午後の遊び
太陽が落ちてはまた昇り、後日のこと。
私は自分が思っている以上に、年下の子に弱いのかもしれない。
午前中にイグノーツと一緒に狩りから戻ってきた後、全く使っていない北棟の方まで来て、物探しの魔法で校舎内に私以外に人がいないことを確認する。そして教室内で持ってきた本を取り出し、ツェレンを呼んだ。
「ツェレンちゃん、出てきて良いよ」
声に応えて本が開かれると、真っ白なページに、コンピューターのログのような文章が次々と走っては古い方から消えていく。そして最後の文章が浮かんだ。
“ツェレンティーナ・ネ・ベリゴルドの意識を実体化。最適な空間の割り出し完了”
教室の入り口の方へ現れた魔法紋。それはその場所を上下に移動して、通過した部分からツェレンの姿が出てくる。
(イグノーツが出てきた時とは違う…………具現化の魔法? じゃないよね。ツェレンちゃんは知らなかったし、別の魔法かな)
実体化される様子をまじまじと見ていた私。
そうやってボーッと見ている間に実体化が終わり、ツェレンが赤い瞳を開く。
「ツカサお姉ちゃん。ここどこ?」
「学校の中だよ」
「学校……ここが学校なんだ。初めて見た」
キョロキョロと周囲を見た後、ツェレンは机や椅子に黒板、窓ガラスなど床以外のあちこちをペタペタと触って回った。自分のいた世界とは違う世界の学校だけあり、見るもの全てが珍しいのだろうか。微笑ましいのでそのまま暫く好きにさせていたら、手にチョークとその粉を付着させて戻ってきた。
「お姉ちゃん、これ触ったら手に何かついた」
「それはチョークだからね。黒板に書くための道具だよ」
チョークというものを初めて見たのか、使い方が気になるような目を向けてくる。ちょうどすぐそこに黒板もあることだし、何か書いてあげようか……いや、こんなに興味がありそうなら、ツェレンにも何か書いてもらおうかな?
うん、そうしよう。今日最初の遊びは、チョークで黒板にお絵描きに決定。早速ツェレンへ提案しよう。
「一緒にこれで黒板にお絵描きしてみない?」
「いいの? やる!」
非常に乗り気な返事をくれた。
「よっし。なら折角だしお題を決めようか……お題は『自分の世界の物』で行こう」
「自分の世界の物なら、なんでもいいの?」
「ツェレンちゃんが自分の世界で知っているものなら、なんでもいいよ」
そうしてお互いに黒板の左右を使い、絵を描き始める。
さーて何を描こうか。美術の成績は可もなく不可もない程度のものだったから、複雑なものは描ける自信がないけど、デッサンで描いたレベルのものなら何とか描けるはず。
どうせならツェレンの世界にはなさそうな物を描いて興味を持ってもらいたい。何かあったかなあ。
ペットボトル……はなさそうだけど、地味だし、それ以前にあの光の屈折って難しそう。
風車……は動いている様子を見せた方が絶対楽しい気がするし普通に知っているかも。
(そもそもこっちで飛行機と電車を見ているんだっけ)
もういいや。私でも描けそうでツェレンにもウケが良さそうな、ポ◯モンに出てくる黄色いアイツを描くか。
描くものが決まってピ◯チュウの描画に取り掛かる私。様子を見るためチラッとツェレンの方を確認すると、妙に線の多い、自然的なものを描いている。
(木かな?)
このままだと私が早々に書き終えて手持ち無沙汰になってしまいそうなので、ピ◯チュウの横にも追加でポ◯モンを描くことに。でもピ◯チュウと一緒に描くなら何がいいか悩む。ツェレンの描く早さ的に追加で描けそうなのはあと2〜3体分。
(いっそもうサ◯シを描けば……いやでも私、人を描くの得意じゃないし、もう増やそっかな)
あれこれ考えた末に違うポージングのピ◯チュウを追加で描くことで決着し、その間にツェレンが絵を描き終わってお絵描きは完了した。
「ねえねえお姉ちゃん、それ何?」
「私の国に伝わる不思議な生き物で、ピ◯チュウっていうの」
「かわいい……」
ツェレンはピ◯チュウの絵に釘付けになる。狙い通りに行って良かった。
本当はアニメで動いているところや声を出しているところを聞かせてあげたいが、残念なことにそれは理由があって出来ない。
「ツェレンちゃんが描いたそれは何?」
とても立派で、悠久の時を過ごしていそうな大木の絵。ツェレンの描いた絵の方を見ながら尋ねると、
「あれはね、世界樹って言うの。私の世界の真ん中にあるとっても大きな木で、小さな女神さまが住んでいるところ」
そうツェレンは答え、世界樹の絵の方に小走りする。そして幹にあたる場所の真ん中を指差した。
「ここに女神さまがいるんだよ。一度だけど私、会ったことあるの」
私はツェレンの言葉を聞きながら、その指差す先を見続ける。
神さまって本当にいるんだ……。
正直、神というものを語る人がいたらそれは詐欺師か、どこかの宗教の信徒と思うのが私の思考だが、異世界だもんね。実際に神さまと会ったって人もいるよね。うん、おかしくない。
ツェレンからさらに深く聞いてみると、女神様というのはパルヴァデアを支えている唯一の神であるようだ。昼と夜、潮の満ち引き、命の風を司り、それらを操っている。命の風というのは、私達の世界でいうところの空気……大気のことを指しているらしい。加えて、女神にはそれらを象徴するような特徴があるという。
昼を意味する金色の髪と、夜を意味する深い青の瞳。髪の長さは一定ではなく、潮の満ち引きと共に長くなったり短くなったりを繰り返し、腰から下にまで届く時もあれば、肩にかかる程度まで縮むこともある。彼女が吹く息には生命の活力を取り戻す力がこもっており、息を吹きかけられた命は寿命が伸び、健やかに生き続けられると言われているなど。
(最後のそれが本当なら、その女神さまに会いたい人はこっちでも多くいるだろうなあ)
誰が言い出したか、不老不死は人類の夢。
不老不死とまで行かずとも不老長寿を望んだり、老いと死を人は遠ざけたがるもの。それを恐れたのは、歴史上に名が残る人物でも同じだ。有名どころでは秦の始皇帝だろう。
「ツェレンちゃんは、どうして女神さまと会ったの?」
「お母さんとお父さんが、女神さまに会わせて欲しいって頼んだから。私に息を吹きかけてほしいって」
「……そうなんだ」
今のが本当のことだとすれば、ツェレンの両親も自他の違いはあれ、娘の健やかな未来を願い、神頼みしたと思われる。
(これ以上は聞けないかな)
ただし目の前にいるツェレンは私の弟より幼い、小学高学年くらいの見た目で、言動も相応のもの。異世界災害収集録に保存されている意識、その姿が死ぬ以前の姿だとするならツェレンは多分……あまり考えたくないけど、両親の願いは叶わなかったのかもしれない。
「そろそろ次の遊びを考えよっか。ツェレンちゃんは何がしたい?」
「じゃあ次は——」
ツェレンが悲しくなる前に話題を切り替え、私達の遊びは続く。
*
凡そ同時刻ごろの体育館。段ボールの壁で区切られたスペースの1つ。
そこでは3人が集まってクイズをしている。
「では問題。次のうち『背に腹は代えられない』の正しい使い方の例を答えなさい。1:嫌なアイツを頼る羽目になったが、背に腹はかえられない。2:このままだと制限時間までにゴールへ間に合わない。背に腹はかえられぬから、ここは近道を使う。3:心臓を刺してやったのですぐに治療しなければ助からないぞ。背に腹はかえられぬだろう。今すぐこの場を退いて病院へいくことだ」
やる気のいまいち感じられない声で問題を出しているのは、パイプ椅子に腰掛けた状態のサヤ。
「1から3全てですね」
向かい合う位置でパイプ椅子に座ったイグノーツがそれに答える。サヤは目も合わせることなく「正解」と雑対応する。
すると二人の横でパイプ椅子に座り見ていたケイスケが、「いやいや」と待ったをかけた。
「待ってくれ、なんで全部正解なんだ? こういうのって普通間違いを用意してあるものだろう? あと最後の例はどういう状況なんだ?」
「ことわざの誤用バージョンを咄嗟に思いつける人なんてそういないわよ。3は勢いで考えたから私にも分からないわ。大体、心臓を刺した相手にその場で丁寧に報告する奴とかこの世にいると思う? 点Pの動きを観測している暇人くらい意味不明な存在よ」
「それは同列に語られるべき相手じゃないと思うぞ、サヤ」
兄に注意を受けながらも、雑な対応を直そうとする気は妹に見られない。
なんでこんなことをやっているんだろう。そういう表情で天井を見上げ、サヤは言葉を受け流している。
「私がなんでこんなことを……」
「それはまあ、皆さんの気遣いというやつでしょう。サヤさんに少しでも心を休めて欲しいから、こうやって暇を出しているのです」
ぼやいているサヤにイグノーツが理由を述べた。魔物との遭遇により1名の死者を出して以降、表面上以前と変わらぬ様子でいる彼女だが、傍目にはそれが無理をしているように見えなくもない。心の中で本当はどう感じているかなど魔法士でない者に確かめる術はなく、平気だと考える者もいれば、そうではないと思う者もいて、結果として折衷案として休みをもらう頻度が増えていた。
断ってもやんわりと拒否され、サヤ自身に身体を治癒されている老人にまで気遣われ始めたことで抵抗は無駄と判断したのか、大人しく休憩してはいる。だが暇になると余計なことを考えてしまうのも人間の性。
そうしていたところ、休んでいるサヤの元へイグノーツが訪れ、クイズをしてくれないかとお願いし、現在に至る。至るが。
サヤは首を動かし、彼の微笑んでいる顔を視界に入れると、無性に腹が立ったのか顰めた顔をする。
「私には魔法を教えてくれないのかしら?」
ツカサがイグノーツから教わったという魔法。どうせ暇にしている時間が出来るなら、それを教えてもらって有効活用した方がいいと考える。ゆえにこんなクイズをしているくらいなら、それを教えてくれないかと聞くサヤだが、
「私から教えることではないですね」
イグノーツは真っ向からそれを、笑顔で断った。少しだけ空気が張り詰める。
「……貴方、いつも微笑んでいるわよね。疲れないの?」
「いいえ全然。ちなみに私が仮面を被っているように見えますか?」
人は多かれ少なかれ仮面を被っている。仮面とは、本心をひた隠しにしてその場その場に応じて都合の良い顔を表に出す技術。人間が集団生活に適応する過程で自然と身につけるもの。
サヤから見たイグノーツは、常に微笑んでいて顔色が全くというほど変わらない人。ゆえに仮面を被っているように見えると判断していた。イグノーツはサヤが聞いていることの真意を見抜き、声色も表情も変えることなく聞き返すと、
「……見えるわね」
「その通りです」
サヤに言われた後、あっさり認め返した。予想外の返事だったのか表情が固まる彼女に、クスッと笑うイグノーツ。
二人の会話に混ざれずにいるケイスケは、とりあえず空気を読んで、会話の流れを見守ることにした。
「私が仮面を被っていると、サヤさんに不都合でもありますか?」
「あると言ったら、その仮面を取ってくれるの?」
「そうなると、私にとって不都合になりますので」
出来ないという旨を伝える彼は、楽しそうに声色を変える。そしてチラッとサヤの方を見遣った。
サヤは気に食わないといった顔を見せるものの、ある意味正直ともいえるその返事に困っている様子でもあり、一度ため息をつく。
「どうしました?」
「胡散臭すぎて困るのよ……」
「ふむ。そんなに臭いますかね」
「…………」
とぼけるなという視線をサヤが送ると、イグノーツは両手を上げて「ははは」と笑う。
「サヤさんは私が胡散臭いと何か心配になることでもあるのでしょうか。ああ、もしかしてツカサさんのことで? だったら心配いりませんよ。私は彼女のことを大切にしております」
「信用出来る要素が見当たらないわ。口だけじゃなくて行動で示してくれないかしら」
「手厳しいですね。大事に至る前に色々と学ばせはしましたが、それを含めても彼女には私なりに良い影響を与えているつもりなのですけれど……」
イグノーツはツカサに対し魔法を教えている。加えてそれを扱うのに必要な知識も教えており、魔物との戦いではそれが十全に活かされていた。結果としてその行為はツカサに出来ることを増やし、彼女へ少しなりとて自信をつけさせている。
そういう理由から、“信用出来る要素が見当たらない”という部分に事実で反論した彼だったが、
「行動で示せというのであれば、このような言葉に意味はない。今までの行い含め信用されていないのなら尚のことと……」
「どこへ行くつもり?」
椅子から立ち上がり、その場を去ろうとするイグノーツにサヤが問う。
「ツカサさんの姿が見当たらないので、探しに向かおうかと」
「そういえば見かけないね。どこに行ったんだろ」
少し前までの記憶を思い出し、体育館内でツカサの姿を見かけなかったことに気付いたケイスケも立ち上がる。サヤは自分のスペースにいるのではと考えるが、探しに行くとイグノーツが言ったことで考え込む。
「学校からは出ていないと思うけど、一応見に行ってくれる?」
そしてイグノーツが去って見えなくなったのを見計らうと、ケイスケに向けて頼んだ。
「え、俺がか?」
「出来ない理由でもあるの? 第一、兄さんだって気にならない訳じゃないでしょ。ここに留まっても私の愚痴を聞くだけよ。ほら、とっとと行った」
しっしと手のひらで兄を追い出す。何か言いたそうにしていたケイスケだが、それを言わせる前にサヤが追い出した。1人だけになり、サヤは冷静に自分を見つめ直す。
「なんでこんなことをしているのかしら、私……」
そうして、自分の行動に呆れて頭を傾けるのだった。




