教室内の2人
我ながらその言葉は唐突なものに思えた。
「随分といきなりな要望ですが、何か有りましたか?」
イグノーツもそう思ったのだろう。異世界の魔法を教えて欲しいと言った私へ、理由が気になると言いたげな様子を隠さない。
教えてくれるかという問いには答えず、どうしてそのようなことを今頼んできたのか、それを確認したがっているようだ。
「ここ最近、私は自分のことをお荷物じゃないかと思うようになりました」
「お荷物、ですか。ツカサさんは誰かに世話されながら何も返せない側の人には見えないのですが、具体的にはどのあたりがそう思われると?」
「……私は魔法士です。魔力と魔法に関わる知識や技術、経験であれば皆の中でもある方だと思っています。いえ、思っていました」
そうであったと過去形にして伝える。黙ってこちらを見続けるイグノーツ。
「デパートで再会した時に私へ言った言葉、覚えていますか?」
「まだ覚えておりますよ。もしや今も?」
「……あんなことは人生で初めてだったから、忘れたくても忘れられません」
「失礼しました。配慮に欠けた発言でしたね」
あの時のことは思い出すだけで気持ちが暗くなるから、出来れば思い出したくない。私のそういう感情でも見えたのか、イグノーツはすぐに謝った。私にはその行為を彼が取ったことが不思議に思え、一瞬目を丸くする。
「イグノーツさんって、そういうことを気にするタイプなんですね。てっきりそうではないと思っていたんですが」
「別に普通の人の思考が出来ない訳ではありませんよ。あれに関しては今後似たような事態を出来るだけ引き起こされないよう、行動する前に考える癖をつけて欲しかったからやったので」
「そうですか……今の私はイグノーツさんから見て、どう見えますか?」
「あの時と比べるにはまだ判断材料が足りませんので、なんとも」
改善されているかどうかは分からない、か。イグノーツは6日間離れていた訳だからその間のことはあまり知らない。当然であるとは納得しつつ、自分が少しでも変われているのか、彼から見た感じが分からなくて残念な気持ちに包まれる。
「結局まだ変われていないんですね……私」
「1週間では行動の癖なんて早々変わりません。最低でも1ヶ月は意識して続けましょう」
「1ヶ月……」
その頃、まだ私は生きているのかなと思ってしまった。
「異世界の魔法を教わりたいのは、変わるためですか」
「…………!」
「その驚いた顔、図星と受け取りましょう」
まだ言ってもないのに当てられたことへ驚いていると、ふふっと口角を上げて微笑んできた。
イグノーツは私の「なぜ当てられたのか」という疑問に対し答えるように、そのまま話を繋げる。
「人の言動というものはその人が辿ってきた人生の影のようなもの。人生観が1日やそこらで変わることなどまず起こらない話だと。貴方の思考や言動は一朝一夕で生まれたものではない筈です」
「……分かっています。そんなどこかの教師みたいに言わなくても」
教壇の前に立って妙な蘊蓄を語り始めたから、私はそのような感想を抱いた。教師みたいと言われてイグノーツはくすりと笑うが、「残念ながら不正解です。校長のイメージで言いました」と訂正してくる。
思っていた以上に偉い目線から言ったつもりだったと知って、また目を丸くする私。
「勿論私の知る魔法をツカサさんに教えれば、出来ることは増えますよ。少なくとも、雑用などでは収まらない、その時代の人の営みすら変えれるほどの。そういうものを教えること自体はやぶさかでもありませんが…………そうですねえ」
私のことを視界から外すと、イグノーツは徐に教室の中を歩き出す。倒れてしまっている椅子や机を一つずつ立て直し、散らかった教室を元に戻していく。そして勿体ぶるように一度話を区切ったあとに、手近な椅子へ座った。
「ツカサさんがなぜ変わりたいのか、その理由を聞いてから判断したいと思います」
そう語る彼の表情はリラックスしていて、私がそうしようとした理由をただ知りたがっている風に映った。こちらが何かを言い出すまでじっと待っているのも、私がどんな理由を口にするかを知りたいから。そういう動機の行動に見えてくる。
そして……理由を聞いて判断するってことは、理由次第では教えてもらえない、という意味にも受け取れる。その言葉が、どう言えばいいのかと考え悩ませようとする。でも、いくら悩んだって正解など出てこない。
悩むうちにも時間は過ぎていく。そして一応の答えすら出せぬまま、私は正直に話した。
「私は……自分のせいで招いたことを、自分の力だけで解決出来るようになりたい。誰かに迷惑をかける前に、何とか出来る力が欲しい。そのために、異世界で知られているけどこちらではまだ知られていない魔法を知りたいんです」
あのデパートの後から、ずっと彼の言っていたことが心の中に突き刺さり、その言葉を忘れさせてくれなかった。
私が下手に危険な行動をしていなければ避けられたというリスク。
大切に思っている相手が危険へ飛び込み続けたら、私ならどう感じるかという質問。
そういう時に危ないところに突っ込まれたら、それを守るのにどれほど大切な人を困らせるか。
分かったつもりでいた。ただ聞いただけなのに、反省出来ていたつもりでいた。
でも実際は私は、全然出来ていなかった。
あの巨大植物が現れた時、私がもっとちゃんと危険を回避する努力をしていれば、初めからあの時捕まっていることはなかったのだから。サヤやケイスケさん、他の人達に危ない真似をさせずに済んだのに。それが未だに心の中で引っかかっていた。
1つ何かがズレていれば、ケイスケさんは死んでいたかもしれない。ケイスケさんが死ななくても、誰かが酷い怪我を負っていたかもしれない。サヤが無茶をして倒れるだけでは済まなかったかもしれない。
そうならなかったのは幸運である。けど、だからといって原因を無視していられることはない。例えあの時点でああなる未来を予想出来るものではなく、責任なんてほぼなかったとしても、もしそれで誰かが死んでいたりすれば……慰められてもずっと囚われてしまうだろうから。
「——随分と我が儘なことを仰る」
それを聞いていたイグノーツが短く言い放つ。
我が儘なのは分かっている。自分でも自覚はあるのだから。
「子供が語るようなことを言っているのだとは理解しています。それでも今、私の前には異世界の魔法を聞くことが出来る相手がいるんです。この世界ではまだ見つかってない魔法の多くを、知っているかもしれない人が」
イグノーツの目を見てそう答える。イグノーツはそれに、自身が私からどう見られているのかを考えたのか、困ったように頭に手を当てた。
「まあ私が知る範囲において、そしてツカサさんが知る範囲においてもこれ以上いない適任なのかもしれません。それは認めますよ。ここで認めないと私未満の方に対して失礼に当たりますので」
そう言いながら席を立ち上がった彼は、こちらの方へと歩いてきた。
「ただし、私の知っている魔法がツカサさんがお望みのものであるとは限りませんよ。その点において文句を言われても困りますから、先に述べておきます」
「……え?」
「どうかしましたか?」
一瞬、彼が今言ったことを聞き間違えたのかと思った私は、聞き返すイグノーツに質問する。
「教えて、くれるんですか?」
知っている魔法がお望みであるとは限らない。それに文句を言われても困る。
教えるつもりがないなら、イグノーツはそんなことを言わなくていい。逆に考えると、彼は既に教える気でいるということを暗に示唆する内容。
「ええ。それが何か?」
当たり前として肯定してくるイグノーツに、尚更私は混乱した。
だって、まだ理由を聞かれて数行程度しか私は答えていない。少なくともあと数十行程度の理由は語らなければ、イグノーツには届かないと思っていた。だからそれだけの内容で判断するなど思わなかった。
あまりにも答えを決めるのが早い。いや早すぎる。まるで心を読んでいるみたいに。
「はい」
……うん?
それは普通なら、来るはずのないタイミングでの返事。
「今、はいって言いました? 何に向かって『はい』って言いました?」
「勿論、心を読んでいるみたいに、の部分にです」
…………………………。
思考が停止する。イグノーツが言ったことを脳が認識し、完全に染み渡るまでに時間がかかった。
「い、いつから読んでいたんですか?」
「聞いてから判断したい、と私がツカサさんに述べた辺りですね」
「こ、心の中は勝手に読まないって……サヤとの約束……」
いつぞやのことか。シェルターの魔法紋をサヤに渡した時、サヤとイグノーツの間で交わされた約束について思い出したのでそう確認するが、
「個々の状況においては私独自の判断で行動することもあります、とその後に言いましたよね。こちらの知識や情報だけで完結する分にはルールを守りますが、私しか知らない異世界の情報なども渡すのであれば、当然の行動かと思うのですが? それとも異世界でしか知られていない魔法とは、『相手の真意を見ずに渡しても良い』ものとでもお考えで?」
次々と繰り出されるイグノーツの意見に反論出来ず、ぐうの音も出なくなる。
「まあ心を読んだことについては後でサヤさんへ事情を説明しつつ謝りますよ。しかしツカサさん、意外とそういうことをとても気にするタイプなんですね。しかもケイスケさんのことを思い出している時の感情の濃さ……確かサヤさんのお兄さんでしたっけ? 一体何があったのか、ちょっと思い出してもらっても——」
「わーー!! 何読もうとしているんですかー!! そして何を思い出させようとしているんですかー!!?」
思わず叫びながらイグノーツに向かって抗議する私。鏡がないから自分の顔なんて分からないけど、妙に熱くなっているのを感じる。
あの時何があったなんて、そんなの……って言われて想像しかけている自分がいる。想像しなくていいのに、言われたせいであの時のことを脳が勝手に思い出し始め止まらない。
やばいやばい! ……こうなったらこの際余計なことは考えるな! 事実だけを考えてイグノーツに伝えればいいんだ! 別にやましいことなんて何もないんだから!
確かケイスケさんが私を助けに上の方まで登ってきてくれて、意識がなかった私を助けるために白い空間で協力したあと、それからえっと、それから……最後の方では危うくケイスケさんが高いところから落ちるかもってなったから、それを助けるために私が——
あれ? あの時私、どうやってケイスケさんの体が落ちないようにした——
「あ…………」
その時の光景とやったことを思い出した私は、まずいと思った。
だが時既に遅く、私の脳はその時の回想をイメージ付きで流し終わっており、その後イグノーツが、内容を見たという意味合いの言葉を口にする。
「おやおや、こういうことがあったのですか……」
「あ、あ……ああ……」
「きっと相手にとって、忘れられない思い出になったでしょうね」
顔面から火が出そうなほど熱を感じると同時に、相手の顔を見ていられないほどの羞恥が顔を覆う。暫くして膝から下と腕から先の震えも自覚してきた。
頭の中がパーになりそうなほど1つの感情で埋め尽くされる。心臓の鼓動が気持ち早く大きく聞こえてくるものだから、それらの相乗効果が発揮され、私の心は限界を迎えたあと——爆発した。
「男の夢を叶える機会に恵まれるとは、なんと羨ましい」
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
声にならない悲鳴を上げる私を無視し、イグノーツは呟くのだった。




