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人探しゲーム

 屋上から下の階へ下り、3階にやってきた。

 目に映る景色は上下反転から左右反転に変わり、若干の傾斜がついている。建物全体が傾いているような光景と、歩くたびに感じるズレた重力の向き。正しいのは恐らく重力の方。間違っているのはきっと、目の方。そう判断して、窓が続く方の壁に手を当てて歩いている。


 反対側に見える教室には、椅子と机があったりなかったり。幻覚によってそれらも一部が目に映らなくなっている様子だ。

 一通り3階の部屋や廊下などは見終わったが、私は階段の前までやってきた後、本当にこの階に彼はいないのかと考える。


 アーノルドの幻覚魔法は五感を騙すほどの効果がある。さきほどツェレンから離れた途端に姿が見えなくなった。そのことを踏まえ、もし姿を消されていて一切分からないようだったら、例え側にいたとしても見つけようがない。ザッと全ての教室を見ていって誰もいないと思われても、実はそこにいたという可能性が考えられる。


 校舎内のどこにいるかも分からないサヤの兄を、どうやって見つけ出せばいいのか。いきなり彼に連絡するのは気が進まないが、念のため確認しておく。


『聞こえていますか? アーノルドさん』

『なんだい、リタイア宣言かな?』

『このゲームにおいていくつか質問していなかったので、尋ねたいことがあります』


 心を読む魔法でこちらの思考を聞けるようにしていたのか、アーノルドは私の呼びかけにすぐ応じた。

 始まってばかりなのにリタイア宣言などするものか。


『いいだろう。どうぞ』

『まず、このゲームに制限時間があるかどうかを知りたいです』

『制限時間はない。じっくり探し回って欲しいからね…………君がその気なら飢え死にするまで続けても構わないが、流石にそんな真似をするようならあっちのイグノーツやツェレンが止めに入るだろう。こちらとしては設定していないが、常識的な範囲で時間は限られていると思ってくれ』


 アーノルドの回答から、限度は今より数時間くらいだと逆算した。

 時間が経ちすぎて姿が見当たらない時間が長引けばサヤや他の人たちが探しにくる可能性が高まる。もしここに来れば異常な事態が起きていることに気づくかもしれない。その場合アーノルドは止めるだろうか。


『その疑問に対する答えはノーだ。ゲームを終了する条件は君が勝つか負けるか、もしくは他のイグノーツが止めに入るかだ』

「………………」

『私は民主主義の国出身でね。1人だけの反対で決定を止めるには至らないよ。少数側の意見は考慮するが、よほどの利と不利がない限り採用はしないと思ってくれ。同様に、この場において部外者の言動もゲームへ影響を与えることはない。安心して続けたまえ』


 こちらの思考を読んだアーノルドから返答がくる。それのどこに安心出来る要素があるのだろうかと聞き返したいところであるが、ツェレン1人が反対しても止める気はさらさらないのだということは分かった。


『では次に、私から見てケイスケさん……探す相手の姿は見えるようになっていますか? 見えていないならどうやって探すことを想定していますか?』

『回答する。もちろん姿は見えない。簡単に見つけられてはゲームにならないから、彼の居場所は五感を駆使して見つけ出せるようにはしていない。無論、多少の魔法を使っても探ることは出来ないようになっている』


 物探しの魔法などで見つけ出すことは無理だと、遠回しに言っているのだろう。使用禁止など言わずに使用しても探し出せないと告げる辺り、対策していることを仄めかしているように聞こえる。


『探し方は用意してあるよ。ただ私としては自ずとそれに気付いてくれると嬉しいので、回答は避けさせてもらおうか。他に聞きたいことはあるかな?』

『……さっき、イグノーツさんと隠れんぼ中だって言ってましたけど、それとの兼ね合いはどうなっているんですか?』

『アイツが私を先に見つけたとしても、ゲームは続行だよ。このことは向こうに伝えてあるし了承も取っているからアイツが邪魔をすることはない。逆に言えば、君とあのイグノーツで連絡することが出来ても何も情報交換は出来ないということだが』


 本当に私だけで探させるつもりのようだ。

 アーノルドは周囲への根回しを終えている。私が頼れる相手は私以外にいない。アーノルドはリタイアを宣言するか質問に答えられる範囲でしか応じないようなので、ケイスケさんを見つけ出し、彼の本体がいる場所へ行くまではずっと私1人。


『心細くなってきたかな?』

『……いいえ。質問は以上です』

『そうか。幻覚に負けないよう頑張りたまえ』


 からかうような彼の声を1秒でも早く頭から忘却したい。

 私は人探しゲームに意識を切り替え、ケイスケさんを見つけることに専念する。


(ケイスケさん……)


 このゲーム最大の障害は、姿の見えないケイスケさんとアーノルドの本体をどうやって見つけ出すかと、その間に襲ってくる様々な幻覚を前に耐えるかだろう。

 最初は視界が反転したり傾くだけでも辛さを覚えていたが、この北棟校舎を探し回るうちにそんなものが段々と可愛い方の症状だと思い知らされる。


(自分の背中が見える……)


 時に、私の視覚は私の頭部から大きく離れた位置に移動する。

 時に、私の聴覚は壊れたように変な耳鳴りを起こす。

 時に、私の肌にある触覚は空気から伝わる熱さと冷たさを勘違いする。

 時に、私の嗅覚は鼻を塞いでも存在しない臭いを嗅ごうとする。

 時に、時に、時に。


(…………へこたれたらいけない)


 何時間も悠長に時間を使ってはいられないだろう。

 じわじわと精神を削られるような状態でも耐えながら、ケイスケさんの居場所を探すために手掛かりから調べていく。この幻覚魔法の中、五感どころか殆どの感覚にノイズが混じったりおかしなものを感じ取ったりして当てにならないことを体験している。けれど、その中でも狂っていない……敢えて狂わせていないと思われる感覚は存在する。


 1つは校舎内の壁や床の状態。触れた時の感触がおかしなことはあるが、それらは目に見える位置にきちんとあり、触ろうと思って擦り抜けたということは1回もない。身体を寄りかければ受け止めるし、教室と廊下の間にある扉や窓などは動かそうと思えば動く。


 同様に、見えないだけでそこにある物体も押せばキチンと反作用を受ける。一部だけ見えなくなっている机や椅子などに注意していけば怪我はしない。階段も手すりを握りながら一段ずつ下りていけば、踏み外すといったことにはならないのだ。


 全ての感覚が狂っていれば、一歩も動けなかったかもしれない。


(けれど、いちいち全部に触れて調べていたら時間がかかる)


 信用していい感覚の一部を把握したあと、私はそれを活かしてケイスケさんを探す。


(確かアーノルドさんはケイスケさんのことを、教室内で横になった状態って言っていた)


 意識がないとも説明していたので、倒れているに近い状態だろう。だとすれば探すべきところは教室内の床へと絞られる。私は幻覚の中で、この階にある全ての教室の床を探した。その間も何度もやってくる様々な幻覚。それぞれが五感に訴えかけてきて酷く精神に負荷がかかるが、中でもとびきりキツいのは臭いだった。


 魚の腐ったような臭いに満ちた空間。空気を清浄にする魔法を使おうと消えない臭い。例え使ったとしても幻覚によってもたらされているので消えるわけがなく、今の私に耐える以外の選択肢はない。


「うっ————!」


 だけど不快な臭いに耐え続けていれば、当然吐き気も出てきてしまうもの。途中で限界が来た私は込み上げてくる吐き気に膝を折って、その場で壁にもたれかかって吐いてしまった。嗅覚が惑わされているせいか吐瀉物の臭いを感じられないのは幸いなのか、ここに満ちている臭いをかき消すことも出来ない不幸なのか、分からない。

 ただ、吐いたのと同時に身体から元気が減っていくのを感じていた。


(この階にはいない……)


 それでもなんとか探し終えた私は、臭いから逃れるように3階を離れ、2階へと下りる。2階へ来た途端しつこく漂っていた悪臭はふっと消えていき、やまない耳鳴りとおかしな触覚も治まり、視界は目のある位置へ戻っていった。


(ステージ制……みたいなやつかな)


 向こうはゲームと言っていたので、階ごとに現れる幻覚へ特徴をつけている可能性はある。さっきまでいた3階が五感ほぼ全部に働くオールスターな幻覚の階だとすれば、この2階は一体なんだろう。躊躇しながらも足を踏み出すと、その効果はすぐに分かった。思った方向に体が動かないのである。


 前に踏み出そうとしたら何故か後ろへ下がる。腕を壁の方へと伸ばそうとしたら、反対側の脇腹を押さえるように動いた。何一つまともに動かない。ならばと逆に動かせば、今度はすんなり望んだ方に動いたり動かなかったりでまるで法則性などなく、そのせいで廊下へ進もうとしても階段のある踊り場から全然行けなかった。


(このままだと埒が開かない……)


 まさか近づけないような幻覚が存在するとは思わなかった私。アーノルドの発言を信用するならここへ進むにも何かしらの対処法があると思うが、時間も惜しい。2階を調べるのは後回しにして、1階を探しながら考えることにする。


 1階にはどんな幻覚が待っているのか。階段の方から廊下を覗いて確認する。廊下には何も見えない。臭いも普通で、壁や床を触ってもよく知る感触が伝わるだけ。身体の動作にも支障はなく、視界だって反転したり傾いていない。


 幻覚はどこに? そう思いながら教室の中を覗けばそこには、真っ黒に塗り潰された人のようなものがいた。


(今度は分かりやすい幻覚だった)


 イメージ通りと言っていいのか迷うが、幻覚症状として定番の見えないものが見えるやつであったことに、内心ちょっと安心してしまう。私は中に立っている黒塗りの影みたいな人を避けつつ、最初の教室の床を調べ始めた時、


「————悪いな。今月も帰るのが遅くなりそうだ」


 聞き覚えのある声が幻影からした。その声を聞いた私は思わず振り向いてしまう。


「この声、お父さん……?」

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