依存する心
O系魔力という物質が未だ私達の知らない何かを秘めているとして、それを知ることによって私達の生活が大きく変わる訳ではない。もしかすればO系魔力が何らかの作用をもって魔法の成功率に関わっているのかもしれないが、結局どちらも私の世界でいう魔力だ。それはそうだろう、と人によっては納得して終わりだろう。
「そういえばあの子は消える前、また会えるよって私に言っていたけれど……まだなんですよね」
残念ながらあの時よりあの少女とは会えていない。あの空間には毎日一応来ていて、色々やれることや知れることがないか探っているのだが、本の中のシステム的なものに今は会えないと言われている。その時に本へ表示された内容はこうだったか。
『該当意識は自己判断により現在、思考活動・外部認識を停止しています。再度の活動条件が設定されているため、条件が満たされるまで覚醒しません』
そういった理由で、恐らく少女とやらの意識には会えない状態が続いている。では条件とは何? と聞いてもみたが、
『【所有者】ツカサには閲覧権限がない情報を含んでいます。情報規制付きで内容を確認しますか?』
と書かれたので、所有者なのに閲覧権限とはなんぞやと思いつつも了承してみた。そしたらまあ、見事に伏せられた情報ばっかで分かることがまるでなかったので、早々に「これは推測も無理」と断じて諦めることにしたのである。
以上の経緯をケイスケさんに話すと、ケイスケさんはその規制されたというやつの内容に興味を持った。
「良かったら読ませてくれないか? その規制だらけの情報ってやつを」
「はい。ちょっと待っててください」
本へ向けてここに来るよう念じると、私のギプスをはめている手の方に浮かび上がってきた。空間の中から出てきたような出現の仕方である。一体どんな技術、いや魔法なのか。地味に気になるが、今はあの内容を見せることを優先。
「えっと……はい、これです」
「これが? うわっ」
ケイスケさんが思わず声を上げた。それはそうだろう。だって内容がこんなんだから。
“条件:###########(#)による###########(#)への覚醒キーの使用。指定ワードなし。”
「殆ど何も分からないな……強いて言えば覚醒キーってやつと指定ワードってものがあるってことくらいか」
「そうなんです。でもどっちも名前からして連想しやすいっていうか……」
覚醒キーなんて、前に言ったやつから意識を覚醒させるキーって文字通り分かるし、指定ワードってやつも多分パスワード的な何か。つまりもなにもそのまま過ぎる。これ以上は肝心の伏字部分が分からないとどうしようもない。
「伏字は11文字ですけど……何が入るかな」
「片方はその子の名前っぽいね。両方とも同じ文字数だけど、残りはもう1人の名前だろう」
「もう1人……」
やっぱりこういう時に思いつく相手が1人いる。
イグノーツの名前って確か、カタカナで11文字だった気が……いや、伏字の下がカタカナ表記だとは限らないけど、この本に書かれてある内容って全部日本語なんだよね。しかも日本人が普通に読めるレベルの日本語。異世界人が作った本なのに。お前の言語は日本語ですか? って聞くべきところかこれ。
あの人のことだから何かしら翻訳機能でも仕込んでいそうではあるけど、だったら英語表示にも出来るのだろうか。なんか出来そうで嫌だなあ。
「となると、この括弧の中は何なんでしょう」
気になるポイントその2を話す。括弧内にある一文字だけ伏せられたやつ。
名前の隣に付くやつでいうと年齢や性別とかだろう。男や女という表記なら日本語で一文字だし。仮に左のやつにイグノーツを入れて、右にあの女の子の名前が入るとすると、内容はこんな感じになるんだろうか。
“条件:イグノーツ・ステラトス(男)による###########(女)への覚醒キーの使用。指定ワードなし。”
違和感。別にこれ男女表記いらなくないか。この程度の内容に付随する情報としてわざわざ書く必要がなさそうなものに思える。
なんか別の文字が入りそうな気がするんだよなあ。となると年齢が有力候補に上がるんだけど、伏字の量的に入るのは0〜9の1桁分。あの少女はともかくあの人が9歳とかあり得る? いや絶対にないと私は心の中で否定した。
「甲乙丙丁とか?」
「十干は流石にないと思います」
「だよねえ」
冷静に突っ込まれると、ケイスケさんは素直に頷き返す。まずどんな理由で括弧付きで甲とか乙をここに入れるのか。契約の時に使う書類でもあるまいし。
ああでもこうでもないと話しつつ、私達は雑草駆除を再開する。
「そういえばあの巨大植物、いつ消えるんでしょうか……」
駆除の傍ら、中腰でいるのが負担になって休憩代わりに立ち上がった私は、未だ敷地内に残っている例の植物を見た。
巨大植物はあの日からずっと倒れたままであるけれど、枯れるような気配もなくただそこに在り続けている。日を2度跨いだ今もなお、その巨体が消え去る様子はなければ縮んで元のサイズへ戻る様子もない。
それは即ち、【5族】の魔法が今もあれに発動し続けていることを意味する。近づかない分にはただの動かぬ植物だが、近付いた場合また動き出すことはないという保証はない。
「俺にも分からないけれど、まさかずっとあのままだったり……なんてことがないといいな」
「ケイスケさん、それ笑えないです……」
アレが残っているせいで運動場の一部とそこに隣接する場所が立ち入り禁止扱いになっており、東側にある正門が使用出来なくなってしまった。お陰で現在の出入りは西門だけに限られてしまっている。
門が片方使えるから学校の外との行き来は可能だが、やはり取り除けるなら取り除いておきたい。もし何かがあって西側の門が使えなくなった時、東の門から外へ行けないとなれば私達の多くは学校内から出られなくなる。
スタッフはともかく、避難してきた人には中年以上の方が多数いるので、万一の時は塀を乗り越えたりといったことがとても難しい。だから門はどちらも使える状態であることが望ましい。そう思っているのは私だけではないだろう。
「ぶっちゃけ問題に見える植物はアレだけじゃないからね。学校の外とか半分近くは森みたいなものになりかけているし、それがいつまでも止まらないのを見ると、アレが元の大きさに戻ったりするのか、考えたりもするからさ」
「……そうですね」
真面目な顔で語るケイスケさんに、私は静かに答えた。
学校の中でも草原が出来るほど酷くなりつつある極大繁茂の予兆だが、学校の外ではその数倍酷い光景が生まれている。一言で表現するなら、それは人の生活圏の完全な緑化だ。
学校から一歩外に出ると、そこにはもう見慣れたコンクリートの地面はどこにも見られない。車道と歩道の区別はもう付けることは出来ず、全ての公園はただの自然の一部に、住宅は何十年も放置された廃屋のように我が物顔で植物が占拠していた。酷い場合は家の骨組み以外が植物に破壊されていたりする。
まだ耐用年数を迎えた訳でもない建物や、新品同然に綺麗だった家もあっただろうに。
「……ツカサさん?」
その返事や様子から、元気がなさそうに見えたのかもしれない。ケイスケさんがこちらの様子を尋ねるように私の方を見た。
「ごめんなさい。ちょっと考え事してただけです」
「考え事?」
「もしこのままこの現象が続いたら、私達はどうなっちゃうんだろうって」
本当はもうイグノーツのお陰で知っているから、先のことはある程度予想出来ているのだが、つい言ってしまった。
「救助は来るのかなとか、白いご飯はいつまで食べられるのかなとか、いつ家に帰れるのかなとか。……私達は、こうなる前の日常に戻れるのかな、とか」
少し前までは当たり前だったそれらが、夢だったように薄れていく気がして。
遠い昔に見た思い出のように、記憶の中だけに存在するものになっていく気がして。
私は思ってしまうのだ。これまでの日常は永遠に失われてしまったのではないかと。
「そんなことないよ、きっといつか戻れる! …………いつか、いつか」
ケイスケさんはそれを否定しようとして、でも言葉を探しても見つからないのか、同じことを繰り返し、言い淀んでしまった。きっと励まそうとしてくれたんだろうと、私は理解する。だからケイスケさんを心配させないように話す。
「大丈夫ですケイスケさん。私はまだ平気な方ですから。ショックがあるとしてもせいぜい生まれてから今日までの19年分くらいです。私の倍以上生きている人に比べればずっとマシ。でも、心配してくれてありがとうございます」
そうして最後にケイスケさんへ御礼を述べた後、私はふと思った。これから先、何かのきっかけで家族と……弟と合流出来たら、最後の時は何をして過ごそうかと。今年中には極大繁茂が起き、多分その時に私は死ぬ。だったら限られた時間を有効に使いたい。
前に頼まれていた『魔法士になる勉強』でもしてあげようかな。色々な魔法を教えてあげよう。今なら別に試験なんてやる必要はないし、教えたいことを一杯教えてあげられそう。
それとも最後の日まで、楽しいことでもしようかな。私の知っている魔法で色々と遊んだり、しょうもないことや下らないことでもしようか。どうせなら1秒でも長く、楽しい時間を分かち合いたい。
私は弟のことが好きだ。子供の頃は素直だったのでよく可愛がり、中学に上がった頃は一度反抗期へ入り、私への態度も冷たくなってどうすればいいか困った時期もあったが、高校に上がるまでにはそれが収まり、また仲良しに戻れた。そんな弟のことを可愛く思っている。
私が高校生の頃にサヤ以外の同級生から行き過ぎだと言われたことがあるけれど、私はただ単に弟の世話をするのが好きなだけで、行き過ぎているとは思っていない。寧ろ、弟が嫌がらない範囲でやる分にはいいじゃないかと思っている。姉弟仲が良くて悪いことなんてないだろう。
だから家族として、最後の時まで一緒にいたい。いつ死んだとしてもいいように。
こうして私とケイスケさんでの雑草駆除は、その日の夕方になって終了するまで、何事もなく終わった。
夕方になって体育館に戻った私は、携帯の電源を入れ直し、弟からのメールが届いていないかを確認する。すると災害当初はまだ有効だったはずの電波は圏外になっており、メールは来ていなかった。
画面を見て心が騒めくのを感じながら、自分に言い聞かせる。きっと大丈夫、きっとまた電波が繋がるはずだからと。外があんな風になっているのに復旧する可能性がどれだけ低いか、それが頭の中でチラつきながらも。
その日はいつもより、眠りにつくのに時間がかかった。




