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 体育館へケイスケさんと共に戻ってきた私は、入り口の場所を通って中を見渡し、サヤを探す。すると少し奥の方で1人で立っているのを見つけ、そのまま目が合うとサヤはこっちへ歩いてきた。


「そ、それじゃ、俺は一旦離れるよ」


 巻き込まれるのを避けるようにケイスケさんがその場を離れようとする。その顔には冷や汗が流れていた。そういえば彼はサヤにパシらされて私を探す羽目になっていたんだっけ。


「何言っているんですか。サヤのお願いで来たんならちゃんと見つけたことを伝えるまで一緒にいないと」


 その時、私の中でちょっとした悪戯心が働いた。

 逃げようとする彼の腕を掴みながらそう告げると、「え?」という顔を浮かべて振り向いたケイスケさんに笑い返す。


「つ、ツカサさん? これは必要な行為なのかな? 俺はもう、役割を果たしたんだよ? だから、ね?」

「ケイスケさんは今年で21歳でしたよね。だったら報連相の重要性は社会人としてご存知だと思うんですが。ここでほっぽり出したら後でサヤに言われることが増えるだけだと思うんですよ、私」


 目に見えて怯えと焦りが交互に現れているケイスケさんに、私は至極冷静かつ客観的な目線で語りかける。しかしケイスケさんの様子は変わるどころか悪化していく。


「これはあくまでも私的なやり取りだよ。会社とは違うし、何より俺とサヤは兄妹だから、多少のことは大丈夫だし、それに本当に重要なことであれば俺もきちんと報告をす…………なにその顔はツカサさん? 怖い、怖いよ」

「やだなーケイスケさん。ただ笑顔を見せているだけじゃないですか。大丈夫ですよー怖くないですよー」

「そんな注射を怖がる子供向けの言い方されても!」


 何言っているんですかーケイスケさん。もう21才でしょ。子供扱いなんてしたら失礼ですし、そんなことしていませんって。これはただ事実を述べているだけです。笑顔に笑顔以上の感情なんてないに決まってるじゃないですかー。


 そんな風に思いつつ彼のことを捕まえていたら、こちらに歩いてきていたサヤがその光景を目撃して、溜め息を吐いた。


「一体何やってるの2人とも……戯れてるの?」

「いや、これは戯れとかそういうのじゃなくて、ツカサさんが——」

「ケイスケさんが近づいてくるサヤを見て逃げ出そうとしたから、捕まえてただけだよ」


 私が事の真実を話すと、サヤの視線がお兄さんの方へギロリと注がれ、メドゥーサに睨まれてしまったように固まってしまった。そんな姿のケイスケさんと私の方を繰り返し見たサヤは、兄に向けて一言。


「……情けない」


 それは逃げようとしたことと、逃げようとして捕まえられていたことの二重の意味か——端的に表現して失望に近い顔を見せての発言だった。その言葉と同時にケイスケさんの石化は解け、「ははは……」と苦笑いし出す。


「ちょっと魔法の練習をしていて戻るのを忘れていたの。ごめんねサヤ」

「魔法……イグノーツと一緒に行って中々戻って来なかったのって、そういうこと」


 ある程度察しが付いたらしきサヤは、今度は私のことをジーっと見つめてきた。ただしケイスケに向けていた視線ほどではない。


「変なことされていないわよね?」

「イグノーツさんはそういうことする人じゃないと思うよ。あ、でも……」

「でも?」

「ううん。なんでもない」


 あの時のことを『読まれた』のを思い出したが、私は誤魔化した。だって説明するとあの流れを言わなければならず、当然サヤにもそれを教えることになるので、それが恥ずかしかったから。

 サヤは誤魔化されたことに気付いて「ふうん……」と見てくるが、しばし見つめ続けても頑として言わずにいたら諦めてくれた。ついでに私は話題も変えようと頭を巡らせる。


「そういえばサヤ、食べ物が無くなりそうって問題はどうなってるの? 何か良い方法とか……」

「残念だけどまだ解決していないわ」


 首を横に振ってサヤは状況を語る。

 現在残っている食料はここにいる人全員に行き渡らせるとあと4、5日で尽きる。今までは1日に取る量を栄養失調にならない範囲で減らしながらやりくりしていたが、それで引き伸ばせる時間などたかが知れていた。

 水はイグノーツが大量に用意してくれるので食べ物がなくなっても暫くは生存出来るだろう。しかしそれを救助が期待出来ないこの状況で選んでも、飢えて苦しむ時間が長くなるだけ。サヤはそう冷たい現実を言い放つ。


 街の中に存在する潜在的な食料備蓄にも限界がある。どこかで食べ物の材料を手に入れてそれから農業でも始めない限り、何かしらの病気にかかる前に飢餓で死ぬ。もしイグノーツの言う極大繁茂が起きなくても、結局死が近いということに変わりはなかった。


「やっぱ農業をするしかないのかな?」

「農業をしようにも私達は必要な知識を持っていないわ。農業で試行錯誤するなんて時間がかかりすぎるし、仮に農家の人や農業系学校に通っている人がいても、その人が農作物全部を網羅している訳でもないでしょう」

「でもそれじゃあ、魚とか動物を狩るしか……」

「そうね」


 私がほんの例えで狩猟生活をするしかないと呟くと、サヤは首肯した。それは適当に相槌を打ったとか冗談のつもりでなく、本気でやるしかないというニュアンスの“そうね”だった。


「ほ、本気なの?」

「それ以外に妥当で食料を確保する手が打てないのよ。ただこれも懸念がない訳ではないわ。魔力嵐が通った時の被害は人間の生活圏ですら今の有り様だから、森や海の中に影響がまるでなしなんてこと有り得ない。きっと動物の数も減ってるかも」


 狩猟対象が平時と同じくらい生息しているかを懸念しているサヤ。考えるべきことは寧ろそこ以外特に問題視していないという感じに語る。


「前から男の人達に狩れそうな動物がいないか探して貰っているけれど、今日も特に何も見つからなければ、明日には私も行く予定になっている。物探しの魔法は動物を探すのにも使えるからね」

「サヤが行くの!? だったら私も——」


 一緒に行くと言おうとして、前に突き出された彼女の手に遮られた。


「ツカサはこっちに残っていなさい。一度ここを離れると戻って来るのに時間が掛かるから、何かあった時のために魔法士を1人は残しておいた方がいいの」


 これが一番いい役割分担だから。

 諦めきれない私に向けてそう言いながら、我が儘などではない、合理的な判断に基づいて決めたことだというのをサヤは説明していく。


「だけど……」


 それでもまだ一緒に行きたいと、サヤの方を見て真剣に訴える私に。


「——ツカサをこれ以上、危険な目に遭わせたくないの」


 サヤは自分の方へグッと引き寄せ、耳元でそう呟いた。私にしか聞こえないような大きさの声で。


「お願いをごめんなさい。でも私は“もしも”でも、ツカサに何かがあって欲しくないから」

「…………サヤ」

「イグノーツにはツカサと一緒にこっちへ残ってもらうわ。それと臆病な兄さんにも」

「俺もか」


 ずっと一歩離れた距離で気まずそうにし、もういっそ離れるべきかとソワソワしていたケイスケさんが会話に参加した。


「当たり前よ。兄さんには兄さんで役目があるの。それをきちっと果たして頂戴」

「役目……雑草取りだね」

「兄さんはバカなの?」

「いや、今時の雑草は取るのもバカにならない相手だよ」

「はあ…………もうそれでいいわよ」


 項垂れるようにして呆れたサヤは、最後に私の方を振り向いて……目一杯私を抱きしめてきた。いきなりのことで「ちょ!?」と私とケイスケさんは驚き動揺する。抱きしめられている私に至っては、その力の強さに身動きが出来ないでいた。


「心配しないでツカサ。ちゃんと帰ってくるつもりでいるから」


 サヤはそう憂いの目で微笑んで、私を元気付けるように言うと、もう私は何も言えなかった。




 翌日。私はサヤの言う通りにして狩りに同行しないことを選んだ形となり、イグノーツやケイスケさん、そして狩りについていくには体力などが心許ない年配の方などと一緒に学校に残る。


 既にサヤとは挨拶をして見送った後。朝ご飯も配り終え、自分の分も食べてしまった。お腹が満腹感に満たされなくなってから数日目だが、最初は気になっていた空腹時間の長さも、ここまで来るといい加減慣れてきてしまう。


「今日は朝からずっと、魔法の練習をしていますね」

「……他にすることがないだけだよ」


 イグノーツのさり気ない言葉に私はそう答えた。

 今、私の意識は本の中にあるという白い空間の中へ来ている。体の方は体育館内の自分のスペースで毛布に横たわっており、多分そちら側での意識はない。ただ、ここからでも外の様子が確認出来るというのは前回辺りから確認済みで、必要とあらばすぐに起きれる状態だ。


 なおイグノーツはこちらに意識があるというのに、外の体の方も元気に歩き回って会話すらしている。人間に出来る技か?


 サヤは何かあった時のために魔法士を残しておく必要があると言ったが、ここから窺える体育館内の様子を見る限り、全員の体調に問題はなく寧ろ良さそうである。


「サヤ……」

「サヤさんなら大丈夫でしょう。あの人は状況判断力に優れていますし、突然の事態に混乱してそれが鈍るようなことも滅多にありません。現にほら……」


 イグノーツがそう言うと、私の前方に四角い枠が現れて枠の中に映像が浮かんできた。


 そこには学校を離れて森の方へ向かっているサヤと、それに同行している体力ある男の人数名が、植物の緑に染まっている住宅街を進んでいる様子が映っている。


「これってリアルタイムの映像?」

「ラグなんてほぼありませんよ。そういう技術を使っていますから」


 ふうん、と私は頷きながら映像に映るサヤ達の様子に目が離せない。今のところサヤ達は森にまで入っていないから獲物になりそうな動物とは出会えていないようで、男の人たちも特別身構えている様子がない。


 物探しの魔法で探しながら進んでいるはずだから、それに探し物が引っ掛かっていないのだろう。


「しかし物探しの魔法ですか。面白いですね」

「そうかな? イグノーツさんの世界にもそういうのってあったんじゃないの?」

「色々と魔法に詳しい自負がある手前恥ずかしいのですが、実は物探しの魔法って知らなかったんですよね」

「へー……え?」


 え、うそ? 本当に知らないの?

 私が疑うような目でイグノーツの方を二度見したが、どうやら本当に知らなかったようだ。こんなことで嘘を言ってもしょうがないでしょう、とイグノーツが苦笑している。


「探せる範囲はどれくらいあるのですか? 野生動物を探すとなると、それなりの射程と範囲は必要だと思うのですが」

「うーん……普段はビルのワンフロアくらいの範囲を指定して使うけど、やろうと思えば範囲はどこまでも広げられると思う。技量的な問題点を除けば制限はなさそうだし」

「となると【6族】の魔法ですか」


 6族、つまり結界系の魔法であると分析したイグノーツ。

 効果の内容を教わった基本系11族に当てはめるならそれしかないだろう。正確な分類は魔力圧でも測らない限り出ないだろうが、私もそうだと思う。


「6族の魔法はその性質上、便利なものが多いですからね。偶然発見出来た中ではかなり使い勝手の良い魔法ですよ、これは」

「なら意外と早く見つかるかな」


 慣れない人が野生の動物を探して狩ろうとすると、非常に苦労すると聞いたことがあるけれど、これならすぐに見つかって、狩って帰ってくるかも。サヤのことだからきっとすぐにやってくれるはずだ。

 私はそう楽観視した。

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