リア充撲滅委員の俺が美少女に告白されてしまった……
リア充。それは外道。許せない。
リア充。それは畜生。許せない。
リア充。それは悪人。許せない。
おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ許さんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
担任教師からのありがたいお言葉なんて受け付けないほど、脳内独話に勤しんでいた俺に終礼の終わりを告げる鐘が水を差す。同時に、級友とは呼べないクラスの奴らが部活に行ったり、帰路についたりして一人、また一人と教室から姿を消していく。
「川上君。ちょっと……いいかな?」
「ファッ!?」
耳を疑ってしまった。だが、川上は俺の苗字だ。エマージェンシー。俺が何者かに話しかけられている。こりゃ大事件だ。
「川上君って部活とかバイトってしてたっけ?」
「いや、部活には入ってない……バイトもしてない……です。」
帰りのホームルーム前に終わらせられなかった帰り支度をするために、机の引き出しから教科書とか筆箱とかを鞄にほっているのに夢中だった顔を声のした方へ向けてみる。
どうしよう女だ。
その女は、端正な顔立ちをしており、マシュマロみたいに肌白く、澄んだ川のように美しく流れる黒髪ロングである。如何にも清楚系美少女って感じだ。緊張して敬語まで使ってしまった。
「じゃあ今から時間ある?ちょっと話したいことあるんだけど……いいかな?」
「まぁ、一様ありますですけど……ちょっとだけなら」
脊髄反射で気持ち悪い日本語が出てしまった。ていうか、俺の返事が質問の回答になってない気がする。緊張のせいで俺の頭がニート化しているのだろう。サボるな!いつまで親のすねをカジっているつもりだ!!働け!!あーもう絶対キモがられてる。穴があったら入りたい。帰りたい。死にたい……
「えっ?ごめん、なんて?」
杞憂だったみたい。俺の声がちっさすぎて聞こえなかったのかしらね。普通のボリュームで話した気がするのに。これも陰キャの宿命というやつですか。
彼女は、俺の再度の返答に傾聴の姿勢を示しているようだ。クッソ近い。次こそは!と2倍増しを意識して声を出す。
「この後は、一様用事がありますけどちょっとだけなら、大丈夫です。」
「オッケ!えーっとぉ、ここじゃぁ話しにくいからさ、ちょっと場所変えよっか!あー、あと時間は全然取らせないから!5分くらいで終わるから!!そんぐらいなら時間大丈夫?」
俺はその問いに首肯し、彼女とともに2-1と名付けられているハコからついに脱出した。
そういえば、話ってなんなのかしら……。もしや、例の事がバレたとか……。いや、でもそんなことでわざわざ一回も会話したことがない空気みたいな俺に直談判するのか?ていうか、この子名前なんだっけか?同級だということは分かるけど、俺はクラスのメンツには基本興味がないので、名前はほとんど覚えていない。そして、この子もその例外ではない。
彼女に連れられて着いたのは、体育館裏だった。バスケ部だかバレー部だかは知らんが、体育館の床に靴がこすれているのだろう。キュキュッ、キュキュッという音がする。
俺と彼女がいるところは、今日の我が国での役目を終えようとしている朱色のブンドキの明かりを体育館が遮っている。真冬のため、お天道様も早期退社なのだろう。ワイも速く帰りたいな。
俺の正面に立っている清楚美女のマシュマロみたいに白い顔は、なんだか面はゆい表情をしている気がする。そして、右手を半握りにして胸のところに置き、身をタジタジさせている。なんとなくだが、次の言動に逡巡しているようにもみえる。氷みたいに凍ってしまった沈黙の時間を溶くために、俺も次の言葉を冬の寒冷によって脱ニート化した頭で模索しているが、一向に答えが出ない。改めてコミュ障な自分が嫌になる。どうすればいいのだろうか。
「あっ あのさぁ……川上くん」と、彼女が俺の名を発し口火を切り、沈黙の氷は溶けた。それに俺は、一体どんな言葉が流れてくるのだろうと恐怖し、戦慄いた声で「はい……」と受け止める。
「ずっと前から好きでした。付き合ってください」
彼女の口からその言葉が訥々と溶け出てきた。直後、体育館から聞こえる声援や、靴と床がこすれる音を俺の鼓膜は遮るようになった。同時に、俺の頭は目の前から流れてきたそれに支配された。
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その言葉を反芻し、やっとこさ飲み込めたとき、告白の発射から一体どれほどの時間が経過したかわからない。これまでの人生で一番長い一瞬に感じた。
なんてこった……。
リア充撲滅委員の俺が美少女に告白されてしまった……。
普通の男なら、美少女に告白されれば、ニヤニヤして鼻の下を伸ばしながら狂喜乱舞するのだろう。しかし、俺はその例外なのだ。別に恋人もいないのに、告白への返答を保留した。正直、今は何も考えられない。とりあえず俺は、後で返答をするために彼女と連絡先を交換し、人間に見つかったゴキブリのようにササっとその場から逃げだした。なんだか、休日を開けた月曜日の通学時みたいな気分だった。俺の足取りは、彼女が見えなくなるにつれて、泥の中を進んでいるかのようにドシドシと鈍くなっていった。
俺が告白への返答を保留した理由。それは、俺が所属しているから。何にかって?それは,リア充撲滅委員会といううちの学校に設置されている特殊組織にだ。活動内容は名前にもあるとおり、リア充を撲滅させることだ。爆発させても良いかもしれない。日本の少子化に拍車をかけるとか、他人の恋愛に口出しするべきではないとか、そんな正論をのたまわないでくれよ。この委員会は至って真剣です。と言っても、放課後空いている多目的室を勉強会という名目で勝手に使って、陰キャが嘆くだけの学校非公式組織である。うーん、それってまったく真剣ではないのでは?と自嘲気味に心の中でツッコミをしてみる。
そんな益体のないことを考えながら、部室もとい多目的室へ向かっていると、「よぉっ!! 川上ぃぃ」と突然後ろから、聞き覚えのある甲高い声が聞こえた。俺の名を呼んでいるようだ。何かしらと振り返ってみると、そこには、金髪のポニーテールをフリフリさせながら、色白の顔をニコニコさせている女がいた。
「ふぇ……あぁ、美澄さんか」と思わず俺の口から、その女の苗字がこぼれ出た。彼女の名前は美澄亜美。俺と同じ学年の女子。正直、さきほど告白してきた女子と張り合えるかわいさがある。
「川上も委員会に向かっているの?」
美澄さんは顔をキョとんとさせ問いかけてくる。正直、今日はもう帰りたいのだが、気がつけば、俺の右手が美澄さんの両手にガシっと取り押さえられていた。問いを投げかけられた気がするのだが、強要なのではとも思える。正直怖いので、その圧力からは逃げられない。
「あぁ……俺も、行きます。というか、向かっている最中でした」と仕方なく答え、俺は、非リアの集会所へと足を運ばなければいけなくなる。
「なんで、敬語?いつもと雰囲気違くねぇ?」などと、なんとも鋭いことを怪訝そうにのたまわれたので、俺はビクッとしてしまう。
「いやぁ、いつも通りですよーん」
ぎこちなさマックスでかぶりを振ってみたのだが……
「川上きめぇ……死ねよ。やっぱりおかしいよあんた、なんかあった?」
「いやぁ、なにもないですよーん」
何かはありましたけど、それについてはあなたに絶対言えません。
「川上きめぇ……死ねよ。やっぱりおかしいよあんた、なんかあった?」
ていうか、ちゃんと話聞いてます?なんか会話がループしてるんですけど……
などと、美澄さんと白痴な会話の応酬をしながら歩いていると、とうとう陰キャの巣窟へと到達してしまった。いつもなら、ワクワク!ドキドキ!キャッキャウフフ!!して、その多目的室という仮の名を背負った部屋の扉を開けるのだが、今回は訳が違う。
多目的室の床はリノリウムが支配しており、立脚式の横長机が二つの白い椅子を携えながら、二列体制で立ち並んでいる。そして、すでに16個ある椅子の半分以上は占拠されていた。
「貴様ら、遅かったではないか、会議は既に始まっておるのだぞ」
ホワイトボードの脇に立っているメガネのぽっちゃり系男子に、俺と美澄さんは遅刻を戒められた。それに、俺と美澄さんは、すみませんと頭を下げて、そそくさとホワイトボードから一番遠い席に横並びで座る。
さきほど、俺たちの遅刻を咎めたメガネ男子は、委員長という称号を持っている浜田先輩だ。浜田先輩は、コホンと咳払いをして、会議を再開させる。
「えぇ……では、今週の憎きリア充どもの愚行について気になる点を発表してもらおう」と浜田先輩は、椅子も机もないところで棒立ちしてゲンドウポーズで告げた。何故か、メガネが反射して眼球が確認できない。
浜田先輩の声を受け、ホワイトボード目の前の最前列右端に座っている男子生徒が起立した。
始まった。始まってしまった。
起立した男子生徒が、右手に紙を持ち、それに書かれた不平不満を滔々とぶちまけていく。
「今週の奴らの言動で、私が最も許せないと思ったものは、私の下校途中にある公園でのことです。奴らはベンチに腰掛け、手をつなぎニコニコ、ニコニコ、ニコニコ、しまいにはァ、顔を近づけてギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーという感じです。許せません。公共の場であんなことするなんて、許せない。許せない。許せない。ア”ーーーチクショーーメーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
それを聞いた委員会メンバーたちは、ざわざわと、許せない。許せない。とぼやいている。
俺もかつては、この人たちといっしょだった。でも、ついさっき俺は、奴らをひがむ権利を失ってしまった。なぜかって?それはもちろん、わかるよな?俺は今リア充と非リアの境界線にいる存在だ。だがしかし、どちらにもなれる中立的ポジションにいるということは、どちらの気持ちも真に理解しきれてはいないのかもしれない。
放課後までの俺はただの非リアで、この人たちと同じ分類で、共に奴らをひがむことに愉悦を感じていた。いつもそれで放課後が楽しみだった。でも、今はこの人たちと同じ教室にいるのに、まったく別の景色を見ているようだ。疎外感が俺の心臓を握り絞っている。同時に、謎の高揚感が押し寄せてきた。俺は、この感情の別名を知っている。しかし、なんとなく結びつけたくはなかった。それをしてしまうと、もうここには居られなくなるような気がするから。
「そして、もう一つお話があります」
先ほど不平不満をメンバーと共有した男子生徒は話題の転換を促した。
「実は、この中に異性に告白された者がいるという情報を手にしました。つまり、リア充の種です。唐突で申し訳ないのですが、弾劾を行いたいのです。浜田委員長、よろしいですか?」
その言葉に浜田先輩は首肯して話の続きを促した。それを聞いたメンバーたちは、許せない。許せない。許せない。と、テンプレのようにぼやく。
え……
先ほど不平不満をのたまっていた男子生徒がこちらを見た。刹那。察した。心臓が50メートル走を走り終えたあとみたいにドクッ、ドクッと大きく鼓動する。さらに、冷や汗で脇がしみてくる。
俺のことだ……処刑される。終わりだ。
男子生徒がこちらに一歩、一歩と、かみしめるように近づいてくる。
トン、トン、トンと靴がリノリウムを叩く音が教室に響きながらメンバーの視線をその男子生徒は集めている。この空気と、向かってくるその人に畏怖した俺は、こべりついてとれない汚れのようにそこから動けず、見たくないものを視界から追い出すために涙目を閉じる。
「おまえだろ!おまえが告白されたんだろ!!情報はあがっているんだよ!!」
男子生徒は、鬼の形相で声たかだかにどなる。
「ヒィ……」と発するべき主は俺だ。俺のはずだ。しかし、目を開けた瞬間察した。杞憂だと。
俺の目の前に座っている女子生徒にその怒号はかけられていた。憤怒の標的はその女子生徒だったらしい。よくよく冷静になって考えてみれば、先ほど告白されて、すぐにその情報がこの人たちにまで出回っているのもおかしな話だ。ということで、目の前で起こっている弾劾の趨勢を見守ることにする。
「べ……別に、私告白なんかされていません。」と、女子生徒は食い下がる。しかし、その声音は言葉尻になるにつれて、ボソボソと弱くなっていく。
「これが、証拠だよ」
検察官は、自身の携帯を取り出し、録音されている音声を流し始めた。そこから聞こえてきたのは、まさに告白の証左だった。好きですとか、付き合ってくださいとか、そんな決め台詞が教室にいる者の耳を支配した。どうやって手に入れたんだよそれ。ていうか、普通に盗聴なのでは……
そして、女子生徒は状況を察し諦観の境地に入る。
「うぅ……そんなのしょうがないじゃないですか。というか、私別に何も悪いことはしてないじゃないですか。私はただ、告白されただけ……」
正論である。
「いいや、告白されたおまえが悪い」
暴論である。
その舌鋒するどい弾劾に屈し、ダミ声で「失礼します」とだけぼそっと発し、女子生徒は席を立って一目散に逃げ去った。追いかける者は一人としていない。外道の集団である。
「ふむ、悪しきリア充の種を、この神聖な空間から追い出すことができたな。」
浜田先輩はうんうんと首を縦にふりながら述べた。
というか、逃がしたら撲滅はできないのでは?とは口が裂けても言えない。
このような事態はこれまでも何度かあった。こんなのは理不尽だ。だが、これまでこのような状況を見て愉悦に浸っていた自分がいたことも確かである。
彼女は、自分が告白されたことを隠して、どっかの誰かさんのように。おびえていたのだろう。バレたらここには居られなくなる。裏切り者になってしまう。ただ、告白されただけなのに。さしずめ、今目の前で起こった出来事は、次に俺を襲うかもしれないのだ。明日は我が身である。
「ふぅ……まぁこの辺で今日の委員会は解散にするか。各自、いつものように、来週までにリア充の愚行エピソードを20個集めてこい!今度こそ必ずだ!!」
そう浜田先輩は終了の合図をして、宿題を提示するが、これまでまともにやってきた人間はほとんどいない。というか、でっちあげないかぎりは、現実的に不可能である。この人は、絶対教師になってはいけない。
はぁ……と思わず安堵のため息が飛び出した。すると、横にいた美澄さんが心配そうな面持ちでこちらを見つめてくる。
「どした?そんなでっかいため息ついて」
「あーいや、なんでもない」
「そっか、じゃ帰るぞ」
というわけで、多目的室を後にし、俺は美澄さんとともに帰路についた。
俺の左横を歩く美澄亜美というJKは、端的にいうと至極美人。金髪ポニーテールをフリフリさせながら歩くその横顔を見ると外国人モデルさんとデートでもしているのかと、つい誤解してしまいそうになる。この人なら恋人の一人や二人いてもおかしくはないのだ。いや、二人いたらおかしいよな。
ふと、歩きながら疑問に思ったことを、その金髪モデルさんに問うてみる。
「そういえば、美澄さんはなんで委員会に入ったんですか?」
「えっ……急にどうした?」
「いや、なんとなく気になりまして、その……美澄さんはどっちかというとリア充側っぽいというか……なんというか……」
「ええ!?そんなに私が委員会入っているのおかしい!?」
はい!おかしいです!!とはさすがに口に出せない。今の時代、外見だけで判断するなとか、それは偏見だとか、そんなことが飛び交う時代なので、俺もある程度言葉を選ばないといけない。
だがしかし、やはりこのような美人があの場にいることが不思議でしょうがない。ゴキブリの巣窟にメスチワワが一匹キョトンと居座っているようなものだ。
「そっかぁ、じゃあ何でだと思う?川上ぃ当ててみろよ……」と美澄さんは俺に問いをなげかける。
その仕草はなぜかゴミョゴミョしており、その横顔はなぜか朱色がかっていた。少し前にも同じような表情を見た気がする。あまり結びつけたくはないのだが……
「当ててみろと言われても、分からないから聞いてるんですけど……」と美澄さんの返答にいぶかしんでみるの。
「じゃあヒント、あんたが関係してる……」と、訥々と示してくる。
俺が関係してるってなんだよ。君たち人間はいつもそうだね。わけがわからないよ。
わかんねぇのでここはてきとうに返してみる。
「俺が非リアなのを愚かだとあざ笑うためだとか?」
違うだろうな。
「10点だな」
「10点満点中ですか?」
「100点満点中だよ。赤点だよ。てめえは宿題追加だ」
宿題とか嫌すぎる。俺の顔はブルーベリージャムみたいにぐぇぇと青ざめていたと思う。
「ていうか、その答えだったら私ブーメランなんだけど」
「あぁ……確かに」
「まぁいいや、また聞くからな!!答え、ちゃんと考えとけよ。じゃあ、また」
「う……うん」
昇降口についたところで、彼女は上履きから外靴に履き替えてそそくさとかけていった。
面倒な課題が増えてしまったなぁとまたしても深いため息が飛び出した。まぁとりあえずは、美澄さんの件は保留。で、真っ先に締め切りが近そうな課題に取り組もう。なんてことを考えながら、俺もこの忌々しい校舎からついに解放されるのだ。
「答えは出た?別に私に気を遣わなくていいからね?」
家に着き、ベッドに横になって携帯をいじっていたとき、携帯画面上部にその一文の通知が表示された。
送信主名には沙喜と書かれている。彼女は件の彼女だ。美澄さんではない。俺なんぞに告白してきた方の彼女だ。放火後に学校で連絡先を交換した彼女だ。沙喜という名前だったのは初めて知った。同じクラスなのにな。いかに自分がクラスメイトに興味を示していないかを改めて認識したよ。
正直、すぐに告白への答えは出したくないので、未読スルーを決め込みたい。しかし、一つ確認したいことがあるので不承不承情報伝達アプリを開く。
「答えは、ごめんなさいもう少し待ってほしいんですけど、一つ聞きたいことがあって」
「敬語笑笑 何かな?聞きたいことって」
いや、同じ学年の女子にでも敬語を使ってしまうのが、か弱い陰キャなのです。というか、JK文字打つの速くない?返信速くない?マジやばくない?
「放課後の体育館裏でのこと何ですけど、あのとき僕ら以外に誰かいました?」
「いや、いなかったんじゃないかな? え?それが聞きたかったの?」
「あ、そうです!!」
そうか、なら今日の委員会みたいに、告白現場が録音されていることはなさそうかな。ふと、俺の口から安堵の息が漏れ出す。
まぁ、あのときは既に委員会は始まっていたからな。あの時間にわざわざ録音している者もいないだろう。
「質問は以上かな?」
「はい、もう大丈夫です」
「オッケー!!ところでさ、明日って暇かな?もしよかったらちょっと遊びいかない?」
あぁそういえば、明日は土曜日、つまり休日だ。今日は色々あったせいで忘れていた。
「もし、明日いっしょに遊び行ってくれたら、委員会には私が君に告白したこと黙っといたげるね♡」
…………は?
理解不能なのでもう一度その文章を読み返してみる。
「もし、明日いっしょに遊び行ってくれたら、委員会には私が君に告白したこと黙っといたげるね♡」
うちの委員会は学校非公認の組織だ。まぁ、確かに特徴のある名称で一度聞いたら忘れないだろう。しかし、正直生徒の認知度はあまり高いものじゃない。なのに、なんで知っているのだ?たまたま風の噂に聞いたとか?というか、この人俺がリア充撲滅委員会に所属しているのを知っていたのに告白してきたのか?
「委員会のこと知っていたんですね」
「まぁね」
「何で知ってるんですか?」
「そりゃ、有名だからね」
「えっ、そうなんですか」
マジかよ。なんかもっと、暗躍して世界を牛耳る秘密組織だと思ってたよ。
「わかりました。どこで遊ぶんですか?」
「うん、それはね……」
翌日、彼女が待ちあわせに指定したのは、地方一都会といわれる都市のとある駅だった。ここはリア充が跋扈する世紀末ワールド。YouはShock!!右見てもカップル、左見てもカップル。許せない……と、安易にぼやくことも今の俺にはできやしないのだが。
待ち合わせ時間まで残り15分。俺の方が先についたようで、周りを見渡しても彼女はいない。早く来過ぎちゃった。べ、ベツに楽しみにしてたんじゃないんだからね!!いや、マジで。
「うん?川上ぃぃ?」
敵地を哨戒していると、背後から敵襲。……じゃなかった、小生を呼ぶ声がする。すかさず振り向き臨戦態勢。……じゃなかった、声の主と対面する。
そこには、興奮しているときの犬の尻尾のように、金髪のポニーテールを横にフリフリさせている少女がいた。
「えっ……美澄さん?」
思いがけない邂逅に唾をごくり。
そう、彼女は件の彼女ではない。俺に告白してきたほうの女ではない。共にリア充撲滅委員会所属の同士である。味方兵である。味方兵のはずである。しかし今は、背中を預けるわけにはいかない相手である。
「川上ぃ、こんなとこで何してんの?」
女と待ち合わせをしている状況での委員会メンバーはミスマッチ……
なんとか戦略的撤退をしなければ…………積む。
「い、いやぁ、あのぉ……」
美澄さんのいぶかしむ眼光が、俺を離さない。
「あ、あれです!!アニ○イトです!アニ○イト!!」
「なるほどねぇ……まぁ確かに川上が……あっ、ごめん間違えた、非リアキモオタ君がこのあたりにいる理由ってそのあたりだよな」
「いや、訂正しなくても良かったんですけどね。ちなみに、美澄さんは何しに来てるんですか?」
「買い物だよ」
「ぼっちですか?」
「当たり前だよなぁ!!」
「当たり前ですねぇ!!」
「な……なぁ川上ぃ、そういえばさぁ、昨日のやつの答えはでた?」
「え……突然どうしたんですか?昨日の?何のことでしたっけ?」
「は?殺すぞ??」
ものすごい剣幕でこっちみてくる。怖すぎぃぃ……ていうか、そろそろ退避しないとヤバい気が。
「あの……あれだよ、おめぇが聞いてきた。なんで私が委員会に入ったか?ってやつ……」
訥々と言葉を紡ぐ彼女は、さっきまでの剣幕はどこえやら……子猫のように弱々しい声音をつくりだし、顔は面はゆい表情をしている。
こんな表情を見たのは、彼女と彼女、昨日と今日を合わせて三回目である。
でも、結び付けてはいけない気がした。結び付けたくはなかった。そうしてしまうと、本当に後戻りができなくなる。
俺は、自分のなかの、言語化したくないそれを殺し尽くす。
とりあえず、適当に切り上げて逃げなければ、彼女がきてしまう。逃げて、待ち合わせ場所変更の旨を伝えるためのメールを送らねば。
「ごっごめんなさい……もう俺、行かなきゃ、答えはまた今度で」
踵を返し、退散!!しようとしたのに……
「まってよ……」
俺の服の右裾が、逃げようとした方とは反対方向に力が加わる。
「ま……まだ、話……終わってねえよ」
振り向くと、リンゴになった顔があった。刹那、目が合ったが、次の瞬間には右下にそらされてしまった。彼女の右手は、俺の裾をニギり、彼女の左手は、軽くニギられ彼女の胸元にポツンと。
「答えてくれるまで、離さねぇから……」
「わっ……わかりました」
是非もなし、誤答と分かっていながらも返答する。
「なっなんだろう……俺と仲良くしたいから……とかですか?」
「…………」
「みっ美澄さん?」
「80点……ぐらい……」
「そうですか……高いっすね」
「及第点だな」
「及第点高すぎません!?」
「まぁ……今日はこんぐらいで勘弁しとく」
「は……はい」
こうして、俺の右裾は無事釈放された。
「というか、美澄さん俺と仲良くしたかったんですね。なんかうれしいです」
「は?ばか。殺すぞ?」
もうやだ、この人。すぐ暴言言うし……
「あ……あとさ、もし、よかったら、よかったらなんだけど……あんたもぼっちなんだったら、今から私と……私と…………いっしょに……」
「ごっめーん、真叶君!おまたせ!!」
カタストロフィを起こす、俺のファーストネームを呼ぶ声がする。つまり、俺の名前は川上真叶
「しっ……しまった………………」
「私と…………いっしょに………………えっ」
「いやさぁ、昨日から楽しみすぎて全然寝られなくてさぁ、ちょっと寝坊しちゃった。初デートにおくれるなんて……ほんと、ごめんね」
「ちょっと……その言い方は……」
「えっ、川上……デー……ト…………」
最低。最悪。厄災。天変地異。
「なぁ、川上ぃ、このオンナ……誰だよ」
美澄さんの剣幕が復活する。終わった。人生、終わった。
「ん?この人、川上君のお知り合い?」
体がボワァっとして、冷や汗が体中から吹き出してくる。ていうか、同じ学校の同じ学年の別クラスですけど……
「……」
頭のどこを探しても、次に口に出すべき言葉が見つけられない。ただただ、顔をうつむかせ、憮然とするしかできない。情けない。美澄さんとの尋問まがいのやりとりを、もっと速く、無理矢理にでも切り上げるべきだった。もっとうまくやれたはずなのに……。失敗した。
「あなた、誰ですか?」と、遅れてきた彼女が美澄さんに向かって尋ねる。
「おまえこそ誰だよ。川上のなんなんだよ」
「私は……そうですね。真叶君の彼女……とか?」
「えぇ!?ちょ、ちょっとまってなんでいきなりそんなことに……昨日まだ考えるって送ったのに」
「……」
「美澄さん、これは違うんだ」
「私だって、まだ名前で呼んだことないのに……しかも……彼女って、じゃあ、私は……今までいったい……なんのために…………グスん、うっ、うぅぅぅぅぅぅぅ」
「みっ美澄さん?」
「私だって、私だって…………好きであんな訳分からない委員会に入った訳じゃないのに。ひどい、こんなのひどいよ……川上ぃ…………」
「こ、これは違うんだ……話を…………」
「もう……私委員会やめる」
「えっ、なんで美澄さんがやめるのさ……それって俺の方じゃ」
「うっさい!!、人の気も知らないでさぁ、もう……おまえなんか大嫌いだ………」
彼女の怒声は行き交う人々の目線をわがものにし、美澄さんは脇目も振らずこの場から遁逃した。
「ちょっ、まってよ美澄さん」
逃げ出した彼女を追いかけようと駆け出す。しかし、右手の圧迫を感じる。
「ちょちょっ追いかけるの?」
振り返ると、俺と美澄さんの趨勢を見守っていた、彼女の怪訝そうな顔がある。
「いや、でもさすがにこのまま行かせるわけにはいきませんよ」
「でっ……でもさぁ」
しまった……
一瞬だった。往来が絶えない人混みをもう一度見渡したとき、美澄さんの姿は見つけられなかった。
電話やメールを美澄さんに送ればなんとかなるかと思ったが、あの子の連絡先を俺は知らない。万策尽きたか。
あきらめるしか……ないのか……
「……」
いまどき、ラブコメでもみない典型的な修羅場後のこの空気。俺と残った彼女だけが、人混みから隔絶された空間にいる気分だった。
このあと、俺はこの子と本当にデー……遊ぶのか…………
「あー、えっとぉ、この後……どおしよっか、真叶くん。もし、あれだったら」
ほんと、憮然で無様な表情をしていたと思う。
「……すみません、来てもらってすぐにこんなことになって」
「あぁ……いやぁ、私も遅れちゃったしさ」
そもそも、俺がこの子と遊ぼうとしてたのは、委員会に告白したことを言うぞ、というある種の脅しを受けたからである。このような状況になってしまったからには、おそらくはもう、その動機は意味を成さない。
「すみません、やっぱりこの後は……」
「うん、今日は遊ぶの、やめとこっか」
俺は、彼女の顔を見据えることができなかった。それは、少しのコミュ障と、絶大なとまどいに起因していると思う。しかし、彼女の言葉の声音は、許容と慈愛に満ちているような、そんな気がした。
リア充。それは外道。許せない。
リア充。それは畜生。許せない。
リア充。それは悪人。許せない。
おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ許さんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
あの修羅場の二日後。土曜日の二日後。つまりは月曜日。
担任教師からのありがたいお言葉なんて受け付けないほど、脳内独話に勤しんでいた俺に終礼の終わりを告げる鐘が水を差す。同時に、級友とは呼べないクラスの奴らが部活に行ったり、帰路についたりして一人、また一人と教室から姿を消していく。
「川上ちょっと……いい?」
「ファッ!?」
耳を疑ってしまった。だが、川上は俺の苗字だ。エマージェンシー。俺が何者かに話しかけられている。こりゃ大事件だ。
帰り支度をしていた俺は、その声の方に目を向ける。
「え……美澄…………さん!?」
正直、俺から彼女のクラスに出向き、話しかけるべきだったのかもしれない。だが、臆病者で小心者の俺にはそれができなかった。なんと話しかけるべきかわからなかったから。何を言っても、彼女と復縁するのは不可能だと、そう思っていたから。
「川上ぃ、ちょっと、いまから話あんだけど、いい?」
ケロッとしている。正直、拍子抜けしてしまうぐらいに、彼女から二日前の修羅場のときの面影は感じられない。
「あ……その……美澄さん」
「ここじゃあれだから、ちょっと場所変えたいんだけど、いい?」
「わっ、わかりました」
俺は、その金髪ポニーテールのフリフリを、ストーカーのように追いかける。きっしょ。
「そういえば、川上も私も、もう委員会メンバーじゃないからね」
「えっ」
「今朝、浜田先輩に出会ってさ、私は普通に辞めますって言って、そのノリで川上彼女もちでしたって言ったら、ンギャーー爆ぜろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉって叫んでたよ。周囲ドン引きだったけど」
「最悪じゃぁないっすか。ていうか、別に俺、あの子と付き合ってませんから!!そもそも、そんな証拠どこにもないでしょう!!」
「別に誰もあの子なんて一言も言ってないけど、それはいったいどの子なのかな……聞かせてもらいたいけどね」
「……」
しまった、誤爆った。言質を取られてしまった。
美澄さんは、探偵が容疑者に仕掛けるような声音で、ゾゾっとするような皮肉な笑みで、肉食動物が獲物を見据えるような眼で、俺を刺しにきている。こy……
というか、委員会がメンバーに恋人がいるという情報を入手した時点で、真偽にかかわらず、そいつは委員会に居場所をなくしてしまうのだ。無視られるのだ。最悪なのだ。あの委員会に疑わしきは罰せずという言葉は存在しない。外道の集団である。つまり俺は、ジ・エンド。
事実上俺は、既にリア充撲滅委員ではなくなってしまったのだろう。
実質、今の俺は元リア充撲滅委員だ。
そういえば、これまで俺は美澄さんとたまに話していたのに、それが疑われなかったのも不思議というか……なんというか…………いや、それは傲慢かな?
「まぁいいや、こんなところで勘弁しといたげる」
「……」
ありがとうございます。と言いかけたが、その返答でいいのか、自分でも分からないので、答えは沈黙。
彼女に連れられて着いたのは、体育館裏だった。バスケ部だかバレー部だかは知らんが、体育館の床に靴がこすれているのだろう。キュキュッ、キュキュッという音がする。
「な……なあ……マッ真……叶」
「えっ?」
美澄さんに下の名前で呼ばれたのは初めてな気がする。まぁ確かに、苗字呼びから名前呼びに変えるタイミングって難しいよね。なれなれしいって思われたくないし。
「答え……出た?」
「答えって何のことですか?」
「は?殺すぞ??」
ものすごい剣幕でこっちみてくる。怖すぎぃぃ……
「あの……あれだよ、おまえが聞いてきた。なんで私が委員会に入ったか?ってやつ……」
「……」
おそらく、正解はすでに俺の頭の中にある。ずっと前から、分かっていた。でも、分かりたくなかった。あの委員会に所属していたから。だから、ずっとそれを言語化することは避けてきた。難聴鈍感優柔不断クズ主人公というラブコメあるあるな役を演じていたかった。その方が楽だったから。そうやって逃げていた。逃げていたかった……
「最後のヒント……あげるから。もう、間違えないでよ」
「……」
美澄さんは、顔を朱色に染め、唇をわななかせ、クリスマスの日にプレゼントがなかった子どものように、泣きそうな上目使いでこちらを見つめてくる。
「川か……真叶が…………さぁ、なんか委員会に入ってるって言ってたから、私も入ってみようかなって。そしたらそれが、リア充撲滅委員会とかいう訳わかんないやつで……真叶はなんか楽しそうでさ。恋人がいるやつの陰口ばっか言ってて、まるで真叶、彼女欲しくないのかなって……じゃあ私はどうすれば…………グスん」
「……」
「なのに、なのにぃぃ……こないだはさぁ、オンナとなんか待ち合わせしてて…………ぅぅぅ」
「……」
ヒントというか、模範解答を聞かされているような気分になってしまう。これにどう返せばいいのか正直分からない。
「あんた、あの後あの子と何してたのよ!!」
「何もしてないですよ!!すぐに解散しましたから!!」
「そんなのウソ!どうせまたウソついてるに決まってる。集合してすぐに解散とかありえないから!デートなんでしょ、どうせ。」
彼女の声音は弱々しくも鋭い。そんな、一見矛盾したような感想を抱かさせられる。
「だから、違うって言ってるでしょう。あれは、彼女が……」
「うっさい!!私だって、私だって!!あんたとデー…………グスン」
なんかもうこの人、めんどくさいヤンデレ彼女みたいになってる……
話を聞いてほしいのにすぐ遮られるし。
「真叶君、なに彼女以外のオンナと楽しそうに話しているんですか?」
えっ……
俺が美澄さんの詰問に殺されそうになっているときに、マシュマロみたいに白い顔をした一人の少女が一人。
「あっあんた、こないだ真叶と待ち合わせしてた」
「沙喜と言います。あなたとは同じクラスになったことはなかったですよね。あのとき、みたことあるなとは思っていましたが、やっぱり同じ学校だったんですね」
「あんた、このアホ男と付き合ってんの?」
アホ男って……
「はい、付き合ってます」
「……ッ」
「いや、別に付き合ってないから」
「はい、冗談です。私と真叶君はまだ付き合ってません。告白はしましたが、返事はもらってないので」
「告白……」
「なので、あなたみたいなヘタレとは違います」
「は?」
「え?」
「というか、私に見向きもせずに他のオンナと一緒に教室を出て行くのって酷いですよ真叶くん。」
「すっすみません……」
「こんなのに謝んなくていい!!」
「すっすみません……」
「あぁ、ごめんなさい。話の途中で割り込んでしまって、そろそろ私、退散しますね。真叶くん、下駄箱で待っているので話が終わったら速く来てくださいね。あとで説教をします」
「説教って……」
「では」
説教とか嫌すぎる。
彼女は、くるっと踵を返し戻っていく。
「なにあいつ、ホントムカつく。絶対ビ○チじゃん。絶対ア○ズレじゃん。絶対メンヘラじゃん」
「最後のはあなたじゃないですか……」
「はぁ??」
「すっすみません……」
「さぁ、気を取り直して真叶、答えを聞かせてくれる?あと、また間違えたらリア充撲滅委員会の人たちに、あんたとあのオンナの関係をあることないこと言いふらすから。もう二度と学校にこれなくしてやるから」
いや、怖すぎ。マジかよ。
正直、もう逃げられない
これまで抑えてきていた違和感を言語化する。違ったら一生もんの笑い者にされるだろうな……
「じゃ、じゃあ、俺のことが好きだからとかですか」
きっしょ。きっしょ。なんか、冷や汗やベ……これで勘違いだったらどうしよ……自分で言っておきながらハズすぎる。
「10点」
「100点満点中ですか?」
「10点満点だよ。ばか」
なんてこった……
元リア充撲滅委員の俺が美少女に告白されてしまった……
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