2話 明晰夢(めいせきむ)
俺は25歳。独身。とあるメーカーに務める会社員だ。
元々ハードウェア技術者として勤めていたが、色々あって職場を移動。今は、新規事業を推進する部署で働いてる。
主な仕事は、会議の準備と片付け、新規事業を創出するボトムアップ活動の運営、自ら考えたネタの事業化だ。
世の中の流れに沿いながら、できる限り人が人らしく生きられる世界を創りたい。
そんな壮大なことをぼんやりと思いつつ、それでいて護り抜きたい者がいない俺なんて『いつ死んでもいい』という思いも片隅に持ちながら、暮らしていた。
((さて、寝るか))
一人暮らしも3年目。
人恋しさを感じながら布団に入り眠りにつく。
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ぼんやりとした意識の中でチャイムの音が聞こえた。
「起立。礼、着席」
慌てて立ち上がり、お辞儀して座る。僕は一番右の最前列の席にいるようだ。少し遅れて立ち上がったことは気にされなかったようで目線を感じることはない。
そのことでホッとするのも束の間。
若い女性が教壇の前で話す内容で焦ることになる。
「では、宿題を集めます。
後ろから順に前へ回して下さい」
え。宿題?やってないんだけど。。。と思いながら後ろを振り返り、集まった問題集を後ろの席の女子から受け取る。
僕、社会人だったような・・・と一瞬思った思考を止めてどうするか考え、左端の席から集まった問題集を回収する先生に何気なく渡した。
冊数は数えなかったらしい。気づかれずに授業が始まる。
科目は国語。
「えー、今日は7月8日なので15番、P33ページを読んで下さい」
学籍番号だろう。男子が立ち上がり、音読を始めた。
ふと横の席を見ると、絶賛片想い中の女の子〈あずきちゃん〉がこちらを見て何か言いたそうにしている。
「教科書忘れたの? 一緒に見る?」
「うん、ありがと!」
好きなこの笑顔にドキッとして、一緒に教科書を見るために近づいてきたことで、またドキドキする。
そんな楽しいひとときに反する記憶の情景がふと蘇る。
それは、お葬式。
いま横にいる女の子のお通夜の情景だ。
あれほど嘘であって欲しいと望んだことは無い。それほど強く心に刻まれた記憶の想起が、現実を思い出すきっかけになった。
((これは明晰夢だろうか?それとも並行世界?・・・なんだって良い。また君と逢えるなら。))
小学三年生で引っ越した僕。
その二年後。小学五年生で亡くなった君。
そのまた二年後。中学一年生になった君が、僕の横で教科書を見ている。
『とても久しぶりに逢えた』という気持ちが込み上げ、僅かながら泣いてしまう。
「どしたの?」
「ちょっと目にゴミが。。。」
ツーっと垂れる涙。
心配そうに見つめてくるあずきちゃんに、定番の台詞で誤魔化しつつ、涙を拭って、授業に取り組んだ。
キーンコーンカーンコーン
音読の順場が回ってくることなくチャイムが鳴り、5時間目が終わった。
黒板に書かれた予定を見て今日の授業は国語で終わりだと分かり、部活が無い日だということもこの世界の僕の記憶からなんとなく分かるため、帰る準備を始める。
現実の僕の記憶では小学三年生になる前に父の実家のそばに引っ越した。一方、この世界の僕の記憶ではそこが違っており、こっちで家を建てて住んでいるようだ。
その家はあずきちゃんの家から10mほど離れた場所だったこともあり、現実の僕よりも仲良くなっていた。また、同じバレーボール部を選んで入部し、体育館はバスケ部と交互に使う関係で同じ日に休み。
そんな理由を口実にして僕から誘ったこともあり〈部活が無い日は一緒に帰っている〉ということもこの世界の僕の記憶から分かった。
あずきちゃんは既に帰る準備が終わったようで、「帰ろ!」と声をかけてくる。
「んん!あ、ちょっと待って。」
考え事をしている間、手が止まっていたため、急いでシャーペンを筆箱に入れてリュックに突っ込み、準備を終える。
「いいよ! 行こっ!!」
駐輪場へ向かい、自転車に乗って学校を出る。
((かわいいなぁ))
現実の僕の記憶より四年も成長したあずきちゃんは、可愛さが何倍にも増している。
身長は140センチくらいだろうか。並んで歩くと僕の肩くらいの高さで、昔と変わらない身長差だ。
ゆさゆさ揺れる髪は少し高めで一つに束ねられている。いわゆるポニーテールだ。その長さは解いたら胸くらいまであるだろう。
懐かしさも相まって見惚れながら自転車を漕いでいると、視線が気になったのかふと振り返り、
「めっちゃ見るじゃん!あずのこと!!
なんか付いてる?前見ないと危ないよ!」
と、少し減速して横並びになりながら話しかけてきた。
「あ〜ごめん。可愛くて。。。」
この世界の僕が言わないような台詞を口走って、自分の顔が赤くなるのを感じる。
「え。今なんて?。。。んん?」
若干聴こえたけど聞き間違いだった?といった雰囲気の表情で見つめてきた。
僕の態度で聞き間違いじゃなかったことを察したのだろう。返事に困ってあずきちゃんを見るとほんのり赤くなっているように感じた。
そして、チラッとこっちを見てから速度を上げて僕の前を走り出した。
そんなこんなで進んでいると、信号が赤になっている横断歩道が見えた。
この道路は上から見ると〈大〉に近い形の道である。普段はわりと車通りが多い道路だが、平日の昼間ということもあり、交通量は少なめ。
信号が青になる順番も独特だが、地元民の僕には分かっていたので、次青になるなぁと思いながら視線を変えて先に着いたあずきちゃんを見た。あずきちゃんは横断歩道の手前で止まったタイミングだったようで、
「不意打ちずるいよ。。。もぉ〜!!」
という意味深な発言と共に、すねたような怒ったような照れ隠しのような何とも言えない表情をしながら僕の方を振り返った。
僕も追いついて横に止まり、喋ろうとしたタイミングで信号が青になる。気恥ずかしいこともあり、ラッキーと思いながら「青なったよ!」と話題を逸らすように言ってペダルに力を込めようとした。
その瞬間、視界に僕ら側へ右折しようとする車が目に入る。しかもなかなかのスピードで・・・
あずきちゃんは僕の方を向いた後に前を向いたため、車が視界に入っていない。
その車も止まる気配が無いので、僕らが視界に入っていないように感じた。
慌てて、
「あず!止まれ!!」
って言いながら手を伸ばし、服を引っ張る。
自転車が倒れるのを無視して、あずきちゃんを引っ張る手に力を込めると車の運転手と目があった。
運転手の男性も気づいたようだがもう遅い。
((ぶつかる!!))
そう思って目を閉じた瞬間。意識が途切れ、、、バッと目が覚めた。
息が上がっており、全力疾走した後のように全身汗だくになっている。
((すごい夢だったなぁ))
漠然とした感想を抱きつつ時刻を確認すると、アラームより20分早い時刻。
二度寝して夢の続きを見たいなぁと思う気持ちを押し込め、汗を流しにシャワーを浴びることにした。
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