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国立魔法研究機関

 私の国には魔法を研究するためだけの機関がある。その名も文字通りなやつが、国立として一つ。

 魔法の実用化から早くも30年近く経ち、魔法具が広まってなお魔法の研究は殆ど進んでない。それは世界的に見ても同じ傾向だ。原因は二つ。


 一つは世界中で観測されるようになった魔力の原理解明が進んでいないこと。今までの培ってきた科学的手法によって検証を積み重ねているが、魔力は非常に特殊な物質でありその振る舞いや相互作用の一切が解き明かされきっていない。

 「魔力とは未だ人類の目に見つかっていなかったダークマターのことである」と誰かが言っていた気がするが、確かにその二つは似たようなものなのかも。実用化されている魔法の中には「どうしてこうなっているかは分からないけど、こうすると動くよ!」ってレベルのものが平気で混じっているので、下手な物質より分かっていないことの方が多い。


 で、もう一つの原因は魔力を研究出来るような人が圧倒的に足りないこと。これはそれまでの人達が魔力を幼い頃から使っていなかったために操作精度に劣り、魔法の研究をしようにも魔力のコントロールにおいて不可能な研究事項が多くあったため。

 魔力のコントロールを機械でやろうという試みも存在するけれどどれも上手くいっておらず、現時点では魔法具に使われている魔法紋以上のものを生み出せていない。魔法研究用の機械となると特に顕著で、研究用の機械を研究している段階だという。

 ゆえに今年入ってきたマジックネイティブ世代の魔法士には、何かしら進捗を生み出してくれることを期待されているとか。他人事かって? 他人事です。


「着いたわよ」


 隣を歩いていたサヤが立ち止まって知らせてくれる。

 ほー、でかい。流石は国が用意した建物というべきか。パッと視界には収めきれない広さの敷地に近未来的なデザインの建造物がドンと構えておられる。


「確認しておくけど、ちゃんと魔法服は用意してるわね?」

「してるよ。家を出る前にしっかり確認したもの」

「ならいいわ」


 1級魔法士にはその資格を対外的に見せる方法として、魔法で着脱出来る魔法服がある。

 イラストで見るような架空の魔法使いの衣装に、現実の厳かな場面で使われる式服を足して落ち着いた雰囲気を全面に主張したようなデザイン。色もそれを狙ってか明るい色は殆どなく、服の外側が紺色、内側がワインレッドに基本着色されている。女性の場合はロングスカートがワインレッドになるので見た目では男性よりも少し豊かだ。


 私とサヤがその着脱するための魔法を発動すると、今着ている普通の服を上書きするように魔法服が姿を現していき、あっという間に一般人から魔法士の姿へと変わった。

 魔法研究機関に入れるのは原則として1級魔法士のみに限られている。一般人は当然無理だし、2級以下の魔法士でもお断りされてしまう。いわばこの服はその仕分けをするためのものだ。それ以外でここに入れるのは警備会社の人くらい。


「どうぞお入りください。サヤ様、ツカサ様」


 入ってすぐのところで立っていた人に言われた。顔パスならぬ服パス。

 この服には魔法士ナンバーが付属されているから、敷地に入った時点で照合されていて全部確認済みということなのだろうが、随分と遠慮なく使っているなあ。身分照合に使っている魔法って確か、完全なブラックボックスだったよね? 偶然発見したけどどういう仕組みで照合してるのか全くわからない、けど照合で間違いが起きたことはなしとかいう。


「いずれは解明されていくと思うけど、危なかっしいところは多いわね」


 サヤも同じようなことを考えていたのか、通り過ぎたあとに私にだけ聞こえる声で呟いた。


 建物の中に入るとちょうど気持ち良い温度に調整された室温に包まれる。涼しい〜。


「ツカサ、向こうも来たわよ」


 そしてタイミングを同じくして、サヤがアポイントを取っていたという人が出迎えに来てくれた。


「1級魔法士のサヤさんとツカサさんですね、初めまして。ナオトと言います」


 私とサヤよりも背が高く物腰柔らかそうな男の人はナオトと名乗り、私達に挨拶した。彼も1級魔法士の服を着ていた。


 こちらもナオトさんに軽い自己紹介をしてお互いに挨拶をし終わると、そのまま彼に案内される形で応接室へと向かう。入ると、一人掛けのソファと綺麗な木目模様のあるテーブル、キッチリと整えられている室内に心が静まるような内装が目に入った。


「立ち話もなんですので、どうぞ」

「は、はい」


 促される形で私達は一人掛けのソファに座った。ナオトさんはお茶をコップに注いでテーブルの上に人数分置いてから座る。お、おお。ふかふかだ〜。


「本日は国立魔法研究機関にお越しくださってありがとうございます」

「私達のことを知っているのかしら」

「同じ1級魔法士なんですから、当然でしょう」


 サヤの問いかけにナオトさんはそう答えた。

 1級魔法士といっても私達は大した実績があるわけではないので、わざわざ知っている理由はないと思うが。可能性があるとすれば私達は俗に言う初のマジックネイティブ世代なので、それで注目してのことかな? 何かと目立つのはこの世代の宿命なのだろう。


「挨拶はこのくらいにしましょう。お互い世間話をしに時間を取ったわけじゃないのだから、限られた時は有効に使いたいわ」

「そうですね。二人ともあまり緊張していないようですし、本題に入ってしまいましょうか。確か『魔法の安定・効果・再現と魔力へかける圧力の関係』についてでしたね」

「ええ」


 ナオトさんとサヤの会話を横目で聞いていた私だが、その内容はまあまあ理解するのに時間がかかるかよく分からないと思わされるものだった。


 魔力へかかる圧力を変化させることで魔法の効果が変わるのは、魔力と圧力との間に原子核内の電子と陽子数を増減するような効果があるのか? とか、圧力が加わると魔力内の非分離構造が変形してそれが作用の変化にウンタラカンタラとか。ハッキリ言おう、どういうこっちゃ。


 新魔法の発見にはもともと興味なかったし、そのための勉強も最低限度しかしていない私には、話題に付いていけない。1級魔法士はまだ見ぬ魔法の発見とか出来るように現代魔法理論の習得具合が確認されるんだけど、本当必要な分だけやったからなあ。最先端の話は無理だよ。

 二人の会話を適当に聞き流しつつお茶を飲み、私は空気となった。

 そうして幾許かの時間が過ぎた。


「ふぅ……とりあえず私から聞きたいことはこんなところかしら。ありがとうございますナオトさん、大変有意義な話が出来ました」

「いえいえ、私もサヤさんと話せて良かったです。気になることがあったらまたいつでも仰ってください」

「そうするわね。ツカサ、もういいわよ」


 あ、いいの? 正直このまま帰るのかなって思ってたんだけど。

 二人の様子を交互に見てから「じゃあ……」と持っていたコップを置いて口を開く。


「この内容に書かれてある魔力と圧力の関係についてですけど、例えばですが空間中に魔力圧が高いところと低いところが広く存在していて、そのちょうど接触面に魔法が起きた場合、どういうことが起きますか?」

「ふむ、魔力圧が高いところと低いところの間で起きる現象について、ですか。その条件ですと一般的に魔法は発生しませんね」

「魔法は起こらない、ということですか?」

「はい。魔法は安定した魔力圧、つまり圧力変動の少ない状態において発生します。急激な圧力変化の予想される場所だと魔法は効果を維持出来ず、すぐに消滅するか不安定な状態になって何にせよ消えてしまいます。なので維持出来ないといった方が正しい表現ですが、結果として魔法にまで至らないので起こらないのと同じなのですよ」


 へ〜そういうこと。そしてすぐに消えてしまう、か。


「物体は不安定な状態から安定した状態へ収まるものというのはご存知かと思いますが、魔力にとって不安定な状態というのは魔力圧が変わらない状態であり、それが変わらないと魔力自身がそれを変動させようとする作用を増幅させ、圧力を変える働きが強まります。そして圧力が変動すると魔力の変動作用は急激に収まっていってまた暫く安定し、それが続くとまた不安定になって……を繰り返すのです」

「普通の現象とはまるで逆ですね」


 波風が立たない状態が私達が認識するところの「安定した状態」であるのに対し、魔力から見た「安定した状態」は風が吹き荒んで波も大荒れの状態だということだ。あべこべのような話に頭の中が混乱しそうになるが、なるほど。言わんとしていることは概ね理解した。


「ちなみにですけど、空気中の魔力は常にその安定した状態……魔力圧が変動し続けている状態にあるんですか?」

「不安定化は魔法の発生を誘因することになりますから、意図的に起こそうとしない限りまず起こらない現在、魔力圧は世界中で常に変動していると逆説的に言えますね」


 となると、大規模な魔法はまず起こらない……あの本に書かれてあった魔力嵐は、高魔帯と低魔帯の衝突で発達が促されるとあったが、もしナオトさんの話が事実なら、そんなものが発生する可能性は低いということを意味する。

 そもそも、異世界災害収集録という題名からして、あの本に書かれてある現象はこことは違う世界で知った災害を収集しているのでは? だとしたら所詮違う世界の話。どんなに恐ろしい災害が書かれてあったとしても、それが他の世界でも同様だなんてことない。何かしら条件が違って発動しないというのは十分にあり得る話だ。


 なんだ……ずっと胸騒ぎがなくならなかったけど、結局は私の心配し過ぎだったんだ。は〜〜そう思うと気持ちが楽になったかも。


「ありがとうございます。お陰で今日はぐっすり眠れそうです」


 私はナオトさんにお礼を言った。私とサヤは立ち上がる。


「こちらも中々面白い話を聞けました。お二人はやはり優秀な魔法士ですね。どうですか? もし良かったらここへ就職してもらうというのは。そのつもりがあれば勤め先との交渉人を用意しますが」

「有り難い申し出だけど、私は私で今の場所を選んだ理由があるの。それがなくなったり薄れたりしない限りは動くつもりはないから、辞退しておくわ」

「私も辞退しておきます……」


 魔法の研究に関してはあまり興味がないし、生活に不満がないわけじゃないけど多分ここに来たって期待される働きは出来ないと思う。

 二人に辞退されたナオトさんは仕方ないと割り切ったような顔をした。その後、私達を建物の入り口まで案内してくれるナオトさんだが。


「時にですが、サヤさんとツカサさんは俗にいうマジックネイティブの方ですよね」

「はい」

「ええ、そうね」


 おや、ここへ来てその話題を出してくるのか。とっくに気付いていると思ったし話し出せそうなタイミングは過ぎたと思っていたので、予想外かも。


「私が魔法に触れるようになったのは小学の頃なので、魔力の扱いを覚え始めたのもその頃になります。お二人ほどではありませんが、私も魔力の扱いは上手いほうですよ」

「1級魔法士ですからね。下手な人はなれないわ」

「ははは。それでまあ、世の中の多くの人ほどではありませんけど、マジックネイティブ世代について、もし会えたらどうしても聞きたいことがあったんです」

「えっと、なんでしょうか? 私でも答えられることなら……」


 ナオトさんにそう返事した後、彼は立ち止まってこちらへ振り返った。私とサヤも立ち止まってナオトさんが何を言うのかを待つ。


「生まれた時から魔力を扱っているマジックネイティブ。魔力の扱いばかりが見られがちですが、別の科学者の実験によると、魔力のコントロールだけがこの世代の特徴ではないというんです」


 魔力以外にもマジックネイティブ世代には特徴がある?

 一体どういうものかと私は構えた。


「実験内容はマジックネイティブの子供数人を二つのグループに分け、半年かけて同年代と同じ勉強をするというものです。ただし、Aのグループでは通常の小学生1年分のカリキュラムを行い、Bのグループでは小学生3年分カリキュラムを行った」

「結果、どうなったの?」


 サヤが続きを促すと、ナオトさんは語る。


「Aのグループは1年分のカリキュラムを学習して見せました。そして、Bのグループは——3年分のカリキュラムを学習してみせたのです。学習に失敗した子はゼロ。これはそれまでの普通では考えられない結果です」


 実験には続きがある、とナオトさんは語る。

 その後、二つのグループの子をまとめどこまでの学習が同じ期間のうちに可能か調べた。比較対象はAとBのグループ間ではなく、これまでの学校教育でやるカリキュラムの内容だ。小学校の教育内容はまだ中学で学ぶ内容よりは簡単だし、これだけでは結果として報告するのもどうかと科学者は考えたらしい。

 恐らくは中学のカリキュラムでつまづくと予想され、実験は第二段階へ移行。しかし、やる気の有無や理解力の違いによる学習速度の差こそ出てきたが、大体の子は検証側が驚くほどの学習能力を示した。


 最終的にグループの子達は、最低でも中学2年になる頃に高校3年まで、人によってはそれ以上の範囲まで進んだ内容を学習してテストを合格したという。


「お二人にもそういう経験はございませんか? 学校の授業なんて簡単についていける、覚えられないことなんてあまりなかったという経験が」


 ナオトさんは今一度問いかけるように、私達へ向けて言った。

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