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異世界産魔法具の力

「座礁するから船を出せない、ということですよね? それなら、俺がなんとかします」

「それは……魔法でかい?」

「はい」


 ケイスケさんの言葉に目を丸くして戸惑う彼らだが、一旦落ち着いてその話を聞こうという姿勢を取る。


「俺が覚えている魔法の1つに、壁のように物体を生やす魔法があります。それを使って岸から喫水の深いところまで陸を伸ばし、船へ近づけるようにします。それならば、座礁する心配はなくなりませんか?」

「それは……そんなことが出来るならばの話になるが、可能なのかね?」

「見ていてください」


 力強くそう答えたケイスケさんは後ろへ振り返ると、道の邪魔にならないところへ魔法を発動する。それは障壁系の魔法であり、発動と同時にそこが空へと競り上がっていく。


 それはある境界を境に地面が浮き上がっているのではない。その部分から物質が、壁として上に向かって増えている。周囲の物体を複製して壁にする効果の魔法だ。私がイグノーツから教えられた魔法の1つで、私からケイスケさんに教えた魔法。


「どうですか?」


 魔法を止めたケイスケさんが振り返ってそう言うと、驚きで動けない様子の2人を後に、船長は近づき壁の部分に触れた。表面を手の甲で叩いて強度を確かめる素振りをし、中はギュッと同じもので詰まっているのを音で感じたか、ケイスケさんの方へ向き直ると質問を投げた。


「悪くないだろう。けれど、これを一度にどのくらい作れるのかな? 魔法は体力を使うのだろう?」

「……やってみないことには」


 ケイスケさんはハッキリと答えられなかった。

 陸地からこの船が座礁しない深度まで、横方向にどれくらい伸ばせばいいかを測った訳じゃない。でも実際に試せば体力の消耗具合は掴めるはず。恐らく問題にはならない。


「船長、どうしますか? 出航するのであれば燃料が足りませんが」


 吉野一等航海士が船長に判断を仰ぐ中、船長は一人静かに思案を巡らせていた。接岸出来る岸があるなら船を向かわせる最大の問題点は燃料だけ。それを解決可能な方法がないか考えているのが、心を読む魔法で伝わってくる。その時『ここで私が話しましょうか』とイグノーツが私達に伝えてきて、口を開いた。


「船長さん、もし私達の要望に応えて頂けるのでしたら、こちらの船にある問題を緩和することも可能ですよ」

「緩和? 問題を解決出来る……という言い方ではなさそうですが」

「そうですね。理解が進むよう言葉を濁さず言うと、魔法紋によって代わりの推進装置を付ける、ということです」


(えっ! 魔法紋で推進装置!?)


 横で聞いていた私は船長達と一緒に驚いた。


「そ、それはまさか、推進器となる魔法具を持っていると!?」

「いえ、今は持っておりませんので1から作る必要があります。ですがこのサイズを動かすくらいのものなら作るのに時間は然程取らないかと。いかがします?」

「ううむ……出来上がっている魔法具を見せてもらわないことには、なんとも」

「確かに。では完成した魔法具を持って再度ここへ訪れましょう。その時に是非ご返事を聞かせてください」

「あ、ああ」


 そうしてイグノーツと船長の間でなんか話が纏まっていた。私とケイスケさんは呆気に取られながら、『この場を離れましょう』と魔法で伝えてくるイグノーツに従い、船からは見えない場所へ移動する。


「ちょ、ちょっと! 帰るの!?」


 私が何かアクションを取る前に話が終わった上、避難所へ帰るような雰囲気を出していたイグノーツを呼び止める。


「ええ。今日は一先ず戻っておいた方が良さそうかと思います」

「なんで!? ひょっとしてさっき言った魔法具を作るのに1日くらいかかるの?」

「いいえ、必要な魔法具を作る程度でしたら半日も要りません。ただ推進用の魔法具となれば適当な素材から作る訳にもいきません。船体から素材を得る訳でもないなら目の前でポンと作るなんて出来ないでしょう?」


 イグノーツとしては、推進装置となる魔法具は自身が発する推力へ耐えられる頑丈さと、海水を被っても平気な腐食に強いものが求められるということらしい。まあすぐに自壊するような魔法具は論外なので私は一応理解したけど、それだったら素材となるものに腐食防止の塗装を施しておけばいいんじゃないか、と思うのだが。


「これ、使えますかね」


 そんなことを私が考えている間に、イグノーツは近くに放棄されていた車のドアから鉄を複製し出す。塗装が塗られてる上から魔法をかけた様だが塗装は複製されなかったようで、板状に伸びる剥き出しの鉄は、その光沢を鈍く輝かせていた。


 彼は複製された部分を4族(せつだん)魔法でパキンと折ると、様々な角度から素材としての評価をし始めた。ただの鉄だろうに何をそんなに見ているのか、イマイチ分からない私。


「鋼板だから、耐久性はあると思うが」


 似たような考えに至ってか、ケイスケさんがイグノーツに言う。


「鉄としての強度だけでは不安ですね。最低でも魔靭構造を入れないと」

「魔靭構造?」


 知らない単語が出たので「なにそれ」という風に聞いてみた。

 それはイグノーツのいた世界『ゼロ』で使われていた構造の名称だというらしい。この構造を用いた部材は一見すると一箇所が切れている不完全な魔法紋が刻まれただけのものだが、外力が加わると部材の一部が変形し、切れていた輪が繋がって完全な魔法紋が出来る。すると魔法が発動するので、それで変質系を起こすことで強度を高め、素材本来の強度以上に耐えるのだとか。なにそれ知らない。


「この世界ではまだないのですか?」

「え? うーん、流石に発想くらいは誰かが思いついていると思うけど、実用化出来ていたかなあ……」

「そうですか。それは残念ですね」


 それらしい技術が使われた魔法具に心当たりがないので、実用に至っているかは怪しいと答えた。その技術があると、どんなことが出来るようになるのだろう。彼の肩を落とすような反応を見るとつい気になる。


 とはいえ、今は関係ない話だ。イグノーツがしたいことをするために、私達はもう帰ることにする。ここに残って更なる交渉が出来そうかといえばそういう感じでもないし。一旦出来上がった魔法具を持って来たほうが話が円滑に進みやすいはずだ。


「では学校に戻りましょう。準備はいいですか?」

「うん」

「ああ」


 私とケイスケさんは自分に魔法をかけて準備を整えた。今日は日帰りの予定だったので帰りも行きと同じ方法。つまりあの人間砲弾をもう一度。いや、最低でもあと3回はすることになる。


(出来ればもうやりたくないなあ……)


 ジェットコースターの方がマシに思えてくる移動法なのに、また使う必要があるなんて……その事実に私はため息をついた。




 後日。完成した推進器型魔法具を携えて、3人で船のところへ戻ってきた。

 私達の姿が見えると、昨日応対してくれた金本船長と吉野一等航海士が甲板の上に現れ、そちらへと案内される。


「先日言った魔法具を持ってきました」

「も、もうですか? まだ1日しか経っていませんが……」

「そうですね。とりあえず試作品を見せておこうかと思いまして」


 挨拶のあと、報告でもするみたいにイグノーツは応え、背負っていた2メートルくらいある分厚い筒の魔法具を下ろし甲板に横たえた。置いた時にゴトっと音がし、彼らからどよめきの声が上がる。


(頑丈そうだけど、やっぱ凄い見た目……)


 イグノーツが試作品と呼んだそれは、小さいマニ(ぐるま)を長くしたようなものを彷彿とさせる外見をしていた。マニ(ぐるま)とは、チベット仏教なんかで用いられる側面にマントラという有り難い御言葉が書かれた筒状の仏具。私は詳しくないけどその特徴的な外見は記憶に残っており、「なんか回しとくとお得な道具」という雑な認識を持っていたので最初に見た時はつい連想した。


 マニ車において文字が書かれてる側面部に刻まれてある魔法紋は、あと少し手を加えれば完成する状態にあり1つ以外はまだ発動していない様子。発動済みのは外見の綺麗さなどから、腐食や強度に対応した魔法だろうと推測される。


 見かけからして私の知る魔法具とは相当に違うものであり、イグノーツが知る魔法具の知識が反映された代物だというのは想像に難くない。この魔法紋の中に、推進器としての役目を果たす魔法があるんだと、私は見つめた。


「随分と変わった見た目で……ぬおっ!? これは……結構な重さです」


 持ち上げようとした吉野が、想定していた重さと実際の重さにギャップを受けたのか、驚いた声を上げつつ船長を見る。船長もそれを言葉にし難いような顔で見ていた。


「こちらの魔法具は筒の中を通った水の力で推力を得る仕組みとなっています。急遽作ったものですので操作用の魔法具はまだ未製作ですが、如何でしょう」

「ウォータージェット推進に似たものですか……このサイズの船には向かない推進方式だと思いますが、この筒だけで機能するのですか?」

「これを動かすための外部動力などは必要ありません。魔法具ですからね。ただお察しの通り発動のオンオフを切り替えるのが手間になるかと思われます。後は……船体にこれを取り付ける作業が必要ですかね」


 ウォータージェット推進に似ているようで、実際はそれより出来ることが違ってくるとイグノーツは説明する。船長はそれにしばし長考を挟んだ後、隣にいる吉野と会話をしてからそれに返答した。


「そうですね。ではどのくらいの推力が得られるのか、一度別の船で確かめさせてもらっても?」

「それは勿論構いません。が、魔法具を正しく動かすために私達も付いていっても宜しいですか?」

「ええどうぞ。むしろいて下さったほうがこちらとしても助かります」


(よかった……)


 話が一歩前に進んだと感じ、私は心の中で気持ちが少し晴れやかになる。横にいるケイスケさんの様子を見ると、こちらの視線に気付いた彼が「良かったね」と微笑まれ、身体の深部が温かくなったように感じる。


(あれ、風邪でも引いたかな?)


 船を下りて適当な船を探す道すがら、自分の額に手を当てて確認するが、自己診断の限りでは平温だった。

 念のため、戻った時に体温計で測っておこうと思う私に、「この船でどうでしょうか」という船長の声が聞こえ、顔を上げる。そこには漁船でイメージする奴より大きく、大きな旅客船に比べれば小さい、遊覧船くらいの船が浮いてあった。


「ふむ、これが出せる推力を見せるには丁度いいサイズですね。状況も丁度いい。では早速取り付けにかかりましょう」

「え?」


 船長の唖然とした声が聞こえる。まさかその場でいきなり取り付けに入るとは思わなかっただろう。私もそれは予想外だった。


 しかしイグノーツはこちらの反応や様子などなんら気にせず、まずは船が浮いている周囲の水面から魔法で壁を出し、四方から船を囲った。続いて囲われた壁の中に溜まってある水を魔法で吸収し出しかと思えば、壁の側面に階段となるよう壁を突き出させ、それを使って中へと下りる。


 海に浮いていたはずの船はあっという間に陸に揚がり、ドックへ入渠した状態も同然となり、イグノーツ以外でそこにいた誰もが、呆然と見ていた。


(魔法具を作っていた話は聞いていたけど、こういう作業とかも出来るの……? いくらなんでも、分野が違うと思うんだけど……)


 元いた世界で魔法具を作る職人に弟子入りしたという話を聞いていたから、イグノーツが魔法具を1日で用意したことは受け入れられたが、これは流石に受け入れるのに時間がかかる。


「ツカサさん、こちらへ来てください」

「え? あ、うん」


 呆然としていた私にイグノーツが声をかけ、ハッと我に返るとイグノーツがいる船尾側の船底へ向かう。取り付けられているスクリューを切断し、船の下側を改造している最中のイグノーツは、近くまで寄ってきた私へ首を振り向けず、そのままの姿勢で呼んだ理由を告げる。


「今から船尾に魔法具を付けるための穴をあけます。ツカサさんはこれが水を吸うために必要な穴を船底部に貫通させてください」

「い、いや私素人なんだけど? 改造とか出来る自信ないよ?」


 即座に自分に出来ることじゃないと首を横に振って訴える。しかし、イグノーツはその訴えを退ける。


「魔法に関して言えば、この場では私の次に優秀なのがツカサさんです。大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃないって! 切断はともかく、溶接とかも必要でしょ。どうやればいいのさ! 私知らないよ!?」

「心配いりませんよ。溶接はあの障壁系を使えば必要ありません。ではやってみましょう」


 有無を言わさぬ態度である。私は「もうどうなっても知らないよ」と諦めを抱えながら、言われた通りに船尾近くの底に魔法で穴をあける作業に入った。


(円形に切るの難しいんだけど!!)


 筒の形に合わせて円形にすべきかと思い穴の形を整えていくが、今使える魔法でそれを実行するのは正直無理だ。切断系の魔法自体は色々あるが、切断する形に関してはほぼ一択で、一直線なのである。細かくしてちょっとずつ切断を入れていけば可能だが、すごく荒っぽい円になりそうだ。


「ツカサさん、そこは普通に四角形で大丈夫ですよ。途中で形状を魔法具の入り口に合わせますから。あともっと大きめの穴をあけておいてください」

「それを先に言って欲しかったかな!!」


 困った時点でイグノーツに聞いておけば良かったのだけど、無駄に体力を消耗させられたという思いからもう反射的に叫ぶ。逆ギレだった。


 そうして入り口の形を四角形に整え、どうにか魔法具の取り付けられた方にまで穴を貫通させる作業を終える。下で作業しやすいようにと途中でイグノーツが船を乗せる場所を上げてくれたから、楽な姿勢で魔法を使えた。


(まあ、私がしたことは船底に穴をあけただけ……なんだけど)


「では取り付けますよー」


 イグノーツがスクリューを外してそこに魔法具を設置する。設置した後、未完成の魔法紋の1つへ紋様が追加され、その魔法の効果が現れると同時に魔法具のサイズが徐々に大きくなり始めた。


「これくらいのサイズにしましょうか」


 ある程度大きくなって丁度いいサイズと判断した彼は、完成した魔法紋を未完成の状態へ戻す。その途端魔法の効果が切れ、魔法具の巨大化は収まった。元の大きさに戻ったりする様子もない。どうやら効果が切れても影響が残るタイプの魔法らしい。


 そしてそのサイズに合わせて開口部周辺の部材を例の障壁系魔法で伸ばし、穴として繋げる。この作業は時間効率のためにと私も協力させられた。途中でケイスケさんも作業に加わろうかと申し出てくれたが、


「あの、俺も手伝った方が……」

「いえ、ケイスケさんは体力を温存しておいてください。3人とも同時にバテるのは良くありません」


 こんな流れで拒否され、参加させてもらえなかったようである。結構な時間が経つのに何もやることがないという感じで、手持ち無沙汰にしているケイスケさんが可哀想に感じた。


(あー……疲れた)


 色々と大変な作業だったが、こうして船体に魔法具の取り付けは完了した。

 船に付けられた魔法具は持ってきた時のサイズよりも倍以上に大きくなっていて、もう1人では持ち運べないサイズ。1つしかないから片側にしか取り付けられなかったが、本当にこれで大丈夫なのだろうか。即席ドックから出た私は、注水が始まっていく中の船を見つめる。


 やがて水の浮力によって浮き始めた船。船首から船尾までの浮きようを見て、船内への浸水は今のところないだろう。魔法具の重みと船底にあけた穴のせいか、改造前とちょっと浮き方が違う気もするが、多分想定内……のはずである。横からは船長達の懸念していそうな内心が魔法で読める。


『……これでまともに動くんですかね』

『この船ならスクリューの方が効率は良いだろうが……』


 即席ドック内の水嵩が外側と同じになったタイミングで、魔法で船首側の壁が崩された。同時にイグノーツは船へと乗り込んで、魔法具を起動する準備に入る。


「ではどうぞご覧ください」


 イグノーツは船上からこちらにまで聞こえるような声で述べ、魔法具に刻んであった推進用の魔法紋を完成させたようだ。間も無く、船尾側から水を押し出す音が聞こえ始め、ゆっくりと前進を始める。


 私は詳しくないが、思ったより速度が出ていないように見えなくもない。大きめの船ということを考慮しても動くのが遅い気がする。やはりお馴染みのプロペラタイプの方が良かったのではと考えるが、後の祭りだろうか。


(……ん?)


 しかし、私はこの時忘れていた。

 イグノーツはこちらより魔法の理解が進んだ異世界の人であり、彼が用意した魔法具もその世界で積み重ねられた知識によって産まれた物である。それがただ、『水を後方に噴射する』だけの機能しか持っていないはずがない。あの魔法具に刻まれていた魔法紋は、取り付け作業中ですら半分以上はずっと『未完成』のままだったことを、今になって思い出した。


 船尾片側だけに付けられた魔法具は今でも水を吐いている。しかし、そこから流れ出てくる水は殆ど静かだ。水面にはその影響があまり残らず、機械なら故障を疑うレベルで吐き出される水の勢いが弱い。


 そして、初動の鈍さが嘘の如く船は速度を上げていく。片側にしか取り付けられてないので自然と進路が曲がっていくはずなのに、真っ直ぐに直進していく。私を含め陸地から見ていた4人には、一体なにが起こっているのか理解が追いつかない光景。


 ただ1人、船上で船の動きを予定通りという感じでイグノーツは動じぬ姿でいつもと同じ風に笑っていたが、彼の表情を判別出来た人は私含めその場に誰もいなかった。

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