強制しているかもしれないって・・・。でも、それは不可抗力。勘弁してくれよ、どこの誰ともしれない人。
でも次の瞬間、もっと嫌なことが頭をよぎり、ぞくっと悪寒が走った。やばい!今俺女の子になっているんだ!彼氏だとか、婚約者なんていないだろうな?ましてや夫だとか子供、果ては姑がいる可能性もあるよな。やばい!やばい!そんなのまっぴらだぜ!ただでさえ頭が痛いのに!
投薬治療では鬱屈とした思いは上向かない。カウンセリングを受けても、何を話していいやらで会話が嚙み合わないし、気まずい沈黙が流れるだけ。そこに心底素敵な女性(ロボットだと主張しているけど)が現れても、大して気持ちは変わらない。光が差し込んで来たような気がするけれど、曇天模様であることには何も変わらない。
それにしても、検非違使庁。古の都で治安維持に当たっていた省庁。朧げな記憶では、古語辞典にそう書いてあった。そこで少佐の位を与えられ、何をさせられるのか?
「ねえ、それくらいにしたら?話が全然前に向いて進んでいないわよ?」
マルヨンは、
「はい!申し訳ありませんでした!全部こいつのせいです!」
マルロクは、
「はい!申し訳ありませんでした!全部この方のせいです!」
お互いを指差して、ものの見事にハモッている。
「何て言うか、うん。説明会にはなっていないわよね?」
マルヨンとマルロクはむすっとした顔で、お互いににらみ合う。
その隙に素早く左手の薬指を見る。良かった。指輪はしていない。それにしても、案外中身がおっさんだとばれないものだ。ゆっくりと丁寧に話せば、ある程度女性に寄せることが出来るみたいだ。取りあえず肉体は女性なわけだから。
「そんなら、改めてウチが続きを説明させてもらいます」
マルヨンは手を叩き、そう宣言して話を始める。
「ええとですね、ウチらは5月1日付けで大阪人工知能研究所いうところを拠点に活動を開始します。そこでGR05、兵員型軍人ロボットを活用した実証実験を行う訳ですが、この狸娘が兵どもに命令を出して上手く操りながら、自分自身も狸の術を使うたハニトラ作戦を行うのが味噌です」
「誰が狸だよ、失敗作のデカ女め」
隣に座っているマルロクは不満たらたらだ。ばれないようにこっそり呟いているつもりなのだろうけれど、バレバレだよ。マルヨンに聞こえているかは分からないけれど。
「まず標的はですね」
マルヨンはその間にプロジェクターを作動させ、正面のスクリーンに、
「検非違使庁が排除すべき対象」
なるものを映し出した。いつの間にか伊達メガネをかけ、スクリーンに映し出された「逆賊」という大きな文字を指し示す。
「一番最初はこれですね。天皇陛下に弓を引く逆賊。具体的にはアカの奴らです。もう爺だらけで下火もええとこになってますけど、まだシンパの奴らが居てますからねえ。ごくたまにアホが騒動を起こしますし。伝統的にウチらが取り締まる対象はこいつらです。次!」
今度は「国賊」という文字を映し出す。
「売国奴ですね。売国奴。お国よりもよその国を優先するような奴らです。それとか、外人にええかっこして公平な措置を取らない奴です。要するに国益を損ねる奴らです。それでですね」
画像が切り替わるとそこには人相の悪い若造が映っていた。両腕に入れ墨を入れ、こちらを睨みつけていた。
「こいつ、クソ生意気でしょ?やくざみたいですけど構成員やないんで、暴力団対策法の外側に居やがるんです。入れ墨入れとるくせに『タトゥ―』だとか抜かすんでっせ。他人を威圧してビビらせるために入れとるくせに『芸術』やとか、アホやことをほざくんでっせ?こんなん放っておくわけにはいかんでしょ?せやから最近は、こいつみたいなろくでなしのクソ野郎を『お掃除』するのが、重点目標なんです。こいつらはスケベ野郎やし、女をものにしてやろうって考えて行動するクソ野郎ですから、『ハニトラ』で引っかけます。ただですね」
また画像が切り替わる。そこには気の弱そうなサラリーマンらしい中年男がいた。可愛らしい少女と、ご満悦な表情でピースサインをしている、その写真が写ったボードを持たされている。
「こういう女と見たら鼻の下を伸ばすスケベ野郎が引っ掛かったら、弱みが握れた訳なんでそれは最大限利用します。地位が有る奴なんか最高ですよ。はい、次!」
「スパイ野郎」と浮き出たその文字は、ひときわ大きな赤い文字だった。
「言うまでも無いですね。よその国の使い走りをするような輩を『お掃除』するのが最重要課題です。あらゆる手を駆使して、『お掃除』です。次!」
まだあるのかよ!今度は「犯罪者予備軍」だった。
「誰でも良いから殺してみたかったとか、そんなことをほざくくせに女子供を殺す。そんなカスみたいな輩です。他にもいてますね?ストーカーとか子供を虐待する輩。こんなんは、被害者が出る前に着実に『お掃除』です。はい、次!」
お次は「不逞外人」だ。
「まあ、基本的に外人連中は出入国管理統制庁が管轄ですから、見つけ次第あちらに引き渡せば良いんです。ただ、犯罪性向が進んでいる奴は『お掃除』の対象です。まあ、ざっとこんなところですね」
マルヨンは物騒なことをスラスラと並べ立てた。俺は悪い予感がして、悪寒が走った。何度もしつこく繰り返された「お掃除」って、「ぶっ殺す!」ってことなんだろう?そう疑問をぶつけると、
「いいえ、違います。『お掃除』することです!」
マルヨンは伊達メガネを外してポケットにしまい、そう答えてきた。
「えっ⁉」
おいおい、答えになっていないよ⁉
「あのですね、禅問答じゃないんですから、せめてあの世ってゴミ箱に・・・んんっ!・・・お掃除するって言いましょうよ」
マルロクは呆れたと言う声を上げる。おい!やっぱり「ぶっ殺す!」じゃないか!
「何言うとんねん、アホ!特定生活保護者専用住宅でお世話係しながら、余生を過ごしてもらうのも『お掃除』の内やろ?」
「まあ、それも有りですけどお・・・、基本、行方不明になってもら・・・んんっ!・・・ここじゃないどこかへ自分探しの旅に出てもらうものでしょう?『お掃除』って」
両手を広げるマルロク。黙っていた方が良いぞ、これ。
「ん?何か引いてませんか、少佐殿?」
そりゃ当たり前だろう!しかしそんなことはおくびにも出せない。
「うん・・・何て言うか、そのう・・・犯罪者を道頓堀川に浮かべるのがあなた達の言う、『お掃除』なの?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えます!」
マルヨンは腕組みをして、何だか誇らしげにそう言った。
「また禅問答ですか?少佐殿を混乱させないで下さいよ」
「せやけどその通りなんやから、しゃーない。まあ、具体的なことはこれ以上お伝えする必要は無いと、ウチは考えますのでこの件はこれまで!」
何だか頭が痛い。寝る前が一番酷くて日中はそうでもない。調子が良いときはだが。ついでに喉の渇きも押し寄せてくる。医務室で寝かせてもらおう。その間に現況を把握する術を探そう。
「ねえ、それなら医務室へ連れて行ってくれない?頭が痛くなってきた。今日はあまり体調が良くないの。少し横になりたい」
「分かりました!ほんなら、ウチがお連れします!」
マルヨンはやけに張り切っている。だがマルロクは慌てて、
「いいえ、そう言う訳にはいきませんよ!まだまだ説明事項たっぷり残っていますよ!」
と言ってマルヨンを止めようとするが、
「自分、何言うとんねん!調子悪い言うてはるのやから、医務室へ連れて行くのは当然やんけ!」
「黙って座って頂くだけのことじゃないですか!」
「横になりたい言うてはるやろ!」
又しても鍔迫り合い。
「ねえ、そんなことされると余計に頭が痛くなるのだけれど、どうしてこんなことで揉めないといけないの?」
やれやれ。ようやく二人は黙った。
「医務室の場所を教えて」
「はい!」
二人とも声を揃えて言う。そんなつもりなど無いだろうが。その証拠にお互いに不俱戴天の敵のように、にらみ合っている。
「うん。やっぱりウチがお姫様抱っこして連れて行って差し上げます」
マルヨンは唐突にそんなことを言って俺の方を見る。
「いや、そんなことしてもらう必要は無いわよ?」
お姫様抱っこって・・・それは途轍もなく恥ずかしい。第一、絵面がやばいだろ。
「何でですの?ウチ、少佐殿をお姫様抱っこするぐらい楽勝でっせ?」
「そういう問題じゃないですよ、准尉殿。馬鹿なんですか?」
「何やと!体調悪い言うてはるのやから、歩かせること無いやろ!」
なるほど、俺のことを気遣ってくれていることは理解できる。だがそれはそれとして恥ずかしいので、拒否して医務室へ向かうことに。
「あのう、遠慮する必要あらへんですよ?ほんま。ウチ、もっと少佐殿に奉仕したいです。何か拒絶されているみたいで、辛いです」
何だかしょんぼりした声のマルヨン。だから、ふとおもいついたまま聞いてみた。
「ロボットの兵隊さんなのに、メイド服着用でOKなの?」
そう聞くと、言葉を続けようと思う間もなく返答があった。
「そうなんですよ。どっちの格好してもかまへん言われてまして」
表情がぱっと明るくなった。
「そう。似合っているわよ」
「えへへ、そうです?実はウチもこっちの方が気に入っています。あんまり大きな声で言うたらあかんのですけどね」
言い終わる直前にウインクされてしまい、どぎまぎしてしまった。女言葉で喋る様意識しているからか、さっきから喉の渇きがたまらなくなってきた。早いことベッドで横になろう。さもないと、俺を挟んで火花を散らせている二人の冷戦が収まらない。ベッドで横になろうとすると、遂に意地の張り合いからか口喧嘩を始める始末。
「いい加減にしてくれないかな?体調悪いから横になりたいって言ったわよ?」
流石に二人ともビクッとして、その場で姿勢を正した。
「マルロクだっけ?水を持って来てくれる?喉が渇いた」
「はいっ!喜んで!」
「居酒屋かっ!」
突っ込みを入れるマルヨンに聞いてみた。
「そう言えばあなた達の名前、聞いていなかったわね。もしかして番号だけなの?」
「そうなんです!形式番号で呼ばれてて、名前あらへんのです!」
異様なほどの食いつき。固く手を握られる。近づいてくる凛々しく綺麗な顔。
「名前付けてくれまへんか?図々しいお願いなんは百も承知ですけど、兵どもには名前付いてるのに、ウチにはあらへんのです。形式番号の『マルヨン』でもかまへんですけど、やっぱり何ぞ適当な名前が欲しいです。後でも全然構いませんよって、考えて下さい。お願いします!」
「巴」
俺を拝み倒すようなマルヨンを見ていたら、すっと自分でも驚くほど簡単に言葉が出てきた。普段は黙りこくっているのに。次に言うべきことが、適切な言葉が見つからないから。
「そう、巴にしよう。巴御前にちなんで」
次の刹那、巴は声にならない声を張り上げながら飛び上がったかと思うと、目をつぶって地団駄を踏みポニーテールを揺らす。全身で喜びを表現している様がとても可愛らしかった。
「巴御前!最高ですやん!おおきに!おおきに!こんなええ名前頂けるやなんて!ウチ、めっちゃ嬉しいです!」
今度は抱擁だった。痛いほど強く抱きしめてくる。本物の女性としか思えない温もりを感じる。
「そんなに嬉しい?」
「ええ。もちろん!」
破顔一笑。途轍もない笑顔。心拍数が上がる。耳たぶまで赤くなっているのを感じる。思わず目を背けてしまうが、何故が巴の方もそうだった。
「ええと、何て言うたらええんやろ、そのう、ついで言うたら何ですけど名字も欲しいです。すんません、厚かましいことを言うて」
やけに神妙というか、しおらしい声。
「そうねえ・・・」
声が震える。喉の中をにちゃにちゃした感覚が覆う。
「そうねえ、巴御前は木曾義仲の愛妾だったわけだから、木曾・・・う~ん、いや、一文字加えて木曾川とでもしようか?」
マルヨン改め木曾川巴は、両拳を握り締め万歳する。
「いやったあ、フウ~」
大声で咆哮しただけでは足りないのか、
「イエ~ス」
と叫んで右拳を突き上げ、
「マイドリ~ム」
今度はY字状に万歳して背を反らす。ドン引きするほどの喜びよう。そんなに嬉しいのか。
「ほんま最高ですわ!狸娘より先に名前頂けて。めっちゃ嬉しいです。!兵どもも名前だけで名字あらへんですからね。ウチが真っ先に少佐殿に気に入ってもろえたんや。うっしっし。やった、やった、フウ~」
足をバタバタさせ、また右拳を突き上げる。
「そう・・・。喜んでもらえてこっちも嬉しいわ」
口の中の渇きが我慢できなくなってきた。本心からか、つるりと出てきた言葉に自分でも驚いたが、どこか無理をしているのか?
「嬉しそうでなによりですねえ、准尉殿!」
心底から憎しみに満ちた声が聞こえ、肝が冷えた。マルロクの目は爛々と光り、巴に対して容赦なく殺意に満ちた視線を向けていた。
「少佐殿から素敵なお名前を頂けて、本当に良かったですねえ。私もそんな風に命名して頂けると嬉しいですねえ」
明らかにさっきより低い声だ。どす黒い憎しみの波動を感じる。俺は人生初の修羅場?に巻き込まれているのを、どう捉えればいいのだろう?君、ロボットというよりアンドロイドだよね?だから人間みたいな感情があるわけ?
「そうやなあ、そうなったらええなあ。いつになるか知らんけど」
こらっ!煽るな!
「はい、どうぞ」
マルロクは、こっちにすたすたと歩み寄って来たと思ったら、満面の笑みでコップを差し出してきた。そして、さっきのような鬼の形相になって巴と睨み合う。
「何や、お願いせえへんのか?」
巴は笑いながらマルロクを挑発する。女同士?の闘いはどうやら火蓋が切られたようだ。続きなんぞ見たくも無いが。だからその続きが、
「私にも何か素敵な名前下さいませんか、少佐殿?」
と、マルロクがあっさりとこちらに笑顔を向けるという展開になったことで、心底ほっとした。ほっとしたがそれで済む訳が無い。さてどうしたものか。とりあえず、コップに中の水を全部飲み干す。その上で、半分霞がかかったようなぼうっとした脳をフル回転させる。
「ええ、そうね・・・静・・・でどうかな?」
黙っていれば、それで文庫本でも読んでいれば、それは全く違和感のない名前だと思う。
「ええ~それって明らかに『巴』からの連想じゃないですか・もう少し考えて頂けませんか?」
なかなか注文が五月蠅い。でも、小首を傾げながら両手の拳を握り締め、胸元に持って行ってこちらに訴えかけるのは、凄くあざとくて可愛い。
「え・・・あ・・・ごめんなさい。でも、でも、良い名前でしょう?」
「そうですね。じゃあ、名字も下さいますよね当然」
まあ、そう来るよね。そうでなきゃ収まりが悪いし。それにしてもこんな顔でおねだりされるのは悪くない。なるほど、ハニトラ作戦向きだよ。
「うん・・・そうねえ・・・。ええっと・・・」
ぱっと天啓が降りて来た。
「鎌倉!鎌倉静でどう?」
マルロク改め鎌倉静は、げんなりしたような不機嫌な表情を浮かべる。
「ええ~あんな雅の欠片も無い、坂東武者の根城を冠した名前なんか嫌です~」
「21世紀の感覚で喋れや、アホ!」
巴がもっともなツッコミを入れる。
「だって明らかに連想と対比じゃないですか」
又もぷくっと頬を膨らませる。生徒に言うことを聞いてもらえない先生って、こんな感想を持つのだろうかなあ。そんな情けない気持ちで一杯になった。
「でも、良しとしましょう。お疲れのところを必死に考えて下さったのでしょうし」
ふふんと鼻を鳴らす。一応気に入ってはくれたようだ。やれやれ、これで横になって休める。
「おい、この辺でええやろ」
手をこちらに差し伸ばすので、上着を預ける。俺はそのまま靴を脱ぎ、ベッドで横になった。
「この辺でいいって、どういう意味ですか?」
静はむっとしているのか、巴にいささか棘のある尋ね方をする。
「体調があんまり良くないんやったら休まなあかん。無理したって、何もええこと無いんやからな。しばらく寝かして差し上げろ。起きてくるまでは」
巴はそう言い、医務室を出て行った。
「何ですかそれ。この後のこともあるでしょう。しばらくってどのくらいですか?」
巴に向かって声を張り上げ、
「全く、旧型のデカ女め」
と言い残して、これもまた去って行った。
ゆっくりと目を閉じる。にわかに信じられない状況に一人取り残されたが、それでもそうしてもらわずにはいられなかった。とにかく精神的に疲れた。女性になりきろうとしたからだろう。中身がおっさんであることは、ばれていないだろうか?
横になったせいか、次第に睡魔に襲われる。山ほど確認事項があるのに、その一つ一つを考えるのはとても億劫で、考えがまるで纏まらない。下手の考え休むに似たり。あれこれ悩んでも仕方がない。そう開き直ってみるべきか?しかし現時点では、諸々の個人情報どころか名前すら分からない。頗る不味い。そんなことでどうする。そもそもこの女性は何者だろう?俺の肉体は何処へ?色々思考を張り巡らしている内に、意識は暗い水面の底へと次第に沈んでいった。