第2フェーズ
どういうことかとサヤは思った。
ツカサが助からない? なぜ? まさかツカサの身に何かあった?
魔力の操作に集中しながら、広がっている視野で上方に見えるツカサのいるところを目視する。その直後にサヤはそんな報告が来た理由に気付いた。
「場所が動いている……!」
彼女を空中で捕らえている部位が、他の葉柄と同じようにうねうねと暴れている。そのために当初の落下想定地点からズレた場所にツカサがいた。これでは仮に拘束が解けた場合、クッションになりそうなものが急速に広がっている草原しかないところへ墜落する。
死を免られる可能性は、限りなく低い。サヤは作戦の変更を迫られていた。このままでは仮に予定通りに進んであの巨大植物からツカサを解放出来ても、救出するどころか死へと一直線で送ってしまう。
落下の衝撃を少しでも和らげるためにかき集めたマットや布団なども、あれが動ける範囲全てをカバーなど出来ない。どうすれば、とその場の全員が考え出した。
「落下の速度を落とす魔法とかないのか!?」
「あの中だと使えないし、発見もされてないわ!」
「だったら、地面を柔らかくする魔法とかは! 高所からの落下を受け止められるような!」
「最悪の底なし沼を作るようなものよ。あったとしても使えない!」
そもそもあの高度からでは水面だろうと落ちた時に死ぬ可能性がある。サヤにはどちらの方法も取ることは不可能だった。
「風で受け止める魔法とかは!?」
「今発見されているものは、自由落下を安全な速度まで減速出来るほどじゃないの!」
この状況をどうにかする魔法があれば。
もっと早く魔法が発見されていれば。もっと早く魔法が広まっていれば。
この世界の魔法の歴史が、もっと前より始まっていれば。サヤは八つ当たりするように世界へ怒りをぶつける。
『——イグノーツ!』
リストバンドをはめて連絡を試みるサヤ。しかし、いくら待てども彼からの返事は来ない。心の中で舌打ちをしたサヤは、この中で確実に救助するための方法を考える。
「……兄さんをここに呼んできて! その間は別の人に囮役を任せなさい!」
「さっきの指示はどうするんだ!?」
「魔力を扱い慣れてない人だとリターンよりリスクの方が勝つ。最低でも30メートル以内に近づくのは禁止!」
死ぬかもしれないと言いつつ囮役を兄にお願いしたサヤであったが、同時にサヤは救助の過程で誰かを死なせるつもりなど毛頭なかった。
それは単純に誰にも死んでほしくない、という気持ちからでもあったが、誰かを犠牲にすることでツカサを助けられたとしても、助けられた彼女はその事実を引きずってしまうだろうし、死んだ人と親しい者がツカサへ恨みを募らせる可能性を考慮し、そうなる未来を排除しておきたいからである。
あくまでも自身の兄を一番危険に晒しているのは、例え、ツカサを助けるために兄が死んでしまったとしても、それを理由にツカサを恨んだりなどしないという気持ちが自身と兄にあったからだ。出来るものならサヤ自らその役を引き受けたくあったと思っている。
しかしそうなると、集団を迷いなく的確に指揮出来る人がいるのかどうか、サヤは懸念した。ここには社会人としての経験を積んだ大人は十分なほどいるが、不測の事態や突発的な事態、初めての状況に対しても怯まず、正確に状況を把握し予想を立て、指示出しを出来る人はいるのだろうか。もし下手な指示で動かされたりすれば、指示に従う側が怪我をするリスクは上昇する。それでは意味がない。サヤが避けたい未来へ逆に近づいてしまうことになる。
だからこそ、多少の反対が出てこようと自分が指示を出す側をやると決めていた。そう思うサヤだったが、
「こんな小娘の言うことを、よく皆聞いてくれるわよね……」
予想以上に自分の指示を聞いてもらえたことに、内心では驚いてもいた。人間というのはどの年齢でも、自分より年下の意見に従うのは抵抗がある生き物だというのが、サヤの持論だ。まして相手との年齢が離れるほどその傾向は強まり、相手の態度が悪ければ相乗的に悪化する。
サヤの年は19歳。対外的には十分に論理的な思考が出来ると見做される年齢だが、年若さゆえの経験不足に状況の判断ミスや、無知からくる慢心に油断などもありがちな年齢でもある。彼女の倍以上に生きている人達からすれば、まだまだひよっ子。そんな若い人の指示なんて信用出来るか、と受け取られても仕方ないはずなのだ。特にサヤは普段の言動を自覚している節があるらしく、他人から見た自分の印象は良くないだろうと想像していた。
だが、何故かサヤのケースではそうはなっていない。寧ろ自分の出す指示が逆に一定の信用を得ていると感じられるくらい、割と素直に動いてもらえている。頭の回転が早い方のサヤも、それがどうしてかは把握し切れていない。マジックネイティブであることがプラスの作用を齎している、という可能性は思い当たっているが、それだけでここまで従ったりなどしないだろうと。
もしこの場にケイスケがいた場合、妹へ向かって可笑しなことを言っているなと思いながら苦笑したことだろう。
言うだけなら簡単、言ってやり遂げるのは難しい。どんなことだろうと言うだけの人には誰も従わないが、言った上でやり遂げられる人には従う。サヤは後者の側に立っている。
彼女はそれだけの能力を皆に証明していた。年齢の壁を超えて伝わるほどの優れた判断力と果敢さを。
巨大植物が起こす突風で、時折石が飛んでくる。偶然なのか狙っているのか、体のスレスレの位置を通り過ぎることが多い。後ろの2人は偶に飛んでくるそれを警戒し、被弾面積が少なくなるように立っているが、サヤは堂々と正面を向いた姿勢で見据えていた。
当てられるものなら当ててみろ——そう語るかの如く。
「サヤさん、囮役が飛んできた石で頭を切る怪我を!」
「ここへ連れてきて! すぐに治療するわ!」
「あの魔法を維持しながらか!?」
「時間が勿体ないのよ! あと、投石から身を守れる防具があれば取ってきなさい! 私の分は後でいいから2人分、下で頑張っている囮役にもヘルメットを。急いで!」
即座に指示を飛ばしていくサヤと、それに応える周りの人。懸命に救助作戦を続ける彼らを前に、状況は刻一刻とその姿を変え続け、牙を剥こうとしていた。
*
「一体何が……!?」
ここまで、下で動く人達の動きをただ見下ろす形でずっと追っていた私。
根元付近にぞろぞろと集まって何かを話しているかと思えば、その数分後には示し合わせたかのように校舎の中へと消えていき、マットなど柔らかそうなものを持って校庭に戻り、一ヶ所へ積み始める。それは大体私のいる位置の真下付近。
その間に校舎屋上でも2〜3人の人が出入りし、1人が屈んだ姿勢で屋上の床に何かをしており、作業が終わると1階へと戻ってまた集合。何かしらの話し合いらしき行動を取った後、再び解散。ここまで来ると私でも何をしようとしているのか、凡その見当が付けられた。
更に3分ほど経過した頃。屋上に人が3人いるのが見える。そしてその内の1人が立ち止まると、その人のいる足元から紫色の光が放たれ出したのを見て、誰か確信した。
「——サヤ!?」
私の驚いたタイミングより少しして、こちらを閉じ込めるように半球状のバリアみたいなものが発生する。発生したバリアは非常に大きな半径を有しており、中心点となる場所は地上付近にありそうなのに、かなり高い場所であろう私のいるところまでを内側に入れていた。
恐らくはサヤが発動した魔法だろう。何の効果かは不明だが、私の体に影響は出ていない……そう思った直後だ。こちらを拘束していた植物が急激に動き始めたのである。
木に置き換えるなら幹から分岐する枝。植物は茎から分岐して伸びる葉柄、そこを目に見える速さで動かし、暴れるように振り回し出す。
当然、私を捕まえている部分も例外ではない。
上へ下へと何メートルも揺れ、横方向には数十メートルも左右に激しく揺られた。それだけならまだしも、ツル状の部分は時に自らを捻るような動きをし、上を向いていた頭が下を向いたり、横へ45度くらい傾いたまま振り回す。
さながら絶叫マシンの如き加減速と三半規管への暴力に、条件反射で悲鳴を上げる私。
更に、長時間に渡って高い空中から地面を見下ろしている恐怖と、静止状態から急に動き出したことへの反動。加えてこの状態でもなお私を落とさずにいる拘束力、それに起因する腹部への圧迫感。それらが急速に心身を疲弊させていく。
「早く……抜け出さないと……」
これがもしサヤの意図した行動であるなら、何か目的があってのことのはず。きっと植物が暴れるように動いているのは、そうなるようにサヤが誘導したからだ。多分サヤはこの魔法を通じてこちらを助ける方法があると考えてやっている。
だったらこれはチャンスなのだ。これまで脱出するためにやったことは上手くいかなかったけれど、この状況でなら何か抜け出す方法があるかもしれない。私はそれを見つけ出し、サヤの狙い通りに動く。体全体に疲れを感じながらもそれを希望に足掻くのだ。
物理的な拘束が緩くなった訳じゃ……ない。魔力の分離も出来そうに……ない。魔法は……ダメ。
激しく揺れ動く中、1つ1つやれることを試していく私だが、変わったところはまだ見つけられない。そもそも魔法に至っては発動すらしなかった。
まさか、この大きなバリアの魔法……魔法を封じるような効果があるの?
集中力が足りないせいかと思い簡単な魔法も試してみたが、全て失敗。いくらなんでもこんな魔法すら失敗するほど集中力が落ちているようには感じられない、何かが変だと思った私は、効果を予想した。
サヤが発動した魔法がそれであるなら、この状況に説明が付けられる。しかしだとすると妙だ。殆どが範囲内に収まっているはずのこの植物に、外見上の変化が見られない。魔力と【5族】の魔法によって異常成長しているはずだから、魔法が効かなくなれば恐らく元に戻るか崩れてしまうと思うのだが。
まさか既に起きている魔法には効果がない? いや、多分違う。
こんなに大層な見た目で、私だけに効果のある魔法なんて使うのは訳が分からない。ゆえに、本当に効果を及ぼしたかった相手はあの植物のはずだ。とすればこの状況、サヤにとっても望んでない状態なのでは? 今頃下で対応策を考えて講じている頃ではないのか? 下にいるサヤ達が対応してくれることを祈りたい。だけど、それをただ待っているだけなのは嫌だ。
「何か理由があるんだ。そのせいで植物は姿が変わっていない……」
急げ私。恐らくこの状態はそう長くは続かない。こんな規模の効果範囲がある魔法、少なくとも維持するだけで結構な体力が必要になる。サヤの体力が持つうちに見つけ出さないと。
落ち着いて急げ私。時間はないが、焦りながら何やったって逆効果。それは現実だろうとゲームだろうと一緒だろう。
出来るだけ冷静であるよう努めつつ、方法を探っていくこと数分が経過。ずっと巨大植物に振り回されていた私は吐き気を催してくる。
「うっ…………」
こんな状況で吐いたら思いっきり空から撒き散らすことになるので頑張って堪えているが、いい加減辛過ぎる。集中するのも難しくなってきたから魔法なんて起こせなくても、起こす準備が整えられない。
もう出来そうなことなんてないよ。どうしよう。そう弱音を吐いてしまう弱い自分が内心に出始めてきた頃、ふと自分の体内に意識を向けて、普通ではない感覚があることに気付いた。
体の中から何かを吸われているような、それが植物の中へと流れ込んでいっているような、あまり気持ちの良いものではない感覚が、私の中に存在する。それが何かは掴めないが、時間が経つほど脱力感と無気力感が強まっていき、何も出来ない、しようともしない生き物へと自分が変わってしまいそうな、そんな予感に襲われた。
「やば……い……」
まさか、この植物は私を捕まえている以外にも、何かをしている?
原因と考えられる巨大植物の方へ振り向いたが、喋る口など持たない植物は沈黙を貫く。何も出来ない中で見つけた1つの手掛かり。それに私が何らかの手を講じる前に、意識をも薄れ出してくる。
意識が薄れる原因はきっと、強まっている脱力感や無気力さと同じものだ。抵抗しなくてはと思いながら、私には既に抵抗するために必要な力が殆ど残されていない。
不味いと思いながらも、瞼が勝手に下がっていき、外からの刺激に反応を示せなくなっていく。
「せめて……」
意識が落ちてしまう前に、この植物へ一矢報いておきたい。私は最後の意地をかき集めて植物の表面、その薄皮一枚だけでも剥がすべく魔力の分離——それを強引に行おうとした。
それでどうなったのかは知らない。それを確認する前に、私の意識は閉じてしまったから。
だから私はその時、自分の傍に淡い光が発生したことに気付かなかった。




