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逃避と急襲

 出来る限りのことは、やったと思う。

 ここからの避難を呼びかけたし、陸から離れるための船も探し、迎えに来てもらえるようにした。

 一部の障壁系魔法にある複製効果を利用して船が近づける喫水にまで道を伸ばし、昇降機がなくても乗れるようにした。

 ギリギリまで粘って、海岸まで繋がる道を一つ、迷わず歩いていけるくらいには草木を取り除こうとした。そうして、アーノルドが言っていた日を迎えた私達。


「な、なに……?」


 朝早くから、大きな揺れが体育館を襲う。仕切りのダンボール壁が倒れたり天井の照明がゆらゆらと不安を煽る音を立てて揺れたりして、まだ寝ていた人もワッと目を覚ました。


「地震だ」

「結構大きな揺れだったな」

「4くらいあったぞ」


 周りから聞こえてくる声に私もそれが地震かと思うけれど、収集録を手に取って開いた瞬間浮かんできた文言は、別の可能性を示唆してきた。



 ――警告:魔力災害【極大繁茂】の本格発生の兆候あり。

 貴方は発生予測範囲の中にいます。可能な限り早く、遅くとも2時間以内にその場を離れてください。



 その文を読んで、今の揺れがただの地震ではないと感じるとすぐに、既に起きていたサヤの方へ振り向く。


「サヤ、今の……」

「時間はそれほど残ってなさそうね」


 彼女も只事ではないと感じたようで、お互いに出来る限り慌てず素早く、逃げる準備を整える。極大繫茂が発生する日については事前に共有していたので荷物はとっくにまとめ終えていた。


「私は兄さんを呼んでくるから、ツカサはイグノーツを呼んできて」

「うん、分かった」


 私はサヤと一旦別れ、イグノーツを探しに向かう。あの人は普段から色々な場所を歩いていてこれといった定位置が想像出来ない。正直学校内のどこにいるか分からないので、しばらく使わずにいたリストバンドの力を借りることにした。


『イグノーツさん、今どこにいるんですか?』

『おや、そちらからかけるのは久しぶりですね。急いでおられる感じですが用件は……見当がつきました』


 こちらの感情を読み取ったイグノーツは、なぜ急にリストバンドを使って私が聞いてきたのか察したように言葉にする。


『じゃあさっきの揺れについても何だったかは――』

『理解していますよ。揺れだけであれば地震との区別は付けられませんが、魔力の動きを見るに間違いなく【極大繁茂】が本格発生する兆候です。もう猶予は殆どないと見ていいでしょう。私は今金本船長らが動かす船の方にいます』

『え、船に!?』


 まさかの居場所だったので心に引きずられて声が出かけた。

 昨日の夜の時点では学校にいたから、校内にいなくとも近所の範囲にはいると思っていた。随分と離れた港なんて候補にもなってなく、驚きを隠せない。


 いつからいたのか、どうしているのかなど尋ねたいところだが、兎も角居場所は把握したので話を続ける。


『なんでそこにいるのって聞きたいけれど、今はそんな場合じゃないよね……。船の方はすぐにでも出してもらえそう?』

『魔法具の取り付けは済んでいますから出航は可能です。ただ、魔法具の遠隔操作をするためのリモートコントローラを操作出来る人が私しかいないという状況でして……』

『……どういうこと?』


 立ち止まって、イグノーツの説明に耳を傾ける。


 推進機として使われている魔法具は船底側に固定されているので、直接操作することはまず出来ない。そのため離れた場所からでも操作が出来る遠隔操作魔法具……リモートコントローラを用意してある。けれどこれの起動と操作には魔力を操る能力が必要であり、使うにはそれが出来ることが最低条件だった。


 不運にも、乗組員の中でそれが出来る人は私達が来る前に船を降りており、残っている人に可能な人は誰もいなかった。乗客や避難者から探したら一応いたとも聞いたけれど、その技能はお世辞にも良いとは言えず、直接操作ならまだしも遠隔操作など出来る腕前ではなかったという。


 私は事情を理解するとイグノーツが言いたいことを先回りして確認する。


『つまり、船は出せるけどイグノーツはそこから離れられないってことで良い?』

『その通りです。こちらは港を離れて向かい始めました。船を動かさなくて良ければすぐに戻ることは可能ですが、その場合は逃げられなくなりますから、こうする他ないでしょうね』

『……なんでそんな大事なこと伝え忘れたのか文句を言いたいけど』


 一応今日までに逃げる予定でいることはイグノーツにも分かっていたはずである。なのに自分以外にアレを操作出来る人がいませんだなんて、そんな大事な話を伝えそびれているのだと、沸々と怒りが込み上げてくる。


 そんな感情も伝わったのだろう。イグノーツは私の怒りに答える。


『ツカサさんのお怒りはごもっともです。私自身弁明のしようがないミスであると理解しています。ですので、後で何なりと行ってください。今はまず動きましょう』

『……分かった。サヤ達にも伝えておくから、急いで来て。それとツェレンがどこ行ったか知ってる? 見当たらないの』

『本の中に戻っただけなので大丈夫ですよ。そちらの方も、極大繁茂の本格発生前で魔物の動きに変化が現れているかもしれません。気を付けて予定地点へ向かってください』


 私は怒りを一旦しまい込むと、リストバンドを外して走ってサヤ達の方へ戻った。サヤの姿とすぐ隣にケイスケさんもいるのを確認出来たので、2人にさっきの話を伝える。

 イグノーツはここにおらず、船の方にいること。船は既にこちらの近くにある岸へ向かっている最中だということ。魔物に注意して岸まで辿り着くこと。

それらを伝えられたサヤとケイスケさんは、考え込むように口を閉じて眉を寄せる。


「どうしたの?」

「……なんでもないわ。行きましょう」

「……そうだな」


 2人ははぐらかすと、荷物を背負って体育館を後にした。


(何か気になることでもあるのかな)


 イグノーツからの伝言を聞いてすぐの反応だ。気にはなるが、今は時間がない。私も急いで荷物を背負い、2人のあとを追いかける。


 もう1か月近くはいた記憶がある学校。その敷地内も多くは元の風景を留めていない。学校全体を囲ってあった柵や壁にもひび割れや崩壊している部分が見られ、昨日の夕までに徹底して除草しておいたはずの校門は、複雑に絡まった植物の茎や枝葉に動作も出来なかった。


「駄目だ、動かない!」

「昨日剥がしたばっかなのに、もう半分近く覆われているわね……」


 校門を力づくでこじ開けようとするケイスケさん。サヤも一夜にして植物がこれほどに成長した事実へ動揺を見せている。


 厄介なことに、学校を囲うように生えている植物群は2メートルどころか2階と3階の間くらいにまで伸びきっており、しかもところどころがネズミ返しのような登りにくい形へ曲がっていた。素手で超えるのは素人には無理であると、にわかにも殺せられるほどにだ。


「――一度校舎の3階まで戻って、そこから飛び移ろう!」


 この状況では下から行くのは時間の浪費になる。それよりは上から飛び移って乗り越えていった方が良いと思った私は、2人に向けてそう言った。


 流石にいきなりそんなことを言われると混乱が先に来るのか、サヤ達は目を丸くして少し固まってしまう。けれどそうするのが早いのだろうとサヤも思ってくれたようで、苦笑を見せる。


「ツカサも平気なことが増えたわね。少し前なら3階から飛び移るなんて言わなかったでしょうに。兄さんも見習うといいわよ」

「は、はは…………ど、努力するよ」


 言われたケイスケさんは躊躇う感じに答えた。


 校舎へ引き返し、3階へ駆けあがって窓を開けると、その階の床の高さまで草の先端部が届いており、木に至ってはその倍近く大きくなっている。さながら何千年もの時を生きた大樹のよう。そんなサイズ感の大木が、街のあちこちから生えていた。


 残された時間が少ないことを再認識する。覚悟を決めて窓から身を乗り出し、飛び移った。


「――――っ!」


 3階から同じ高さの草に乗る。当然初めての経験であり慣れないことである。受け止めてくれるだろう。駄目でも衝撃吸収の魔法を使っているので落下しても無傷で済む。そう理解しつつも目を瞑ってしまう。普通なら、人間の重さを支えられる草なんてものは想像出来ない。分かっていても初めは信じ切れず、怖い気持ちが強かった。


 だけどこれは極大繁茂によって異常なまでに強靭かつ頑丈となった草。全体重のかかった両足が、軽自動車くらいの横幅を持つ葉に乗り、その反作用を体が受ける。


 不安が囁く。『両足の乗った葉は重さに負け、すぐに折れ曲がってそのまま自分を落とすだろう』と。

 だけどそうはならなかった。大きな葉は人の重みをすべて受け止めると、まるで何事もなかったかのようにその姿勢を維持した。着地の反動で揺れることもない。まるで水滴より軽いものを受け止めた……そういう風に。


「の、乗れた! サヤー! 来れるよー!」


 私は振り返って2人に手を振った。乗っても大丈夫だということを実践して見せたら、サヤもケイスケさんもホッと胸を撫でおろしていた。


「もう、一瞬ヒヤッとしたわよ……! 待ってなさい、すぐに行くから!」


 乗れそうな葉っぱを見つけてサヤも片足ずつ順に下ろし、こっちへと歩いてきた。その後を追いかける形でケイスケさんも、草から落ちないよう慎重にやってくる。


 私は更に大きな葉っぱへ移り、サヤやケイスケさんともそこで一旦集まると、サヤはケイスケさんの方をじろりと見た。


「なんで兄さんが一番最後に来てるのよ?」

「い、いや、最後もなにもサヤが先に行っただけなんだけど……それに俺はまだサヤやツカサさんみたいに魔法が安定して使えないし」

「情けないわね。兄さんはもっと出来るところ見せなさいよ。私の兄でしょ? 妹に先いかれて何も思わないの?」


(割と理不尽なこと言っているよサヤ)


 自分の兄だからもっと出来るだろうと平気で言うサヤと、それを言われて「いや無理だって……」と頭を抱えるケイスケさん。マジックネイティブ世代で普通より出来る妹を持っている兄には、比べられることに難しい気持ちがありそうに思えて、ちょっと同情する。


 あんまりサヤの家庭事情は知らないから深いところにはなんとも言えないが、今日まで見てきた2人の感じから仲は良さそうだった。お互いの間にある雰囲気も別に悪いものじゃないし、仲が知れた者同士によくある弄りなのかも。


 なら成り行きを見守るだけでいいだろう。そう思った私は、


「まあまあ、ケイスケさんは頑張ってると思うから。それに葉の上に乗れるかどうかの確認は私がした方が安全だったし。ね、サヤ? それにこんなことしている場合じゃないよ」


 ——落ち込んでいるようだったケイスケさんを見て、仲裁する形で動いていた。


「……そうね、今はこんなこと話している場合じゃなかった。ごめん」

「いや、うん」


 私が間に入るとサヤから謝る形となり、それを彼が受け入れる。

 ホッとしたと同時に、自分の行動に少し戸惑った。なぜ初めは見守るつもりでいたのに、割って入ってしまったのだろう。こういうことをするのは、今までの人生でそうなかったと思うけれど。


(理由は言葉に出来ないけど、なんか放っとけなかったんだよなあ……)


 なにはともあれ、葉の上を飛び移りながらの移動を再開する。足場になりそうな場所や飛び移りやすそうな場所を選びながら海の方へ、時間は掛かりながらも岸へと近づいていく。まるで街くらいの広さがあるアスレチックを攻略している気分だ。


(この高さだと魔法なしで落ちたら大怪我、最悪死ぬかも)


 眼下にはあまり見慣れない高さから見た地面があり、そこら中が雑草で覆われてある。一見、動きを誤って落ちたとしてもクッションみたく受け止めてくれそうであるが、いま立っているところがスチールか何かと勘違いしそうなくらい足場としてしっかりしているのだ。絶対に落ちない方が良い。


 それは最早柔軟性のあるクッションではない。極大繁茂によって生まれ変わった鉄の大地だ。それ1つ1つが足元を支える葉のように固いなら、あの鋭利な側面は刃物も同然になっているだろう。金属の棒でも落とした時には、あの葉先とぶつかった瞬間にゴンという鈍い音がするかもしれない。


 私はサヤ達に下へ落ちないよう口頭で促し、進みにくい道を開いて先導する。


「——あっちに魔物がいる!」


(魔物!?)


 最後尾にいるケイスケさんの切迫した声に振り返り、次いで彼が見ている方向へと向き直った。

 現在位置から西の方、進路に対して右の200メートル以上先に、巨大化した雑草の隙間を抜けていく動物の姿がチラッと映った。収集録を開いてカメラ機能で姿を見れば、鹿の魔物であることが確認出来る。


「どうする?」


 ケイスケさんがこちらを見て尋ねてきた。3人の中で最も魔物との戦闘経験があるのが私だったからか。

 対応を迫られた私は収集録に地図を表示させると、向こうとの位置関係を正確に把握し、その動きを観察しながら口にする。


「大丈夫……今回はまだ距離が離れているから、向こうは気付いていないと思う。倒そうとするならチャンスだけど、今は逃げるの優先で」

「私もそうするのが良いと思うわ。時間も押しているから早く海岸まで近づきたいし、倒さなきゃ進めないって訳じゃないなら戦うのは時間の無駄よ。安全な選択を選びましょ。ツカサ、他に魔物はいない?」

「えーっと……うん、地図の範囲にはいないよ」


 地図の表示されている範囲にいるのは1体だけと伝えた。

 前回のように2体も相手にすることはなさそうで、少し安堵出来る。サヤとケイスケさんもそれを聞いて少し気持ちが軽くなったらしく、肩にこもっていた力が抜けていく。


「あの魔物ってやつは頭が良いから、戦わずに済むのなら俺も賛成だ」


 こうして全員一致で避難優先することに決定し、その魔物を避けつつ海へと近づくように移動し出した。一方の魔物は私達がいることに気づいておらず、周囲を気ままに歩きながら道草を食っている。


(すごいうるさい……)


 魔法の効果で滅茶苦茶硬くなっている雑草だからか、カメラ越しに聞こえる咀嚼音が金属をひしゃげた感じに凄まじく、つい音量を下げた。よくあんなものを食べられる。消化とか出来るのか気になるが、今はそんなの観察している場合ではないので頭の隅に追いやった。


(お願いだから、そのまま食べるのに夢中になっててね)


 魔物を発見してからしばらく経ち、海まで100メートルは前進しただろう。少しの達成感を覚えたその時、朝起きた時と同じ大きさの揺れが足場を襲った。


「うわっ!」

「また揺れなの!?」


 不意をつかれてバランスを崩しそうになるケイスケさんとサヤ。厄介なことに地面の揺れにより植物は大きく揺られていて、しかも掴まれそうな場所は茎や枝などしかなく、すぐ握れるところにはない。


「あそこに降りよう!」


 すぐ下の方に二階建ての一軒家があり、その二階にある広めのバルコニーへ降りるよう先導した。本当は屋根の上に降りたかったが、ここからだとバルコニーの方が近く屋根まで飛び移れるか不安だったので、私が先んじて着地する。


「こっちだよサヤ!」

「う…………」


 感覚としては、2階の窓から1階の地面までと等しい高さ。

 この高さから飛び降りるのには普通勇気がいる。下には衝撃を和らげてくれるようなマットもないので、着地の衝撃は足からモロに上るし、大人だとそれで足が骨折するかもしれないので、直感的に怖がるものだ。


 サヤも少しの間躊躇う素振りを見せたが、やがて意を決したかのように「こんちくしょー!」と叫んで飛び降り、バルコニーに着地した。


「だ、大丈夫?」

「え、ええ。少し興奮が収まらない以外は平気よ」

「良かった……痛みがあったらすぐに言ってね」


 足を捻った様子も折った具合もなさそうに立ち上がったのを見て一安心。

 最後にバルコニーへ着地したケイスケさんと共に揺れが収まるのを待つ私達。それから数十秒して揺れは収まったが、またすぐに揺れが起こり辺りを激しく揺らした。


(揺れの頻度が上がっている……!? それになんだか、揺れの大きさも段々と強く……)


「ツカサさん。今の揺れで魔物の動きに変化はないか、確認してもらってもいいかな?」

「う、うん。待ってて」


 再度の揺れが収まったあとケイスケさんに見てほしいと頼まれ、私は収集録の地図機能により周辺地図を表示した。そうして目に入ってきた情報を見て、驚きのあまり瞬きをする。


(内陸の方から、魔物が沢山やってきている!?)


 地図上の北、つまりは陸地の奥の方から幾つもの魔物の反応が現れては、南を目指して移動している様子が映し出されていた。どれも猛スピードで海へ向かって走っているらしく、私達のいる方向にも近づく魔物の点が複数個見られた。


「ま、魔物が沢山、やってきているよ!」

「なんだって!? か、数は!?」

「分からない! ていうか、今も地図の端の方から増えている!」


 今までに一度に相手した数が2体、地図上で同時に捕捉した数が最大で4体だったので、現在表示されている数はその何倍もある。もしかしたら更に増えるかもしれない。いきなりの数の増大に、なんでなんでと頭の中がパニックを起こしそうになる。


(まさか私達がここにいるのに気付いて? ……でも、一番近くにいる1体は気付いている感じじゃなかった。急に移動した理由としては考えられない。別の原因がある……。今の揺れ? 大きな地震が起きる直前や直後には動物がパニックを起こすことは珍しくないって聞いた記憶がある。だったら、今急に動いている点が増えたのもそれが理由?)


 なんとか頭を回転させ続けて急に沢山の魔物が現れた原因を考えてみるが、そうしている間にも大量の点が地図上を南下し、私達のいる場所まで到達しそうになっていた。


 このまま遭遇すれば最悪多数の魔物と戦うハメになるかもしれない。


(どうしよう……!)


 パニックになっているならば見逃してくれるだろうか。でも保証は一切ない。

 もし見逃してくれずこちらへ迫ってきたら? 逃げ切れる見込みはあるのか。

 走って逃げられるような相手ではない。海へ着く前に追いつかれるのは必至であり、最悪の事態を想定して動く必要があった。


「イグノーツさんに聞いてみる! 少し待ってて!」


 この状況をどうにかする方法は私ではすぐ思いつかず、かといってケイスケさんやサヤも魔物について私以上の知識を持っている訳じゃないので、一番頼れそうな相手としてイグノーツに連絡しようと、リストバンドを付けた。


『イグノーツさん! あの後揺れが2度連続して起こって、そうしたら魔物が沢山やってきて……』


 私は落ち着きも取り戻せないまま起きたことを一方的に話し出す。1秒でも無駄にしたくなく、すぐにでもどう対処すればいいかの返事を聞きたかった。きっと彼なら、あのいつも落ち着いていて同じ笑顔で浮かべているあの人であれば、冷静に対応してくれるはずだと思い。


 地図上の反応が更に近づきつつある。幅250メートルと書かれている地図のマス目を数秒で縦断しようとしている魔物に、心臓の鼓動が早くなる。


『——すぐに近くの家の中へ。急いでください』


 こちらにまで魔物の走る音が聞こえ出した時、端的に告げる彼の言葉が聞こえた。刹那、私は2人にすぐ家の中へ入るよう伝えると、バルコニーの窓を魔法で破壊し屋内へ隠れた。


『外から見えにくい位置へ行き、じっと動きを止めて』

「どこか見えにくいところで動きを止めて!」


 イグノーツからの指示を口頭に出しながら家の中に隠れる私と、それに従って机の下やベッドの中に隠れるサヤ達。それから間もなく、巨大な獣が植物を薙ぎ倒しながら駆け抜ける音が家の近くまで迫り、そして通り過ぎていく音がした。


 次から次へと近づいては遠ざかっていく音の中、息一つ漏らさぬつもりで私はジッと我慢し、やがて静かになったのに気付いてから、頭を動かす。


「た、助かった?」

『周囲の反応を確認されてはどうでしょう』

「ええっと……」


 階段の方で隠れていた私は地図を確認。さっきまで北側に数えきれないほど存在した魔物達は、全て南側に移動していた。ここにいることへ気付かれなかったと分かり、「良かった……」と息を吐く。一難は去ったようだ。


 私は階段から部屋に戻り、ベッドに隠れているサヤと机の下に隠れているケイスケさんに話す。


「魔物はどっか行ったの?」

「うん、全部通り過ぎていったみたい。南の方へ行ったよ」

「南……ってことは海の方、ね」


 サヤは複雑そうな面持ちになる。直近の危機は去ったが厄介なことになったからだ。


(私達が逃げようとしている方に逃げていった。今頃海辺には魔物が沢山集まっている……)


「このまま同じ方に逃げると、今度こそ魔物と戦うハメになるんじゃない?」

「……不味いな。船に乗るための道は一つしか用意してないぞ。それに魔物がいるんじゃ船からも陸に近づけないはず」


 サヤが懸念を述べた直後、しまったという顔でケイスケさんも問題に気付く。

 そう……当初の私達の避難方法は極大繁茂の本格発生前に海岸に辿り着き、そこから金本船長らが操船する船に移って、陸を離れること。本来はイグノーツとも一緒に四人で向かい、多少の魔物が近づいてきても乗り込むまでは時間を稼ぐ予定だった。


 それが、私が起きる前にイグノーツは港の方へ何の連絡もなしに行ってしまい、更にはイグノーツ以外に魔法具を使用可能な人がおらずこっちに戻れないと説明され、更に重なる地震によって魔物が海を目指して逃げ出した。予定がかなり狂っている。ほぼ最悪といっても差がない状況。


 一難去ってまた一難。新たな判断を下す必要に、私達は迫られていた。

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