手探りの対策(2)
東北東へずっと行った方向。そこには新緑の木々と草原に覆われて見る影もなくなってしまった、かつての港が存在する。廃墟のように荒れ果てあらゆる人工物が大自然に侵食された後でも、海側に突き出る多数の埠頭がここが港であったことを静かに物語っている。
空に雲がかかった日の8時頃。船を探しにきた私達は、その港の入り口らへんにかかる大橋の高速道路上へと降り立った。
「港に到着しましたよ。お二人とも、元気ですか?」
「私は平気だけど、ケイスケさんは大丈夫?」
「あ、ああ……」
なぜこんな橋の上にいるのかと言うと、イグノーツさんの魔法で来たから……なのだが、その方法というのが初めて魔物と戦った日に現場へ直行するためにやったもので、ここまでそれで飛びながら来たのである。滅茶苦茶デカい大ジャンプで移動したと言えばイメージし易いと思う。実際は大砲の弾丸になった気分だったが。
「今まで生きていて一番スリリングな移動だったよ……ツカサさんはよく平然としているね……」
「前に経験があったもので、極めてちょっとだけ慣れがあっただけですよ、あはは」
苦笑しながら応える私。これで2度目だけど、ハッキリ言ってとても怖かったです。今も足が子鹿のように震えそうでたまりません。前はサヤが心配で早く駆けつけたい一心があったから無視出来たけど、それがなくなった今回は意識が飛ぶんじゃないかと思いました。
(出来ることなら使いたくないよ。でも極大繁茂の影響で道路状態が最悪だし、速度を重視するならこれが一番マシで速かったんだもん)
イグノーツによって吹っ飛ばしてもらいながら発射と着地の瞬間に合わせて衝撃吸収魔法を使うこの移動法は、現状で最も私達に可能な高速かつ怪我のないやり方だ。衝撃吸収魔法の持つ『相対速度があるほど衝撃が吸収される』効果と、物を飛ばす魔法の遠くまで吹き飛ばせる威力が合わさって可能になるこの方法、一見非常に危ないように見える。
でも実際は、飛ばされる私達にとっては衝撃吸収魔法を発動するだけで怪我の心配がなくなり、移動そのものは運動エネルギーに任せるだけでオッケーという、着弾先がしっかりしていれば割と安全な移動法だったりするのだ。
そのちょっとした懸念もイグノーツの射撃精度なら問題にならないようなので、こんな感じで橋の上に落とすことも造作もないということである。
(分かってはいるけど、信用してない訳じゃないけど、ちょっとズレたら海に落ちる軌道はやっぱり怖かったなあ。コンクリートに叩きつけられといて骨が折れたり出血が一切ないのも怖いけど……)
「俺、後から急にフラッと倒れたりしないよね? 大丈夫だよね?」
「大丈夫ですよ。前にやった私がこうしてピンピンしているから、問題ないですって!」
「もし魔法が発動出来ていなかったらそもそも立って話すことも出来ないと思われますので、ツカサさんの言う通り体にダメージはありません。ご心配なく」
私の後からフォローを入れたイグノーツはニコッと笑みを浮かべた。
それを聞いたケイスケさんは半信半疑っぽく動揺し続けるものの、私が何度も大丈夫と言い続け、少しずつ落ち着きを取り戻した後、イグノーツはまた口を開き言った。
「港の状況、ここから一望出来ますよ」
同時に彼が指差した方を向く私達。そこには変わり果てた港が左から右まで一杯に広がっていた。植物に覆われた大部分の陸地に、灰色のコンクリートとその上に立つクレーンや建物などが濃く残っている埠頭のコントラスト。綺麗に二極化された世界に、私とケイスケさんは息を飲む。
(港の内と外で、別の世界になってるみたい……)
「船が止まるところとかは他の場所に比べて植物の侵食が少ないけど、なんでだ?」
港の内側ほど植物の姿がないと気付いたケイスケさんがイグノーツに問うと、「ふむ」と言ってからそれに答える。
「埠頭を構成する物質が植物の成育に適さないからでしょうね。本格発生前は極大繁茂の影響もそこまで強くありません。塩水を被ったり土のない場所など環境的に不利なところでは成長が遅れてしまうのです」
「……あくまで遅れるだけなんだね」
「今私達が立っている場所と同じで、植物の侵入しにくい場所だから綺麗に残っているだけです。本格発生すればここも飲まれてなくなるでしょう。そんなに甘い災害ではありません」
「うん。分かっているよ、それは……」
この魔力災害の想像を超えるエネルギーを思えば、それが決して起きないとは断言出来ない。それくらい、私には分かる。
渋々と頷きながら、今立つ場所や港の部分が侵食されるのを想像する。見慣れたこの国の風景が半年もせぬうちに変わっていく無常感に、ギュッと手を握る力が増した。
「じゃあ急がないとな。それが起きるまであと1週間半くらいなんだろ? 使える船があればあるといいけど」
(動きそうな船……うーん)
該当しそうな船といえば、ここからでも視認出来る大型旅客船。
今も無傷のまま係留されているらしく、港の少し奥の方に姿が見えるそれが筆頭候補だろう。人手的に動かせるならば、の仮定になるが。
高架上から地上へ下りるともう森の中も同然だが、海が見えるところを歩いて行ったので迷う心配はさほどなかった。私達3人はほぼ最短ルートで旅客船の留まる場所へ近づいていく。遠目に見ていた段階でも周囲の建造物と比較して大きかったそれは、もう視界に全体が収まらない。
(……大きいなあ)
マンションを見上げるのとはまた違う迫力に思わず興奮してしまい、間抜けにも口が半開きになる。
そうしてすぐという距離にまで接近すると、甲板の上に人が現れた。私達もその人の姿を視界に捉え、お互いに見返す。数秒ほど驚いた顔で立ち尽くしていた相手だったが、側面に設置されたタラップを駆け下りてくると、私達の前までやってきた。
(乗組員さんかな?)
「もしかしてこちらの船へ避難しに来られた方でしょうか?」
黒い制服に身を包んでいたので恐らくと考えていると、その30代くらいの男性はこちらに話しかけてきた。するとそれにイグノーツが「いいえ」と素気無く答え、一歩前に出る。
「避難出来る場所がないか確認しに来ました」
そしてより正確な目的を伝えたあと、私達がここより西の方の学校に避難中の人でここに来た理由を彼に詳しく語った。
「向こうの方から来られたと……?」
「その通りです」
森となりつつある住宅街を抜けてきたと言うので、信じきれずにいる様子の乗組員。残念ながらそれを証明出来るものは持ち合わせていないため、これが証拠ですと見せることは出来ない。私はイグノーツのする会話の成り行きを見守る。
「見たところ、そう遠くから歩いてきたようには思えないのですが、本当ですか?」
「調べに来たというのもその避難所に滞在しているというのも本当ですよ。何ならば同じ避難所の方へ聞いて貰えば確認出来ます。ところで、先程『もしかして』と言いましたよね。こちらの船には既に何名か避難してきた方が乗っておられるのでしょうか」
「は、はい」
イグノーツがそう聞くと、乗組員らしき人は肯定して見せた。
どうやら魔力嵐通過後、港に戻ってきたこの船はそのまま係留されていたのだが、陸の方で木々や雑草などの異常成長が見られ出した頃から、船までやってくる人がポツポツ現れるようになって、それを船長の判断で受け入れているらしい。現在までに70名くらいの避難者が中にいるようで、私達もそれだと思ったようだ。
「何分、国からの連絡が途絶えて久しい状況です。ただ避難所の中で待つばかりではいられないと思い、こうして情報収集に来たのですが、宜しければ貴方にお話を伺っても良いでしょうか」
「は、はあ。私に答えられることであれば」
「ありがとうございます。では幾つか質問をしたいのですが——」
未だ置いてかれ気味の相手だったけど、こうしてイグノーツは会話を続けてこちらの知らない情報を入手することに成功した。特に私が知りたかった情報の、動かせそうな船の話を。
「この船は大型船ですので、嵐が来る前には安全な海域にまで退避していました。ですので戻ってからの状況になりますけれど、この船が帰港した時点での湾内は全ての小型船が陸に叩きつけられるなど、綺麗に残っている船はない状態でした。陸上に固定された船までは分かりません。ただ、帰港直後の陸の状態を見るに、少なからぬ損傷を抱えていると思います」
(ある程度予想はしていたけど……そんな感じか)
港に残って固定されていた小型船は恐らく全滅。陸に揚げて固定された船は不明だけど、損傷している可能性ありということで、私は俯いた。
「では動けそうな船は、これ以外にないと?」
「どうでしょう……船体こそ無事ですが、動けるかどうかは」
「ふむ、船が無傷なのに動けない…………もしや燃料が残っていない、とか?」
含みのある言い方をした彼に、イグノーツはより突っ込んだ質問をしていく。彼はそれに首を横へ振ってから回答する。
「さあ。私はそれを知る立場にないので何とも言えません。ただ、嵐のせいで船に給油する施設が壊れてしまい、それの修復の目処が立っていないのは事実ですよ」
「なるほど。確かに、これだけの船を動かすとなればエネルギーも相応の消費になりますよね。補給が出来なければ水に浮くホテルでしかない。避難者を受け入れてたのであれば彼らが生活するために発電もし続けていたでしょうし、動かすのも簡単ではありませんか」
船の方を見上げながらイグノーツは同意して見せた。船に関しては素人なのでただ耳を傾けるばかりだけど、この船もまた港から出られない事情というのを抱えていることは伝わってきた。
(どうしよう……ここにある船全部動かせないなんて状態だったら、他に出来そうな方法なんて浮かばないよ)
「あの、だったらそれを知っていそうな人に話をさせてもらえませんか? 私達、同じ避難所に逃げてきている人を助けるのに、動かせる船が必要なんです」
ほぼ考えるより先に口が開いていた。私は相手の顔をじっと見つめて、こちらの真剣さが伝わるような声で目的を伝える。相手はその思いを汲み取ったように神妙な面持ちでこちらを向く。
「申し訳ありませんが、私の一存で話を通すかどうかを決めることは出来ません。上の者に連絡して内容を判断してもらい、そこから更に船長まで上がっていって命令が下るまではなんとも。同じ避難所の方にここまで歩いてきてもらうことは出来ないのでしょうか?」
「……私達のところは高齢の人が多くて、ここまで移動するのも大変な距離です。それに道路状況もここ最近の間に劣悪になっているし、方向を迷いそうなほど繁茂した植物で道が分からなくなっているのも珍しくないんです。慣れない道をここまで歩かせるには、どうしても体力が不安で……それに、異常に大きな動物も出てきているから」
「異常に大きな動物? それは……馬よりも大きな体格をした鹿みたいなやつ、でしょうか?」
そう聞き返され、思わず「え?」と声に出た。
彼の言う条件に適合する動物を、私はつい最近に見たことがある。それと戦ったことも。
まさか、この辺りにも魔物が出たというのだろうか? イグノーツの方に顔を動かして確認すると、察したイグノーツが私に代わって質問を投げた。
「失礼します。その動物というのをどこで見たか、覚えていますか?」
「どこで見たも何も、この港の周囲に2体います。非常に凶暴で、様子を見に近づいた人が蹴り殺されていました。貴方たちの方にも出没したのですか?」
「今仰られた方のように蹴られて亡くなられた方が1名います」
(本の機能で確認した時はそんな影見えなかった……)
港の中ばかり見ていたから、港の外にある街並みの中まではよく見ていなかった。今のが事実なら近くにまだ何体かいるかもしれない。一気に心へと不安が募っていく。今すぐ周囲を確認して、倒しに行った方がいいのではないか。もしこの周辺にいる魔物が移動などして避難所へ向かったら、あそこにはサヤしか対応出来る人がいない。
サヤはなんとか出来ると言わんばかりに振る舞っていたけど、実際に戦ったことのある私としては気にするなというのが無理な状況。
「イグノーツさん、私近くを見てきます!」
そう言って、付近にいるであろう魔物を探しに行こうとすると、
「ダメです」
「ダメだツカサさん!」
イグノーツからは言葉で制止され、ケイスケさんからは腕を掴まれ、その場を離れられないよう押さえられてしまった。
「一対一ならばまだしも、多数との遭遇が想定される状況で貴方1人を行かせたら軽傷では済みません。まして魔物側が人を襲い慣れている可能性もあります。以前と同じように戦いが運ぶ保証はどこにもありませんよ。それで死んだらどうなさるおつもりですか」
「それは……でも放っとけないよ!」
もしものことを考えれば尚のこと無視なんて出来ない。
一度戦った私で一対多が危険なら、戦ったことのないサヤ1人でならもっと危険だ。もし魔物が2体以上避難所に現れて襲ってきたら、最悪のケースすら頭に過ってしまう。
危機感に駆られて半ば意固地になる私だったが、イグノーツはこちらへ体を向けてから、落ち着かせるように話し始める。
「私は何も放置すると言っているのではありませんよ。魔物が近くにいれば周辺の人が危険に晒されますからね。かといって、それを狩ろうとする側もまた魔物と正対する危険を抱えています。狩りはプロでも必ず成功するとは限らない。ゆえに、ここは私達全員で向かうべきでしょう」
その言葉にケイスケさんは一瞬だけ目を丸くした。多分、イグノーツなら私が向かうのを止めてくれると予想でもして、それが外れたのだろう。
言い終わると、イグノーツは再度振り返って黒い制服を着た乗組員を見て、微笑む。
「そういう訳です。すみませんがそちらは暫く船の中に篭っていてください。私達3名で周辺の魔物を駆除しに向かいますから」
「き、危険ですよ!? 船の上から確認していた私でも、あの凶暴さと大きさ、俊敏さは脅威だと分かりました。それを相手にたった3人で駆除するなど——」
彼の言うことは最もな意見である。熊に匹敵かそれ以上の大きさで、かつ凶暴性を有する動物になんて、檻の中にいでもしない限りは近づきたくもない。それほど危険な存在なのだ。
真っ当な現代人の思考であればそうするのが正解である。実際に死者も出ている以上、素人が首を突っ込んだら犠牲者が増える可能性の方が高い。止めに入るべきと考えるのが当然。けれどイグノーツはそんな彼に対して「ご心配ありがとうございます」と礼を言うと、「ですが」と付け足しながら言い返した。
「魔物の脅威度については私達の方が正確に理解しております。その上で、私達であれば可能だと判断しました。船のことについてはそちらの判断を信用しますが、こと魔物に関しては……私の方が上だと判断していただけるよう、胸に希望を抱いてご返事を頂けることを期待します」
それに乗組員が呆然と口を開くのを、私は多分予想出来ていただろう。
イグノーツの崩れぬ笑顔と上から目線の混じった言い草に、渋々と同意し船内へ戻っていく乗組員。戻ってきた時に彼の中でのこちらの印象が悪くなっていないことを祈るばかりだ。
「さあ行きましょうか。ケイスケさんは初の実戦になるかもしれません。気を引き締めてくださいね」
「あ、ああ。でもあんな言い方で良かったのか……?」
「彼も職に就くものとして、その道に詳しい方へ助言を出せないと理解しておられました。言い方にまるで問題がなかったわけではありませんが、結果を示せば口を挟まなかったことを正解だったと飲み込めるでしょう」
(……倒せる前提で話が進んでいるけど、大丈夫なのかな?)
なんとも強気な発言に私とケイスケさんは目を合わせ、お互いの懸念する気持ちを疎通させる。イグノーツはともかく、私は魔物との戦闘はまだ一度きり、ケイスケさんは未経験者だ。魔法についてはケイスケさんも衝撃吸収に加えて障壁系を勉強し始めたが、まだ日が浅く実践で使うには十分と言えない。
私は、今どれだけ魔法を使えるようになってるかを彼に尋ねる。
「ケイスケさん、魔法の練習はどれくらい進んでいますか?」
「防御に使えそうなのは覚えたけど、正直まだ練習し足りない気がする……ちゃんと身についた気が中々しなくて」
ケイスケさんはマジックネイティブと言われる私達より、2つ年上の人だ。
私達ほど高速で物を覚えるような能力はない。かといって、マジックネイティブに近い世代だから多少物覚えも良い方である。そんな彼がまだ足りないと言っているのなら、本来はもっと時間をかけるべき状態なのだろう。無理をさせたくないなと思う。
「ケイスケさんは私の後ろにいてください。何かあったら私が守りますから」
「それは流石に出来ないよ。俺も一緒に戦う」
「ダメです」
ハッキリと私に拒否されるが、ケイスケさんは「だけど……」と言い返そうとする。
「さっき私が1人で行こうとした時止めようとしましたよね。あれはなんでですか?」
「それは……危険だからだよ。ツカサさん1人で行かせるには危ないと思ったから」
「それと同じです。今のケイスケさんが前に出るのは危険だから、ダメなんです」
初めてのことを思い返せば危ない場面がかなりあった。魔法が一度でも発動しない時があったらどこかで確実に大怪我をしたか、或いは死んでいただろう。
私より魔法に不慣れで覚え始めたばっかのケイスケさんだと、確実に魔法を発動させる確率は下がる。必須のタイミングで発動に失敗したらとても危ない。その点私の方が総練習量も上で魔法に成功しやすい。
そうした合理的と思われる理由を並べて彼を説得する。
「——お願いします。私だってケイスケさんを守りたいんです。ケイスケさんに助けてもらった時みたいに、助けたい」
「ツカサさん……」
「もし断られたら大声で泣きますから。サヤの前で」
「それだけはやめて欲しいな!?」
弱点を突かれてケイスケさんは慌てた。そして間もなく頭を縦に振ると、彼もまた渋々という感じで了解してくれた。その頃イグノーツは魔物がいるであろう住宅街の方を凝視していたが、私達の話が終わったのを察すると声をかける。
「合意が取れたようでしたら向かいますよ。こうしている間にも無事な船を壊されているかもしれませんので」
「うん、そうだね。出来るだけ急ごう」
船の近くから離れたあと、あの本を呼び出して周辺の状況を確認し、魔物を探す。
見つかった魔物の数は4体。港の西側に2体、北側に2体。いずれも前に戦った鹿の魔化したタイプ。
「近いのは北の方ですね。こちらから順に当たって対処しつつ、終わったら西に行きましょう」
「手分けしなくていいの?」
「安全策を取ります。現時点では手分け出来るほど慣れているのが私しかおりませんので」
「分かった」
そうして行動計画を決めた私達は、魔物を駆除しに北へ進路を向けるのだった。




