それぞれ
ツカサ達3人が港へ行っていた頃。避難所である学校の中は、いつもと変わらぬ空気でいた。
「ふう…………」
もうあれから日も十分挟み、心身ともに大分良くなったとサヤは判断している。だから少しずつであるがやることを増やしている。といっても、備蓄のチェックは周りが勝手にやっているし、水や食料が尽きる心配はイグノーツとツカサのお陰で当分は先だ。
魔法具のメンテナンスはこの前したので動作に支障を来たしている報告などはない。魔物という災害前はいなかった生物も近くに見かけたという情報はなく、思っていた以上にすることはなかった。
治癒魔法を必要とする人が何名かいたので対応したが、お陰ですぐ手持ち無沙汰になった。仕方がないので、体育館周りに群生中の雑草たちを処理している。今まではツカサかケイスケが暇を見てやってくれていたが、今回はどちらもイグノーツと共に出掛けており、この作業が行えるのはサヤを除いて他にいない。
体育館の出入り口に迫る、木の根の如く強靭に根を張った雑草。サヤは1人で、その強靭さを支える現象に対処しながら抜いていく。
(一本ずつ相手にしてたらキリがないわね……)
そうして何十本か抜いた後、このままでは時間対効果が悪いと判断したサヤは、一旦手を止めると記憶に収めた知識の参照へ意識を集中させた。
(この現象は雑草1つ1つが魔法を発動してとても硬くなっているようなもの…………。ツカサは植物に融合した魔力を分離して柔らかくしてから抜いていたけど、他の方法はないのかしら?)
暫しの思考を挟んだ後、サヤは思いついた方法を試すべく結界系の魔法を発動する。
その効果範囲に包まれる雑草。
やがて、重力に逆らってピンと立っていた雑草の多くがぐにゃっと垂れる。
サヤは先っぽが垂れた雑草の根元をつかみ、力を込めて引き抜くと、スポッと容易く行えた。思いの外あっさりと引き抜けたらしく、少しの間固まってしまうサヤ。
(……内部の魔力圧を変動させる結界系の魔法。見様見真似でだけど上手くいったわね。それでいて効果は悪くない、と)
魔法を維持したまま範囲内の雑草を抜きまくる。あれほど立派に上へと伸びていた植物群は、魔法の影響を受けてからはもうだらしない姿を晒していた。
(けど魔法の効果が切れるとまた戻るわね。これを発動中は変質系の効果がなくなるみたいだけど、発動しなくなったら復活するってことは、起きる現象は魔法の完全な無効化じゃなくて、効果の抑圧なのかしら)
結界系の範囲を横に移動させた際、範囲内に残っていた雑草が生き返ったようにピンと立ち上がったので、サヤは魔法の効果について分析する。この魔力圧を変動させる魔法は完全に魔法を無効化している訳ではないようだ。
(一度抜いた雑草も効果の範囲外に出るとまた同じ硬さになるし、これじゃあ二度手間ね。この状態の草はやたらと燃えにくいもの。お陰で火事が起きても全く広がらないどころか防火材代わりに機能するって利点はあるけど……処分に困るわ。何か上手い利用方法はないかしら……)
思案しながらも手は動かす。
雑草駆除を始め時間が経ち、休憩を交えふと視野を広げたタイミング。彼女の目に映った幼い少女の姿を認識して、その手はピタリと止まった。
(あれは確か、ツェレンって子?)
ツェレンは彼女が黙々と作業をしている様子を、体育館と校舎の間にかけられている屋根付き渡り廊下の柱に隠れながら、ずっと覗いていたらしい。サヤは周囲を見るが、自身以外に少女に気付いている様子はなかった。
少女の方へ面を上げると、その金髪の少女の名を思い出すサヤ。が、彼女がこちらに気付いたと察して慌てて全身を隠す。なんとも子供っぽい仕草に、思わずサヤは「子供……」と呟く。
「……子供じゃない」
するとツェレンは頭だけをひょっこり出し、眉を寄せながら言い返してきた。
(どこからどう見ても子供よね。その外見といい反応といい……というか今の聞こえたの? 魔法で声でも拾ったのかしら)
「子供じゃないよ、私」
「その否定の仕方が子供なのよ」
「む〜…………」
「こんなところで何をしているのかしら?」
ムッと頬を膨らますツェレンへ問う。
一見するとツェレンは遠くからサヤの動きを見ていただけであるが、今言い返したことから会話する気は一応あるようだと察した。サヤは一度あの空間でツェレンと話そうとして上手くいかなかったので、そこからツェレンの性格を推察する。
(人見知りなのかしら。これくらいの年の子だと大人へ話しかけるのに勇気がいるでしょうし、不思議ではないけど。そうなると上手いこと心を開くような話題を持っていけば、親しみを持ってくれるかもしれない、けど……まあ急ぐ必要はないわね)
「…………」
「別に見ていても構わないけど、つまらないわよ。ただ無駄にタフな雑草を抜いているだけだから」
そう告げた後、ツェレンから視線を外して作業を進める。その間サヤは口を一切開かず、一心不乱に雑草を処理していく。
(積極的に話しかけた方が心を開くタイプもいるけど、逆に放っておいた方が心を開くタイプもいる。この子は北風と太陽、どっちが効くタイプかしら。ああ、それにしても効率が悪い……)
「……もっと早く抜く方法、あるよ」
無言の時間が暫く続くと、ツェレンから口を開いた。
「そうなの?」
サヤは興味を示して振り向く。彼女との間にある心の距離から、ツェレンは正面から見合うのは避けつつ、彼女にコクリと頷きで返し、その場から伝える。
「雑草の方をどうにかするんじゃなくて、地面の方をどうにかするの。5族の魔法で柔らかくしてから2族の魔法を使うと、土が吐き出してくれる。『ぺっ』って」
「ぺっ、か……なるほどね。けどごめんなさい。その魔法はまだ覚えていないの。やっているところを見せてくれたら出来ると思うけれど」
「……分かった」
サヤの言いたいことを察したツェレンは、彼女の方へ行きその隣に立つと、魔法を発動。サヤはツェレンが魔法をかけた先の地面に目を向け、じっと注視する。
(目に見える変化はまだ出てないけど……ここからね)
魔法の影響により、雑草が生えている地面は柔らかくなった。しかしその段階では視覚的に変化は見られない。上に乗っているものが重ければ物が沈んでいく変化が現れただろうが、あるのは腰の高さまで成長した雑草だけだから。
次いでツェレンは2族の魔法を発動する。すると今度は目の前一帯の地面がモゾモゾと動き出し、熱湯煮えたぎる釜のごとくあちらこちらからボコボコと表土が膨らんで弾け、それに併せて雑草が次々に倒れていく。
(これって……!?)
魔法が止められた時点で、ほぼ全ての雑草は勝手に抜け落ち、土の上にドッサリ倒れていた。勿論地中に張っていた根も殆ど露出し、その役目を果たせない状態に晒されて。最早「抜けた」と言って差し支えがないだろう。
呆気に取られるサヤ。その様子を窺いつつ、ツェレンは今やったことの説明を述べる。
「えっと、地面の中を一旦全部柔らかくして、ドロドロにしてから上向きの流れを作ると、雑草とか軽いものは全部浮かせられるの。私のいたところで、何度抜いても生えてくるしつこい雑草をなくすのに使ってたやり方だよ」
「つまり地中を液状化させてそこに水流みたいなのを起こし、地面の上まで持って行ったってこと? 出来るのそんなこと……いえ、こうして出来ているんだから魔法なら可能なのね」
(確かにこの効果なら……でも液状化。建物の近くでやった場合どうなるの? 土地ごと傾いたりしないかしら。それに地中に埋まってる土以外のものは柔らかくなるの? 有効な深さは? もし石とか岩もまとめて液体みたいに出来るなら、この子には悪いけど迂闊に使えないわね……)
ツェレンはしつこい雑草を駆除するのに使われる方法だと言っているが、この魔法はサヤの視点で評価するに明らかに過剰効果だ。雑草駆除をするのにここまで強力な効果は必要どころか、却って害をもたらす可能性さえ含む。
便利で効率が良いなら覚えて使おうかと思っていたサヤだが、あまりの効果に思わず腕を組んで考えざるを得ない。
(だけど、全く利用価値がない訳でもない、この魔法。特に地面を柔らかくする方、これを上手く使えばもしまたあの魔物に襲われても……)
だが同時に、同じ避難所にいた仲間の命を奪っていった魔物の姿を頭に浮かべると、サヤは目つきを険しくし、その心に炎を燃やした。
*
暫く経ち、港の中を軽く一周して戻ってきた船からイグノーツが下りると、どうしてあんなことになったのか、説明を求めた。
「い、イグノーツさん。あの魔法具にはどんな魔法紋を刻んでいたの!?」
ここまで見た限り、私の知識から判別出来るものはサイズを大きくする魔法に強度を補うための強化魔法、そして推進力を得るための何らかのやつが刻まれている。前2つは取り付け作業時と前から使用していたが、後から発動したものが何なのか判然としなかった。
推力を出しているなら水の流れに大きな影響が見えるはずだ。しかしそのような感じの光景は魔法具を付けている船水面下の穴にはなく、水面には船が水を切り分けた後の波が残るだけ。普通に考えておかしいそれに、疑問は深まる。
だがこちらの疑問に対しイグノーツは、人差し指を立てると口元へ持ってきて「秘密です」というジェスチャーを返すだけ。そうして私に答えると彼は船長に振り向いた。
「さて船長さん、これでこちらの要望に応えてもらえるでしょうか。この魔法具の起動には船で使われるような燃料は要りません。速度についても申し分ないでしょう。強いて欠点を上げるなら私がいないとまともに使えない点ですが……どうします?」
「……そうだな」
判断を迫られる船長。一緒に来た吉野の方を見て、彼がコクリと頷きで示すと答えを決めたらしい。
「同じ物を最低2つ用意して欲しい。それで、そちらのご要望通りに船を出しましょう」
船長がそれを条件に船を出しても良いと認める。私は思わず喜びが声に漏れた。
「や、やった……! ありがとうイグノーツさん!」
「喜ぶのは早いですよ。同じ魔法具をあと1つは用意しないといけないですし、それをあの大きな船へ取り付けなくてはなりません。ツカサさんにはまた重労働をしてもらうことになるでしょう」
「それでも……ずっとマシだよ!」
誰かを見捨てるなんて辛い選択をせずに済むのなら、対価に重労働をするくらいなんてことない。それに重労働と言っても魔法を長時間に渡って使うから体力を消耗するという話であり、あの重たそうな魔法具を持ち運ぶ作業を担当するのではない。
私からすればこの程度のことでへこたれる訳いくか、と寧ろやる気になっていた。
「というかイグノーツさんの方こそ、大丈夫なの?」
「体力の消耗についてならご心配なく。私は普通とは違いますので」
(普通とは違うって……もう死んでいるから? 死んでいるなら体力とか関係ないってこと? うーん……)
彼の言う「普通とは違う」がどのような意味なのかを考える私に、イグノーツはただ微笑むばかり。たまには違う表情も見せて欲しいところである。ポーカーフェイスのような笑顔をされる度、どんな気持ちでいるのか汲み取りにくくて困ってしまう。
「あまり無茶はしないでよ。イグノーツさんに倒れられても大変なんだから」
「わかっていますよ。ですが本当に大丈夫ですので今は気にせず、自分のことを大事になさってください」
そう言って、イグノーツはケイスケさんと話をしてまた船長達と話をした後、私の方へ再度顔を向ける。
「私は一度戻りますが、2人は船の方で船長達と一緒に待っていてください。魔法具を持ってきますので」
「え? さっき持っていないって言ってなかった?」
「用意しなければと言いましたが、予め作っていないとは言ってませんよ」
なんと先んじて試作品を2つ作っていたという事実を知り、驚きのあまり言葉が出なくなる。そしてそれを今みんなの前で聞こえるように言ったので、当然ながら他の人も驚いていた。
もしや、話が上手いこと進んだ場合を想定して2個は作っておいたのか? と考えたが、
(多分逆だよね。話が上手くいかなかったらどこかの使えそうな船をあれで動かせるようにして、あの船の近くで見せつけることで交渉に使おうとしたのかも)
避難所の人を助けるにはそれなりの大きさの船が必要だ。他の船でも複数動かせるようにすればなんとかなるかもしれないけど、私達は船の動かし方を碌に知らないのでやっぱり出来れば船を動かすのに慣れてる人がいた方がいい。そう思えばイグノーツが今2個目の存在を明かし、それまで隠していた理由も想像がつく。
「抜け目のない人だな……」
ケイスケさんが隣で思わず呟くと、イグノーツはいつもの顔で笑いながら言った。
「ツカサさんの話が、上手くいくよう手を尽くしていただけです」
船長達が乗っていた船。名前は『HONGETSUSYO』……漢字では『本月晶』と書くらしい。
イグノーツが戻ってくるまで私とケイスケさんはそちらで待機することになり、今は船内を他の人の邪魔にならない程度に自由に歩いている。基本的に移動していけない場所は機関室や厨房内、船橋などの船員が仕事をする場だけで、他はどこでも入っていいらしい。
「なんだか楽しそうだね、ツカサさん」
「このサイズの船に乗るの初めてなんです。それで……」
こんな状況でありながらなんだが、ここまで大きい船に乗った経験がない私は、圧倒されそうな船内の広さに興奮を抑えられないでいた。欲望に素直になるならフロア1つ1つを隈なく見て行きたい気分である。
だけど現在は一応非常時。どこに何があるかを把握するために見て回りはしても、子供のように好奇心に身を任せていくことは憚られる。私も大人の一員だ。本当は乗組員の目の届く場所で静かに待っているのがいいと分かっている。
「けれどあんまりウロチョロしたら他の人の迷惑になりますよね……」
「道を塞ぐように歩いている訳じゃないし大丈夫だよ。それに俺達だけが歩いている訳じゃないでしょ?」
ケイスケさんが言うように、通路では時たまに他の人とすれ違う。
これは船長さんからの計らいで、周りを困らせない程度であれば散策しても良いからだ。
曰く、緊急事態で人を預かる側としてはあまり勝手に動き回ってほしくないが、体を動かなさすぎても運動不足などで不調を抱えやすくなってしまう。そうなってしまうよりは、重要区画以外は立ち入り自由にしてウォーキングでもしてもらうことで、少しでも自主的な健康管理をしてもらう方が長い目で見て良いとのこと。
長く健康でいてくれれば貴重な医薬品類も節約出来、避難者達のストレスも軽減出来るという狙いだろう。実際、長い避難生活を強いられているにもかかわらず、思ったほど船内の雰囲気は悪くない。客も乗組員も運航時よりかなり減っているようだが、掃除も意外と行き届いているようだ。
「でもこれだけ広いと迷子になったら探すのに時間かかりそうだね。見通しの良い場所に行く?」
「私は迷子になんてなりませんよ? でも行きます!」
自分は迷子になんてならないと主張しつつ、通路の先にある開けた空間へ出ると、この船に乗った人がまず通る玄関広場へ出た。
(通ってきた時も見たけど、船の中とは思えないなあ……)
1つ上のデッキまで吹き抜けとなっている円柱上に開かれた空間は、まるで小さなデパートのよう。真っ先に目に飛び込んでくる中央に立つ2デッキ分の高さを持つ壁。そこの面積を一杯に占有するように設置された四角のディスプレイ。2階に相当する場所には吹き抜け部分を囲うように店のスペースが置かれてある。
現在はどれも閉店しているからガラスのドアは閉ざされて閑散としているが、放置されたままの品を見るにお土産コーナーだろう。こんな時じゃなければじっくりと眺めてみたい気持ちだけど、今がこんな時なので諦めるしかない。それに下船した人に店員を務めていた人もいたのか、店には人もいないみたいだ。
見張りの人もいないし正直いつ物が盗まれてもおかしくないけど、誰もそうはしていない。
(宝飾品とかはともかく、服とかは物々交換に使われても変じゃないのに)
国が機能してない中、貨幣に何かと交換してもらうだけの価値は誰も感じない。こういう事態が続けば続くほど、物の交換価値は貨幣から生活に即役立つものへ移っていく。なにせ貨幣というものは物質的にはただの金属と紙切れだ。
加工に色々必要な金属や、よく「ケツを拭く紙にしかならない」なんて言われる紙幣よりも、水や食べ物、寒さを凌げる布や服、熱源や灯りを確保出来るライターや懐中電灯、それを機能させるための電池や発電機、油などの方が色々なことに役立つから。所詮宝石などはキラキラ光ってて綺麗なだけの嗜好品。持っていると「見せびらかせる」、「金がある人というイメージを与えられる」だけで、どちらもサバイバルを強いられている中だとほぼ無価値。せめて食べられるものであれば交換しやすかっただろうが、食べられる宝石なんてキャビアとトリュフくらいしかないだろう。
流石にそれを身につけてる人はいないと思うが、それゆえお菓子などの食べ物は回収済みに対し、他の品々は大して重要ではないと言わんばかりにそのままにされていた。
「どうしたの?」
「いえ……服が残されたままなんだなって」
「服? ……あ、そっか。着るものなら誰かが勝手に持って行ってても不思議じゃないよね。軽いし折り畳めるし、少し多くあってもあんまり困らなさそうだし。誰かに聞いてみる?」
「うーん。いえ、やめておきます」
さして重要な話でもないし、無駄に質問をする必要はない。彼らだって今は人員不足で手が足りていないかもだし、そんな時に一般人に下らない話を振られたら、態度には出さないかもしれないが「どうでもいい」ことを聞いた相手へ気を悪くすることだって考えられる。
聞く時は本当に重要と思うことだけを聞くようにしよう。そうして私とケイスケさんはまた別の場所を見に向かった。




