表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/129

避難前最後の準備(3)

 何の用だろうと聞きそうになったけど、一昨日からの話と言われて思い浮かべる内容は1つしかない。私達は一旦顔を見合わせた後、彼の方へ向き直った。


「……少し場所を移してからで良いですか?」


 言いにくそうにしている様子を察してか、サヤが提案した。周囲の目を気にしていたのだろう。彼はその提案に素直に応じて、私達と共に校舎まで移動する。植物の侵食が進んでない2階へ上がってから、話は再開される。


「君たちは、今日もあの話をみんなにして回るつもりなのか?」

「ええそうです。もしかして誰かから批判が来ましたか?」

「いや、そういう話は誰からも受け取っていないよ。今はね」


(今は、か…………)


 彼のサヤに対する口振りからは、将来的にいつかはそれが来るだろうと示唆していた。語っている彼自身もそうなる懸念を抱いているようで、この問題が深まらないうちに諌めようとする姿勢が窺える。もしかして、この問題を引き起こしている私達をどうにかしようとしているのだろうか。


 ……やっていることを考えれば仕方がない、と思う。私達のしていることは「ここにいたら危ないから避難しよう」。そう言っているだけだけど、その理由が『未だ誰も知るはずのない魔力災害』だなんて言われれば、考えた結果躊躇する。だからこうなるのも想定の範囲内で、いつかは文句が来るかもしれないというのは承知していた。


「そうですか」


 ゆえにサヤはあっさりと首を縦に振り、身じろぎ1つせず堂々と答える。こういう時、サヤの怯まない姿勢は頼りに感じられる。私だといくら隠そうとしても何かしら表層に現れてしまいそうだから、隣にサヤがいるだけで気持ちがずっと楽になる。


 その様子からは残念という気持ちは見受けられず、むしろ当然、普通の反応だという考えが現れているように受け取れるであろう。そんな反応を受けて彼は思案顔を浮かべた。


 ……私も隣で黙っていないで、言おう。彼の顔を見上げて口を開く。


「その、迷惑でしたら謝ります。でもお願いします、ふざけてやっている訳じゃないんです。このままだと地面の下に溜まっている魔力の影響から、とても大きな災害が発生するんです。そのことは前に説明したと思います」

「ああ。極大繁茂、というのだったか…………今の比ではないほどに周りの雑草や木が急成長して、地上を埋め尽くす現象。そう言っていたね」


 最初に説得を試みた際、サヤから伝えられた迫る危機の話を思い出すようにそう答える彼。真面目な顔でこちらを見返す彼に、私は「はい」と頷きつつ話を続ける。


「ここは例えれば、地震が起きて津波が来た時、防波堤の手前にある海岸です。その極大繁茂が起こった場合あっという間に周囲は植物によって囲まれ、身動きすら取れなくなります。命の保証はなく、絶対に留まっていたらいけないところなんです」

「だから、続けさせて欲しいと……」


 私の言い分を聞いた彼は、しばらく言葉を返さず考える素振りを見せる。そして再び口を開いた時に、諭すような声で告げた。


「これは私からの意見になるけど、あれを毎日やるというのであればやめた方がいい。どういった理由からそう思っているのかは聞いている。2人がそれを冗談で言っている訳じゃないだろうというのも、私には伝わってきた。だがこれ以上続けてもお互い良いことにならないだろう。ここら辺で止めてもらえないだろうか」


 こちらの気持ちは理解していると述べつつ、やめて欲しいと言われた。


 これから先同じことを繰り返せばお互いの信頼関係にも傷がつくかもしれないという、まとめ役の意見。けどそれは事実上無期限のストップ宣言のように聞こえてきて、万一の事態に備えて動こうとする私には、頷くことが出来ないでいる。


「この2日間の間、君達のことがあまり良くない意味で話題に上がるようになったのは知っているかい? 魔法の使いすぎで様子が変になった……とか、前までは普通だったのに急にオカルトな話をし出した……とか。周りが君達に向ける目が悪い方へ進みそうになっている。私としてはこの避難所に来てから君達にずっと助けてもらっている。だからこれ以上悪く思われる前に、やめておいて欲しい。余計なことで雰囲気を悪くしたくないだろう?」


 結果として沈黙で答えている私に、彼は更に語り出した。一見こちらを気遣う素振りを見せつつも、本音ではあの行動をやめてほしいという感じの彼の言い方。そんな言動に私は頭を俯ける。すると傍で聞いていたサヤが反応した。


「人助けは困るからやめろ、と? 確かに独善的・偽善的なものからくる行為は賛否が割れるでしょうけれど、協力の1つも出来ないって言うんですか? ハッキリ言いますが、この場に居続ければ1週間後には死んでる可能性があるんですよ」

「……そうだね。サヤさんの言うことは一理ある。……でも明日大きな隕石が落ちてくるって言われて、じゃあすぐに信じて避難しようってなるとは限らないんだ。そんな確率の低い話そうそうない、逆に動く方が別の理由から却って危ないかも、外にいるより中にいた方が安全だ……と考える人は必ずいる。私達は未来が見える訳じゃないから、『最善な行動』を取るのではなく『最善と思う行動』を取るんだよ」

「それはつまり、私達の行動は『最善と思う行動』ではない……そう思われていると?」


 表情を険しくするサヤ。

 言ってしまえば彼は私達の言葉が到底信用されないものだと告げているのに等しい。真剣にやっている私とサヤにしてみれば、辛い現実であった。


「——人が人を信じられるのは、同じ常識を持っている者同士で暮らしているからだ。普通の人にとって全く違う考え方を持ち、共有の出来る価値観を持たない人は、安心も信用も出来ない相手にしかならない」


 彼は語り出す。


 誠実な性格の人と、不誠実な人を出会わせたとして、仲良くはなれない。

 全く違う人同士だとすれ違うか反発する。人とはそういうものだからだ。

 けれど共通するものがそこにあると、人は相手を理解しようとする。

 例えばそれは家庭のことだったり。例えばそれは好き嫌いのことだったり。

 自分と似たり通じ合うところがあるほど、相手の考えに共感出来るようになる。

 似ているからこそ感じるものが増えていく。

 相手の苦労も見えるようになっていく。

 そうしてお互いが信じられるようになって、最小人数の集団が生まれると。


 彼は続けてこう言う。


 集団が集団として保たれるのは、属する者同士で共有出来る価値観があるからこそ。

 今ここは、普通の日本人として共有可能な価値観で保たれている。

 普通の日本人とは、日本で教育を受け日本の社会で育ったものが分かって当然の常識を持つ人。

 そして私達の間において魔力とは新しい物質だ。それによって起こる魔法もまた、フィクションの世界を除けば新しい現象である。

 初めて魔力が観測されてから40年経つが、その間に魔力によって起きたと言われる災害などはない。

 そう…………一件たりとも。


 ——だから魔力による災害など、常識に含まれていないのである。まして大規模な災害だというならなお非常識な話だった。故にだ、それを訴える人が現れたとして、如何に本人達が真剣であろうが関係ない。


 いま一度理解する。魔力が原因で起きた災害は、この40年において一度もないという観測史が、普通の人の常識だ。逆にそれと相反することを言っている私達が、すごく非常識。

 更にこの避難所の中において、私とサヤは集団への共通点が少なめだった。社会に出てきた中で最初の魔法に順応した世代(マジックネイティブ)で、まだ世の中の大勢がよく理解していない仕事に就いていた。魔法が使えない側からの負の感情が向けられたことも少なくない。


 ここではそれはずっとマシな方だった。でも心の中に、うっすらとしたガラスの壁を作ることは防げなかったのだろう。集団の中でも理解が得られる要素の少ない側だった私達の、非常識な発言と行動。それが一応は丸く収まっていた秩序にひびを入れそうになっているのだと、そう理解させられる。


「常識ってのを煩わしいと思う子は多いけれど、それがないと集団を乱すような非常識な人から集団の秩序を守ることは出来ない。サヤさん、客観的に見て君の言っていることは、私達の知る常識から受け入れられることに思えるかな? …………私としては君たちの善意に理解を示すよ。けど、もしみんなをそれで納得させたいのなら、それが如何に難しいことかは、サヤさんも、ツカサさんも分かるはずだ」


 ただ生きられるだけではダメなんだと。生きていられるのは当然として、心が緊張を解ける環境が保たれてないとダメなんだと説いて、彼は私達の顔をじっと見返す。


 ——諦めるべきなんだろうか、私は?


「私達が、嘘を言っているって思われているんですか?」


 ゆっくりとそう尋ねてみた。彼は少し躊躇ったあと、それに答える。


「私は君達ほど若くないから、魔法や魔力というものについて詳しくない。それが生まれた時からあって当然というものではなかったから、同じ感覚で理解出来ないところがある」


 そしてここでは君達が最年少で、最も魔法に詳しい。

 魔法にネイティブな君達の言うことが正しいかどうかを、他に判断出来る大人がいない。

 信じるのが難しい状況にあるんだと、彼は続ける。そのせいか、サヤが多少声を荒げた。


「だったら尚のこと私達の判断を信じた方がいいでしょ! なんで魔力も魔法もよく分かっていない側が真偽を測ろうとするのよ! まして魔力が原因で起こるってものに!」

「理屈の問題じゃない、納得の問題なんだサヤさん。例え君達の考えが正しかったのだとしても、多くの人は実際に体験するまでそれが本当に正しいか迷うんだ。そういう躊躇いがある限り、賛同したくてもすることが出来ないんだよ。特にこんな被災時、誰だって余計な体力は使いたくないしストレスだって減らしたい。そんな中で、未知の災害に備えて逃げましょうだなんて言われて、素直に応える人がどれくらいいると思う?」


 そんなこと、こっちだって散々考えた上で行動している。

 でも如何に信じてもらうのが難しい話だろうと、それを理由に助けようとすらしなかったら、私はきっとそのことを引きずる。引きずり続ける。自分がそれほどメンタルの強くない人間だって感じているから。


 そう正直に伝えたら、目の前にいる人は頷いてくれるだろうか。

 ……分からない。答えを出せずにいると、アーノルドの言葉が思い出された。


“本当は大切な人を助けに行きたいのに、見捨てることが出来なくて。その判断の結果として、君は大切な人を失うだろうな。それでもその価値観を持ち続ける価値はあるのか?”


(私はまだ死ねない。死にたくない。でも私達だけ逃げるのは……)


 2つの方向から鎖で繋がっている枷。それが私の心の、行動の自由を縛っている。

 そう気付いているのに、私はそのどちらか、或いは外せそうな片方を外そうと出来ない。


「……だったら、せめてイグノーツさんの話も聞いてから。話を諦めるのはそれからにさせてください」

「それが君達の譲れる最低ラインかい?」


 彼の聞き返しに私は首を縦に振って、妥協の姿勢を見せた。

 これ以上食い下がってもきっとこの人は応じない。彼は私達が言っていることを恐らく信じている。けど、その上で集団を動かすには足りないと判断しているから、いくら同じ話を続けさせてと言っても、無駄なこととして却下される恐れがあった。


 そうなるくらいなら、せめて最終手段は使ってからでないと。

 でないと、私は出来る限りのことをせずに周りを見捨てたという認識を、私に持ち続ける。

 ……そんなのは耐えられない。




 彼は私の提案を了承してくれた。「結果はどうあれ、それっきりにしてくれるのなら」と言って。

 私に出来る手は、もうこれ以外に思いつく気がしなかった。私が必死に頑張るよりも、イグノーツの方が上手く出来る。そんな気がしている。


(あの本のことを見せたら……)


 異世界災害収集録という異世界で作られた本。それを見せれば、と考えはした。

 けれど今の世の中というもの、本物との見分けが困難な精巧なCGや、膨大なデータから学習したAIの出力する精巧な偽物というのが珍しくない。もし本の機能を使ってどんな災害が起こるか見せたとして、信じてくれるだろうか。経験的にそういうものをよく出来たCGかAI映像だと捉えられてしまうのではないか。そんな気がしてならない。


 まして『具現化の魔法』なるものだって存在する。効果ゆえに魔法の中ではキャッチーで、魔法に詳しくない人でも普通に知っていたりする魔法。具現したものは発動中触れられるし、イメージ出来れば何でも具現化出来る汎用性を持つ。見せたところでそれと勘違いされ、この本が実在するなどと気付いてもらえない可能性は低くない。


(……試す前からそうだと決めつけるのは良くないけど)


 臆病になりかけている。

 もっと頑張ろうと昨日思い直したばかりなのに。


 体育館に戻った際、周囲がこちらに向ける目へ警戒心が浮き出ているのを感じた。自分は間違えたのではないか……そう思いが募る。アーノルドのほくそ笑む様が浮かんできて、「無駄な足掻きをしているな」と一笑に付す姿を想像した。今の自分を見たらそう言いそうな気がするから。


(——あの人の思い通りになるのは嫌だ!)


「……さん…………ツカサさん」

「…………ん?」


 その時、名前を呼ぶ声がするのに気付き、そっちを見るとケイスケさんがすぐ側にいた。距離にして歩幅2〜3歩程度だけど、この距離から声をかけられていて気付かなかったみたいだ。


「あ、ごめんなさい。その、呼んでました?」

「うん。なにか考え事していた? それとも体調良くないとか?」


 こちらが反応すると、そうケイスケさんは尋ねてくる。考えているとき少し顔に出ていたのか、色々と悩んでいる顔を浮かべてたのかもしれない。不安を与えないようすぐに笑って取り繕う。


「ちょっと個人的なことを考えてただけです。それでケイスケさん、何か用ですか?」

「ああ、あっちでツカサさんを呼んでいるお爺さんがいるんだ。なんでも話があるとかって」

「えっ? 何だろう……」


 どこのお爺さんが何の話で?

 そう思いながら私はケイスケさんが教えてくれた方向に行き、私を呼んでいるお爺さんとやらを探す。周りを見ながらそれらしき人を見つけようとし、ある人と目が合った。


「よっ、ツカサちゃん」

「……ヨウジさん」


 顔を見てすぐに誰か分かった。割と前に私を使って伝言ゲーム……もといたらい回し(ダメな大人バージョン)をして遊びやがったご老人だ。その人が私を見つけるなり手招きしてきたので、ケイスケさんが言ってた人は彼のことだったのだろう。


 ああ、察すると共にその時の思い出が蘇ってきた……。


「なんだ、その気乗りしなさそうな足取りは。儂、ツカサちゃんに嫌がられるようなことしたっけ?」

「……手助けをしてほしいって言われてやったら、知らないうちにたらい回しにされて遊ばれたことがあるだけです。特に嫌がらせは受けてませんよ」

「ほほう、あの時のことを根に持っておるのか。若いのう……心が青い」


(心が青い……? ってああ、未熟って意味の青か……。ちょっと考えちゃった)


「あれしきの遊びなど可愛い方だぞ? 儂の若い頃は上から下まで荒ぶった自称神々が、それはもう電話口から感情のままにがなり散らしてな、数え切れないほど切り倒したもんじゃ。それはもうバッタバッタと。それに比べれば儂のしたことなぞ、なんと理性ある悪戯か……」


 聞いてもいないのに自身の体験談らしきもの語り出すヨウジさんに、私は「はあ」とか「へえ」とか空返事を繰り返す。

 過去に仕事で電話対応でもやった経験があるらしい。言葉を交わしてきた迷惑クレーマー(かみがみ)との戦いを輝かしい戦歴の如く喋っているが、それを理由に悪戯されても迷惑なことに変わりないというのが私の本音だ。「知るかそんなの」である。


 正直、抱いた文句を口に出してしまいたい。でもヨウジさんに言ったところでなんかサラッと流されてしまいそうで結果、空転で終わる気がする。ただなんにせよ思うことは、


(こんなこと聞きにきたんじゃないんだけど!!)


 私は別に彼と迷惑クレーマー(かみがみ)の間に起こった古きものどもの神話伝説を聞きにきたのではないということ。


 ここに来た目的を再確認するように思い出すと、ヨウジさんの語りを阻止して話を戻した。


「あのヨウジさん、その昔話はまた今度にして……何か用があって呼んだんですよね?」

「ん、ああ。そうじゃったそうじゃった、すまんのう」


 ヨウジさんも話がズレていってたのを自覚し、こちらに謝った。そして「うぉっほん」と咳払いをした後、私の方を見て尋ねる。


「なあツカサちゃん、今日もみんなを説得しに回るのか?」

「……そうする予定でした」

「予定でした、か」


 短い答えの中で、言葉の裏を読み察するヨウジさん。


「さっき、スタッフの〇〇さんにもう説得は止めるように言われたんです。これ以上はお互いのためにならないから、余計な亀裂を生むだけだから、止めようって」

「ああ、〇〇さんならそう言うわな」


 ヨウジさんも他の人同様、ここからの避難に否定的な側だった。私とサヤが説得を始めた日に、ここから離れる準備をしようと言っても「要らない」と突っぱねられたのを覚えている。


 だからなのだろう。何があったかを要約して伝えたあと、当然だろうなとヨウジさんは頷いた。まるでそうなるのが分かりきってたような反応を示し、日常の一部みたく受け入れて見せたことに、私はどことなく疎外感を覚える。


「そんな現実感のない話、百人に聞けば百人が嘘と言うわい。ツカサちゃんには悪いと思うが、程々にして諦めるのが一番だろうて」

「……諦める? なんで?」


 その言葉に私はピクリと反応する。続いて彼に言い返した。


「ヨウジさん言ったじゃないですか。一度やったくらいで諦めるなって。1時間でダメなら1日、1日でダメなら1週間。そうやって説得し続けろって、言ったじゃないですか」


 それは前にヨウジさんの口から聞いた言葉。

 サヤとの間で蟠りが生まれてしまい、ケイスケさんに相談しようとした際にヨウジさんが放った言葉。あまり参考にはならなかったけど、目の前にいる老人が私にかけたもの。それをぶつける。


「まだ3日目なんですよ。たったの3日。どうしてそれで諦めないといけないんですか。ヨウジさんなら、諦めるには早すぎるって言う頃じゃないんですか……?」

「……そうさな」


 ヨウジさんはこちらの発言を肯定するようにそう声に出したあと、遠くの方を見て、続けて言う。


「……もし時間にもっと猶予があるなら、そう言うのも有りだった。けど、ツカサちゃんが言う残された時間はもう僅か、数日なのだろう?」


 これが普通の時の普通のことなら、儂だって諦めたりせん。

 思いをぶつける時間が限られているんじゃあ、どうにもならん。

 そう冷静な意見を交え、視線を私の方へ戻す。


「特にそういうことを言って信じさせられるような学者さんならまだしも、そういう肩書きを持っていないツカサちゃん達では尚のこと、な」

「……それが間違っていたら、死ぬかもしれないんですよ?」


 尚も私は反論する。もし大勢が思うように極大繁茂が起こらなかった場合はいい。けれどもし予想とは違ってそれが起こったら、その時ここに留まっていた人々は全員飲まれて、間違いなく死ぬだろう。


 そのことを考慮して動くべきではないのか。例え信じられないのだとしても、もしもに備えて逃げておいた方がいいと考えてくれたっていいはずだ。そう真剣な目で私は訴えかけた。それをヨウジさんは落ち着いた様子で見返し、


「いいかいツカサちゃん、人はいつか必ず()()()が来る。望む望まざるに関係なくな。儂もこんな歳だ。身体はあちこちガタが来ていて、若い子の支えになるどころか、支えられることの方がずっと多い。これまで生きたいと思って生きてきたが、申し訳ないと思うこともあった。……それにやっぱしんどくてな。そろそろ、暇を貰いたいと思ってたんじゃ」

「いとま? …………っ! そんなのダメですよ、考え直してください!」


 私はすぐに言葉の裏に気付いて、ヨウジさんにそれを思い直すよう伝える。

 だけどヨウジさんはとっくに受け入れているらしかった。


「すまんがもう決めたことでな。儂はもう独り身だし、思われる相手もいない。生きていても淋しさが募るばかりなんじゃ。けれどツカサちゃんはまだ若い。御家族さんも生きているだろう。こんな老いぼれと分からずやの集まりなど気にせず、サヤちゃん達と一緒に安全なところへ行きなさい。例え数日後に終わりが来ても、儂は恨まんよ」


 そう語るヨウジさんは淋しそうに、その気持ちを払拭するかのように微笑んだ。


(いやだ——————)


 私はどうにか口を開いて、なんとか止めようと考えを巡らせる。どんな言葉を使えば、どんな言い方をすれば思い直してくれるのか。それを頭の中でずっと考え、彼に伝えようとして。


 けれど必要な言葉は浮かばず、何を言っても響かない。そんな感情も読み取れてしまい。

 私の口は最後まで開くことなく、何も言えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ