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私はキャンバスに羽を伸ばす

作者: 華色夢樹

この小説を読んで、少しでも趣味を楽しむことを思い出していただけたら嬉しいです。

 休み時間。

 私は手癖でノートに絵を描く。

 完成した後に感じるのは、達成感ではなく虚無感。



「結局、描いても何の意味もないのに」



 どうせ、誰も認めてくれないんだから。

 私はノートに描かれた人物の顔を、黒く塗りつぶした。


 どうして、あんなに好きだった絵がこんなに楽しくなくなったんだろう。


 ふと、そう疑問を浮かべた。

 その答えは分からない。

 でも、それは私の人生の中に答えがあると感じた。



 私は、過去を振り返るー



 多くの人に認められたい。

 そう思っていた。


 この世は……いや、少なくとも私が生きてきた国は多数主義だ。

 それが論理的に正しいか正しくないかなんて関係ない。

 この国では、それが正義だった。


 私は小学生の時に、クラスのほとんどに嫌われた。


 理由は、周りより勉強ができたから。

 ただそれだけだ。

 この世にはむしろ、逆に勉強ができないからターゲットにされる人もいる。


 結局私が嫌われ者の対象にされたのは、周りの人と違っているからだ。


 かつて友達だったものも、私のことを嫌いだと言い出した人間たちに思考を染められていった。


 私ら嫌がらせを受けるようになった。

 そんな時、友達だったものが言っていた言葉はこうだ。


「みんながやってるから、私もやらないと。私も仲間外れになっちゃう。だから許して」


 私は気づいた。

 多数人に埋もれなければ、私は嫌がらせを受け続けてしまうのだと。


 だから私は何より、多人数に認められることを大事に生きるようになった。


 そのために自分の個性を押し殺し、嫌われないように振る舞った。

 だが天性のものだろうか。

 私は結局どんな新しい環境に身を置いても、嫌われ者になることに変わりはなかった。


 高校生になって、私はSNSというものに出会った。

 友人がスイーツの写真を投稿して、百を超える「いいね」をもらっているのを見たのがきっかけだった。


 私はその「いいね」が羨ましかった。


 なぜなら、「いいね」が人に認めてもらえた数に見えたから。

 スイーツの写真を撮るだけなら、私にもできる。

 そう思い、私はSNSを始めた。


 だが、上手くいかなかった。

 どんなに美味しそうなスイーツを投稿しても、私には友達のように多くの「いいね」はもらえなかった。


 その時、私はある投稿を見た。

 イラストの投稿だった。

 それには友達の貰っていた数を軽く上回る「いいね」がついていた。


 ……正直、その絵はそんなに上手くなかった。

 でも、それでも、人に認めてもらえるんだ。


 それから、私は絵をSNSに投稿し始めた。

 元から絵を描くのが好きだったから。


 勿論、私の絵に全く「いいね」はつかなかった。

 かろうじて一、二個程度。

 多くの人に認められたいという思いを抱く私には、足りなかった。


 もっと、もっとと、SNSで反応されるために絵を練習し始めた。

 練習して、練習して。

「いいね」を貰っているイラストを研究して。

 インターネットで「いいね」が貰える方法を調べて。


「いいね」が貰えたら、私が生きていることを肯定される気がして。


 それでも結局、私の絵が貰った「いいね」の数は、友達の投稿を超えることができなかった。


 私は、シャーペンを折って投げ捨てた。

 SNSを始めてから、絵を描くことが楽しくないと感じてきたのだ。


 認められたい、認められたい。

 どうしてみんな認めてくれないの。


 そんな思いが頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 ふらふらと立って、自分の絵と向き合う。


「人に認めてもらえない私の絵なんて、いらない!」


 そう叫んで、自分の絵を破り捨てた。

 何時間もかけて、頑張った絵だったけれど。

 誰にも認めてもらえないのなら、私には不要だ。


 そして、休み時間。

 ふと私は手癖でノートに絵を描いた。

 完成した後に感じるのは、達成感ではなく虚無感。


「結局、描いても何の意味もないのに」


 私はノートに描かれた人物の顔を、黒く塗りつぶした。


 どうして、あんなに好きだった絵がこんなに楽しくなくなったんだろう。


 その疑問の答え。

 それは……


 それは、人に認められるために絵を描いていたから。


 絵を好きだった時は、何のために描いていたんだっけ。

 それは、きっと何のためでもなかった。


 ただただ自分の好きなように描けること、その自由が楽しかったんだ。


 誰かに認められようと自分を縛って、自由を殺してきた。

 そんな私の、唯一自由になれる場所がキャンバスだったのに。

 私は自分でそれを、奪ってしまっていたんだ。


 それに気づいた時、私は考えるより先に鉛筆を握った。


 何も考えずに、筆先を走らせる。

 シャッ、シャッと、手首を動かす度に心地の良い音が鳴る。


 ああ、私はこの音が、この自由が大好きだったんだ。


 描いている途中に、涙が出た。


 私が今まで描いてきた絵は、きっと間違いじゃない。

 絵も上手くなった。自分の悪いところを直すきっかけにもなった。

 けれど……


 広大で、自由に鳥たちが羽ばたく空。

 それを仰いでいる少女が、私に微笑みかけている。


 線は汚くて、色もついていない。

 全然時間もかけてないし、全く人の目を惹くものじゃない。


 でも、それでも。



 この絵を描いていて、私はすごく幸せだった。



―認められなくても、描いていいんだよ。



 絵の中の少女は、私に語りかけた。



―白いキャンバスは、羽を無限に伸ばせてしまうほど自由なんだから!

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