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手探りの対策

 災害再現機能:作動準備中。

 指定災害:極大繁茂。

 スケールレベル3:大陸規模。

 再現エリア:ウチュウ-地球。

 開始地点:入力済み。

 発生時刻:開始10分後。


(設定完了、っと。…………よし、やってみよう)


 翌日の午後。私は教わった機能の1つである災害再現機能を用いた訓練をしようとしていた。

 必要なパラメータをモニターより入力し、2〜3度ほど設定ミスがないか注意深く目を凝らす。たった数行分の設定だけど、慣れない機械を操作するみたく慎重に。

 そうして問題ないと確認した私は意を決し、シミュレーションを起動した。


(前回は逃げる途中で死亡判定受けちゃったから、始まったらすぐに移動を初めて、最短距離で海を目指す。まずはそれが出来るようにならないと)


 体育館にいる状態でスタートした直後、前回の移動ルートをなぞっていきながら海を目指して走る。

 最初は順調な出だしとなり、残り2分になるまでは進めた。けれど発生2分前に起きる地震で立ってられなくなるともう進むことが出来ず、死亡し終了となる。本によると死亡判定は瓦礫に潰されたことによるものだった。


(な、なんで? 昨日やった時は、あと少しのところまで行けたのに……)


 前回の結果を思えば2分早く動けたんだから海岸には間に合うはず。

 何か前回と違う点があったのかと不思議に思いつつ、思い当たりそうな可能性を振り返ってみる。


(……もしかして必死さが足りてなかった?)


 前は逃げてる最中も急かしてくる人がいた。それに置いてかれまいと全力だった。

 それらが要因となって、自分が感じているより速く走れてたのかもしれない。いま1人でやった時と比べて。


 そういうことなら、自分でも気づかない内に遅く移動していた私が、増えた時間分の慢心で逃げきれずに死んだということになる。確かめるためにもう一度シミュを起動して前より速い移動を心がけたら、今度は発生前に海岸まで間に合う。がっくりとした。


(こんなミスするとは思わなかった……はぁ)


 まさかの理由に驚きより自己嫌悪が勝ったものの、一応一歩前進である。気を取り直し、反省点を頭の中で挙げていく。

 今日2回目のシミュは過去最高のものだったけれど、最終結果は生存判定ではない。再現された極大繁茂は発生後数十秒もしないうちに海岸まで押し寄せて、残った陸地を埋め尽くしていった。ゆえに海岸に辿り着いた私もそこで巻き込まれ終了。


(アレから逃げることを考慮するならやっぱり、イグノーツさんが言った通り空か海に逃げるしかないのかな……)


 いくらなんでも時間が足りない。

 全力で走って海岸にまで辿り着いても、そこから更に海へ行く? 船もなしに?

 試しに3度目のシミュでやってみた。


(……死んだ)


 無理だ。残り2分程度ではいくら急いで泳いでも、陸地から突出してくる巨大植物群に捕まってしまう。こっちを探知しているのか的確に狙われてお仕舞いだった。しかもそれが原因で海に出れても陸地に戻れない。これじゃあダメ。


 例え行きだけなんとかなったとしても陸に戻れなかったら、人生の終わりはそう遠くない。ちょっとした延命では意味がないんだ。人はずっと海の上で浮きながら生きられる訳じゃないんだもの。海上に逃げるならもっと良い方法を考えないと。


 本の機能を使って周辺のマップ表示をする。近くに船が止まるような港があったかを調べるため。けれど近くにそれらしいものはない。遠くに行けば大きい港が見つかるけど、10分では向かうのも無理な距離だ。


(そもそもなんで10分なんだろう。もっと事前に避難をしておけば良いんじゃないの? 発生する日もかなり正確に予測出来ているのに)


 アーノルドが最初に設定しただろう数値。現実としてどういう意味があるのだろう。そう思いまた本で調べてみると、理由が表示された。極大繁茂の本格発生の予兆はその10分前を境に観測可能になる。だからどんなに遅くても10分前になれば気付けるというものによるらしい。


 答えは出た。しかしこれなら、やはり当日になる前に準備を進められないのだろうかと思ってしまう。発生した際の被害地域、2週間で徒歩で行ける圏内に迎える場所。


(北海道まで歩いて行ける?)


 出来ない気がする。江戸時代の旅人は江戸から京にかけてを毎日8〜10時間くらい歩き、32〜40キロメートルを移動したというが、それでかかった日数は13〜15日。今よりもずっと健脚で旅をしていた人が2週間で移動するのがそれくらいだとテレビなどで見た覚えがあった。ゆえに今いる場所からそこへ向かうには、極めて難しいと私は判断した。


 まして避難者の多くは高齢者だ。徒歩での避難はまず助からない。そうなればやはり海へ逃げるのが妥当に思える。再現機能によると極大繁茂が発生してある程度収まるまでかかる時間は最低、約4時間前後。すぐに陸に戻れないとなれば船など海上で休める乗り物が必要だ。


(近くに船がある場所は……)


 サヤが出かけた時に使った遠くを見られる機能を使い、さっき見つけた港内をざっと調べる。港の中には大小多数の船が係留されてあるのを確認出来たが、中でも1つ飛び抜けて大きい船があり、私はそれに注目する。


(クルーズ船?)


 よく見ようとして映像を近づけると、上部に5つもデッキ(階層)を備えた旅客船だと分かる。白く塗装された船体をしており、その側面には青色のローマ字でなにか書かれてあった。多分この船の名前だろう。


 そんな感じでまじまじと見ていた私だが、更に驚きの情報を目にする。


(人だ!)


 人。それも生きている人が船の中に滞在していた。

 あくまで遠目に見た感じだけど、僅かながらに人の出入りも残っており、船の内外をタラップで行き来している人が現れては消える。それはこの船が放棄されていないのを示すと同時に、生存者が中に留まっているということを私に物語っていた。


「何を見ているのですか?」

「うわ!」


 いきなり聞こえてきた声に私は驚いて振り向く。


「……あ、イグノーツさん」

「どうやら驚かせてしまったようですね。失礼しました」

「う、ううん。急に現れてびっくりしただけだから……」


 思わず「誰!?」という感じで振り向いたけれど、ここに出入りしてくるような人は限られるし、声ですぐイグノーツであることは分かったので、単に私の驚き過ぎである。映像越しに見つけた生存者のことに夢中になって、注意が不足していたのだろう。


 周囲への注意を忘れてなければ驚くほどのことではなかったと思わなくもない。ただこれだけは強いて言っておこう。


「でも後ろから急に声かけはやめて。普通に驚くから」

「以降気を付けます。それで、最初の質問に戻ってもよろしいでしょうか」

「え? あ、うーん……その前に、どこに出掛けていたの?」


 今日は朝以外姿を見かけなかったからどこに行っているんだろうと思っていた。

 本の中にいるのかなと入ってみれば誰もいないし。今までどこにいたのか気になる。


「ツェレンに遊び相手となるよう頼まれましたので、そちらへ行っておりました。今はツェレンも遊び疲れて休んでいるので、私も暇になったところです」

「そ、そっか」


(ツェレンちゃんと遊んでいたんだ…………良いなあ、私もまた遊びたかった……)


 そう残念に思った気持ちが顔にでも出たのか、こちらを見ていたイグノーツが苦笑し、フォローしてくる。


「起きたらツカサさんのことを伝えておきますよ。ツェレンと一緒に遊べなくて寂しがっていると」

「——ちょっと言い方に語弊がない? 私は別に寂しい訳じゃないもん」

「ではツカサさんが一刻も早く会いたがっていると」


(それはそれでちょっと会わないだけで禁断症状が出る人みたいで嫌だ!)


 あの子には私から伝えるので余計なことは言わないようお願いすると、私は最初の質問への答えとして、同じ映像を彼に見せた。イグノーツはほうほうと頷きながら見始める。


「これはまた大きな船ですね。見たところ綺麗ですし損傷も見当たらない様子。魔力嵐が接近した際海上へ逃げていたのでしょうか。なぜこのようなものをご覧に?」

「海に逃げるのに必要だと思ったから、船を探してたんだけど……そうしたらこれを見つけて」

「ああ……海上で雨風を凌ぐなら船以外ありませんからね。しかしこのサイズの船を動かすには人手が足りないと思いますが、そこまで歩いていくつもりで?」

「うーん……」


 その質問に私は頭を悩ませた。

 船を動かすには人手がいる。一般的には船が大きいほど多くいる。向こうまで私達で行って動かして来れるなら楽なのだけど、動かし方も知らない私達では船種・人数に関係なく同じ話だ。


 だから現実的に考えてこっちから向かうしかないのだけど……

 

「イグノーツさんは、全員で避難したら耐えられると思う?」

「この船がという意味なら収容は出来るでしょう。そこまでへの移動に皆さんが耐えられるかという意味であれば、出来なくはありません。ただ、外は魔化した動物と遭遇する可能性がありますので、出くわした場合どうなるかは言うまでもないかと」


 歩いて向かえば死人が出る恐れがあると警告される。言葉を選んで私に想像を促していたが、対する私は聞き返す。


「イグノーツさんが側にいても?」


 彼は恐らく、間違いなく強い。私より魔法の知識があり、万が一出くわした場合でも魔物に対処出来る。私が魔物と戦った際に教わった魔法は、元々イグノーツが教えてくれたものだから。彼なら私より上手く、賢く対処出来る気がした。

 彼が側にいてその力を発揮してくれれば、犠牲は少なく……ゼロにすることも可能なのではないか。


「私は力を、ツカサさんを守ることに使いますよ? 他の方よりツカサさんが危ないと判断すれば見捨てることも厭いませんので、私を頼りにし過ぎて行動を決めるのはオススメしません」


 そう思う私にイグノーツは、長考を挟んでから正直に、ハッキリと回答した。

 聞く人が聞く人なら冷たいと思うかもしれない言葉。けれど私はそう思わない。イグノーツは誤魔化したりぼかしたりしてくることはあっても、嘘はつこうとしない。それが彼なりの誠実さなのかもと、しんら……信用するようになっていた。


「そういうところ、包み隠さずに言ってくれるのは嬉しいよ」

「ありがとうございます。ではどうしますか?」


(別に本気で嬉しいと思って言ったんじゃないけれど……)


 訂正する気も失せた私は、どうするかという問題に思考を戻す。


「せめてこっちの方の岸にまで持って来れたら、逃げやすいと思うんだけど……どうかな?」

「あの船を動かして最寄りの地点まで来させると。動かし方については?」

「知らないよ。船の運転経験なんてある訳ないもん」


 操舵輪を回して舵を切るくらいのイメージしか頭にないので、動かせる気などゼロだ。本番を与えられても余裕で失敗するだろうという負の自信がある。


「となれば動かせる人が必要ですね。それも結構な人数が」

「やっぱり無理かな……」

「現状ではまだなんとも。他に手頃の良い、少人数で動かせて且つそこそこの人数が乗れる船はありませんか?」


 イグノーツの言葉に私はまた港の中から条件に合う船を探してみる。港内には大小様々な船があるので大きさだけなら当てはまりそうなものもなくはないが、


「傷だらけだったり、陸地に乗り上げてたりでまともに動きそうな船はなさそうだよ?」


 小さな船ほど無事そうなものは見当たらない。恐らく魔力嵐が来た際に港の中で固定されていたのが、吹っ飛ばされた衝撃で破損したのだと予想される。

 傍目に見て無事っぽいと言えるのは、一番大きな船で私が注目していた旅客船のみ。そのことを確認したイグノーツは「ふむ……」と呟いた後、私の方へ向き直った。


「ならば港へ向かって確認するしかありませんね。船は動かせる状態なのか、中に人がいるとして何名おられるのか、直接見に行きましょう」


 遠くから見ているだけでは現地の様子は分からない。

 実際に足を運んでパッと目につくことや聞ける話を聞くだけでも効果がある。

 私もそうする以外に出来ることはないのではと薄々感じ始めていたので頭を縦に振る。


「だったら明日行こう。イグノーツさんも一緒に来てくれる?」

「こちらは構いませんが、お早い決断ですね。もう少し考えてから決めるかと思いました」

「極大繁茂の本格発生までもう2週間を切ってるんだから、時間を無駄遣いは出来ないよ」


 残り時間が分かっているのだ。悠長に過ごしている場合などではない。

 私は急いで外に戻ると、サヤ達のいるところへ向かった。




 場所は白い空間から体育館のサヤ達のいる場所に移る。

 その場にいるのは私とサヤの他、一緒にやってきたイグノーツの合計3名。

 私は明日やろうとしていることをサヤに伝えると、真剣な面持ちで私の顔を見つめてきた。


「お願いサヤ。行かせて」

「……海上に避難出来る用の船がないか調べてくる、ね。それは()()への対策?」


 極大繁茂から避難するために必要なのかを聞いてくるサヤ。それに私はうんと頷き返す。


「何度かあの再現機能で試したんだけど……アレが起きたら、私達のいるとこに逃げ場はない。今から安全な場所に行こうとしても歩きでは間に合わないくらい遠くになるか、海か空。となると海の上が一番確実なの」


 空の上に行くには飛べる乗り物か、何らかの飛行可能な魔法が必要になる。しかし人が乗って飛べる物というとヘリか飛行機。地上を襲った魔力嵐のせいで日本中どこもボロボロとなっている今、飛行機も同じになっているだろう。

 魔法ではアーノルドが使っていたものが挙げられる。だがあの人、私がその魔法について聞く前にどこかへ行ってしまった。イグノーツに聞いても「さあ?」と言われるだけ。様子から見てイグノーツにも行き先を言ってないか、私が誤魔化されているだけかもしれないけど、アーノルドの言動を踏まえると行き先を言ってないことも十分考えられてもう分からない。


「空へ逃げるってのは、魔法を使ってってこと? そっちは無理なの?」

「一応、イグノーツさんにも聞いたんだけど……」


 ダメ元でイグノーツに教えてくれないか聞いてみたのだが、教えること自体は可能であるらしい。ただ、空を飛べるような魔法は十分な慣れがないと墜落して死ぬ可能性もある危険なものであり、その慣れが必要なのだけど2週間じゃあ足りないとか。既に魔法を使い慣れている私達なら何とかなるかもしれないらしいが、それでは教えてもらったところで意味がない。


 だったらまだ船の方が良いと、より成功率の高そうなそちらを選んだ。


「1人でも多く助けるには船が一番みたい。それで、いいかな?」

「……それは無茶じゃないわよね?」

「無茶じゃないよ。魔物と戦いに行くわけでもないし、危険ならすぐ逃げるつもり」

「そう…………。まあ、分かったわ」


 これで伝わったかは割と微妙なところであったものの、サヤは少し考える素振りをしてから許しを出した。


「ツカサがそうしたいなら私はもう止めないけれど……ツカサ1人で行く予定?」

「ううん。イグノーツさんと2人で行くつもり」


 そう私が答えた直後、サヤはピクリと手を止め、側にいるイグノーツの方を見やった。それにイグノーツも反応してサヤを見返す。今にも「どうかなさいましたか」と言い出しそうな顔で。


「どうかなさいましたか?」

「貴方だけだと精神的に不安ね……。私の兄さんも一緒に行かせていい?」

「い、いいけど……そっちは大丈夫なの? 魔物とか……」


 こちらとしては魔法が使える人はいて損はない。

 ただこっちにケイスケさんも来れば、避難所に残っている中で魔法を使える人はサヤだけになってしまう。

 もし何か魔法が必要な事態が起こった時対応可能なのは1人だけ。万一のことを考慮するならケイスケさんは残ってくれていた方が少しは安心出来るのだけど。


「私も空き時間でツカサと同じ魔法を練習しているし、魔物が来たってなんとか出来るわ。それに極大繁茂の発生が本当なら、それから逃げる術も優先すべきでしょう? ツカサの方が上手くいくことを祈っているわ」




 それ以上はもう話せる感じじゃなくなったので、私とイグノーツはその場を離れた。

 サヤとしては、お互いにやることへの合意が取れたのだからこれ以上言うべきことはないという感じで話を打ち切ったのかもしれない。


(サヤ…………)


 何だか胸にズキズキとくる。どうしてだろう。

 いつものサヤらしい無遠慮な会話なのに、少し距離が開いてしまったような気持ちにさせられた。


(心の中の距離感を間違えたのかな)


 友達として心の中で保ってきた適切な距離感。それがいつの間にか、私側でズレていたのだろうか。だからこんな気持ちになるのだろうか。もしくは心が寂しがっているだけで、少し敏感になっているだけかも。


「サヤさんの方には私からそれとなくフォローをかけましょう。魔物が来たとしても退けるのに役立つような細工を残しておきますので、どうかツカサさんも、心配し過ぎて心を傷つけないように」

「あ、ありがとう。心配してくれて」


 気遣いに感謝を述べると、イグノーツは柔らかな表情で微笑んだ。


「いえいえ。メンタルケアは大事ですから」


 そう語るイグノーツの表情はいつも通り。けど、今の私にとっては沁みるような優しさに感じられた。

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