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白い空間

 ツカサの傍に浮いていた光に手を伸ばしたことは間違いない。そのことは確かに記憶としてある。それに触れようとして、視界が光に包まれて、気がついたら自分はそこにいた。そうケイスケは記憶を振り返ってみたが、自分の身に何が起こったのかは全く理解出来なかった。


 周囲をぐるりと見渡すと、とにかく白い。壁も床も白色で統一されていて、それ以外には何もない。逆にその無駄とまで言えそうな広大なスペースを見て、どこかのホールの中だろうか? とケイスケは適当に予想してみる。無論、ここがホールであるとしても何もなさすぎることに変わりはなく、当たっているとは言い難い予想であった。


 他に誰もいないのかと、ケイスケはもう一度辺りを見てみる。だがこの場にいるのはケイスケのみ。他の物体には影すら存在しなかった。そもそも光源はどこなのかと上を見てみれば、そこには太陽にあたる星はなく、代わりに12本の黒い棒が放射状に並んである。明らかにおかしな空間に不気味さを感じ出しつつあったが、視覚的には白一色なのでまだ怖くない方。


 そうケイスケが思っていた時、目の前にあった床に溝が掘られる——誰の手も借りずに勝手に。


「…………ん?」


 溝の形は真円で、円の中に大人が2人くらい、頑張れば3人は入るかもと想像出来る大きさ。その範囲の床が、押し上げられるように伸びる。


 ぬるりと音も立てずに出てきた物体にケイスケは驚かされ、「な、なんだ!?」と尻餅をついた。そしてその物体から離れるように後ろへずり下がる。一体何が起こるのかと身構える彼の前で、その円柱状の物体は表面に文字を浮かばせた。


 “だれ?”


 誰。書かれてある()()()を頭の中で読み上げて、困惑するケイスケ。

 誰、とは自分に向けて言っているのだろうか? ここには自分以外に人は見当たらないので、冷静に考えれば自分以外に該当者はいないが、つい考えてしまうケイスケ。とりあえず立ち上がって、文字の浮かび上がってきた物体へと近寄る。


「こ、こんにちは……?」


 意思疎通が取れるのか? 確かめるべくケイスケは物体に向けて話しかけると、


 “……こんにちは”


 物体の表面に浮かんでいた文字が消え、新たな言葉が浮かんできた。この瞬間、ケイスケは“これ”と会話が出来るかもしれないと察する。


『あなたはだれ』

「俺は……ケイスケ」

『ケイスケ、変な名前』


 いきなり変な名前扱いをされてしまい、ケイスケは何と返せばいいか頭を抱える。自分の名前が変などとは生まれてこの方思ったことも言われたこともない。一体どこが変なのか教えてほしい気持ちであるが、今はスルーすることにケイスケは決めた。


「えっと、君の名前は?」

『言えない』

「え、なんで?」

『あなたはゲスト。本を持っている人以外には教えなくていいの。名前』


 怪しい人に付いて行ってはいけない、に似たニュアンスに読める言葉。相手との間に心の距離があることを感じられる文章。自分に対する相手の印象が無関係者へのそれであると、ケイスケは思った。


「なるほど……」


 言っていることの意味はきちんと伝わる。また、話すことを拒絶されている訳ではない。きちんと質問することを吟味した上で聞くだけなら、答えてくれる。ならそのことに注意しつつ、なぜ? と思ったことを聞いてみよう。ケイスケは口を動かした。


「俺はゲストなのかい?」

『そう。あなたはこの本を持っている人じゃない。本を持っているわけでもない人が、本の中身を知ろうとするのは、ずるいこと。権利? とか資格? がないって、言ってた』


 伝聞形式の内容を思い出すような感じで答える相手。ところどころ、単語の意味が何なのか分かっていなさそうにクエスチョンマークを付けている。ケイスケは文章を見て、相手は難しい言葉の意味をよく理解していないのではと考え、そして、そういう存在としてパッと思い浮かぶのは子供を連想した。


「本らしきものは俺には見えないけれど」


 そして、文章の中で“この本”という言葉が出てきたが、周囲に本らしき物体は見つからない。どういうことだろうと、ケイスケは思う。


『読みたいなら、持っている人に見せてって言って。良いよってなったら、見ても良い』


 本がどこにあるのかを聞いたら、読む行為もセットの目的だと思われたらしい。相手は話を先回りするように言葉を浮かべた。


「そっか……でも俺、本の持ち主が誰かって知らないんだよ。良かったら教えてくれないかな?」


 こめかみの辺りに手を当てつつ、ケイスケは話を合わせる。そこまで聞くつもりではなかったのだけど、という風に困惑した表情をしていた。


『え、知らないの?』

「正直、本を持っている人って話だけだと見当がつかないかなあ。何か分かるようなヒントはないかな? というか、本を持っている人の名前でも良いんだけど」

『いいよ』


 この返事にケイスケは驚いた。何せ少し手前の会話で、相手に名前を聞いたらゲストだから教えないと言われた手前、本の持ち主の名前に関しても答えてくれないのでは、と身構えていたから。


 だから想像以上にアッサリと承諾されたことに呆気に取られ、次に浮かび上がってきた言葉に、理解が追いつかなくなった。


『本を持っている人は、ツカサって人。私より年上の女の人』

「…………え?」


 持ち主の名前はツカサ。性別は女性。その両方の情報に合致する人を、彼は知っている。開いた口が塞がらないほどの衝撃を受け、ケイスケは思考が止まりかける。

 そして目を逸らすように「ただの偶然。同名の別人のことかもしれない」と内心で言い聞かせ、落ち着きを取り戻そうとする。しかし、


『写真、見せた方が分かるかな』


 その文字が浮かび上がった後、ツカサという人物の容姿がケイスケの前へ映し出され、彼は言葉を失った。それは紛れもなく彼が知っているツカサと同じ人だった。


「な……え……本当に、なのかい?」


 未だに目の前の情報を飲み込みきれないでいた彼だったが、その様子をどうやって見ているのか、相手は確認したように物体に言葉を浮かべる。


『その人に聞いて。私は答えない。あ、でも、今は聞けないかもしれない。あの人いま、命が危ないみたいだから』

「あ、危ない……? それはどういうことなんだ! ツカサさんが死にかけているって、君は何を知っているんだ!?」


 思わぬワードに取り乱しかけるケイスケ。助けにきた相手のことを知っているどころか、命が危ないとまで言われた。このおかしな状況下で、既に混乱するには十分なほどの情報を受け取っているケイスケが、そうなるのも仕方なかった。


 焦る彼の動きを理解したのか、相手は申し訳なさそうな文章を出す。


『ごめんなさい。私、伝えるのがあまり上手くない。だからあなたが会いに行って、見て』


 その瞬間、これまた真っ白で飾りのない扉が白い空間の壁際に現れた。彼が瞬きするタイミングと同時に出現したので、彼は思わず目をパチパチさせる。


「君は……」


 君は、何者なんだ。

 そう思った言葉を口から出すか決めきれない間に、相手の言葉が表示された。


『またね、『ウチュウ』に暮らすお兄さん』


 その文章が数秒間表示された後、音もなくそれが消える。迫り出した物体が物言わぬようになってから、ずっと立ったままでいた彼。だけどふと思い出したように扉へ視線を向ける。


「…………」


 扉に向かって歩み寄る彼。彼が歩き始めると同時に、後ろの方で何かが沈んでいくような音がする。だがその音が何なのかの見当がつけられた彼は、振り向きはせぬまま扉を開いた。

 目に入ってくるのはさっきまでいたような白い空間。だが、その空間は少し狭めでありホールというよりは部屋のようで、中央には見慣れた女性が倒れていた。


「——ツカサさん!」


 ケイスケは倒れている彼女へ駆け寄る。倒れている彼女は目を閉じており、眠っているような状態に見える。意識があるかどうかを確かめるように、何度も呼びかけてみると、


「…………んん、んっ」


 そんな声を出しながらツカサの目が開き、ケイスケは安堵したように息を吐いた。





 誰かの声がする。意識のない私の傍で、何度も大きな声で呼んでいる人の声。


「…………ん!! …………さん!!」

「んん……」


 なんだと思い、重たく感じる瞼を開けてみた。すると、そこには見知った顔がある。彼はこちらを見ながら、酷く焦りと心配に包まれたような表情をしていた。しかし私が目を開いた後、ホッとしたように彼の表情は緩んでいく。


「ケイスケ、さん?」


 私はその人の名前を口にする。

 どういうことだろう。ケイスケさんは地上にいて、私はあの植物に捕まって上空にいたから、こんな近くにいる訳……あれ? ここは、どこ? 


「ツカサさん……おはよう」

「お、おはようございます……?」


 不意に挨拶をされたので、つい反射で挨拶してしまった私。

 そのまま起き上がって周囲を見ると、何だか見覚えのある空間にいることへ気付いた。だってこんな真っ白で、壁と床と天井とその向こうのアレ以外何もない場所の心当たりなど、なんでか1つだけあるから。


 もしかして今私、あの場所にいて…………なんでケイスケさんもいるの?


「?????」

「お、落ち着こうツカサさん」


 落ち着けと言われても落ち着けない。なんで? どうして? ブワっと湧き出る疑問に頭の中で対処が間に合わない。頭頂部から湯気でも出るんじゃないかってくらい、事態の把握が追いつかない。いや、本当にどうしてこうなっているの?


「あの、ケイスケさんはどうしてここに?」

「えっと、ツカサさんを助けるのにあの植物を登っていって、すぐ傍まで来たんだけど、ツカサさんが意識がなくて、そしてなにか出来ないか色々やってたら、こうなって……」


 聞いたら余計に訳が分からなくなって、私は頭を抱えそうになった。何をしているのケイスケさん。アレを登った? そんな無茶して怪我したらどうするの? なんか私のいる高さまで来れたって言っているけど、普通に危ないってそれは。


 というか説明している彼自身も、なんで自分がこんなところにいるのか理解していなさそうな様子である。


「おかしい、なんで俺はこんな状況にいるんだろう? あの光る球を触ったから? いやだとしても、どうして触ったらこうなるのか。幻覚、魔法の類……でもあの中で魔法は出来ないはず……んんんん?????」

「お、落ち着こうケイスケさん」


 なんで私が落ち着かせる側に回っているのだろう。だけど自分より焦っている人を見て、少し冷静さを取り戻してきた。失礼ながらケイスケさんに感謝しつつ、思考を巡らす。


 さて、私達が今いるところは恐らく、というかほぼ確実にあの白い空間の中なのだろう。ここはイグノーツと最初に会ったあの本の中。経緯はどうあれ、その中に移動していることに変わりない。だったら——


『本よ、出てきなさい』


 私が心の中で唱えるように言うと、目の前にあの本が出てきた。魔力嵐について本の中で見た時も同様だったけど、これは私が魔力を込めて命令すると言うことを聞くようである。しかも予想通り発声はいらない。

 イグノーツが心を読まれることに何の抵抗もなかったから、もしかして心の中で命令しても受け取られるかも……なんて考えたけど、マジだったかー……。自分からやっといて微妙な気持ちになってしまった。


「ほ、本が浮いている……!?」


 隣にいたケイスケさんが、それに驚いた様子をした。

 どうしよう、一応この空間に来てしまっている訳だから、ケイスケさんにも説明した方がいいかな。このまま1人でも命令は出来ると思うけど、説明しておいた方がやることに理解は得られるかもだし。


 あ、けど……ケイスケさん信じてくれるかな、こんな突拍子もない話。


「そうか。これが例の本なんだ……」


 だが空中に現れた本を見たケイスケさんは、すぐに納得した風に1人理解を進めていた。

 しかもなんか知っている様子。ひょっとしてサヤが教えた?


「知っているんですか?」

「ついさっきね。ツカサさんのいるこの場所へ来る前に、別の白い場所にいてさ。そこでほんのちょっとだけ聞いたんだよ。この本の持ち主がツカサさんってことを……あ!」


 説明の途中で何かに気付いたのか、ケイスケさんは再び焦り始めた。なんだなんだと私も気にする。


「そ、そうだ! その人に聞いたんだよ。ツカサさんの命が危ないって……」

「わ、私の?」


 いきなりそんなことを言われて戸惑う私。命が危ないって、なんのこと? 誰に聞いたの? 私は今も普通だけれど……そう考えていたら本が一人でにページをめくっていき、やがてどこかの白紙ページを開いた後、そこに文章が浮かんだ。


 “現在、【所有者】ツカサの肉体は生命維持に深刻なダメージを受ける寸前の状態で、死亡する恐れがあります。発症中の症状として中度のO系魔力(オド)欠乏症、発症前段階の症状としてクラッシュ症候群の2つが該当。前者・後者共に適切な治療をする準備を行ってください”


「……え?」


 いつの間にか私、死にそうになってる?

 書かれてあることを読んだ私は、あまりのショックに現実感を失いかけた。

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