9話 美騎姉の秘密
今日も朝から涙目。
なんなら昨日よりも涙目な自分の顔を水で洗い、お母さんに「おはよー」と挨拶する。
いつもは寝起きに顔を洗わない息子が珍しかったようで、((変なの。))とでも言いたそうな表情をしていたが、何も聞かなかった。
朝食を食べ、さっと着替えて家を出る。
今日の集合場所は一階。フードコートがある場所だ。
ユルガンドに着いて中に入り、フードコートの中を見渡すと入口近くに座るもみかちゃんを見つけた。
「おはよ」
「おはよ。早いね!」
「んー? 美騎姉の方が早いよ!
もう道具を持って行っちゃったし」
急ぐ様子はなく、平然とそんなことを言うもみかちゃん。
((あれ? 僕、遅刻?))
不思議な状況に戸惑いながらパティチャを開き、集合時刻を確認ある。
「合ってるよね。」
間違っていなかったことに安堵しつつ、椅子に座る―――と優兄の姿が目に映った。
「おはよ!」
「「おはよ」」
薄い長袖に海パン姿で現れた優兄と挨拶を交わし、もみかちゃんが〈美騎姉は先に行った〉ことを伝える。
「え、もう行った? まじか。
じゃ、俺たちも行くか!」
道具を借りて美騎姉がいると思われる
山の麓を目指して歩き始めた。
「あ、美騎姉だ! 美騎姉ー!!」
山の麓が見える距離まで来ると、僕たちを背にして立つ美騎姉の姿を見つけた。
((ん? 何かいつもと、、、))
全体が茶褐色でファスナーによる開閉が可能な服ヲキテ、赤みがかった黒っぽいズボンを履いた美騎姉はいつもと何かが違うように感じた。
「さぁ、行こう!」
僕たちは美騎姉の合図で山道を歩き始めた。
小さな雲が数えるほどあるだけの晴れ日。
草を踏み鳴らしてできた一本道は、木々が生い茂っているので、意外と涼しい。
((人気無いのかな。このクエスト))
歩くのに邪魔となる草を優兄が鉈で、僕が鎌でザクザク切り崩しながら進む。
あまりの草の多さに、そんなことを思いながら1時間ほど歩くと、美騎姉が「着いたよ。」と言って立ち止まった。
「すご!!」
「おー!! 滝だ」
目を引くのは、何メートルもある崖の上から大量の水が流れ落ちる光景。
ゴゴゴゴといった途切れなく聞こえる轟音とともにほのかな湿気を感じる。
「わぁー!! あれ、滝?
いい感じの場所だね!」
数歩遅れて到着したもみかちゃんも、楽しそうに笑う。
「良かった!喜んでくれて。」
そんなみんなの反応に美騎姉も嬉しそうだ。
景色を堪能した僕たちは水着姿でそれぞれ体操を始める。
そこで、ふと美騎姉を見て。。。
((お。おっぱいが!!))
ツルペタなもみかちゃんと違い、はっきりとした膨らみがある。
不躾にも二度見、三度見、美騎姉を見て視線を泳がせてを繰り返していたことで、美騎姉と目が合ってしまった。
(見るなぁー!!)
そんな心の声が聞こえてきそうな表情をした後、胸を隠す仕草をする。。。が、隠しきれていない。
そこへ上着を畳み終えたもみかちゃんがやって来た。
「えぇ!?」
もみかちゃんは驚き!と言わんばかりの表情で、それだけ発言。
その声につられたのか、優兄もこちらを見て視線の先を確認――――美騎姉を見て胸の大きさに気づいたようだが、さすが優兄というべきか。自然な感じで目を逸らし、水の中へ入っていった。
硬直していたもみかちゃんが動き出し「美騎姉、めっちゃ胸でかいじゃん!」と、ド直球な発言をする。
「うん。。。それで。。。嫌で。。。」
珍しくもじもじしながら話す美騎姉。
「あーね。美騎姉と同い年で一番大きいのは・・・あ!あっちゃんだけど、それ以上だよね?」
「う、かも。。。
てか、武咲! いつまで見てんの!!」
先ほどまでの恥じらう表情から一変。
「んんー? むっくん、おっぱいに興味あるのかなぁ」
もみかちゃんも矛先を僕に向けたので、逃げるように水へ飛び込む。
思ったより冷たい。
だが、耐えられる冷たさだと感じ、魚を探す。
((ん!))
川底辺りで天子か岩魚か分からないが、泳いでいる複数の魚を発見。
獲物がいると分かったので水から上がり、女子たちを見ないよう意識しながら電撃モリを取りに行く。
「美騎姉いいなぁー。私もおっぱいほしいなぁ」
ささっと服のそばに置いた電撃モリを持って川に戻ろうとしたとき、もみかちゃんのそんな言葉が聞こえ「んぷっ」と、吹き出して笑いそうに。―――その衝動を抑えてもみかちゃんがいる方をチラッと見る。
「なによっ!」
不覚にも目が合ってしまい、怖い表情で僕の言葉を待っているようだ。
「いやー、うん。 まぁ・・・」
綻んでいた表情を隠すように無表情を装い、余計なことを言うのはやめて早足で水に飛び込む。
((あー、びっくりした。・・・さて、))
今回のクエストは2つ。
・岩魚1匹以上(ただし乱獲禁止)
・山菜採り(何でもOK)
貴重な天然魚のため、そういう書き方がされているのだろう。
とはいえ、買取価格は養殖魚と同じ。
だから、天然物を狙う人はほとんどおらず、僕も天然魚を狙うのは初めてだ。
そんなわけで、今回の岩魚クエはおまけみたいなもので遊びや山菜採りがメインになる。
だが、失敗はしたくないため、全力で岩魚捕りに臨む。
((得意な魚捕りで負けたくないし!!))
というのも、天然魚は養殖魚より難易度が格段に高いらしい。
((深さは鰹クエと同じくらいか。
優兄は、、、))
鰹より小さくすばしっこい岩魚は接近することさえ難しいようで、優兄の電撃モリは一向に届いていない。それどころか動きを先読みできておらず、ヤリが届く距離まで近寄れていない。
僕も岩魚を追っていると、もみかちゃんたちも水中にやってきた。
二人の様子を観察すると、、、
もみかちゃんは意外にも泳ぎが上手い。そして魚の動きを読むのも上手いが、電撃モリの扱いはまだまだなようで、タイミングが遅れている。
美騎姉はさすが!といった動きで泳ぎながら電撃モリを使っている。ただ、岩魚の方が上手なようで上手く躱されていた。
4者4様、別々に岩魚を狙い続ける。
((さむっ!!))
1時間ほど潜っただろうか。
身体の芯から冷えてきたなと思い、辺りを見渡す―――と、苦しそうにしているもみかちゃんを見つけた。
水中クエの最中に何度か人を助けた経験があるので、僕は落ち着いた思考のまま、冷静に近づいて後ろへ周り、脇の下に手を回す。
そのまま、苦しさで暴れるもみかちゃんを足がつく位置まで泳いで運ぶ。
「もみじ・・・大丈夫?」
コホコホと咳のような動作をするもみかちゃん。
その背中を擦りながら聞くと、片目を閉じて苦しそうに「あ、りがと、、、」といった。
話せるなら大丈夫だろうと思ったが、僕も寒かったので肩を貸しながら水から上がる。
すると、僕たちが岸を歩く姿を見かけたようで、優兄の声が聞こえる。
「武咲、 もみかどーした?」
まだ会話ができる雰囲気では無いので、代わりに答える。
「息が持たなかったみたい」
「おう。そうか!・・・武咲、よく気づいたな!」
平泳ぎで岸に向かってきた優兄。
そのタイミングで美騎姉もなにか悟ったのか、こっちへ泳いできた。
「もっちゃん、大丈夫?」
「あぁ、溺れてたみたいだが、大丈夫そうだ。」
美騎姉は状況を把握するともみかちゃんの荷物を取りに行き、優兄は四人分の電撃モリを持って、日差しが仄かに当たる木陰まで歩き「ここに座ろう」と言った。
僕はもみかちゃんに肩を貸しながら、優兄のそばまで歩いて座る。
美騎姉は、もみかちゃんの荷物からバスタオルを取り出して肩にかけた後、もみかちゃんの横に座った。
「ありがと。
美騎姉、一つお願いしていい?
一緒にお風呂入って?・・・水が怖い・・・かも」
もみかちゃんは美騎姉の肩に頭を預けるように持たれかかり、そんなお願いをした。
美騎姉はちょっと困った顔をした後、「いいよ!」と言って笑っていた。