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失われていくもの

 こうして、私にとって初めてとなる魔物との戦いが終わった。振り返って見れば「なんとか倒せた」という内容のものであったし綱渡りの連続だったけれど、なんであれ私は無事である。サヤを助けることは出来たし、ホッと胸を撫で下ろした。


『お疲れ様です。魔物の初討伐、それに戦闘経験なしの一般人が1人で行った初戦闘としては、及第点以上のものを見せてもらいました』

『正直死ぬかと思った……出来ればもう懲り懲りだよ』

『嫌だと言ってなくなる自然災害はありませんよ』


 こんな時に淡々と正論を言うイグノーツは空気が読めていないのか、読んだ上でズレた答えを言っているのか。どっちにしろイグノーツらしい言動に私は冷めた感情を魔法越しに送る。


『こんな感情を受け取っても困るんですがね。期待する相手を間違えておいででは?』

『そうだね、多分私が間違っているんだろうね。でも生まれちゃった気持ちはしょうがないからあげるよ』

『こんな気持ち頂いても処分に困……っと、シェルターの魔法が解除されましたよ』


 処分に困るとか言いかけたことは覚えておいて、後でサヤに伝えよう。

 一先ずシェルターの魔法で退避していたサヤ達の方へ向かうと、サヤは他の人達と共にちゃんと逃げていたようで、5〜6人が集まって一箇所にいるのが見えた。


「サヤ!」

「ツカサ……っ!?」


 私が戻ってくるとサヤはこちらを向いて、何故かギョッとした様子になる。


「ツカサ! 貴方血だらけじゃない!」

「え? あ……」


 そう言われて私は今の自分がどういう見た目をしているか気付いた。トドメのあれをやる時に魔物の側にいたから全身に血を浴びていたし、一度顎に挟まれたから唾液がついて……臭い! それにベトベトで汚い! 消臭の魔法と水で洗わないと!


 サヤ達に近づきすぎる前に止まる私。こんな状態の臭いなんて嗅がれたら恥だ。


「これはさっきの大きな鹿を倒したから、その時に返り血を……」

「た、倒したの!? どこか怪我とかしてないわよね?」

「ちょ、近づいたらダメだよサヤ! 臭いとか色々移っちゃう!」


 私の言葉にも構わず傍まで来ると、サヤは本当に大丈夫か自分の目で確かめようとしてきた。


「この辺の凹みはなに? 腰の方に噛まれたみたいな痕があるじゃない!」

「それは実際に噛まれたから……あ、大丈夫だよ! ちゃんと魔法で防いでいたから!」


 その痕もトドメをやる時に出来た跡だ。魔法を確実に当てるために一度噛まれるのが前提だったから。鹿の前歯は下顎にしかないので後ろ側にだけ痕が残ったのだろう。衝撃吸収の魔法とイグノーツがかけた肉体強化の魔法により傷にはあまりならなかった筈だが、それを言う暇がなかったので聞いたサヤが慌てる。


「平気そうだからって安心しちゃダメよ! こういうのは傷口からの感染症とか普通にあるんだから! 急いで全身の治療をしなさい!」

「は、はい!」


 剣幕に押されて頷く私は、イグノーツから聞いた水を出せる魔法を使おうとする。が、発動練習を全然していないため初手でいきなり失敗。代わりに強風が発生した。


 1級魔法士らしくない魔法失敗の光景である。ワンテンポ置いてイグノーツから連絡が。


『雨でも降らせましょうか?』

『濡れるし風邪引くからいい!』


 こうなったらこの風で返り血を……いや、染み付いている分を落とすには風だと力不足過ぎる。水道も止まってるから使えないし、やっぱり学校に戻るまではこれを我慢するしかないのかな……?

 うう、今度は水を出す魔法と臭いを消す魔法を練習しよう。


「——っ!」


 その時サヤが、ハッと思い出したような声を上げて走り出す。直前までこちらを心配していたサヤが急に慌ただしい様子で向かったので、どうしたと思い草むらの中を追いかけると、その理由が見えてきた。


「ロクトさん……」


 そこには草むらの中に転がるロクトさんがあった。強い打撃を胴体受けたのか、胸の辺りが広く窪んで服の上からでも窺える状態だ。傍には先に行ったサヤが座っていて、目や脈などを見て生体反応を確認しているように映る。


「サヤ……ロクトさんは?」

「……やっぱり、死んでいるわ」


 私の問いにサヤは静かに答えた後、俯いたままの姿勢で呟いた。確認のために開いた彼の瞼を、そっと閉じるサヤ。


「この人は馬鹿よ……なんで自分より他人を助けようとするの。知り合ってまだ少しの期間しかない相手に、どうして命まで張ろうとするのよ。あんなことをすれば死ぬなんてこと、分からない筈ないでしょうに……」


 涙声とまではいかないが、サヤの声は沈んでいた。知り合ってまだ一月もない相手だが、だからこそ全くの他人ではない。私も彼とは何度か話をしたことがあるし、手助けをしてもらったこともある。私もロクトさんの死に対し、今更ながらどこか現実感のなさを覚えていた。


(今朝、学校を出た時は元気にしていたのに……)


 数時間前に挨拶を交わしていた相手が、もうこの世にいないのだという事実。それが途方もなく受け入れられなくて、でも心理的な距離はイマイチ深くなくて、私はこの気持ちをどう処理すればいいか分からなくなった。






 私はサヤに聞かれて色々と答えた。自分が使った魔法がイグノーツから教えてもらったものであること。そしてあの巨大な鹿が魔物という、『魔化』によって変化した生物だということ。全てを話すには時間が全然足りなかったが、話の一部を聞いただけでもサヤは理解を示し、同時に悲しそうな顔をする。


「外はもう、人間が普通に出歩いていい場所じゃなくなったのね……」


 その後、サヤと一緒にいて助かった人たちがロクトさんのところまで来て、事の経緯をサヤが説明する。私が巨大鹿(の魔物)を倒したという事実には大層驚かれたが、実際に倒された魔物の姿を見せると、一層驚かれながらも理解してもらえた。


 学校では、私がいつの間にかいなくなっていることに気付いている人はいなかったらしい。その代わり、ケイスケさんがイグノーツから事情を聞かされていたようで、学校に戻ってくると私達の方へ駆け寄ってきた。どうやら私がいないことを誤魔化す手伝いもしていたことを知り、お礼を言う私。


 するとケイスケさんはこう返した。


「むしろ俺の方こそ、サヤと一緒に無事に帰ってきてくれてありがとう」


 その後サヤはケイスケさんにあれこれと、心配だったことを言われて辟易している姿が見られた。普段なら何かしら言い返しそうなサヤだけど、この時は本当に何も言い返さなかった。


 魔物に遭遇しながらもほぼ全員が無事に怪我なく帰ることに成功した今回の話であるが、イグノーツの知る異世界の魔法でも、生物の死を覆すことは出来ない。唯一生きて帰れなかったロクトさんの死は現実であり、彼の亡骸はその場で土葬された。

 土に埋める作業中、サヤは指示を出す時以外は喋らなかった。それが彼の死にショックを受けているからだというのはその場の全員が見て分かるほど。学校に着くまでの間、終始気遣われていたのを覚えている。


「……私は大丈夫よ」


 サヤがその時に見せた強がる素振りが心に残っているが、土葬する直前にイグノーツが心の声で口走ったことも気になっている。


『身近な知り合いほど火に焚べたくないという気持ちは分かりますが、死体に残るO系魔力(オド)を処理しないと、厄介事の種になりますよ。そのまま埋めるのは如何なものかと』


 日本中でかなりの人が既に亡くなっているのに今更かもしれないが、私の気持ち的にはロクトさんの死がきっかけで悪いことが起こるのは嫌である。出来れば明日から何か出来ることはないかイグノーツに後で聞きに行こう。ロクトさんの遺体に残るO系魔力のせいで、皆が後悔するようなことにはしたくない。


 学校に戻った後、サヤにもそのことを伝えて一緒に来ようと誘う私。だけどサヤはこう断った。


「……今は外に、あの魔物ってやつがいるかもしれないのよね? 私のせいで彼を死なせたも同然なのに、戦えない私が外に出たら、いざという時迷惑がかかるわ。ツカサが行きたいって言うのなら、止めたりしないけど」


 ロクトさんの死んだ理由は、魔物の注意をサヤから逸らすべく自ら囮になったことだと聞いている。そのことに責任を感じているサヤが行きたくないとは思えない。でもあの魔物にもう一度遭遇した時のことを考え、下手に出歩くべきではないと判断していることも私には十分伝わる。


 だから私はイグノーツと2人で行くことにした。こんなに気持ちが沈んでしまっているサヤに無理強いは出来ない。最後の投げやりな言葉もきっと本心からの言葉ではない。そう信じているから。


 暗いことばかりだが、一応良いこともあった。

 私が倒した魔物は死んだ後もそのままの大きさであったことに加え、大きいから可食部が沢山あるということである。これをイグノーツの力を借りて何とか学校敷地内まで運んでもらうと、それを血抜きし腐らないよう殺菌・保存してもらった。


 こっちの世界に比べて便利な魔法が多いよね。正直異世界に嫉妬している。


 でもそのお陰で当分は飢える心配は消えた。けれどそのために今以上に栄養が偏る可能性も出てきている。極大繁茂の予兆で街自体の森林化も進み続けており、イグノーツの調査で日本はもう国として機能していない可能性があることも踏まえ、これからのことをより考えなくてはならない。


 今はそれを残った人達で考えている。高齢者も多く避難しているこの場所で、私達があと何日生きていられるか。魔物という新たな災害と危険に対し、命懸けの狩りをする日々になるのか。


(あれ、なんだろうこの数字……)


 私が憂鬱になりそうな未来より今のことを考えていると、たまたま開かれていた異世界災害収集録のページに、10桁の数字が浮き出ていた。


 “6,401,997,569”と。

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