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もしもの終わり(2)

「何をするかと思えば、自分のO系魔力(オド)を渡すだなんて。随分と思い切ったことを……」


 こちらが魔力を渡している間、彼女はその光景を眺めていた。くすくすと笑みを交え揶揄うような視線を送ってくる。

 私は魔力の譲渡も終わりケイスケさんから一歩離れると、そちらに注意を向けつつケイスケさんの様子も確認する。


「動けますか?」

「ああ……動ける。それで、守ればいいんだっけ?」

「はい。私はあっちへの攻撃に集中するから、その間の防御を任せたいんです」


 彼女の攻撃を防ぎつつ防御を突破するには、今の私だけだとどうしても難しい。様々な幸運が一瞬の間に積み重なってくれでもしないとという、分の悪い賭けだ。


 だからこそケイスケさんの手助けが得られるならばそれに越したことはない。とはいえサヤ仕込みの腕前があるケイスケさんも、魔法士として正規の教育を受けたわけじゃない。


「まず私があっちの攻撃を何発か防いで見せます。ケイスケさんはその時の魔力の動かし方を感じて覚えてください。……いきなりで済みませんが、やれますか?」


 前に私が彼の魔力の動かし方から模倣して魔法を使ったように、今度はケイスケさんに私の魔力の動かし方を模倣してもらう。そしてケイスケさんが使えるようになったら防御は任せて、私が攻撃に専念する。

 これが出来ないと、彼女に対抗するのは難しいだろう。答えを聞く前に一抹の不安を感じる私だったが、


「任せて」


 彼は一言そうとだけ答えた。頼ってもいいと思えるような優しさの混じった力強い声で、心の中に感じていた不安を溶かしてくれるような気がした。


 受け応えしつつも未だ私の格好を極力見ないようにしてくれている。そんな彼のことを、もっと信じていいのではないかと。


「……相手の攻撃も見ずに防ぐのは無理ですよ。ケイスケさん」

「そ、それはそうなんだけど、そっちを見たら正直気にしない自信がなくて……」

「もう……少しくらいなら見ていいです。どうせ全く見ずにやるなんて無理ですから」


 ジロジロと見られるのは流石に耐えられないけど、ちょっと視界に入るくらいはこの際我慢すると暗に伝える。

 全くの赤の他人ならそうも言えなかったがケイスケさんだ。サヤのお兄さんであることとこれまでの彼の言動から鑑み、ちょっと見えてしまうくらいならこの場は不問ということにする。


「いやでも流石に大事なところを隠すくらいは……そうだ。さっき扉を破ったアレで幻覚の一部だけでも……」


 それでもケイスケさんはもしものことを考えてか、私にかかっている幻覚の中で服を見えなくしているものを解除しようとする。原理としては同じはずなので出来ると踏んだのだろう。


「乱入は認めたけれどペナルティの解除まで許す気はないよ」


 しかしその直前に彼女が彼目掛けて魔法を放ってきて、それに気付いた私は咄嗟に障壁系で防いだ。

 加えてアーノルドによる介入か、すぐ近くに浮いていたはずの『異世界災害収集録』が見えなくなる。


「くっ…………!」


 もう話し合う余裕のある時間はなくなった。


 宣告するかのように彼女は言い放った後、私達を仕留めるべくこれまでにない苛烈な攻撃を浴びせ出す。一度に3つから4つの攻撃がくねくねとした曲線軌道を描いて進み、私と彼のいる場所へ高速で突入してきて防御だけで手一杯になった。更にそこへ第2波となる攻撃魔法が発動寸前の状態で3つ準備され、第3波用の魔法も用意されようとしている。


(一度にいくつ魔法を使っているの!?)


 常識離れしたその能力に驚きを隠せなかったが、結界と障壁を利用して数を防ぎつつ攻撃を分析する。見たところ結界系と障壁系どちらの防御でも防げる程度の威力だ。切断系とペアで使っていた放射系光線魔法に比べれば攻撃力は低い。しかしその分だけ数が多く攻撃と攻撃の間断も短いと、反撃する隙と余裕がない不味い状況であった。


「防御だけじゃ私は殺せないよ?」


 見え透いた挑発を放ってくる彼女。それを合図とするかの如く攻撃の中に私が使った切断系と放射系のペアが撃たれるようになる。攻撃密度は少し下がったが、依然として私が同時に出来る防御を超えていた。


(破られる!)


 防御の上からでも伝わる破壊の威力が、結界を段々と粉々に叩き割ろうとするのを示唆していた。目を閉じては次の防御が間に合わないのに、今にもひび割れてしまいそうな結界に恐怖で目を瞑りかける。そして次の瞬間にパリンと割れた結界と、私の方へ突き進んできた光線は——


(あ……)


 直後に発生した障壁系の防御により、私へ届く前に防がれた。


「大丈夫だよ」


 怯えていた私にそう声をかけると、ケイスケさんは私に代わって飛んでくる攻撃を魔法で防御し始める。

 既に視界には3つの光線が迫ってきていたが、彼はそれに合わせて障壁を3つ発動すると光線の進路に重ね、これを防いだ。いずれも切断系と放射系のペアである。


「——は?」


 受け止めた障壁に殆どダメージが見られなかったことで、攻撃を仕掛けていた彼女は声を漏らした。まさか壁一つ割れないなどとは予想外だったのだろう。一方の私自身も目の前で起きたことに驚き、防げた理由を考える。


(ひょっとして攻撃を一瞬で受け止めないよう、障壁を後退させながら当てたの?)


 同じエネルギーでも一瞬で全て受け止めるのと、ゆっくり時間をかけながら受け止めるのではダメージが異なる。彼は攻撃が当たる前に発動した障壁を下げ始め、相対速度を少しずつ合わせながら光線にぶつけた。それによって光線が持っていた威力は段階的に吸収され、切断系魔法も叩き割るために必要なダメージを与えきれぬ前に削がれ、障壁に防御されるに至った。


(交通事故とか、同じ方向に走ってる車へ追突するのと違う方向から走ってる車と衝突するのは後者の方が悲惨になりやすいって聞く……)


 もしケイスケさんがそういったことを考えて今のを実行したとするなら、その狙い通り、彼女の攻撃は威力を時間と距離によって分散されたということ。

 コンマ02秒がコンマ1秒になるくらいの僅かな差かもしれないが、そのお陰もあり障壁は耐えられないはずの攻撃を耐えたのである。


「ツカサさん、今のうちに!」


 彼女の攻撃を一気に防ぎ、起こったことへの対処が追いついていないうちにと叫ぶ彼。

 ケイスケさんの言葉にハッとなると、私は守りを彼に任せて彼女へと攻撃魔法を放つ。いくらいきなりのことに呆気に取られたといえ、攻撃が飛んでくるのを見た彼女はすぐに持ち直して防御をする。しかしこの魔法は今まで彼女が使っていた結界や障壁では防ぎきれない。


(防ぐためには攻撃で対処するか、ケイスケさんと同じことをしなくちゃならない)


 すると彼がどのように防御を成功させたのかしっかり理解していないのか、防御を躊躇うように彼女は同じ攻撃魔法での迎撃を選んできた。


(当たったら防がれる!)


 また打ち消されたら困る私はぶつかる前に先んじて障壁を発生させ、向こうの迎撃を当てさせた後、威力が削がれたそれを食い破る形で防御網へ突入させる。彼女は対応が間に合わないと判断して避けようとするが、その場で足元に生えてきた障壁に躓き、転んで避けきれず当たってしまう。


「——っ! ぅう…………」


 痛みに悶えるような声を出し、貫かれた太もものあたりに手を当てる。幻影とはいえ痛みを感じられるようにしてあるのか、もしくはこちらを油断させるための演技なのか、私にはどっちなのか判断出来ない。


(……躊躇うな、どの道倒さないといけないんだから)


 その場で動けなくなっている彼女に追撃するのを躊躇う良心。それを抑えて私は攻撃魔法を連発する。動けなくても防御をする余力はあるらしく、彼女は私の放つ攻撃を防ぎにかかった。しかし痛みによるものか、数発のうち1発くらいは防ぎ損ねるようになり命中するたびに痛みで体を曲げては押し殺した声を上げる。


「この……!」


 それでも彼女はずっと下へ向けていた顔を上げると、怒りで歪んだ顔を現す。そして自身の眼前へと渦のようなものを形成させ、こちらへ向けようとしてきた。


(放射系? でも、あれは……)


 見た感じでは私が使った『渦を発生させる魔法』にも似ているが、両手を広げてなお届かなさそうなほど太い幅、そこにガラス片のようなものが無数に混じり、かつ切断系魔法と思われるものが多数集まり、渦を巻くようにグルグルと回っている。


(何だろう、あんな感じで回るものに見覚えが)


 既視感。何か似たようなものを見た覚えがあるという、引っかかる感じ。私はそれがジェットエンジンを正面から見たものに似ていると気づくことはなかったが、高速で回転しながら突っ込んできたら危険だということはいち早く察した。


「食らえ——!!」


 叫びと共に、真っ直ぐ私達へと放たれる。僅かに蛇行しながら高速で迫るそれに対し、結界を解除するのも更に発動するのも間に合わない。私とケイスケさんを守れるのは既に発動されている防御魔法だけ。

 けれどその威力はこれまでの攻撃が遊びとでも言うような代物で、ぶつかった端から障壁が砕け、ケイスケさんの後退防御する障壁も威力を削ぐ前に割れ、勢いは止まらない。


(ダメ……!)


 直撃は避けられない。そう思った私は反射的に目を背けようとして、自分の眼前にケイスケさんが立ったのを目撃する。彼はそのまま私の背中側へ手を回すと、迫るそれから私を隠した。


 一瞬のことに私は何かを思ったり彼の名前を呼ぶことも出来ない。ただギュッと抱きしめられる感覚と、彼の背中を襲って横へと流れる渦の魔法、その音にかき消されそうな彼の痛みに耐えようとする声を耳にする。


「ケイスケ……さん?」


 渦の流れが止んで、思考が出来るまで回復した私がその名前を呼んだ時、ケイスケさんは床に倒れていた。


「……巻き込み損ねた、か」


 悔しげに彼女が口を開く。私達2人をまとめて倒すつもりが彼の行動によって1人倒し損ねたのを理解したのだろう。その場に力なく倒れている彼とすぐ側に立っている私を見れば、何が起きたか推測するのは難しくない。


 私はここで床に倒れているケイスケさんが何をしたのか、やっとハッキリ認識した。

 あそこで庇わなかったら二人纏めてやられている。そうなったら私の負けは決まっていただろう。だから片方が片方を攻撃から庇うことで、最悪の事態を避けたのだと。ケイスケさんは私を庇い、守ってくれたのだ。


 彼女の攻撃の痛みは幻覚といえ本物にも劣らない。背中側からどのような痛みを受けたのかは想像するほかないが、あれが耐えきれずに意識を失うほど強烈なものであったことは想像出来る。


(……ありがとう、ごめんなさい)

 

 感謝と謝罪がない混ぜになった心で彼を見続けていた私は、このゲームに決着をつけるべく一歩前に進み出す。


「貴方の勝ちね」


 横に倒れたまま、目前まで来た私を見上げながら伝える彼女。負けた側だというのにどこかスッキリとした感じのある顔を浮かべている。


「私を殺す準備は出来ている?」

「……どうやればいいの?」


 脇腹を叩き、太ももに穴を開け、他数カ所にもダメージを与えながらも血が流れない。そんな相手をどうやって殺せばいいのか実は考えあぐねていた私は率直に聞く。すると驚いたのか目を大きく開き、すぐに嘆息混じりに答えた。


「気付いていないんだ。そこの彼がもうやって見せたのに」


 鈍いわねとでも言いたげな顔で、遠回しに告げられた。

 それで私はケイスケさんがこの教室に入ってきてからここまでの記憶を思い返す。


(幻影を倒す方法……)


 散々攻撃を当てながらも幻影の彼女は消える気配がない。現に今こうしてボロボロになっておきながら、私の目にはしっかりとした実体であるように映っている。そこから考えるに当たり、ただの攻撃魔法では消せない。これは事実だろうと戦った経験からも思う。


 では、幻影に有効と思われる行動。ケイスケさんがした中でもっとも幻影に効く可能性のある行動を一つ一つ判定して(しらみ)潰しに消していくと、その答えはゆっくりと浮き出てきた。


「……魔力の分離」

「正解」


 その答えを彼女は認めると、片腕を動かし自身の臍のあたりをさすり出す。


「この辺に私を発動させている物体がある。それから魔力を分離して抜き取ればいい」

「物体?」

「幻覚を強固なものにするために利用する物理的な体だよ。依代とでも言えば伝わる? その物体から私という幻影は『活性化』して強く『放たれている』の。だからそれから魔力を分離すれば魔法は解ける。つまり、私を殺せるって訳」


 懇切丁寧に理屈を説明し、私へ殺し方を伝える彼女。

 なんとなくだが、嘘をついているようには感じられない。


「だったら、まだ負けてはいないんじゃないの? どうして抵抗しようとしないの?」


 疑問に思った私は質問する。もしそれが事実ならば彼女はその物体から魔力を分離されるまでは死んでない判定になる。最初に提示されたルールを思えば、彼女はまだ生きている扱いになるはずだ。私を本当に殺したいなら諦める段階ではない。


「……答える前に聞いていい? ツカサ、人は生まれてきたことにどんな理由があると思う?」


 彼女は私の質問へ反応を見せず、数秒後に質問を投げた。


「生まれてきたことの理由……?」

「そう。言い換えると……人類、人は何のために未来へ命を繋いでいるのか。その理由だよ」


 そう言った彼女の目は遠くを見ていて、私が質問に答える前に心中らしきものを吐露し出す。


「たまにさ、貴方は幸せになるために生まれてきたんだよって話を聞くでしょ? 他にも、生まれてきたのは良い行いをして天国へ行くためとか、子孫を残すためとか、何かをするためとか、意味なんてないとか、人によって色々だけど。どれも結局思うことは身勝手だよね」

「身勝手?」


 彼女の言いたいことがそこにあるように思えて、私はそこを聞き返す。それに彼女は少し微笑みを向けると、話を続ける。


「本人の意思なんてどうでもいいって思ってるってこと。そもそも、世の中全ての人間は幸せになれることはない。天国へ行ける人もいれば地獄に落ちる人もいる。子孫を残せなかったり、何かをすることの『何か』がハッキリしないまま死んだり、挙句には生から死まで無意味だなんて。私はさ、そうなるくらいなら生まれて来なければ良かったって思う人もいるんじゃないかなって考えるの」

「それは……」


 私はその言葉に口籠ってしまう。認めたくはないが、全ての人が報われるなんてことはない。

 誰もが幸せになれないことは、人によって幸せの基準が違うことからも分かる。ある人にとって不幸な出来事でも、別の人にとっては十分幸せに収まる出来事だったり、逆に誰かの幸せが別の人の不幸だったりもする。そういうことは世の中意外とありふれている。


「それはもちろん、死にたくなるくらい辛い時もあるだろうけど。でも、生きていて良かったって思える時もあるんじゃないの?」


 とはいえそれが全てではない。生まれてから死ぬまで全く報われない人生というのも、極めて稀なはずである。多くの人は幸と不幸、それぞれの出来事を経験している。不幸もあったが幸運なことはなかったかと聞けば、本心からそう思わない人はいないのではないのか。生まれて来なければ良かったは、言い過ぎじゃないかと。


 私はそう言う。しかし彼女はそれに頷くことはなく、代わりの言葉を述べ出した。


「いつか死ぬことが決まって生まれてきたのに? どれだけ綺麗な言葉で飾ったって、結局はいつか死ぬことを約束された生なのに。なんで幸せになれたと思えるかどうかも分からないのに、夢ばっか見させてくるのさ」


 途中からは天井を見ながら吐き捨てるような言葉の勢いだったが、やがて落ち着きを取り戻した彼女は私の方を見上げた。


「こんな一時のためとはいえ、色んな嫌な記憶を与えられて…………もう嫌だよ、こんなこと。生まれ変わりとか言うけど、こんな人生送るくらいなら二度と生まれ変われなくていい。人間になんてなりたくない。命のない場所に行きたいよ……」


 震えるような声で、彼女は一人喋り続ける。それはもう私へ向けての言葉ではなく慟哭だ。

 涙を流す機能は幻影魔法に含まれないのか、頬を伝うものはない。しかし、彼女の表情は今日彼によって生み出されたばかりにしては何十年もの悲しみで曇っているように見え、それが私から最初に投げた質問への答えに思えた。


 それまで黙って聞いていた私は、彼女がさすった辺りへ静かに手を入れる。実体があれば触れた瞬間に肉体へぶつかるはずだが、その手はするりと彼女の体の内側に入り、存在を示唆されていた物体に触れる。そのまま私は、その物体に込められていた魔力を分離していく。


 分離によって魔法が解け出すと、彼女の体はうっすらと消えかかり出し、向こう側が透けて見えるようになる。


「……“もしも”だとしても、生まれて来たくなかった」


 完全に消える前、彼女は最後にそんな言葉を残し、焦点の合わない目で前を見たまま消え去った。

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