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避難前最後の準備(2)

 明後日。来たる魔力災害を前に全員が逃げられるように、私とサヤは説得の方針を固めた。

 まず大前提として、これから極大繁茂と呼ばれる災害が発生することは私とサヤ、ケイスケさんにイグノーツなどを除いて知らない。それが起きることを信用してもらわねば、海に逃げるなど納得してもらえない。けれどこんな未知の事象を根拠に行動させるには、如何に言葉を尽くしても信用を得るには足らないだろう。


 彼女曰く、「たとえ怪しい新興宗教を信じさせる目標でも2週間以内は無理」。神とか加護とか恩寵とか、まだ人々にとって慣れのある概念でそれなので、私達にとって常識外れな現象となると、もっと無理。それがサヤが1日考えに費やして結論付けたことだ。


 しかも実際に残された猶予はあと8日ほど。逃げるだけなら今日動けば余裕で間に合う。が、そうしてもらう理由を聞き入れてもらえるか?

 朝日に照らされ目覚めた私は、冴え切らない頭でそんなことを考えていた。


(起きよう……)


 現在の時刻は8時かそこら。寝ぼけた感じが続いていたので布団の中でぼーっとしていたが、割と頭の調子も戻ってきたのを確認し、起き上がる。


「んんー…………おはよう、ツカサ」

「おはよー、サヤ」


 服を着替えながら髪を整えていると、同じスペースで寝ていたサヤも丁度起きた。頭を起こした際に寝癖が付いていたので指摘すると、ため息でもつきそうなほど面倒くさげな表情を浮かべる。


「寝癖なんて滅べばいいのに……」


 案の定ため息をつくサヤだった。寝癖を直す用にと近くに平積みしてあったタオルを一枚取り、バケツに貯めてある水で濡らすと、髪にあてがう。そんな様子を見ながら考える。


(髪の毛って短くて固い方が寝癖つきやすいらしいし、ちょっと伸ばしたらいいと思うんだけどな)


 サヤの髪質は恐らく普通くらいで固くも柔らかくもない。しかしショートにしているのが原因なのか、結構はねやすいらしい。社会に出てすぐの頃、彼女自身から聞いた話である。


 仕事から家に帰ったある日、サヤは疲れから思考が回らず、食事を摂って風呂に入ったあとすぐ寝てしまったと言い、朝起きた時には寝癖がひどくついていたのだとか。全部直すのがもう面倒だったと愚痴っていて、「私も髪伸ばしたら少しはマシになるかしら……」と呟いていた。でも今日に至るまで髪を長くしていない。


 なんでなのか気になったので別の日、それとなく理由をつけて髪を伸ばしてみたらどうかと振ってみると、「単純に似合わないと思うからいい」と答えが返ってきた。


 ……私個人としては髪を伸ばした姿のサヤも見てみたいし、お店でロングのウィッグを試着してもらった時は似合ってると感じたものだが。でもサヤは髪の長い自分に違和感を覚えているから、以来似合わないからショートのままということで受け入れている。残念だけど仕方ない。


「あーもう……寝癖を滅ぼす魔法とか、見つかってない?」


 思うように寝癖が直らず、彼女がぼやいた。

 そんなピンポイントに作用する魔法はないと思うよサヤ。魔法は凄いけど万能じゃないし。滅ぼすとか普段なら絶対言わなさそうだけど、まだ頭が働いていない時のサヤは気軽にポンポンと出してくる。それが何だか意外で新鮮で、ちょっと楽しい私がいる。


「ツカサー。悪いんだけど、髪を乾かすの手伝ってちょうだいー……」

「はいはーい」


 私は声で頷いてからサヤの髪を魔法で乾かす手伝いを行った。

 身だしなみの整えも終わり、朝ごはんを食べて今日が始まる。ここにいる人の大勢にとってはもう慣れた1日の始まり。緊張するようなことも特にないだろう、つまらない時間。


 けれど今日の私達にとっては緊張する時間だ。なにせこれからサヤ達と一緒に回って、1人ずつ話をするつもりだから。私はイグノーツに魔法で連絡を行い、屋外を散歩しているであろう彼と合流する。連絡から4〜5分経つとやってきた。


「お待たせしました。おはようございます、お二人とも」

「おはよう、イグノーツさん」

「おはよう」


 挨拶を交わした後今日の予定を説明する。既に話自体は通してあるから、これはただの再確認だ。


「これから全員のところを少人数ずつ訪問していくわ。順番としてはまずスタッフの人達のところ、次いで他の人達。体育館の中にいる人を優先的に、どこかを散策しているのは居場所だけ確認して後でやる。人数は相手が1人なら私だけ、2人ならツカサが一緒。イグノーツは少し離れたところで待ってて、私達だけじゃ説得難しい時に来てもらうわ」

「出来るだけ相手と人数を合わせて訪問するのですね」


 話す相手の人数に応じて私やイグノーツが加わるとのことで、イグノーツは確認する。


「圧迫面接みたいになるのを防ぐ目的よ。相手より大人数で行くと心理的な圧力が生じるわ。出来るだけ対等の人数で、必要でない限りツカサやイグノーツの協力はなし」


 その質問にサヤは答える。少しでも相手に話を信用してもらうにはサヤ以外もその話を信じている他、信憑性のある事柄を示すべきである。サヤだけで話しても本当のことだと受け取られない恐れがあるから。


 最低でもイグノーツは同じ場にいさせておく方が良い。それはサヤもきっと分かっているはず。なのにそうしないのは、サヤに思うところがあるのだろうか。


「私は構いませんが、御一人で説得となると厳しいのでは?」

「そうね。一応の説得材料はなくもないけれど、一番早く済む方法は貴方に話してもらうことだと思う。けどその手は出来るだけ使わないようにしたいの」

「何故です?」


 どうして自分を利用しないでいたいのかと聞き返すイグノーツ。それにサヤは少し間を置いて、


「もし貴方に協力してもらう手を最初に使って、それで信じてもらえなかったら、私はそれより上の説得方法を見出せない。だから最初は私だけでやれるだけやりたいの」


 そう力強く答えた。


 確かに、いきなり一番強いカードを出せば相手には大きく効くかもしれない。けれどそれは私達が出せる最大のカードでもある。もしそのカードを切ってダメだった場合、それより強いカードが出せずにどうにも出来なくなってしまう。


 だったらまずは一番弱いカードで、次に中の強さのカードを出す。それらが効かなかった場合にだけ一番のカードを切る。話が理解出来たイグノーツはなるほどと首を縦に振った。


「じゃあ行くわよ」

「はい。ところでケイスケさんは連れていかれないのですか?」

「兄さんには暫く魔法の練習と草抜きだけさせたいから。例え兄さんが手伝おうとしても許可しないつもりよ」

「そうですか」


(ケイスケさん、頑張って……)


 1日中練習と草抜きに専念させられる彼に心の中で応援を送った後、私達は目的を達成させるべく最初の一歩を踏み出した。初めに説得しに向かった相手は、避難所にいたスタッフの中でもまとめ役をする30代半ばの男性である。


 彼は穏和な、ざっくり言うとサヤとは逆の気質を持つ人。物腰や態度というのが柔らかで、あまり人の頼みを断れないタイプをしている。それでいて気配りやコミュニケーション能力も人並みにあるから、スタッフの中でもパイプ役を担うことになっており、まとめ役になっていた。


 サヤが来てからはリーダーポジションを彼女に譲っているらしい。ただサヤの方はあくまで自分は補助をしているくらいの感覚だと言い、実質的なリーダーは今も彼で間違いないと述べている。現にサヤが休んで以降、スタッフ達は彼を中心にして混乱なく動いている。


(でもその御本人は時折サヤへアドバイスを聞きに行っているみたいだけど)


「おや、サヤさん。どうしたんだい?」

「おはようございます。ちょっと〇〇さんとお話したいことがあるんですけど、空いている時間はありますか?」

「うーん、今はちょっと無理かな。9時には空くと思うから、その時でいいかい?」

「9時ですね。分かりました」


 丁寧に一礼をしてサヤは応える。すぐ話が出来ないのは想定内だったのだろう。最初から、話が出来る時間はいつ頃なのか聞く気だったようだ。


 少し離れた場所で待っていた私とイグノーツは見守る。暫くするとスタッフを捕まえたサヤが体育館の適当な隅っこに連れていって、話し始めた。私達はその場から動かず、ただ黙って成り行きを見ているだけ。


(どうなったかな……)


 時間が経つと2人は別れ、スタッフがその場を去っていく。私とイグノーツはサヤがこちらに来るのを待ち、その結果を耳に入れた。


「どうだった?」

「まあ……案の定、ってところかしら」


 どうやら信じてもらえなかったようである。残念な結果だが予想はしていた。

 けれど幸先の悪い話にガックリと項垂れる私。


「ツカサ。シャキッとしなさい」

「——わ!?」


 背中を叩いてくるサヤ。ポンポンと軽く叩かれた感覚が脳に伝わると半分飛んでいた意識は戻され、体がビクッと反応した。


「どうしたの? もしかして今になって正直に言って信じてもらえるか心配になってきたかしら? 説得しようって言い出したのはツカサでしょうに」

「う、いや、そんなことはないよ……。1日以上時間を置くとあの時の判断はこれで良かったのかなーって色々不安とかが出たりするけど、そんなことを考えていた訳じゃないから」

「はいはい、態度よりも口の方が正直ね。普通は逆になりそうなものだけど、ツカサだからね」

「……それってどういう意味〜?」


 口の方が正直と言われ一瞬どう受け取ればいいか頭が処理中になったが、なんとなく馬鹿にされてる感がすると私の脳は判断した。目を細めて睨むと、そんな私を見たサヤはくすりと微笑んで「ごめんごめん」と謝る。


「でもお陰で元気が出たわ。ありがとツカサ」

「あ、うん……って流そうとしないで! なんで今ので元気が出るのさー! ひどい! それに私だからってどういうことー!」


 素直に教えてくれそうにないので問い詰めようとするも、サヤは躱すように次のスタッフを探しに向かってしまった。


「ツカサさん、必要になるまで動き回ってはいけませんよ」

「分かってるよ……もう」


 私の反応に彼女を追いかけていくと思われたのか、イグノーツに注意されてしまう始末。

 まるで子供扱いされた気分になり、拗ねるように目を背ける。


 その後、サヤはほぼ全員のスタッフ達へ話し終わり、その結果を知らせに戻ってきた。単刀直入に伝えれば、サヤの話を信じてくれた人数は0である。


「当然だけど、いきなり変なこと言い出したようにしか見えなくてみんな困惑してたわ」

「それはそうでしょうね。どうします?」


 イグノーツは尋ねた。主語を省いているが、このまま1人で続けても効果がなさそうと思い聞いたのだろう。サヤは軽く腕を組んで考え出す。


「私1人がどう言っても信じてもらうのは難しいと思ったら、ツカサや貴方にも一緒にってするけど…………今日はいい。私だけでやる。幸か不幸か頭がおかしくなったと思われている訳じゃないみたいだし、時間をかけていきましょう。まだ8日はあるんでしょ?」


 きっと間に合うわ。サヤはそう言って、協力はまだ必要ないと断るとまた話をしに1人向かった。追いかけて一緒に説得を手伝いたいという思いが走るけれど、私の表情を見たイグノーツが先んじて言葉で制止してくる。


「冷静な判断を心がけましょう。サヤさんはあの若さにしてはよくやっておられます。何事も、急いては事を仕損ずる、ですよ」

「……そんな諺も知っているんだね」

「歴史上、現代にまで残っている言葉は覚えていて損になりませんから」


 彼は私の質問に答えるとにこやかに微笑んで、その後しばらく一緒に過ごした。


 その後サヤは頑張ったようだけど、説得1日目で信じてくれた人はいなかったという。仕方ないと頷きつつ、お互い結果には少し堪えてしまった。

 その日の夜。サヤから「明日は1人で行くか、2人で行くか」に関して相談されたので、「一緒にやる」と答え、翌日を迎える。何かしらの進展が得られることを僅かに期待して。


「悪いが、その話を信じられるかというと……」


 1人目は、困ったようにそう告げる。


「まだ休んでた方がいいんじゃない?」


 2人目は、真面目に心配するような感じで話を受け止めようとしない。


「あんなのがそう沢山も起きるとは……」


 3人目は、常識的に過去のデータから考えてそれが現実になるとは判断せず、


「すまない。今は余裕がないんだ」


 4人目は、その話に耳を傾ける気が起きなかったようで、


「……それをどうやって信じればいいの?」


 5人目は、言葉を聞き終えてから目を背けていた。

 サヤに一定の信用を置いていそうな人でさえ、それが現実になる日がすぐ近くに来ようとしているのを非常識な予想だと受け取っている。あの時学校の敷地内に生えた巨大植物のこと……それを思い出してもらっても、それが余程の例外な現象だったのではと考えている様子だった。


 私は正直、自分で自分の言っていることが信じられなくなりそう。

 本当に極大繁茂という災害は1週間後に起こるのか。ただの行き過ぎた思い込みなのではないか。そういう思考が頭の中を巡りそうになる。


 夜、やや不安になった私は念のためイグノーツへ確認した。胸の中で育ちそうになるそれを払拭しようと。彼は私に優しい口調で答えた。


「もし嘘だと思われるのでしたら、説得を続ける必要はありませんよ。結局、起きると言うのはあの本の機能で予測した結果でのことなので。その結果を信じられないのでしたら、そうなさってくれて大丈夫です。信じられるかも定かでない、そんな話のため気負ってやることではありませんから」


 なぜ大丈夫だと言ってくれないのだろう。かけて欲しい言葉とは違う言葉が返ってきて、戸惑いを示す。

 信じられないならやらなくてもいいだなんて。まるで私達がやることへ期待してないみたい。どうしてと思いが湧いてくる。それで返事を待つイグノーツに、私は聞いた。


「……イグノーツさんは、他の人がどうなってもいいの? 平気なの?」

「私の場合、身内のことを物事の最優先にしているというだけです。他人はどうなってもいいとか平気とかではなく。どうにも出来ないならば身内のことを一番に考える。それだけですよ」


 当たり前のことでしょうとでも言う風に、でも優しい声で答える彼。


「自分がやっていることが良いことか悪いことか分からない。それで迷う話なら、ツカサさんは休んでいてください。後は私とサヤさんでやれるだけのことをします」

「……私が言い出したことだもん。そんなこと出来ないよ」


 自分の意思で2人を巻き込んでおいてここで自分だけなんてこと。

 それは私の言葉に応じて頑張ってくれているサヤを裏切るようなものである。絶対に嫌だ。もし説得をやめるなら私より先にサヤにやめてもらわないと、自分だけ止めるなんて出来そうにない。


「サヤさんのことをお考えですか? サヤさんなら、そうなったとしても理解してくれると思いますが」

「…………そうかもしれない。……でも、そういう話じゃないの。例えサヤが許してくれたとしても、私がサヤにしたくないの。だって、私の大切な友達だから」


 魔力嵐が通過した後のあの日、私の避難した先の学校までお兄さんと一緒にやってきてくれた。

 あの時は「私のことを心配しすぎでは?」って思ったりもしたけど、後のことを思えば同じ場所にいてくれて本当に嬉しかった。サヤのお兄さんであるケイスケさんも、私が危ない時に助けてくれて、今では2人に感謝している。


 だからこそ、そうまでしてくれたサヤを蔑ろにしたくない。こんな友達はもうきっと二度と出会えない。


「——私、まだ頑張るよ」


 サヤが私にしてくれたことを思い出して、自分を奮い立たせる。こんなことで信じられなくなってどうするんだと心に言い聞かせた。仮に本当だったらおしまいじゃないかと。なら行動するだけしておけと。生まれ変わったように私が私へ告げる。


「そうですか。くれぐれも後悔なさらないように」


 イグノーツはそんな私を見て、短く、優しい声でそれだけ言う。

 喜びとも怒りとも、呆れとも蔑みとも違う瞳をしていたけれど、夜闇の暗がりで私にはハッキリ見えない。そこで私は、心を覗いてみれば答えが分かるのではと思い魔法を使った。


(え、どうして……?)


 だが私はイグノーツの感情を読んで、戸惑いに飲まれる。

 彼の心の中に広がっていた感情は悲しみだった。




 時間は進んで3日目。


 昨日の会話のせいなのか、この日イグノーツは朝早くからどこかへ行ってしまっていた。先に起きていた人へ尋ねると、どうやら港がある方へ向かって行ったという。多分船のことを見に行ったのだろう。今日も私とサヤの2人で1人でも多く信じてもらおうと話を試みる。


 「本当はイグノーツにも来て欲しかったんだけど、船のためじゃ仕方ないわね」とサヤは言う。けど私は、仕方がないとはあまり思えなかった。昨日の今日でこれだから、もしかしたら何か考えているのかもしれない。けれどそれが何なのかは分からない。なぜ悲しみを感じていたのか、理解出来なかったから。


(今はこっちに集中しよう……)


 昨日と同じ結果で終わるかもしれない。それでもまだ諦めるには早いだろうと2人で回ろうとした時、1人の男性がやってきた。姿を見てすぐに誰か理解する。

 その人は最初の日にまず説得しようとしたまとめ役のスタッフさんで、近くまでくると何やらモゴモゴとし出す。何か口にするのに抵抗があることを言おうとしているのか。


 何を言い出すのか待っている私とサヤに、その人はやがて意を決したように喋る。


「あー……えっとだな。一昨日からの話で聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

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