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魔法の授業をやりました

 恥ずかしい。なんであんなことをしてしまったのか。なんでそれを忘れていたのか。イグノーツが帰ってくる前に思い出せていれば、こんなことは私の中だけでしまって行けたのに。恥ずかしくていっそ消えたい。


「どうしましたかツカサさん。顔が真っ赤になっていますよ」

「誰のせいでこうなっていると……!」

「勿論、私ですね」


 反省の色などなしと振る舞いから伝わってきて、すぐさま認めてみせるイグノーツ。まるでどうぞ恨んで下さいと言っているような態度だと私が考えた直後、イグノーツはわざとらしくニコッと笑った。ムカつく。


「初めて会った時から思ってましたが、ツカサさんは揶揄い甲斐があって楽しいです」

「揶揄われている私はちっとも楽しめないんですが? 虐めですやめてください」

「分かりましたやめましょう。さて、では話を戻しますが」


 話がズレた原因はイグノーツのせいなんだけど? と思う私であるが、それに対する反応はなかった。心を読んでスルーしたのか、それとも心を読む魔法をもう発動していないのか。


 いっそ仕返しに心を読み返せば……いや、それではイグノーツに対し言い返すことがますます出来なくなる気がする。そもそも心を読んだところで彼には効果がないと思うし私がそれを言う資格は魔法士でない人よりないとも思うが、気軽に人の心を読むようになったら本格的に人として終わる。


「その前に確認しましょうか。私が教えられる魔法の中に、ツカサさんが求めているような魔法があるとは限りません。例えなかったとしても仕方ないと割り切れますか?」


 イグノーツは笑顔を消して真顔になると、先程も言ったことを確認する。そういえばさっきはあの流れで教えてくれることに驚くあまり、明確に意思表示をしていなかった。


「構いません」


 私はそう頷き返した。今は1つでも多くの魔法を知り、使えるようになりたい。役立てるよう、サヤやケイスケさんに掛ける迷惑を最小限に抑えられるよう。


 その覚悟を見てとった、或いは心まで読んだのか、イグノーツは笑みをこぼす。


「いいでしょう。では早速魔法について教えていきたいのですが、まずは基本知識の復習からしていきます。それと敬語はもういいですよ。貴方の真剣な気持ちは十分伝わっていますので」

「……分かった」


 ついでのようにイグノーツから敬語はもう必要ないと言われ、そういうことならといつもの話し方に切り替える私。


「それで、基本知識の復習を先にするの?」

「はい。前にツカサさんへ話したことがありますよね」


 前に話した魔法関連の基本知識というと……私の記憶に該当するのは、雑草を取っていた際に聞いたアレくらいだけど。


「【基本系11族】のこと?」


 魔法の効果が魔力圧ごとに傾向が見られるという特徴から11種のグループに分けたという、異世界で使われている概念。そのことであるのだろうかと私が確認すると、イグノーツは頭を縦に振った。


「この前は掻い摘んで内容を教えて終わりでしたが、私が教える魔法を理解するに当たって【基本系11族】や魔力の系を学んでいるのといないのでは、理解度に大きく差が開くと思われます。ゆえにツカサさんはその基礎知識を教わりながら魔力や魔法への理解を深めてもらい、教わった魔法を最大限活用出来るようになることを目指します」

「魔力の系? それって何度か聞いている、M系魔力とかO系魔力ってやつ?」


 あまり聞き慣れない単語だったので反射で聞き返すが、少しして自分で類似した発音の単語を最近見ているのを思い出した。


「そうです。これらの知識を持つことへ抵抗は有りますか?」

「いや、そんなことは別にないけど……」

「ならば問題ありません。ここを省いても魔法を教えることは出来ますが、学んでおいた場合と比べると魔法を使う者として見劣りするのは間違いないですから」


 そこまで念を押すようなことなんだ。ならしっかり聞いておこう。

 基本系11族の知識は最近の時点でも活かすことがあったし、私自身も族の変換のやり方とかどの魔法がどの族に分類されているのかとか、聞きたいことも結構ある。それをこの機会に教えてもらええるというのであれば、全然構わない。


 イグノーツは教えるにあたってこの教室を利用するつもりらしく、黒板備え付けのチョーク入れからチョークを、次いで廊下まで飛んでいっている黒板消しを拾って戻ってくると、教壇の上に立ってこっちを見た。


「では授業と行きましょう。本当はじっくりとやりたいところですが、体育館で待たせている人もいますので、午前中に全てを叩き込むつもりで行きますよ」

「は、はい! ……はい?」


 午前中に、全てを叩き込む? もしかして今日の午前中に?


 私が首を傾げ、言葉の意味からこの後の予定を想像していると、


「しっかり付いて来てくださいね」


 優しい声で微笑みながら授業を開始された。

 この時私はノートと筆記用具を家から持ってこなかったことと利き手を骨折したことを強く後悔した。






 現時刻にして真昼の1時間手前になった頃。

 カツカツというチョークを黒板に擦り付ける音が途絶え、イグノーツがチラリと時計を見上げる。


「もうこんな時間ですか」


 あっという間に時間が流れたようだというニュアンスの言葉。それを聞いて私も時計の方を見て、今が11時だということに気付いた。


「魔法に関してはまだ教えきれていませんが、仕方ありませんね。ここで授業は終わりとします。よく最後まで付いて来れました」

「お、終わった……」


 北棟2階にある教室の1つでイグノーツから学んでいた私は、イグノーツがその言葉を口にした途端、机に突っ伏すように倒れた。


「お疲れ様でしたツカサさん。正直なところ途中で脱落しないか心配していたのですけれど、頑張りましたね」

「一対一の授業で脱落させないで……」

「私の本職は教師ではありませんから、教えるのも大変なのですよ。やり方も正確には再現出来ませんので」


 それはそうなんだけどとイグノーツへ視線で抗議する私だが、イグノーツはサラリと言い訳を述べて受け流す。


 というか本当に疲れた。今日は確か6時起きだったのでかれこれ5時間は机に拘束されたことになるけど、椅子から離れていたのは所用で教室を離れた時だけ。殆どの時間は椅子に座っていた。ほぼぶっ続けで休憩なしでやったので、集中力を維持するのが難しいの何の。


「どれくらい知識を吸収出来ましたか?」

「うーん……一応頭から取りこぼしてる知識はないと思うけれど」


 5時間のうち基礎知識の勉強をしたのは3時間分。残りはイグノーツが知る中で有用そうと思われる魔法を最低限必要な情報だけ書いて列挙する形で教えられた。その時の記憶をざっと思い出しながらイグノーツに返事する。


「復習した方が記憶の定着具合は良いですよ。あとで時間がある時にでも、ノートか何かへ学んだことの記入をしておくことをオススメします」


 イグノーツは黒板消しを手に取ると、黒板に書いた内容を消し始めた。黒板消しがチョークの色で白く染まっていく。


 けど復習か。筆記用具は学校の中なので割りかし豊富にあるし紙もあるが、魔法士の試験をやってきた身としては、実際に使って練習しないとあまり魔法を覚えたという気になれない。そう思いながら消されていく日本語で書かれた黒板の内容を見ていて、ふと思う。


「そういえばイグノーツさん、日本語が上手だよね。本当に異世界の人? って感じるくらいに」

「そうですか? 私としては多少は出来るくらいだと思っているので、母語としている人より苦手なつもりだったのですが」

「全然そんなことないと思うけど。凄く自然な日本語だし」


 地味に意外だがイグノーツは、話す日本語だけでなく書く日本語も生粋の日本人並みに高かった。特に日本語を書いてもらう機会などなかったので、今回黒板に書いてくれたことで書く日本語を確認出来たのだが、ひらがなカタカナ漢字数字、綺麗に使いこなしている。“てにをは”のミスや『ン』と『ソ』、『シ』と『ツ』を間違えるようなあるあるミスも全くしていない。


 なんでそんなに達者なんだろう。まさか異世界に日本語があるとか、そんな小説の中みたいなことが現実にある訳でもないし……いやまさか実際にあるの? これは一度聞いておいた方がいいな。


「イグノーツさんはどこで日本語を覚えたの?」

「いえ何処でと言われましても、日本でですが……」

「イグノーツさんの知ってる世界の中に、日本語があるって訳じゃないんだよね」

「……何を言っているんですか? 日本がそこにないのに日本語だけあったらおかしいですよ」


 黒板を消す手を止めて振り返るイグノーツ。正論を言われた上に何を言っているのだという目で見られた。これは私がおかしいのだろうか。

 いやおかしいな。客観的に見てフィクションと現実を混同しているようにしか見えない。これは私がおかしく見えるのが自然である。


 でもだったら、いつ頃に日本で覚えたんだろう。私が手に取ってから大した時間は経っていないので、まさかこの短期間で覚えたとかいう驚愕の事実でもない限り、最低でも私が手に取る前からイグノーツは日本語を学んでいたということになる。いつ? 私の前に本を持っていたのは確か祖父だけど……。


「ツカサさんが知らないのも無理はありません。私の意識が保存されたあの本は、何十年も前から日本に存在しましたので」

「思ったよりかなり前からあの本あるんだね!?」


 そもそも私はあの本のことを殆ど知らないし、謎だらけだとすら思っているが、意外なことに結構前からあったようだ。でもそうなると、あの本はいつから祖父の手にあったのだろうか。私が幼い頃に本を読ませて頼んで断られた時以来祖父の本を読もうとはしなかったけど、本棚にどういう本があるかなどはたまにチラッと見ていた。


 しかし、その中にあの『異世界災害収集録』があった記憶がない。覚えている記憶も年単位前なので流石に朧げでどういうジャンルの本が入っていたか、くらいしか思い出せないけど、本の背にタイトルがなかった本は見かけなかった気がする。初めてこの本を認識したのは、私が祖父の訃報を聞いて戻ってきた時だった筈。


 そうなると、私が実家を離れてから帰省してくる5年の間に、祖父はあの本を手に入れたのだろうか。もしかしたらどこか別の場所に仕舞われていた可能性もあるが、魔力を流すまで内容が真っ白の本だったから、手に入れたはいいものの扱いに困ったとか。


 ……なんで手に入れたのお祖父ちゃん? お祖父ちゃんの年齢だと魔力を扱うのも難しかっただろうし、あの本の中身に気付けた可能性はない。本の収集癖が一種の極みに入って、真っ白の本を見て逆に興味を唆られたのかな。


「あ、本といえば……」


 そのように考えていた時、“真っ白”という言葉で私はあれを思い出した。あの真っ白な空間にいた時、私に語りかけて消えた女の子のことを。


 あの女の子がいた場所。そこと同じところで出会ったイグノーツ。もしかして、彼なら女の子のことについて何か知っているのではないか。そういった感じの目で、また黒板の文字を消し始めた彼の背中を見る。


「イグノーツさん。あの————」


 私はあの時にあったことを彼に話し、聞いてみることにした。

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