本の中の少女
「ここは……また本の中?」
気付いたらあの白い空間にいた。最近行くことも増えここはこういうものだと慣れ始めてきたあの場所。
私、寝たんじゃなかったっけ。夢でも見ているのかな。横になってそのまま眠ってしまったはずなのに。何故ここにいるのだろう。そう思った時に幼い少女の声がした。
「そうだよ」
瞬きした瞬間に現れる少女の姿。いきなり現れて驚いた私は、反射的に後退る。
「会うのは2回目だね。お姉ちゃん」
「え? あ……」
その姿を見て私は気付く。
こちらを見上げる少女の瞳は赤い色をしていて、薄暗くて曖昧だった髪は、汚れのない金と同じ色に映る。
「もしかして、あの時の子?」
私はすぐに、目の前の子がO系魔力の助言をくれた子だと理解した。問いに対し少女は表情を変えず、けれど少しだけ視線を横へズラした。頬がほんのりと赤みを帯びている。
「えっと、思ったより早くまた会えたね」
「……1人でずっといると暇になるから、会いたくなったの」
「私に?」
「うん。お姉ちゃんに。とりあえず、私の部屋に来て」
急な展開に殆ど理解が追いついていないのだが、とりあえず少女の言う部屋に案内される。全てが真っ白で物らしい物が何もない、殺風景な空間だった。先程までいた空間とは、空間の広さと天井以外に違いはない。
「とりあえず、ここに座ろ」
「あ、ありがとね。失礼しまーす……」
少女に指差された床の一部が盛り上がって椅子になったので、座った。私が座ると少女も前方に椅子を出して、向かい合う形で座る。何もない真っ白な部屋に白い椅子が2つと、そこに座っている2人の人。
お互いに座ったまではいいが、何を言えばいいのか分からず無言になってしまう私。対する少女はリラックスした様子で、うーんと何かを考えている。
「なんだか物が、足りていない気がする……何が足りないんだろう。お姉ちゃん、分かる?」
「え? えーっと……机じゃないかなあ?」
「机……あ」
少女はハッとした顔を浮かべると、私と自身の間に指を向ける。すると平面であった床が盛り上がり、粘土のようにグニャグニャと形を変えながら、一本脚の丸いテーブルが出来上がった。
これで良いかな、と少女は自分で確認し、納得した風になると私の方へ顔を上げ直した。
「ごめんねお姉ちゃん、急に呼んじゃって。いきなり眠くなって驚かなかった?」
「急な眠気だとは思ったけど……貴方がここへ呼ぼうとしたから、そうなったってことかな?」
「うん。起きたままここに入ると、意識? がこんがらがっちゃうから。それが2つ以上出来ると危ないって」
「なるほどね……」
質問に対し少女は答え、眠ったはずの私は自分がここにいる理由を知る。
そういえば前に、意識を本の方で処理することが出来る的なこと書いてあったっけ。現実の私が寝ている状態なら脳の活動は当然睡眠時のものだろうし、やっぱ意図的に意識を切り離しているんだろうなあ。
イグノーツ関連のことは常識が役立たずになるからもう今更驚いたりはしない。けど本当、どうやってそんなことしているんだろ。
「えっと……何しよう。お姉ちゃん」
困った風に聞かれたが、別に準備して来た訳ではないので私も困る。
会いたくなったはいいがやることは決めていなかったらしく、少女は首を傾げた。
「やりたいことがあって呼んだ……とかじゃないの?」
「1人だと暇だったから、呼んだの。……ダメ?」
「あー」
見た感じ子供だし、これくらいの理由で行動するのが普通なのかも。私がこれくらいの頃ってどんな理由で友達と会ってたっけ……あんまり覚えていないなあ。友達の家に行ったり公園とか行ったのは覚えてるけど、きっと適当な理由で言ったんだろうなあくらいにしか気持ちが残っていない。
「とりあえず自己紹介から始めよっか。私、貴方のことよく知らないから、まずはそれを知りたいかな」
「あ……そうだった。ごめんなさい、私の名前はツェレンティーナです」
ツェ、ツェレンティーナ……慣れない発音で噛みそうだけど、噛まないように気をつけよう。
頭の中で発音に注意しながら、少女の名前を覚える。
「『ちゃん』付けと『さん』付け、どっちが良い?」
「ちゃんでいいよ。私もお姉ちゃんって呼んでるし」
お姉さんだったら『さん』付け要求になったのかなと、もしものことを考える。お姉ちゃん呼びは弟がしてくれるのでお姉さん呼びしてもらうのも悪い気はしないのだけど、同じ『ちゃん』付けで呼び合うというのも、それはそれで良い……。
「分かった。じゃあよろしく、ツェレンティーナちゃん。私はツカサだよ」
「よろしくお願いします、ツカサお姉ちゃん。それと、私の名前って長いから短くして呼んでいいよ」
み、短く? どうやってやればいいんだろう? 確か外国人名には省略名っていうものがあるらしいけど、そんな感じにやればいいかな。アルフレッドの省略名がアルとかフレッドで、エドワードがエド、みたいな感じだったと思う。
この場合ツェレンティーナの省略名は……ツェレンかな?
「他の人は、ツェレンとかツェレニとか、ツェレニーナって呼んでる」
「それなら私は……ツェレンちゃんって呼ぼうかな」
「ツカサお姉ちゃんがそれで良いなら、私は全然いいよ」
こうして私は少女のことを、ツェレンと呼ぶようになった。
ツェレンは表情を変えない子らしく、喜怒哀楽どのような感情を抱いているのか、表面からは掴みにくい。ただ、全くの無表情という訳ではない。無意識下に出るものはコントロール出来ていないようで、注意深く見れば顔の動きにそれが表れている。
今の感情は、顔をやや横にズラして頬が少し明るくなっているため、恐らく『照れ』だ。
「私は、お姉ちゃんがいる世界とは別の世界、こことは違う場所にいたの。えっと……E系世界で、『パルヴァデア』って皆は呼んでた」
自己紹介を終えたツェレンは、自分のことを知りたいという私に話し始めてくれた。ところどころ「なんだっけ……」みたいに考え出し話が止まることもあるが、横に出現させた枠内から必要な情報を都度確認し、教えてくれている。
ちなみに私の方からだとツェレンの見ている枠に表示されている文字が見えるが、全く見たことのない文字に見える。異世界の言葉というやつなのか、それとも私が知らないだけなのか。気になるが今はツェレンの話に耳を傾けよう。でもその前に気になる単語が出たので質問する。
「E系世界っていうのは、何?」
「E系魔力が多い世界のこと。えっと……どこの世界にも、ここみたいに魔力があるの。だけど世界によって魔力の比率? ってのが色々違っていて、その世界で一番多く見られた魔力から、M系、E系、A系に分けている……だって」
「私のいるここだと、何になるの?」
「M系世界になるみたい」
つまりM系魔力の多い世界か。そういえば災害の説明を見た時に何度かM系魔力の文字を見ていた気がする。あれはそういう意味だったんだと今更ながら納得する。
「お姉ちゃんは、M系魔力とかE系魔力の違いって知っている?」
「ううん、知らない。そういうのって向こうでは当たり前に知られているの?」
「当たり前……じゃないと思う。お母さんやお父さんは知らなかった気がする。知っていたのは、ザガムおじさんにガラクお爺ちゃん、エステルお婆姉ちゃん、シームルお姉ちゃん、マリアお姉さん、アーノルドさん、コリョウさん、ラシェルお姉ちゃんに……」
「ちょ、ちょっとストップ!!」
待った待った待った! そんな沢山の名前いっぺんに出されても覚えられないって!
ていうか結構知り合いの人の年上率が高そう! それ全部親戚さんだったりするの? そうじゃなかったら私不安になるよ?
「い、今名前を上げた人達は、ツェレンちゃんの何なの? 家族?」
「うん。今言った人達は、私のもう1つの家族なの」
どうしよう。念のために聞いたら想定外の答えが返ってきてしまった。
もう1つの家族って何? そういうことが当たり前の世界だったの? ツェレンちゃんのいた世界って。
私、ツェレンちゃんの家庭内環境が凄く不安になって来たよ……!
「お姉ちゃん、大丈夫? 具合悪いの?」
「だ、大丈夫だよ……それより、ツェレンちゃんから見てもう1つの家族って、どんな感じ? 仲良し?」
「苦手な人とか怖い人もいるけど、仲良しだよ」
「そっか……ツェレンちゃんは、その家族が好き?」
「うん」
首を縦に振ってまで肯定するか……。
まあ、いいよ。仲良しってことは多分悪い家族じゃないんだよね。
そう信じるしかない。だって確認しようがないから。
ツェレンがイグノーツと同じ複製意識だとすると、本当のツェレンはもうこの世にいない可能性もある。もしかしたら生きている可能性もなくはないが、だからどうしただ。別の世界に行く方法があるわけでもなし。
それもあって、この質問にはそこまで大きな意味はない。ただ私が知りたかったという、それだけの理由しかない。
「それでお姉ちゃん、魔力の違いについてだけど……あんまり上手には言えないかも。私もちゃんと分かっている自信、ないの」
「気にしないで。私も正直違いとか全く知らないし、ツェレンちゃんに分かる範囲だけでいいから」
「うん……分かった」
ツェレンは自信なさげに頷きつつも、精一杯私に伝えられるよう言葉を選び、頑張って教えようとする。
「まずね、魔力は大きく分けてM系、E系、A系の3つに分かれているの」
教えるツェレンの後ろにまた別の枠が現れて、それに3つの単語が日本語で書かれていく。
「上から順番に、M系魔力、E系魔力、A系魔力って言って、みんな同じ魔力なんだけど、マナが色んな世界で一番多めにある魔力。それでマナの次によくあるのがエーテルで、あまりない世界が多いのが、アストラル。マナは使いやすくて“便利な子”で、エーテルはちょっと使いにくいけど、使えると“すごい子”で、アストラルが“ダメな子”」
「だ、ダメな子なんだ……」
「えっとね……この世界の物に扱いやすさを例えたのによると、M系魔力は銅や錫、E系魔力は鉄、A系魔力は……ガスみたいなの、らしいの。だからそれで言うとダメな子になるんだって」
「そういう関係なんだ……」
銅に錫、それに鉄……なんとなく青銅器と鉄器が思い浮かぶ組み合わせ。
銅や錫というと青銅器に使うものだし、鉄は青銅に比べれば加工難易度が高い。理由は確か、鉄の方が融点高いからだったか。ガスを人類が使いこなすのはそれらに比べれば相当後になるから、そういうことかな。
けれどなんだか、この例えを作った人はこっちのことに妙に詳しい気が……あ、そういえばイグノーツが言ってたっけ。何十年も前から日本にこの本があったって。じゃあその時に色々と知ったのかもしれない。
「それでツェレンちゃんの世界に一番多いのがE系魔力なんだよね」
「うん。E系魔力は使いにくい代わりに安定していて、それで魔法を起こすとM系魔力より強い効果が出るんだって。私の世界のパルヴァデア? はそのお陰で、小さいけど壊れにくいみたいなの」
ところどころ自分でも単語の意味がよく分かってなさそうに言うツェレンだったが、なんとか頑張っている様子。幼いなりに上手くやろうとしている姿に、微笑ましさを感じてくる。
「小さいけど壊れにくい……?」
「私のいた世界、他の世界より小さいんだって」
その言葉に私は耳を疑った。
もしかして世界そのものの大きさのことを言ってる?
「ツェレンちゃんの世界って、凄く科学が発展してたりするの?」
「え? ううん、そんなことないよ。ツカサお姉ちゃんの世界にあるような高い建物とかないし、これとかこれみたいな変わった乗り物もない」
ツェレンはビルやマンション、飛行機や電車の映像を枠内に表示させ、そう言った。
「じゃあ、すごく魔法が発展してたりとか……」
「魔法は普通くらいだと思う」
「普通……?」
それは私の知っている普通なのか、私の知らない基準の普通なのか。イグノーツのせいで疑心暗鬼になり出している私は、異世界人の『普通』を疑う癖がつき始めていた。
なぜ世界の大きさなんて知っているのか、どうやって知ったのかを一度聞いてみたいところではあったものの、今まで説明を頑張っていたツェレンもとうとう説明に困る領域に入ったらしく、これ以上困らせることも出来ないとこの話はここまでとする。
「ごめんなさい……」
「いいのいいの。気にしないで」
それでもツェレンが頑張って説明しようと試み、世界の大きさを測ったという人がアーノルドさんという、ツェレンの『もう1つの家族』にいる人だったことが分かった。
(何者だよアーノルドさん)
私は内心でそうぶち撒けた。




