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第3フェーズ

「来たよ。囮を他に任せてまで呼んだのは一体なんだい?」


 ケイスケが屋上にいたサヤのところまで呼ばれて来て、開口一番に質問した。囮役をしていた状況から息も整えず階段を駆け上がって来たのか、若干呼吸が乱れている。表情には焦りが見え隠れしており、今すぐあの場へ戻りたいと主張しているかのよう。


 質問するケイスケに、サヤは振り向かない。いや、振り向く余裕があまりなかった。だからそのままの姿勢でサヤは答える。


「このままだと、ツカサを助けることが出来ないの」

「っ! ……どういう意味だい!?」

「ツカサを離さないでいる植物のところ、見える?」


 落ち着いた声で、自分の目で見るように促すサヤ。


「このままだと落ちてきたツカサは、受け止める予定の場所に落ちてこない。下手しなくても死ぬわ」

「なっ!?」


 驚きつつもツカサのいる上空を見て、その真下に当たる地点を見下ろしたケイスケ。今まで囮として動くことに必死でそちらを見る余裕はなかったのか、今気付いたといった具合に衝撃を受けていた。


「どうするんだ、サヤ。まさかタイミングを合わせてツカサさんが落ちるように——」

「そんなの狙ってやっても何回目で成功するのか、考えるだけで嫌よ!」


 葉柄を動かせる範囲には制限があるとはいえ、その巨大さゆえにかなり広い。ただ扇状に薙ぎ払うような動きをするだけと過程しても、両端で相当に距離が離れている。そこから更に慣性がついて落下すると考えれば、パターンがより膨らむ。サヤは考えるほどタイミング合わせが上手くいくわけないと勘で判断出来た。


「ツカサは確実に助けるわ。そのために兄さんを呼んできてもらったの。今から言うことをよく聞いて頂戴」

「…………ああ」


 サヤは黙って話を聞く態度になった兄に向けて、今後の作戦を伝え始める。


「ツカサを助けるにはどっちにしろ、あの植物の拘束を解かないといけない。その拘束を解くために発動している魔法を解除することは出来ないの。けどこのままだと拘束が解けたタイミングでツカサは落ちる。だから兄さん、私が魔法を発動している間にあの植物をよじ登って、落ちる前にツカサを助け出して」

「よ、よじ登らせるのか!? あの植物の上へ!?」


 近くで話を聞いていた若い男の方が、思わず目を見開きながら声を上げた。その理由は見れば分かる。


「命綱なしで鉄塔へ登るのと同じ……いや、それ以上に危険な行為になるぞ! そこへ自分の兄さんを行かせるのか!?」


 あの植物の表面に足場となりそうなのは、茎側面から無数に飛び出る突起以外にない。まして中年の男が言うように、命綱を引っ掛けられるような場所もなければ、登山用のピッケルを突き刺せるような場所もない。そして巨大植物の表面は、遠くから全体を見た際に僅かな傾斜が確認出来るだけの、ほぼ垂直に等しい崖である。更にその崖は僅かにだが、自らの動きの反動で横に揺れていた。


 そこを落下防止策もなく登って行ったら、今度は激しく振り回される葉柄を伝い、高度70メートル以上の場所にいる人を助けに行け。そしてそのまま戻ってこいと。控えめに言ってもトチ狂ったことを要求されていた。


 現代人の感覚では受け入れ難い話である。あの高さからならパラシュートでも開いて降下する方がまだマシと思えるような指示だ。まずそんな指示が出されたとしても、躊躇せずにはいられないだろう。


「いつからやればいい?」

「……可能なら今すぐによ」

「分かった。行ってくる」


 しかしケイスケはあっさりと指示を飲み込むと、臆面も出さずにそのまま屋上を後にしようとした。


「ま、待て!」


 慌てて屋上にいた2人の男性が止めにかかる。


「考え直すんだ、いくらなんでも危険すぎる! 成功するより失敗して落ちる可能性の方が高い!」

「そうだ! このやり方だとお前、ほぼ確実に死んじまうぞ! サヤちゃんも考え直しなよ!」


 指示を撤回するように求める2人。明らかに死ぬ未来が見えているのに引き止めないのは、流石に良心が咎めたからだ。このままでは妹の指示で兄が死ぬ、という結末が頭に過ぎったのだろう。けれどサヤはそんな2人の声へ振り向かず、耳も傾けず、代わりに告げる。


「兄さん、体育館に私の私物を入れてあるバッグがあるわ。その中から必要なものを取ってからいきなさい。いいわね?」


 その言葉にケイスケは何も言わず、黙って頷き返す。それは2人が求めていた発言ではなかった。続けてサヤは2人に向け、ケイスケを送るようにという指示を下す。


「ツカサを頼んだわよ、兄さん」

「……任せておけ」


 最後に2人はお互いに声を掛け合い、新たな役目を遂行すべく走り出した兄。その兄の立てている階段を下りる音を聞き、サヤは静かに送った。




 地上1階。校庭に出てきたケイスケは視界に入りきらないほど巨大な植物の姿を中央に捉える。


「まさか、またこいつを登るなんてな……」


 囮役をお願いされてそれを了承した時、ケイスケは笑っていた。だが今、これをもう一度登ってツカサを助けろ。そうサヤに言われて、なぜか体は一層軽く感じられるようになっていた。


 死ぬのを恐れていないわけではない。下らない理由で死ぬ気なら最初からなかった。でも、今与えられた理由はケイスケにとって、下らないものではないという気持ちがある。


「本当に行くつもりか?」


 彼を心配して傍まで来た、筋肉の映える男が話しかける。それまでケイスケに代わって囮を担っていたのだろう。男の体にはところどころに飛んで来た石で鋭く引っ掻かれたような傷がある。

 加えてどこにあったのか、バイク乗りが使うようなヘルメットを片手に持っており、それには線を引くような傷が多数刻まれていた。表面の塗装が剥がれ、素材の色が窺える状態だ。


 ケイスケには男が軽傷に見える。だがそれは当然のことだ。

 ケイスケの妹であり、この場の作戦を指揮し状況を動かしているサヤが、危険な役目でも出来るだけ死ぬことのないようにと安全を確保した指示を出し、それを出来るように準備していたから。


「ええ、勿論です」


 対するケイスケはいつも通りの軽装の姿。ロープは校内になかったか、或いは使えるものでなかったのか持っておらず、ゆえに命綱も所持していない。ピッケルなど学校にある筈ないものは兎も角、落ちた時の保険や落下防止のための道具などは一切持っていない。そういう格好をしている。


 サヤには“バッグから必要なものを取っていきなさい”と言われたものの、それらしいものはまるで持っていなさそうに見える。


「話は君から聞いたが……極めて難しい要求に思える。迷いはないのか?」

「……“迷い”ですか」


 それがケイスケの心に触れたのか、僅かに声色が変わる。


「迷うことは——もう十分しましたから。俺はもう気持ちを固めています」


 言葉の真意はロクトには分からない。だけど決意のこもった声と瞳で、男の方を見遣ったケイスケに、仕方ないなという態度で男は肩をすくめた。


「危ないから30メートルを示す白線の内側へは入らないで下さい。ロクトさん」

「…………俺も、もっと魔力の扱い方を学んでおけば良かったな」


 魔力の操作に慣れているのは、この場で動ける人ではサヤとケイスケ以外にいない。普段は魔法なんて魔法具に任せておけば良いだろうと考えていた人は多く、ロクトもその内の1人だった。


 魔力嵐から始まった災害の中で、自分で魔力を操って魔法が使える人の貴重さと有用さ、その出来ることの広さを同じ避難所の1級魔法士を見てよく知ったロクトは、今までこれっぽっちもそれに興味を抱かなかったことを後悔する。


 もし魔力の扱いを学んでいれば、ケイスケの代わりに己が行くことも選択肢として用意出来たはずなのに。自分よりまだ若い女性に背負わせてしまっているものを、少しでも肩代わり出来ただろうに、と。


「登ることに集中しろよケイスケくん。魔力の分離なんてアレの近くにいればいつでも試せる。君はまず生きて、ツカサくんと一緒に帰ってきなさい。そして俺の、しょうもない妬みを聞くんだ」


 ロクトは自身が使っていたヘルメットをケイスケに差し出した。自分へと差し出されたヘルメットを見て、ロクトを見返すとケイスケはそれを受け取り、頭に被った。


「はい」


 ケイスケは短く、けれど強めに返事してから、巨大植物との距離30メートルを示す白線を跨ぎ、一気に接近する。


 ここから先はサヤが囮役に伝えてあった、『特別な理由なく入ってはいけない』というラインである。この線を越えて植物に近づけば危険が過ぎるという意味の——警告を兼ねたライン。


 走って数秒も掛からない距離だが、ケイスケは強い不安を感じた。何事もなく、自分はこの距離を詰められるだろうかというケイスケの不安。それは現実となって的中する。

 彼が白線を越えてすぐ、巨大植物は己へと接近する人間に向け巨大な葉っぱで扇ぎ、突風を起こした。強烈な向かい風にケイスケは前進する力を少しの時間相殺される。すると巨大植物はほぼ同時に近場の駐車場に敷かれてあった砕石——それを風で巻き上げて彼目掛けて吹き飛ばした。


「——っ!」


 自分へ飛んでくる石をヘルメット越しに視認したケイスケは、即座に身を屈めて投石を避けた。石が通り抜け様にヒュンという音で横切っていく。風で飛ばしただけなためそのコントロールは拙く、直撃コースのものは殆どない。冷静に見て避けられるなら、十分に対処出来るだろう。


 だがもし当たってしまえば、人体が悲鳴を上げる衝撃なのは間違いない。死ぬ程度のものにはならないだろうが、頭部、特に目へ当たったりすればダメージは一生ものになりうる。


「ヘルメットを受け取っておいて良かった……」


 石が飛んでこなくなった隙を見計らい、即座に接近を再開する。激しく飛来してくる投石を避けながら根元まで辿り着くと、続いていた投石が来なくなった。


 茎に近いから狙いにくい? 投石が自分に当たるのを嫌がっている? 考えられる理由は色々思い浮かぶケイスケだったが、石が飛んでこないのなら好都合であると、早速突起に足をかけて上へ向かって登り始める。


「はっ……はっ……!」


 ケイスケはこれまでに囮役として走り回った後、サヤに呼ばれて屋上まで走っていき、用件を聞いたらすぐ1階まで戻っていった。一連の行動は彼にとってまだ辛いというほどではない。けれど心身共に疲労は蓄積していく。


 本来なら、数分の休憩を挟んで多少でも体力を回復してから挑むべきだった。次に行う予定の行動が高さ70メートル以上の垂直壁登りなのだから。肉体にかかる負担を考慮するなら、少しでも体力に余裕があった方がいい。まして素人であるなら尚のこと。


「さっきより、キツいな……」


 1回目との違いに戸惑うケイスケ。あの時はまだ体力に余裕があったが、今はその余裕は削られ、精神的にも“時間制限”という大きなプレッシャーを感じている。


 現在、ツカサを助けるためにサヤが魔法を発動している。発動中は常に体力を消耗するため、魔法を続けていればいつか限界が来て、それが維持出来なくなる時が来てしまう。

 簡単で小規模な魔法であれば別に問題はない。その気になれば1時間くらいは保たせられる。だが複雑で大規模なものだったら、その体力の減る早さは想像以上のものとなる。魔力の扱いをサヤから教わっていたケイスケは、妹の体力でこの魔法を単独維持するなら15分も経てばヘトヘトに近い状態になると推測した。


 サヤが魔法を使い出して、どれくらいの時間が経っただろうか。5分から7分くらいのはずだ。きっともう残されている時間は半分あるかどうか。


 正直なところサヤには、これを実行する前に休んで欲しいと感じた。一緒に休んで体力と時間に余裕がある状態で臨めば、救出の成功率は高まるはずだと。


「“可能なら今すぐに”……」


 でもサヤは今すぐにやってほしいと告げる。その声は長年聞き慣れているケイスケにとって、余裕の少ない声に受け取れるものであり、恐らく理由があって急かしているのだとあの場ですぐに察したケイスケは、理由は問わずにすぐ戻ろうとした。


「サヤは何か、俺の知らない何かを心配しているのか?」


 ケイスケは妹の考えることには辿り着けないが、自分が見えていない懸念事項を対処しようとしているのだけは伝わってきた。


 ゆえに、急ぐ。攻撃されないのであればこれは余計な重しでしかないと、脱いだヘルメットを真下へ捨てて。


「くっ…………」


 例え体が根を上げても、これ以上時間をかけないためにも。彼はツカサのいるところまで向かい、彼女を助ける意思を捨てない。幸いなことに、地上では別の囮役が巨大植物の注意を引きつけるべくギリギリのラインまで接近と離脱を繰り返し、それに巨大植物も反応していた。


 だからか、1回目の時は邪魔してきた葉柄も今はケイスケに反応すら見せず、地上の囮ばかりを狙っている。


「変だな……」


 どうにも、この植物は人間を捕まえたがっている。現にツカサは急激に成長した際捕まえられ、それを助けに行こうとしたケイスケもまた一度狙われている。


 今までの動きからそう感じていたケイスケだが、そうなら何故今だけ狙われないのかが分からない。こいつは茎に密着していようと捕まえてこようとしたのに、今はケイスケよりも地上で囮をしている人にかまけているように見えた。


 そんなことを疑問に思いつつ、ケイスケは登っていく。一度は追い返されたところを越え、更に高くへ。50メートル、60メートル、65メートルと。体がいくら疲れたと訴えようが、それを気合いで捩じ伏せる。


 そしてついにケイスケは、ツカサが捕らえられている場所と同じ高さにまでやってきた。


「——ツカサさん!!」


 有らん限りの大声で呼びかけた。しかし、声をかけてもツカサはぐったりと項垂れた姿のまま、何も反応を示さない。


 すぐに彼女の意識がないことを察したケイスケは、暴れ回るツル状の部分に四肢でしがみつきながら、ツカサの様子を確認に向かう。


「ツカサさん!!」


 彼女の傍でまた呼びかけるが、返事はない。

 何とかして彼女を拘束から抜け出させようとするケイスケ。けれど植物の体はどれだけ力をこめてもびくともしない。次いで妹に言われた指示を思い出し、自身が跨っている植物の表面に傷をつけようとしてみる。並行して魔力の分離もやろうとした。


 だが、結果として植物の表面は全力で殴っても凹みすらせず、魔力も分離するよう操作するどころか、逆に強く補強され直してしまった。


「他に方法……方法は」


 何か出来ることがあるのではと必死で考えるケイスケであったが、いくら経っても良い考えは思い浮かばない。最早このまま、何も出来ずに時間が過ぎる一方なのか。


 打つ手がないように思えて、ケイスケがやり場のない感情を吐き出しそうになった矢先、ツカサのすぐ近くに浮いている物を見つけ、目を細めた。


「……?」


 それはバスケットボールくらいの大きさをした淡く光るもの。

 輪郭はやや曖昧だが恐らく、真円の球体であろう。それは分かるが、なぜこんなものがツカサの傍に、しかも振り回されて目まぐるしく動いている場所へ綺麗に追従しているのか、まるで理解出来ない。


 そもそもこんなもの、茎の辺りから見た時にあっただろうか。疑問気に光を見つめるケイスケがふと手を伸ばすと、それから放たれる光が強くなる。


「っ…………これは!?」











 次に視界が開けた時、ケイスケは円柱の中のような空間にいた。

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