15話 まずは疑うこと
ネルは濃い霧の中を彷徨っていた。
どれだけ彷徨っただろう。
何時間、何日・・・。
((ここはどこ?
お姉ちゃん。おじさん。助けて。))
何度も思った言葉。
その言葉をまた呟き、歩く。
そのとき、手に何かが触れた。
((あ・・・。これは。 壁?))
上を見ると屋根。 家のようだ。
「うむっ。ふぅー」
あてもなく彷徨う恐怖から開放され、嬉しさで声を出しそうに。
咄嗟に口を手で抑え、小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
((あの家とは違うみたい。
これもおじさんの家かな。))
そんなことを思いながら家の周りを歩くと、少しドアの開いた扉を見つけた。
((入れる! でも、入っちゃだめだよね))
そっと覗き、一歩ずつ中へ。
ドアの先は暗く長い通路。
突き当りに部屋があり、明かりが漏れている。
ドアが少しだけ開いているようだ。
通路をそっと歩いて部屋に近寄ると、女の人の声が聴こえた。
((誰かいる!))
聞き覚えのありそうな声。
ドアの隙間から恐る恐る覗くと、お姉ちゃんの姿が目に映る。
お姉ちゃん!と叫びそうになるが、どこかで見た〈魂が抜けたような無表情のお姉さちゃん〉を思い出し、咄嗟に口を抑える。
中へ入りたい。お姉ちゃんと話したい。そんな気持ちを抑え、声に耳を傾ける。
「あのリグという男。
あの男があんたの里をめちゃくちゃにして、あんたの母や父を殺したのじゃ。
あの男は敵じゃ。」
聴こえた内容に驚き、ウソだ!と声を上げながら扉を開けようと手に力を込めた。そのとき、ネルの後ろから現れた温かな手が、ネルの行動を遮るように口と手を抑える。
「シーッ」
聞き覚えのある声。おじさんだ。
☆☆☆☆☆☆☆
((ここは?))
明るさは十分だが濃い霧が立ち込める場所。
そこに俺は立っていた。
((ここがネルの精神か。))
あたりをじっくり見渡すが、霧が邪魔で何も分からない。
((困ったな。))
そう思い、1つの魔法を唱える。
「視力強化。」
声を出せるかの確認を兼ねて詠唱。
精神世界でも魔法は使えるようで、周りがすぐ見えるようになった。
グルっと見渡すと、一階建ての家を1軒だけ発見。それ以外はどこも平坦なようだ。
((ん? あ!))
家のそばには小さな人の姿。ネルだ!
家に入ろうとしている。
((よし、『無界』))
魔法を唱えて家に向かう。
中は異様な雰囲気の廊下。突き当りに部屋があるようで、光が漏れている。その隙間から中を覗くネルの姿。
((さて、まずはネルと話してみるか))
そう決めて堂々と小走りで近づくと、聞き覚えのある声がした。
((ん? この声は、、、ボーラングーラン!))
無界魔法の効果で扉をすり抜け、部屋の様子を伺う。
そこには無表情のまま座るエレナと禍々しい霧で覆われたボーラングーランの姿があった。
((ここはネルの精神。物理攻撃は効かないよな。
てか、攻撃してはいけない気がする))
一旦退くことに決め、部屋の外に移動。
背後からネルに近寄りつつ、ボーラングーランの言葉に耳を傾ける。
「あのリグという男。
あの男があんたの里をめちゃくちゃにしてーーー。」
ボーラングーランは、根も葉もないことを言い出した。それを聞いてハッとなる。
狙いは〈ネルを動揺させ、心の隙を作り、乗っ取ることではないか〉と察したからだ。
案の定、ネルが動く。
そのタイミングでネルの身体を意識して触れる。
ネルはいきなり触れられ、誰か分からず怖かったのだろう。ビクッと身体を震わせ、息を呑む。
「シーッ」
その言葉で俺だと気づいてくれたようだ。
ネルの肩から力が抜け、緊張が和らいでいくのが分かる。
そこで俺は、俺らしくない言葉を発する。
「良いか。まずは疑うこと・・・
拒めってことじゃないよ。
受け入れる気持ちを持ちつつ、疑うんだ。」
ネルの反応を確認して続ける。
「最初から信じることは簡単だ。
だからこそ危険でもある。
騙すために近づく奴もいるからな。
その結果。大切な人も巻き込むかもしれない。
だから、まずは疑うこと。
それが、〈本物か本音か本質か本気か本当か〉を。」
そこまでいうと、ネルは「うん。」と頷いた。それを見て魔法をかける。
((『解呪』))
魔法の効果か。ネルの姿が薄れ始める。完全に姿が消える前、ネルは俺を見てニコッっと笑った気がした。
精神世界から戻ると、精霊王とモヤの姿に戻ったボーラングーラン、倒れたネルとエレナがいた。
精霊王は、あちこち怪我をしている。きっと乗っ取られたネルの攻撃を防ぎながら、俺を護ってくれたのだろう。
「おぉ。戻ったか!
これであいつは逃げも隠れもできぬ。
よくやったぞ!」
「忌々しいのじゃ。|
鬱陶しいのじゃ。人間め!
エルド ネク ガリュウ。召喚。ドルザネス。」
どこから声を出しているかわからないがボーラングーランが魔法を詠唱。
新たなモヤが現れて形を為し始めた。
((『滅魔』))
俺が念じると、モヤは霧散。
またしても不発に終わったようだ。
が、そこで異変を感じた。俺への魔法ではないはずだが、視界がボヤけ始めたのだ。
((これはやばい。このままでは。))
直感的にそう思い、急いで攻撃を仕掛ける。
((『滅殺』))
落ちていたこぶし大の石を拾い、魔法を宿す。
全力で腕を振り、ボーラングーランへ。
石はものすごい勢いで飛び、ボーラングーランに当たる。
「グァァァ。この儂に効く魔法だとぉぉ。」
そんな断末魔とともにボーラングーランを宿すモヤが消え、重く感じていた空気が和らいでいく。
((倒したか))
そう思った途端、意識が遠のく。
俺が投げた石の衝撃で洞窟が崩壊し始め、精霊王が魔法を放ち・・・・・・
俺の意識は途絶えた。
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ーーー
ーーーーー
いつもの布団の感触。
((あぁ。夢か・・・・・・。
まずは疑うこと・・・か))
なぜか心に残る言葉を呟きながら、薄れゆく記憶をかき集めるように思い返す。
魔法。少女。精霊。強い敵。。。言葉。
思い出せそうで思い出せない数々の出来事にモヤモヤしつつ、気持ちを切り替えて起きる。
((さぁ、朝だ!))




