その資格なし
「興味が湧いた者もいるかもしれないが、それらは全ての説明を聞き終わったあと、個人でやってくれ」
私とイグノーツとの会話の後、アーノルドによって災害再現機能が停止する。それに伴い、開かれたままのページからも結果内容がすうっと消えていった。
「この機能は私達だけでも使用出来るの? 誰にでも?」
「【所有者】か、その認可を得られた者だけに限るが、認可を得られれば可能だ」
「認可…………」
つまり私自身か、私の許可を得た人だけが使えると。
「認可を得る方法は簡単だ。まず【所有者】である君が利用者リストを表示させる。するとこの本を利用したことのある者達が一覧となって出るだろう。そこから各々ごとにどこまで利用可能かの権限を付与する」
「……えっと、命令すれば出来るんだよね」
言われてやってみる私の前に、モニターのような枠が現れる。枠の中には上から下へと名前がズラーっと並んでいた。
一番上の方には私にサヤにケイスケさんの名前。そこから下っていくにつれ、前に使ったであろう人達の名前が羅列されている。一部は【閲覧権限なし】に上書きされていて分からないものの、読めるリストの中にはツェレンやアーノルドの名前も……
(今更だけど、本の所有者に対して【閲覧権限なし】っておかしくない? なんで持ち主に向けて開示出来ない情報があるの?)
「動きが止まっているようだが、どうかしたかね」
「【所有者】に閲覧出来ない情報があるんだけど、どうして閲覧出来ないの?」
「ああ……それは【管理者】の権限によるものだろう」
「【管理者】?」
聞き慣れないワードの出現に、私は頭を傾げる。
「【所有者】とは違う権限で、文字通りこの本を管理する者だ。【所有者】や利用者の権限から出来ることを制限したり、本の機能を所有者より幅広く利用出来る。君が見れない情報はまず管理者からの閲覧規制がかかったことによるものだ」
「な、なんでそんな権限があるの? それって普通、所有者の所有権に含まれない?」
所有者といえばその物の所有権を持っている人を指すので、管理権などと分かれる話はまず聞かなかった。というか所有権は法の範囲内で自由にどうこう出来る権利なので、管理なども所有者が自由にするものだと思っているのだけれど。
「その通りだ。だが…………所有者、これは普通の本ではない。君はこの中に収められている貴重な知識を、相手を選ばずに閲覧させて良いと思うかな? たかがこれの実体部分を持っているだけの者に」
疑問を抱いている私に、試すように語っていく。
この本には異世界の災害以外にも、色々な情報が含まれている。それは魔法に関するものであったり、魔力に関するものであったり。さらには異なる世界のことまで知られる。悪用の意思がある者が手に取り、それを十分に使いこなせたら、この本は、世の中を大きく騒がせる様な犯罪に使われてしまう可能性。
それを考えた私は思ってしまう。この本は劇物だと。魔法がまだ全然進んでいないこの世界で、他者より何歩も先に行けてしまう。二歩三歩というレベルに留まらず、向こうの世界で積み重なった歴史の分だけ。
もし国家を揺るがすような犯罪を企図している人の手に渡ったら? その人に、この本の価値を見抜かれたら? ……想像したくもない。私はそんな意思を持たない一般市民だけど、そうなった未来が最悪の事態になっていたことだけは容易に想像出来る。
「私達イグノーツはこの本の著者だ。本を作った側として、それが誰にも読まれないなどというのは望んでいない。だが誰にでも読んでほしいという訳でもない。分かるかね?」
「そ、それは」
本を作った者は、本を誰かに読んで欲しいと思う。けれども出来ることなら相手を選びたい。しかし、本に人を選ぶ手段はない。だから普通は出来ない話だし考えもしないことだけど、この本みたいな機能が備わっていたら、著者が望んだ相手に見せることも出来るのかな?
私が考える間にも、言いながら彼はこちらに歩み出し、目前から圧をかけようとした。怖いと思った私は逃げようとするけれど、怖さで動きが鈍くなってしまい、咄嗟に目を閉じそうになった時、「やめなさい」と言いながらサヤが前に出た。その直後にケイスケさんも来てドンと腕で突き放すと、間に立ってアーノルドを睨む。
「アーノルドさん、嫌われていますから自重してください」
「2人ともなかなかに良い目をしているのに、勿体無いな」
「アーノルドさん」
イグノーツから2度も名前を呼ばれたアーノルドは、微笑みから圧を感じ取ったのだろう。やれやれという感じで首を振ったあと、その場から私の方を見る。
「普通の所有権ではダメなのだよ。ゆえに【所有者】の権限は【管理者】の権限よりも下になっているのだ。まあ君のケースは管理者だけいて所有者がいなかったからこうなっているわけだが、適性のある所有者なら管理者の権限も保有することを想定している。君は偶々この権限だけが誰にもない中で取ったのだろう。運が悪かったな」
私が本を取った時点で、既に【管理者】が存在していた。その事実を知らされ、飲み込み、一番に思ったことが口に出る。
「…………【管理者】は誰? どこにいるの?」
「さあな。それを知っている者はここにはいない」
「本の中に保存されている意識なのに、知らないの?」
「【所有者】や【管理者】に会わなければならないという義務はない。興味がなければいちいち覚えたりしないさ。そういうものだろう。なあイグノーツ?」
アーノルドは本当に知らなさそうな反応をしてイグノーツの方へ振り向くと、イグノーツは同意にも似た息を吐いた。
(本当なの?)
嘘を確認するために心を読む魔法を使うべきか。そう頭に過ぎって、イグノーツの心を読んでしまった時のことを思い出す。あの時感じたものがもう一度感じられたらどうしよう。
(アーノルドさんの方だけにして……)
前に読んだとき正常だった側で確認を取る。そうして読んでみたアーノルドの心の中は『どうでもいい』という感情だった。嘘をつく時特有の上部と本心の溝がないということで、本当に知らないのかも? と私も考える。
(今は一旦、サヤ達に必要な権限を与えて終わろうかな……)
私は【管理者】という存在があることだけ覚えておくと、モニターを操作し、2人の操作権限を設定していった。
「……これで一通りの機能は教え終わっただろう。全員、嫌いな私を相手によく聴講を続けられたな。終了を宣言する。私はもうここにいる理由がないので失礼しよう。ではな」
私達にこの本のあらゆる機能を教え終わったあと、やることはやったという風に告げ、アーノルドは消えた。終始一貫してあの態度で接して来られたので、彼がいなくなったのを確認した途端、全身から力が抜けた。それはもう身体中に溜まった疲労を吐き出すように。
(疲れた……すごく苦手な人かも)
そうして言葉も出さずにぼーっとしていれば、「お疲れ」とサヤから声をかけられた。私はそちらに振り返ると同じ言葉を返す。
「サヤもお疲れ。色々と大変だったね」
「ええ。まだ会って半日にも満たないけど、あいつとは2度と顔を会わせたくないくらいには大変だったわ」
「よく耐えたな、サヤ」
サヤがぐったりと頭を下げたタイミングでケイスケさんが労った。普通に途中でキレていた覚えがあるけれど、それは『耐えた扱い』らしい。多分手を出さなければ耐えたことになるのだろう。
「どうする? このまま魔法の練習する?」
今日はアーノルドとの約束が終わり次第そのままサヤに魔法を教える予定だった。しかし彼との話で結構な気力を消費したっぽいサヤには休憩も必要かなと、一応確認を取る。
「いえ、大丈夫よ。やりましょう」
これくらいで休んではいられない、とサヤは気合を入れて見せた。
だったら私もそれに答えよう。まずどんな魔法が覚えたいかを聞くと、身を守れるものが良いとサヤは答える。私はイグノーツから教えられた魔法でそれに使えるものを思い出しつつ、一緒に練習していく。
守りといえば代表的なのは1族と6族だ。この族は効果の性質上防御系の魔法が多いので覚えておいて損はない。
「こう、かしら?」
「良い感じ。後何回か繰り返して安定して発動出来たら、次の魔法に移ろっか」
初めて知る異世界の魔法に苦戦するサヤだけど、それでも魔法ごとにある圧力制御の感覚を素早く飲み込んでいった。容器に注がれる水のように、やった分だけ自らの内へ取り込んで、確実に力へと変えながら。
(やっぱサヤの方が上手いなあ)
昔から飲み込みが早かったよね。私だったらもっと勉強や練習しないと覚えられない魔法でも、より少ない回数で覚えちゃうくらい。習っている魔法は全て同じで、高校卒業までには同じ魔法を使えるようになっていたけど、サヤの方が余裕を持って全部覚えていた。
同い年なんだけどなあ、何が違うんだろう。頭の出来かな? うう、悲しい……。
「つ、ツカサ? それって何の魔法を発動しているの? 私がやっているのと同じなのよね?」
などと意識が傾きすぎていたせいだろう。魔力制御が疎かになった私の障壁系魔法は、発射方向によく分からない緑の煙をぶちまける、傍目でもなんか危うい感じの放射系魔法に変わり出していた。
(やば、放射系に族が移動してる!?)
「ツカサさん、なんか体に良くなさそうな色しているよ!?」
「おやおや」
「お姉ちゃんその魔法大丈夫!?」
「ま、待って待って!」
周りからの声に押されて制御に集中し直し、なんとか魔法を戻すことに成功する。
とりあえず何とかなった。残ったガスをイグノーツの魔法が吸収していき、周囲もほっとする。
「族変換でガスを出す魔法にでもなったのでしょう。なぜ緑色かは不明ですが、効果は多分大気汚染とかじゃないでしょうかね。この空間でなら特に害はありませんよ」
「それって外でやっていたら大変だったってことに……」
「ここは外ではないので大丈夫ですね」
イグノーツはフォローしてくれるが、それが私の中でやらかした感を増させてきて、肩を落とす。
(魔法を使っている最中に余計なことは考えちゃダメだって、分かっているのに……)
魔法は詠唱が要らない都合上、制御には一層の注意が必要だ。それを理解していながらこんな初歩的ミスなんて、1級魔法士という資格が泣いている気がする。
まあその1級って資格も、イグノーツが持つ実力に比べれば低いんだろうけど。ショック。
「族変換って何? 聞いたことがないんだけど」
「簡単にいえば発動中の魔法を違う魔法へ切り替えることです。魔法はそれぞれが族というグループに属しているのですが、これはそれぞれ違う魔力圧の範囲にあり——」
族の変換についてサヤに説明するイグノーツ。それにふんふんとサヤが耳を傾ける中、ケイスケさんとツェレンが私の方へ歩いてきて励ましをかける。
「大丈夫だよお姉ちゃん。私も、昔いっぱい失敗したことある。魔法はこなした分だけ上手くなる、よ」
「逆に考えればいいと思う。これで不意に失敗する可能性は下がったって。前向きに捉えよう」
「2人とも……ありがとう〜〜……」
そうだ、落ち込んでいる場合ではない。私はこれから起きるだろうあの災害で死にたくないんだ。サヤにも、ケイスケさんにも死んでほしくない。だから私でも教えられることを出来るだけ教えないと。少しでも助かる可能性を高めるために、やれることをやらなきゃ。
(そのためには……あれもやらないと)
災害再現機能。あの機能を使って試さないといけないことがある。
極大繁茂の発生時、どういう風に逃げればいいのかなんて今まで想像するばかりだったが、これからはあれを使うことでより役に立つ訓練が出来るはず。残り2週間。いや、13日。それまでにあの機能で当日どうすればいいのか、当日までに出来ることは何かを調べるんだ。グッと気合いを入れる。
「それじゃあケイスケさんも魔法の練習していきましょう。まずはシェルターの魔法から!」
「あの魔法かあ。俺に出来るか…………いや、頑張るよ」
「私の後に続いて魔法を使ってくださいね。分からないところはフォローしますから」
そうして頷いたケイスケさんへ微笑んだ私は、サヤにも教えた魔法を教えていった。途中からはサヤも戻り、ツェレンも混ざって4人で魔法の練習をしたけれど、こんな人数で魔法の練習をするのは学校以来で、楽しいひとときになった。
ちなみに魔法が一番上手かったのはツェレン。E系魔力を使うのに比べればM系はずっと楽チンだということで、またサヤが「E系魔力って何?」と驚いていた。暫くはこんな風に聞かれる日が続くかもしれない。
*
ツカサと何があったのか。
そうケイスケが妹に聞かれたのは、ツカサ達と魔法の練習をした日の午後、サヤと2人きりでいた時のことである。
「ど、どうしたんだい、急に」
「昨日のことよ」
聞き返すケイスケに、サヤは質問の意図を補足する。
「ツカサ、昨日あっちの校舎に行ってたでしょ。それで何をしてたか聞こうとしたんだけど、はぐらかされたでしょ?」
「……俺に聞こうって魂胆か」
何がしたいのか読めたケイスケは、冷静になって目を細めた。その質問は昨日、体育館に戻ってきたツカサへサヤが聞いたことと関係がある。そう理解し、これから来るであろう質問をケイスケは察する。
「別に魂胆ってほどのものじゃないの。ツカサが何かを隠していて、それが何なのか知りたいだけ」
「そうかい? 隠していることなんて何もないと思うけれど」
強いて言えばツェレンという少女やアーノルドという男のこと、と頭に浮かべつつ。でもそれはサヤが聞いていることとは違うだろうと、ケイスケは言葉にしなかった。なにせサヤが聞いているのは、自分と彼女の間に何があったか、である。
「昨日も言ったじゃないか、魔法を教わっていただけだって。他に何をしていたって言うんだい?」
「分からないから聞いているのよ。でも魔法を教わってただけじゃないのと、ツカサが言いにくいことなのは分かるわ」
「だったらそっとしといてやれよ」
それが言いにくいことだと理解しているケイスケは、敢えて突き放すような言い方をする。友達にだって隠し事の1つや2つあって当然。それが分からないサヤではないとケイスケは知るがゆえに、彼女の理性を強めるような言い方で、答えないようにした。
「……まだ、諦めていないのか」
黙ったままジッと見つめてくる妹に、兄は問う。
その問いにサヤは答えない。が、ケイスケはそれを答えと見做した。
「……どうしてそこまで頑なになる必要があるのか、私には分からないわ」
「俺にもサヤの考えは分からない。別にいいだろ、お前とツカサで——」
そこまで言いかけたタイミングで、「ダメなのよ」という声に遮られる。
「私じゃあ、ダメなの」
俯いた姿と声色には、うっすらと悲哀が帯びていた。
それにケイスケは数秒間戸惑い目を逸らす。しかしそれだけでは話が終わらないと感じたのか、再度サヤの方へ振り向くと、口を開く。
「前にも言っただろ。俺はもう諦めているんだ。それにこんな時に……ツカサさんにだって迷惑になる。いい加減にしよう、サヤ。俺は今のままでいい」
感情を抑えた風に喋るケイスケは、真っ直ぐにサヤの方を見ながらそう言い切った。
今のままでいい。そう言われた時のサヤの目が僅かに揺れる。
「…………私が今のままじゃ嫌なの」
今度は力強い目をしてケイスケの方を見据えながら、サヤは言い返す。
お互いにそれで平行線であることを認識し、暫く会話のない沈黙が支配する。そしてそんな空気の中、2人の知り合い……ツカサがやってくる。
「ごめん、ちょっとイグノーツさんと話してて遅れたー……って、なに、この空気?」
何とも切り出しにくい雰囲気がこの場を包んでいるのに気付いたツカサは、ここにいていいのかと戸惑い出す。
「ああ……ちょっとお腹の調子が良くなくて、顔に出てたみたい」
「そ、そうなの? じゃあ何か薬とか取ってくる?」
「いいわ、気にしないで。それよりはツカサが側にいてくれた方が効果があると思うの。一緒にいてくれない?」
「う、うん。そういうことなら」
ツカサはパイプ椅子を展開すると、サヤの隣に置いて座り、サヤも椅子を持ってきて座ると雑談を始めた。若干険しかったサヤの表情は、ツカサと会話を交えるうちに解れていき、ツカサの話に反応して笑みを浮かべたり困惑したりと変化する。
その会話を、ただ2人の邪魔をしないようにケイスケは見ている。
(——これでいい)
誰に向けたでもなく1人頷いた後、静かにその場を後にした。




