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再びあの本を

 そういう訳だ弟よ、付き合いなさい。

 実家にまで出向いてきた私の開口一番の発言を聞いて、


「姉ちゃん……」


 弟は可哀想な人でも見るように呟いた。


「言いたいことがあるなら言ってみなさい」

「まさか身内を巻き込むようになるなんて、落ちるとこまで落ちたなあと……」

「ふっ、こんなこと友達には頼めないからね」

「弟にも頼むなよ!!」


 自分が巻き込んでもいいと思われていることに、大層不服な様子をしてみせる。私は構わず話を続けた。


「といっても、確かめるには最低でも誰かを人柱……じゃなくて生贄にしないといけないじゃない」

「今の言い直す必要あった?」

「そういうことを考えると、気心の知れた相手で信頼出来ないといけないんだよね」


 死にはしないでしょうから平気よ平気、多分。つうかそれで死ぬなら私はとっくに生きていないだろ。大丈夫大丈夫。

 どうにか逃げ口を探そうとする弟をそう説得しにかかる。


「姉ちゃん。普通はさ、死ぬかもしれないって話に乗ってくる人はいないんだよ。余程追い詰められてて藁にも縋らないと明日が見えないみたいな、そんな人でもなきゃ」

「若者なのに好奇心が足りないわね」


 真面目に育ってくれて嬉しいという気持ちが半分、もっと色んなことに積極的になってほしいという気持ちが半分。うちの弟は危ない真似はしないから手がかからないのが良いところなんだけど、同い年の子達よりも消極性が強めなのが不安要素でもある。

 弟も将来魔法士を目指しているので、先達として得た経験から荒波に揉まれても大丈夫なようにしてあげたいのだ。……とはいえ無理に連れて行っても逆効果だろう。よし!


「じゃあ、私がもう一度呪いの本を使って一人であっちに行って戻ってくる。そうしたら一緒に行く。これでどう?」


 折衷案だ。

 私は弟と一緒に行って二人で行っても呪いが移ったりしないか確認したい。弟は一緒に行って死ぬかもしれないというのが嫌だから行きたくない。だから私一人で先に行って、再現性を確かめた後一緒に行く。


「え、大丈夫なの?」

「一度は平気だったし、可能性はゼロじゃないでしょ」

「そうじゃなくて、もし死んだらとか考えないの? 怖いでしょ普通」

「人間死ぬ時は死ぬわよ。それに……」


 何でそれで死なないんだって人もいれば、何でそんなことで死ぬんだって人も世の中にはたくさんいる。自分がどっち側かなんて死ぬ時まで分からないのに、なんでそんなの考えないといけないんだ。怯えていたら死に方が変わるのか?

 死に急ぐつもりは毛頭ないが、転んだら打ちどころが悪くて死ぬかも、と考えるほど私は臆病ではない。


「それに?」

「どうせ死ぬなら一人より弟と一緒の方が良いわ!」

「馬鹿だよ姉ちゃんは」


 バカ!? 私のどこがバカなのか教えてごらんなさい!

 学校では勉強に強くてテストを片手間に倒せるし、運動だって平均以上に出来て魔法だって十分優秀な範囲に収まる私が、どの観点から見てバカなのかを!


「今に見てなさい。必ず戻ってきて一緒に連れて行くから。あ、巻き込まれるかもしれないから一応部屋からは出といてね」


 弟を廊下まで退避させ、「いざ!」とあの本を開き『魔力嵐』のページに手を当てた。


「………………」

「…………」


 シーン。

 あ、あれ? 何も起きない? チラリと視線だけを動かして本を確認するが、何かが起こるような気配を感じぬ。

 広がる静寂、静まる空気。沈黙の時に包まれる。廊下からこちらを見る弟の視線が、なぜか生暖かい。


「もしかして行こうとしていけなかったの?」

「………………」

「姉ちゃん、カッコ悪い」


 ——うわあああああああ!!

 恥ずかしい! 散々大振りの動作をしておいて「いざ!」とかも言ったのに、失敗しましたとか恥ずかしすぎる! 二人で行く前に一人でも行けないとか、バカみたいじゃないか! 両手で顔面を覆い明後日の方向へ振り返った私は、己の数十秒前までの記憶を振り返りたくない衝動に襲われた。


「こんな私を見ないで…………」


 弟にそうお願いする私だが、恥ずかしさのあまりいつもより声が出ていない。


 どうして失敗した。あの本は私を呪っているからそれが何か関係している? そんなピンポイントな嫌がらせある? そんなことしても呪われている人が周囲に笑われるだけになるだけじゃん。は! ……まさかそれが狙いか!? 私が他人の前で醜態を晒すよう仕向けるべく、こんなチャチな呪いを!? 呪いだって現代では傷害罪が適用されうる中、わざと回りくどいやり方を選ぶことで罪を回避しようとしているのか! くっ、イグノーツ・ステラトス……なんてふてえな野郎だ(誤用)。


「いやでも、今に見てろって言われたし」

「高度な柔軟性を発揮して頂戴!」

「あー……それじゃあ下で待ってるから、それまでにいつもの姉ちゃんに戻っといてよ」


 部屋の前から姿を消すと、そのまま階段を下りていく音がした。

 いつもの姉ちゃんってなんだよ……分からないよ。恥ずかしい感情が冷めない中で、私の脳内ではその言葉が残っていた。






 弟が部屋の前から去り、数分が経って戻ってきた頃。


「どう?」

「うん……もう平気」


 なんとか感情は平常値に戻すことが出来た。とりあえずは落ち着いたと思う。

 思い出そうとすれはまだブワーっと膨れ上がりそうな予感はするけど、今は回避出来ているので問題にまではならない。


「ところでなんで失敗したの? 最初に読もうとした時は出来たんだよね?」


 弟はなぜ失敗したのか原因を探るが、冷静になるまで考える時間を与えられていた私は、一つ思い当たることがあった。


「多分、魔力がないからだと思う」

「魔力?」


 最初にこの本を取った時、体の中から魔力を吸い取られる感覚があった。それまでは題名も中身も書かれていなかった本は、それを切っ掛けに普通でない片鱗を見せている。であるならばだ、この本に再度あの現象を引き起こしてもらうために、魔力を吸わせる必要があるのではないかと私は思う。

 よくよく見ればキラキラしてて読みにくかった文字も、今はキラキラがなくなっていてただの黒い文字だし。


「今は多分魔力が切れてただの本になっているだけ。そこにこうやって魔力を送り込めば……」


 本に手を当てて魔力を吸わせる。すると開いている魔力嵐のページの文字がキラキラとし始め、今にも飛びそうな感覚が——




 あ、飛んでしまった。

 自分が部屋から草原に立っていることに気づいて、何が起こったのかを瞬間悟る。


「ちょ、ええ!?」


 即座に飛ばされるとは……。お陰で弟の避難が間に合わず、もれなく一緒に飛ばされてしまったようらしい。さっきまで室内にいたはずなのにいきなり草原にいるものだから驚いているようだ。


「どういうこと? 俺は確か姉ちゃんと一緒の部屋にいて……まさか」

「察しのいい弟は好きですよ。そうです、これがこの本の力です…………!」


 まさか本当のことだとは信じていなかったのか、想像以上の驚きぶりを見せてくれる弟に私は嬉しくなる。ふふっ、初めての時に私がどんな気分でここへ来ちゃったか理解出来たかな。


「先に一人で確かめるって言ったのに、一緒に来てるじゃん!」

「いやあ、あんなに素早く移動するだなんて思わなくて……何とかする間もなかったね。てへっ」

「惚けなくていいから、早く帰ろう!」


 無論そのつもりだけど。あ、あっちの空に魔力嵐が見える。

 2回目なので割と冷静にそれが接近しているのを把握したが、弟の方は……あ、ダメだ、割とパニックになっている。「なんだよあの雲」とか「ここからでも見えるくらいの岩が空を飛んでる」とか言ってどうすればいいか分からず混乱し出した。


 落ち着こうか弟よ。とりあえずお姉ちゃんの側についていなさい。そこが一番安全だから。

 ガシッと肩を掴んで自分の側に手繰り寄せると、そのまま左手に持っている本に向けて命令する。


「本よ、私達を元の場所に帰しなさい」




 視界を包んでいた光が消えていき、元いた部屋の姿が映ってきて、ふうと息をついた。

 いやー想定外の移動だったけど、普通に戻ってこれて良かった良かった。弟もちゃんと無事である。


「怖い思いをさせちゃってごめんね。大丈夫?」


 弟は今経験したことへの色々な感情を処理しようとしてか、私の胸の中で固まって動かない。私はそれに優しく語りかけ、宥めながら背中をさする。流石に悪いことをしたと思う。弟くんは男であり今年で高校生になったが、それでも世の中の不思議やあれこれにはまだ疎い方だ。何かと背伸びしがちな年頃だけど、子供のような一面も少なからず残っている。


「……姉ちゃん、離れて」


 おや、動き出したか。流石にこの年だと姉とのボディタッチにも無神経ではいられない。

 あまり力を込めずに腕を退けた弟は、私から一歩離れた後にこちらへ向き直る。


「その、疑って悪かったよ。まさか本当にこんな力があるだなんて」


 この本の呪いはともかく、そんな力があるとは信じていなかったらしい。私が散々捨てようとした時にどういうことがあったか言っただろう、「こいつはガチですぜ、ホラじゃありません」と。なのに「へー」と適当な反応をこの一ヶ月間返していたが。


「信じてはいないのに拒否してたの?」

「真偽がどうあれ生贄なんて言われたらやりたくなくなるだろ」

「それはそう。でもまあ普通に帰れるってのは分かったでしょ? 所詮ただの検証だから、言うほど危なくはないわ」


 本当に危ないことだと思うなら巻き込んだりしない。そもそも1回目の時でさえ本が私から離れようとしない上、あの魔力嵐から守ろうとした。呪い殺すつもりならその時バリアなんて張らずにおけば勝手に死んだだろうに。現時点において私はこの本を手放せなくなってから一ヶ月が経つが、その間特別危険なことなんて起きなかったし、この本は多分殺す気はない。


 ん? だったら別に一ヶ月も読まずに放置する必要はあったかな。呪いという言葉にばかり気を取られてたけど、呪いにもちょっとした不幸が起きるのから惨たらしく死ぬのまでピンキリだし、こいつがそこまで質の悪いものじゃなければ、別に気にしなくともいいのでは? そう考えるとなんだか少し楽になった。


「とはいえ私のせいで弟に余計な恐怖を与えたのは事実よね。何か欲しいものでもある? あれだけのことをしちゃったし、出来る範囲でならなんでもしてあげるけど」


 お詫びになるかは分からないが、このまま謝罪も贖罪もなしだと弟くんにも私にも良くない。手打ちとまでは行かなくても、出来るだけの誠意は見せようと思う。


「……ちょっと考えるから、待って」


 弟は短くそう答えると、その場で考え始めた。さて何を要求されるだろう。

 私としてはまあまあキツめのやつがくることを想像している。「一週間は会話禁止」とか「一週間本を読むの禁止」とかが拷問だ。でもそれでもまだマシな方。もし弟の願いがそれよりもキツい「二度と会うの禁止」とかだったりしたら立ち直れる気がしない。うう……私がしでかしたことなので私からあーだこーだ言う権利などない。大人しく天の沙汰を待つばかり。


「よし、じゃあ……」


 弟は何をお願いするのか決めたようで私の顔を見据えると、


「姉ちゃん。俺に魔法士になるための勉強を教えて」


 そうハッキリと言葉にして、私は目を丸くした。

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