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最終フェーズ

「まず、このツルの部分の付け根の方、そこに魔法を発動させます」


 私の狙いは、こいつの異常なほど頑丈に出来ている体に対し、その頑丈さを与えていると思われる魔法の効果を失わせること。それによってこの長いツルを垂れさせることで、少しでも高度を下げる。


 今の高さから飛び降りたら間違いなく死んでしまうが、このツルを大きく垂らすことが出来れば、数十メートルは地面までの距離を短く出来るはず。そのことをケイスケさんへ説明した。


「なるほど、いい案だと思う。けど問題もあるよ。この植物は既にサヤが使った同じ魔法を無効化しているから、そのままやっても恐らく効かない」

「はい。それについては私もここから見ていたので分かります。なので体内から攻めます」


 説明を加えながら、自分の腰らへんを一周しているツルを思いっきり鷲掴みにする。表面を触って感じるが、魔力を流すのに強い抵抗がある。多分、これを張って魔法の効果を防いだんだろう。もしこれで完全に体全体を覆っているのであれば、魔法が効く隙間なんてどこにもない。


 だけど私が考えている通りなら、こいつにはどこかに魔力が通りやすい部分があるはずだ。なぜなら、この植物は私からO系魔力を吸おうとしていた。もし魔力や魔法の効果を全く通さないようにしていたのなら、同じようになって魔力が吸えなくなると思う。必ずあるのだ、私の中から魔力を吸い取るために開かれた、気孔のような部位が。


 絶対にある——その直感にも近い予感を頼りに、魔力の流れで付近から探した結果、そのポイントを見つけた。

 場所は私の臍あたり。そこを締め付けていた部分にだけ、植物の中へと魔力が流しやすくなっている。


「ケイスケさんは魔法を発生させる時に魔力を操る補助をください」

「オッケー、こっちは合図が貰えればいつでも良いよ」


 彼の確認が取れた私は、合図をしてすぐに魔力をそこへ流し、ケイスケさんが操る魔力の動きを模倣して、狙いの場所へ魔法を発動させた。

 ツルの付け根を覆うように現れた半透明の青い球体。球体の中でボコボコと泡立っているような音。狙い通りに発動した魔法は、その範囲内に入っている植物の体を溶かすように、雑草を変えてしまった魔法を一部だけ消していく。


「よし、効いています……」


 付け根の耐久が落ち始めたことで、重みを支えられなくなってきたツルが垂れていく。私達はツルの中程より少し先端寄りの位置にいるが、それによって多分10メートル近くは下がった。


「体内から発生させた魔法なら通じる……ツカサさんに言われても信じきれなかったけど、本当なんだ……」


 今見ている光景が本物だと思えないという目をするケイスケさん。気持ちは分からなくもない。これがCGであったならどれだけ良かったことか。


「付け根はこれ以上やると折れてしまうと思うので、今度は茎の方に範囲を広げてやります。やり過ぎて倒さないように気をつけてくださいね」

「あはは、グラグラゲームは得意じゃないんだけどなー……やるしかないか」


 そうして私達は次から次へと別の部位を狙い、巨大植物の背を低く、自分達のいる場所が下へ下へと落ちていくように魔法を発動していく。


 やってることはさながらダルマ落とし、それとも積み木崩しか。何にせよ命懸けのバランスゲームであった。

 魔法を繰り返すうちに少しずつ消耗していく体力。未だ遠くに見える地面。終わりの見えない降下作業。植物がまた動き出さないかという懸念。冷静さを掻き乱すように焦りが湧こうとしてくる。


 そして、巨大植物自体がもう相当に傾き、地上から大体30メートルの位置まで降りてきた頃。とうとうケイスケさんの体力に限界が訪れようとしていた。


「ケイスケさん、大丈夫ですか!?」

「ちょっと、キツイかな……」


 強がる彼だったが、ここまでの魔法補助だけでも結構な体力を持っていかれているはず。私を救助するために何度もあの高度まで上り下りした疲弊もあって、ツルから落ちないように掴まっているのも限界に思われた。出来るのであればすぐに休みたいだろう。

 治癒魔法や回復魔法で疲労が回復出来るなら、私もいますぐにかけてあげたいくらい。


「後は全部私がやりますから、こっちへ来てください! こっちの方が掴まるのに力が入りませんから!」


 まだ飛び降りてはいけない。地上まであと30メートルはあるんだ。最低でも10メートル……地上から3階天井までと同じくらいの高さになれば、衝撃を吸収するマットを敷いてもらうことで大きな怪我もなく助かる可能性が出てくる。


 ここまで色々としてくれたサヤのお兄さんに、もしものことがあったらなんて、考えるだけで嫌だ。私は大声で自分の方へ来るように伝える。こっちはツルが私を中心に一周している分、捕まりやすいし足や腕を休憩出来ると思われたから。


「ケイスケさん!」


 しかしケイスケさんは私と少し目を合わせた後、顔を俯ける。その行動が私には理解出来なかった。


「……その、実はね。もう掴まるのでやっとなんだよ」


 何を考えているのと心の中で問いかけていると、彼はどうしようもない事実を告げるかのように、冷静に、我慢の見え隠れした微笑みと共にそう言ってきた。その表情を見た瞬間、私は嫌な予感を覚える。


「だから、俺のことは気にしなくていい。ツカサさんは、自分が助かるようにして……」


 疲労がピークを超えようとしているケイスケさんは、ツルにしがみつく力を失いつつあるように見えた。ゆっくりと少しずつ、体を支える力が抜けるようになり、今にも落ちてしまいそうに。


「ケイスケさん!」

「……ごめん。サヤに言っといてくれ。俺は——」


 やめて。そんなこと言わないで。

 なんで貴方は、まだ会って一月も経たない相手にそうまでしてくれるの?

 サヤに頼まれたから? たったそれだけでそこまでしようと思うの?

 分からないよ。なんで、なんでなの。


 下には人が集まってきていて、こちらが落ちてきても死なないよう、怪我が少なくなるようにとマットとかを動かしていた。言葉は聞こえないが、上を向いてこちらへ呼びかけるような声がしている。


 ここに降りろ。そう言っているように聞こえてきた。


「ダメ……」


 分かっている、でもダメなの。今降りても多分助からない。もっと高度が下がってから……この際あと10メートルでもいい。彼が落ちてしまう前にどうにかしなければ。


 もしケイスケさんが落ちて死んだら、それは私のせいなのだ。この巨大植物の最初の異変の時、さっさと離れていなかった私という間抜けのせいで。だから彼のお陰で助かっても、その後はずっと……。


 “……望まぬならば覚えておきなさい”


 その瞬間、あの時の言葉が過ぎった。


「っ…………!」


 私に迷っている時間はなかった。

 両腕と体に力を入れ、ケイスケさんの方に身を乗り出すと、片腕で自分を支えてからもう片方の腕を伸ばし、そのまま彼の二の腕をがっしり掴む。


「え?」


 呆けた声を出す彼を無視し腕ごと思い切り引っ張ると、私の方まで寄せて胸の中に抱き込んだ。


()ふかかは(ツカサさ)——!?」

「黙っててください!」


 胸の中で喋られると息がくすぐったいから思わずそう言ったけれど、後にして思うと何をやっているのだろうか、私は。


 そうして彼が落ちないように支えた後、ツルの付け根側へ振り向いた私は、まだ狙っていない付け根寄りの部位へ狙いを定め、もう何十回と使った魔法を発生させた。私は急な落下に備えるように抱き込む力を強め、ケイスケさんに伝える。


「掴まってて!」


 今の魔法でツルの平均的な強度も更に落ちたのだろう。

 それは私が想定していたのを上回るほど大きな降下になり、長く伸ばした髪の先端が、頭頂部より上へと数瞬の間持ってかれる。今まで慎重に降りてきた中でも、特に大きい加速と移動量だった。


 それを証明するかの如く、先程まで30メートル以上の高さにいた私達は、今は校舎屋上と同じ高さまで降りていく。


 横を向けば目線と同じ高さに見慣れた建物。ホッとするような視界の高さに、私は胸を撫で下ろす。


「……良かった」


 こんなことが出来るなら何故もっと早くしなかったのか。それは、既にツル全体の強度が限界に近く、どこを狙っても下手すれば折れかねない……と思われたから。安全に降りられるだろうと言ってこの方法で降り始めたのに、それをかなぐり捨てるような選択をする意味がない。


 だからこんなこと本当はしないつもりだった。けれど、ケイスケさんの体力がもう限界に近くこのままだと間に合わない——そうなるくらいなら、こっちに賭ける方がまだマシと思える。ただそれだけであった。


 危険なことをしたという自覚はある。同時にケイスケさんも、私が危険なことをしたというのは理解している様子でいて、胸元から顔を離すとすぐにこちらの顔を見返してきた。


「な、なんて無茶をするんだツカサさん……もし今のにツルが耐えられなくて落ちていたら——」

「——死んでいたかもしれない、ですか?」


 だから私もハッキリと返す。


「じゃあ、ケイスケさんのことは諦めていれば良かったって言うんですか? それで私だけこれからも生きろって……私のせいでこうなったのに」


 どれだけ言い訳しようと、自分の記憶は誤魔化し切れない。人は嬉しかったことや幸せだったことより、嫌だったことや辛かったことを覚えてしまう。そういう生き物なのである。

 実際はそんな風になるなんて、あの時点で分かりはしなかった。あの時にそこまで気を配り、先を予想した動きを取ることなんてほぼ無理だった。そう言われたとしても、当事者から見た主観も同じとは限らない。


「ケイスケさんが……助けるためにそうしようとしたのだとしても。そんなの私は嫌です。もしそれで私だけ助かったら、どんな顔をして……サヤと向き合えば良いんですか?」


 これで私だけ助かろうものなら、私はサヤの気持ちを一生気にしていかなくてはならない。彼女の心の底にある気持ちをずっと窺い続けるようになるだろう。誰かを犠牲に助かった『罰』として。


 なんだかんだ気が合う友達でいて、同じように魔法士を目指してそれになって、学生の頃と同じように、軽口も言い合える仲。そんな相手との関係が永遠に変わってしまう。私はこんな未来を残されてまで、生きなければならないのか。それほどの罰を生きる対価として与えられるのか。


 だったら…………


「そんなものを背負うくらいなら……私は、助からなくてもいいです……」


 最後の時まで、自分のせいで自分だけを死なせてくれ。その想いを心の中に包んだまま、感情の丈だけ彼に吐き出した。


 その言葉を聞いたケイスケさんは、沈痛な面持ちになりながら俯く。


「…………ツカサさん。ごめん」

「なんでケイスケさんが謝るんですか」

「それは……きっと、自分の浅はかな行動に気付いたから」

「だったら、後でサヤに言っておきます」


 私がチクる宣言をすると、彼の体がビクッと震え、実にハッキリとした怯え顔に変わる。


「そ、それだけは何とかならない……かな?」

「ダメです。大事な家族を置いていこうとしたんですから、そのことをきっちり報告しておきます」

「ご、後生だから」

「もう決定事項です。取り消しは効きません」


 ひたすらに逃れる術を探そうとするケイスケさんだが、私に逃がす気はない。情けない体勢でアタフタし出すので、落ちないようにまた支えようとした。しかし、


「や、俺はもう大丈夫だから!!」


 と落ち着きのない様子でやんわり断られ、私に向け『自力で踏ん張る姿をアピール』して見せる。ケイスケさん、どうしてここまで妹に怯えているのだろう。何か弱みでも握られているのかな。


 そうこうしている内に、下の方が騒がしくなり出す。どうやら大きく降下した際に落下予想地点がズレたらしく、その位置修正のためマットとかをまた移動させていた。確かこれまでにも何度かに渡って降下の度に位置がズレまくったから、移動させるのも結構な重労働になっていると思われる。申し訳なくなってきた。


「えっと……もう降りても大丈夫だと思うかい?」

「この高さならマットの上に降りれれば、まず死ぬことはないと思います。怪我をしても私が魔法で治せますし……」

「なら大丈夫、かな。でも頭はキチンと守らないと」

「ちゃんとマットの上に降りれるようにしてくださいね」

「分かっているよ。じゃ、先に降りるよ」


 そう言ったケイスケさんに「どうぞ」と伝えると、彼はマットが広く積まれている場所へ飛び降り、ボスンと跳ねながら着地した。思い切りが良すぎて驚く私。


 さて……下にマットがあるといっても、3階の高さは怖いなあ。

 ケイスケさんがマットの上から捌けたのを確認すると、私は自分の番が来たということを察し、拘束から抜け出して降りる準備をした。といっても、心の準備しかやることはない。


 下ではみんながこっちを見上げて、私が降りてくるのを待っている。上手く飛び降りたとして……どこかの骨は折れるだろう。足か腕か。痛そうだなあ。


 一番軽い骨折だとしても、回復魔法を使った上で1週間は動かすことが許されない。そうなるのが嫌かどうかと言われると、当然嫌ではある。


「でも……」


 誰かが死んでしまうよりは。1人で助かってしまうよりは。

 こっちの方がずっとマシだ。


 これが2人とも助かる道を選ぼうとした『罰』なのなら——私はそれを受け入れるように、地上に積まれているマットへ飛び降りた。

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