歪み
マジックネイティブは、前の世代に比べて学習能力が高くなる。そういう検証結果が出ているという。中学生の時点で高校生までの内容に平気で追いつけるのは、それ以前のことで考えると色々とおかしい話なのか? 分からない。けど検証した人は普通じゃないと思っているのかも。
自分達が、周りより少し違うと思ったことは?
周りと妙に関心事の度合いや話が合わないと感じた事は?
頭の回転が速かったり、周りと比べて突出した何かを持つ人は、得手して他人との違いというものを感じるらしい。私達にもそんな経験がないのだろうか、とナオトさんは尋ねているのだろう。マジックネイティブのことをより深く知るために。
「記憶にないわね」
ノーであるとサヤは即答する。
「教師の問題ではないの? 子供がいくら賢くても教える側がそれに適した授業をしなければ才能が活かせないように、実験に協力した大人達か子供達の能力が高かったのでは?」
「実験には教師型AIが使われているので教師の質による不確定要素はありません。子供達についても同様でしょう。全国の学力平均値が数年前から大きく上昇傾向にあるのは知っていますか」
その場で検索するよう促されたので携帯端末で調べてみると、全国学力調査の結果で平均正答率が大きく上昇していて、ある年を境に点数の急上昇が起こっているのが目に見えて判別出来た。
なんだこれ、入力した数値にミスでもあったの? そう疑ってもしょうがなくなるような全体点数の急上昇っぷり。これじゃあ実験に参加した子供だけが能力が特別高かったとは言い切れない。
「えっと、問題が例年より簡単になったわけではないですよね?」
「学校のカリキュラムは今も然程変わっていませんよ。少なくとも教師の質がどうこうではなく、子供達の学力が何らかの理由によって跳ね上がったというのが正しいでしょう」
知らなかった。こう言ってはなんだけど私が見るニュースの分野って偏っているし、興味ないのは全く見ないからこんなことになっているとは思わなかった。しかも過去何度かニュースで取り上げられているじゃないか。
「この状況に直面している教育現場と文部科学省では、マジックネイティブに合わせた教育内容や学習指導要領の見直しなどを行なっている最中で、この異常とも言える調査結果もいずれは正常な数値に戻す予定と言われています。でもその見直しは良く言えば“慎重”、悪く言えば“鈍重”なもので、先述の実験結果もありまるで効果が見られないのだとか」
急激な要綱の変更は現場の教師が追いつけないのもあって避けられているが、マジックネイティブの子供達の能力は最低でも中2で高3レベルまで習得してしまえる。事実ならちょっと見直したくらいでテストの平均点なんてほぼ動かないだろう。
さて、長々とナオトさんの話を聞いていたけれど、まだ私は肝心の質問に答えられていなかったな。当時のことを思い出しながら話していこう。
「私はサヤと同じ高校でしたけど、授業で躓くようなことは小中高ともに一度もありませんでした。学内にいた頃はテストで赤点を取った人という話も赤点対策の補修が行われたという話も聞いたことがないくらい、それが普通だったかと思います。仮に分からない問題があっても周りの子の誰かに聞けば大抵答えが返ってくるので、誰も困らなかったです」
「ふむ。ではツカサさんの同級生達は受験や就職の際にも普通に合格するだろう、みたいに考えたりはしましたか?」
受験や就職の時か。
「受験は定員漏れでもしない限り受かるみたいな雰囲気はありましたね。就職に関しては流石にそれだけだと何とも言えなかったので、資格を取ったり性格に合った場所を選んだり何箇所も見て回ったりする人が多かったと覚えています」
実際今の場所を見つけて落ち着くまでの間に、比較対象として数十以上は見て回った。どこからも1級魔法士としての価値を見られていたのは割と最近のことだし覚えている。あの時はヨツカ部長も完璧に赤の他人だったなあ。どうして最終的にあそこに決めたんだっけ…………。
ああ、思い出した。もし行き先を決めてないなら試しにここへ行ってみなさいって先生に言われたんだ。なんか知り合いがそこにいるから顔が利くって言われて、じゃあそこにするかーって。……ん? つまりあれか私、コネで拾われたのか!? コネ採用ですか!? そりゃあ肩身が狭いはずだよ。ウチの会社まあまあの大きさだから社員もそれなりにいるし、そんなところにコネで雇われた新人が来たら白い目で見られるに決まってるじゃん。最悪だー……。
「どうかなさいました?」
「いえ、なんでもないです……」
「そうですか。これ以上引き留めるのも悪いですね」
私が一つの事実を受け止めてショックなところ、ナオトさんはこちらの気分が優れないと察したようだ。「良ければまたいらしてください」と建物の入り口で見送ってもらった。
敷地外へと出て魔法服を解除、元の格好へと戻った私とサヤ。
「さっきから何を落ち込んでるの? 話の中で気になることでもあった?」
サヤがおもむろに尋ねてくる。
「いや、マジックネイティブの世代は学力が良いとかは気にしてないの。ただ私が今の会社に就職する時にコネで採用されたんじゃないかって思ってさ……」
どういう経緯で今の会社にいるかサヤには伝えてなかったので、要点を掻い摘んで説明する。話し終わると「は〜……」と何だかアホくさいことを聞いたみたいな表情をされた。なによ、そのバカにしたような顔は。つねるぞ。
「コネだろうが何だろうが就職は就職よ。大体、貴方は貴重な1級魔法士なんだから多少問題があったって欲しい会社はあるわ。勿体ぶってたら他所に取られるだけだし、そんなの採用するに決まってるじゃない」
「サヤ…………私のどこに問題があるっていうの?」
「弟バカで隙あらば私に弟のことを話すところとか。貴方の人生弟しかいないの?」
「失礼な。弟は私の人生の半分だけよ」
「残り半分は?」
「私」
ポカッと軽く頭を叩かれた。なんで?
自分の人生は大事なんだから自分が大事だよね普通。私の場合同じくらい弟のことも大切だからこうなっているけど、話の流れ的に今ので正解でしょ。なんで叩かれたの?
叩かれた理由が分からないままサヤの隣を歩いていると、話の続きが。
「コネ採用が悪く見られるのは、普通に受けに来た人よりも実力で劣った人が採用枠を食うから。実力も大してないやつが縁の繋がりだけで採用されるのが問題なわけ。だから実力を見せればそれに文句を言う人なんて出てこないし、そんな人をコネで引っ張って来れるなら来いってまともな社長なら言うわ」
私の中にあるコネ採用で受かったかもしれないという後ろめたさへ、サヤはそう己の持論を説きまくった。サヤ、なんだかんだ気を遣ってくれてるんだね。うう、サヤと友達で良かったよ私は……。
そうだよね、コネ採用ならそれで採用されただけの実力を見せないと。入社して1年ちょいじゃあ大したことを任せられないだろうけど、それは仕方ない。雌伏の時を耐えるんだ私。
「ま、だからそうやって気にするくらいなら前向きに考えた方がいいわ」
「サヤ〜〜……」
「近いから離れて。弟バカが感染る」
酷いっ!?
はあ、どうしてサヤは分かってくれないのだろう。同じように兄妹を持つ家庭なのに。自宅の中でゴロゴロしながらそんなことを考えつつ、今日のことを振り返る。
「魔力圧の話は面白かったなあ〜」
あの本に書かれてある災害がこの世界でも現れるのか、その確認をしたくて聞いてみただけだったのだが、意外と興味深いものが聞けた。魔力圧は世界中で常に変動していて一定になる場所はなく、それゆえに魔力にとっては安定した状態が保たれている、か。何度聞いても頭が混乱しそうな話だけど、そういうことなら魔力嵐が発生するなんてことは起こり得ないだろう。
だって魔力嵐は高魔帯と低魔帯の衝突で————
「——あれ?」
違和感。何かを間違えているような、覚えている内容にズレが生じている時の感覚が私にそれを告げている。
いつもなら別にこの程度のことが気になってもスルーしたっていい。だけどなぜか心が騒ぎ立てる。あの本を読めと、その内容を正確に把握しろと。
「……一応確認するか」
またあの異世界災害収集録という本を手に取り、何度か読んだその内容、その全文を叩き込む。
収集ナンバー1番、魔力嵐。
M系魔力によって構成される大気現象系魔力災害。高濃度の魔力が集まって巨大な嵐を発生させるもので、その原理は通常の嵐に似ている。しかしその発生には大気圧でなく魔力圧の影響を強く受け、高魔帯と低魔帯の衝突が発達を促すという。
根本的に、魔力嵐は大気中に過剰なM系魔力が飽和して発生する現象であり、よってM系魔力を余剰分以上消費すれば自然消滅する。そのためには大規模魔法の発動もしくは継続的な魔力消費が必要となる魔法の運用をしなくてはいけない。
M系世界『ギキョウ』において、魔力嵐の人為的な消滅は不可能と見なされ、ゆえにこれを逸らすことを目的とした魔法が編み出されている。大気中の魔力圧を変動させることで軌道をズラし、人のいない場所へ動かす方法。
一番効果的な対処法は魔力嵐を発生前、または発生直後に継続魔法で消費すること。
私はそれらの文章を連続して読んで、そこにある事実が隠れていることに気付いた。
「魔力嵐は魔法で起きる災害なんて、どこにも書いてない……」
魔力が集まって発生するという文言はある。魔力圧の影響を強く受けるという文言も、高魔帯と低魔帯の衝突が発達を促すという文言もある。高魔帯とは恐らく前後の文脈から考え、魔力圧が周辺よりも高いところを指す言葉。低魔帯はその逆だろう。
だが、魔法という言葉もそれが発生という言葉と関連した文言は一切見られない。
もしかしてこの現象が起きるのに、魔法は関係がない? ギキョウという世界では魔法がある旨を示唆する内容があるから、魔法がない世界の話ということでもない。もしくは魔法のあるなしに関係なく起こりうる現象ということか。
だとしたら……数日前にニュースで見た謎の低気圧は? 私はあれが今どうなっているかの最新情報を調べた。
「インドネシアへ上陸、過去数十年で最大の被害規模。西進止まらず……」
あの低気圧、サイクロンクラスにまで発達してそのまま真っ直ぐ西へ進んでいったらしい。赤道上を直進するサイクロンとか異常だと注目を集めるに留まらず、その直下にある国まで巻き込んでいる。予報ではそのまま西へ進むか北に逸れていくかだけど、こんな動きの低気圧今までなかったのでどこも混乱しており、どう動くのかの予想が付かないようだ。
通常であれば、インド洋方面にまで進んだ台風なんて日本に住む私が気にかけるようなものでもない。台風であればその寿命は平均5日ほど、長くても20日。発生から既に日数も経過している分だけ遠くの地方が影響を受ける確率は下がる。
平気なはず。心配するような位置ではない。
私はそう思いながら、その日はなかなか寝付けなかった。