決めていたこと
救出準備が始まる前のこと。体育館にいたサヤは突如として巨大な音と大地の揺れを感知し、外に出て周囲を確認すれば巨大な木のような植物が生えていたのを目撃した。
揺れと音に驚く体育館内の人達を落ち着かせ、何が起きたか様子を調べに向かった先ではケイスケがいた。そこで彼から事の起こった経緯を知る。
事実を把握したサヤは、自身の力だけではこの状況を解決にまで持っていくことは不可能であると判断する。そして、この状況において最も使える提案を出せそうな人物、イグノーツへと連絡を取った。
前にツカサがイグノーツからもらった、連絡用の魔法が入ったリストバンド型魔法紋。それと全く同じやつを使って。
『——ということなの。どうすればいい?』
『巨大な植物にツカサさんが、ですか』
落ち着いた様子でサヤの説明を聞いたイグノーツは、さほど動じていない。ただ、別のことを考えているような、どこか上の空っぽい答え方であった。何を考えているかは普通分からない。けれど現在の2人の状態は違う。その思考はリストバンドにある魔法紋を通じて、サヤへと伝わってくる。
『ツカサからの連絡がないの?』
イグノーツの心を読んで、初めてそのことを知ったサヤ。
『はい。もしツカサさんの身に何かあるなら、ツカサさんに渡したリストバンドがあるのでそれを彼女が付けてくれると思うのですが、その様子が見られません。何かそちらで分かりますか?』
『……意識がないってことかしら。ここからだと距離があって顔とか細かい部分が見えないのだけど。それとも何かしらのトラブルが起こった?』
『トラブルなら今目の前で起きていますがね』
イグノーツが放った冗談に対し、サヤは露骨に怒りの感情をぶつける。リストバンドを通じて感情はイグノーツに送られ、彼の精神にまでダイレクトに届いた。それは彼にとってキツいものだったのか、即座に反応が返ってくる。
『痛いですサヤさん。やめてください』
『今猛烈に貴方の姿で拷問するイメージをしたくなったのだけど、欲しいかしら? 特別に速達してあげるけれど』
『遠慮しますので、代わりにこちらの情報を受け取りませんか? その植物など今起きている異常の原因を共有出来ますよ』
自身の拷問イメージなんて送られたくないと思ったのか、イグノーツはすぐにサヤの求めている情報を提供するべく会話の流れを修正した。サヤもここ最近続いている異常な現象の正体についてはまだ聞いていなかったので、心の中で舌打ちしつつもその対案を承諾する。
『私、傷ついてもいいですよね?』
『どうぞお好きに。私は慰めたりしないから、一人で勝手に傷ついておきなさい』
自業自得である。リストバンドから伝わってくる彼の下手な泣き真似に、サヤは冷たい感情をプレゼントした。
その後、現在起きている異常現象は魔力災害、極大繁茂の予兆現象であること、ツカサが捕らえられている植物の巨大化もその一部であることをイグノーツは説明する。
聞くうちにとんでもない現象であると印象を抱くサヤ。見た目のインパクトもさることながら、現在進行形で起きているのがただの予兆であり、本命の威力を抱えた災害が今後いつか発生するという事実を前に、只々頭を抱えそうになる。
『助ける方法はあるの?』
もしツカサを助けることが出来ないのなら、これだけした会話が無駄になるどころか、サヤにとっては今後の行動にも関わる点となる。それだけは確認しておきたいという気持ちが言葉に表出する。
『あるにはあるのですが、方法的に難しいと言わざるを……』
『まず方法を教えなさい。逡巡する時間すらこっちは惜しいの』
『ではこれも一から説明します。しっかり聞いておいてくださいね』
イグノーツはサヤに、魔法における族という概念とその中でも【5族】とそれに関係するものを説明した。
聞いた端から知識を頭に叩き込んでいくサヤ。マジックネイティブとしての理解力の高さ、記憶力を最大限に活かして彼が伝えてくる様々な情報を吸収していく。そんなサヤの理解度を確認しつつ、イグノーツもまた話を進める。族の説明が終わると今度は救助するための具体案を語り出した。
彼がサヤに教えたのは、植物に影響を与えている【5族】の魔法に対し、【6族】にある『結界内の魔力圧を上下させる魔法』で対抗する方法。魔法が発動するには魔力圧の変動がない、或いは少ない状態を維持することが重要であり、それを崩す手段を取れば植物を変化させている【5族】の魔法は効果を維持出来なくなって、ツカサの拘束が解かれ救出出来るという理屈だった。
『この方法、魔法の発動者が範囲の内側にいたらすぐに効果が切れない?』
サヤはその方法を覚えて理解すると、すぐに気になった点を質問した。
『ええ。ですから魔法の発動時にはサヤさんは必ず効果範囲の外にいて、効果範囲の外から魔法を持続させなくてはなりません。範囲内では魔法は使えなくなりますので』
『遠隔発動ってこと? こっちでは結構な高等技術って言われているけれど』
魔法を自身から遠くに発生させるのは、すぐ側に発生させるよりも難しいと言われている。理屈としては簡単で、狙ってる場所の魔力を制御する精度が、遠くになるほど落ちてしまうから。1級魔法士であれば多少は出来る技術であるし、不可能というほど難しいものではない。だとしても、
『これ全体を影響範囲に収めろってこと? それって相当な半径になるし、かなり遠くからやらないといけないわね』
殆ど真上まで見上げなければ天辺が見えない。そんな植物を前に、サヤは気後れしそうになる。
『そちらの情報が視覚的に分からないので仕方ないのですが、ツカサさんがいる位置を地上から範囲に収められるようであれば問題ありません。空中を起点に発生させることは出来ますか?』
『難しいわ。距離が正確に測れないし、やるなら地上での方が確実だと思う』
空中を起点に指定する場合、正確な位置で発生させるのは困難であるとサヤは判断する。起こそうとしている魔法の効果からして、一点の場所の魔力を制御するのではなく、範囲に応じた外縁部の魔力を全て制御しなければならないと予想された。
サヤはイグノーツが言ったことの意味を実感してくる。1人の魔法士では到底維持しきれない範囲と魔力量が想定される話。狙ってツカサの周囲だけやれるなら、まだ範囲を狭く1人でも可能な分に限定出来るだろう。しかし、サヤはツカサのいる場所と距離を地上から正確に測ることは難しいと判断した。自身の魔力操作技術の限界から、現実的な選択肢より除外している。
『もし魔法を発動させる場合、ツカサさんがいる位置から救出する予定の位置、そのライン上をカバー出来る範囲になるようしてください。私の知っている物と同じであるなら、その植物は偶然ツカサさんを巻き込んだわけではありません』
『意図的なものだって言うの? どうして……いえ、それは後でいい』
理由を考える余裕が欲しかったが、こうしている間にも時間は過ぎていく。サヤは必要な不要なことに思考を区別し、今の思考は不要なものとして切り捨てた。
『恐らくだけど、ツカサは学校の校舎より6倍……多分それより高いところにいる』
『校舎の階数は?』
『3階』
『日本の建築基準で考えるならば……60メートル以上、上空にいるということになるでしょう』
ざっと計算した結果、ツカサのいる場所が地上から60メートルは上だと知り、サヤの瞳が揺れる。その高さからの落下はエアマットなどがないと衝撃を吸収し切れず、衝撃吸収緩和のためのものがあっても、良くて骨折、悪ければ命に関わる怪我をする恐れがあると考えられた。素肌の地面にそのまま衝突すれば、想像される光景はキツいものになるだろう。
『魔法の範囲は余裕を持って70以上、可能ならもっと広く拡大してください。恐らくいま植物は大人しくしていると思いますが、拘束が解除されれば取り返そうとするはずです』
『私だけでカバー出来る分を超えているわ』
『カバー可能にする手はあります。ともかく、このやり方では3つの重要な点があります』
1つ、魔法の発動者は範囲の外から『結界内の魔力圧を上下させる魔法』を遠隔発動し、それを救出が成功するまで絶対に維持すること。
2つ、上記の魔法を発動中は効果範囲内で魔法が使えなくなるため、魔法以外の方法で落下してくるツカサを受け止め、すぐに巨大化した植物から距離を取れる態勢を整えておくこと。
3つ、救出を完了するまでの間は植物が妨害してくる可能性があるため、ツカサやサヤを守るための囮が必要になるということ。
イグノーツはこの3つを実行出来なければ、救助は難しいとサヤに述べる。
『出来ますか、これらを実行することが』
『……生憎、どれだけ難しいと言われようと私にも譲れないものがあるの』
サヤはそう心を通して答えて、横に立っている兄、ケイスケの方へ視線を移す。
「兄さん、今からツカサを助ける準備をするわ。手伝って」
「あ、ああ、分かった。随分と長いこと考えてたけど、方法は見つけたのかい?」
ケイスケはサヤがイグノーツと連絡を取っていたことを知らない。
彼から見て妹のしていたことは、リストバンドを腕にはめた後、ずっとその場で考えるように立っていたということだけ。長考の末に何らかの方法を思いついたようにしか見えなかった。
サヤは兄の方へ体も向け、ジッと彼の顔を見る。なんだなんだと戸惑うケイスケ。
「……兄さん。もし、それがツカサを助けるために必要なことだけど、万が一の場合やる人は死ぬかもしれない。そういう仕事を兄さんに任せたいって言ったら、どうする?」
その眼差しはいつになく真剣なものであり、何かを堪えるようなものであった。
時は現在に戻り、救助作戦を実行する直前。サヤ達は校舎のすぐ近く、植物から少し距離を取った場所で集まり最終確認の段階に入っていた。
「作戦の中でやることが分からないって人は?」
サヤが全員の方を見渡して問いかける。緊張や恐怖という感情を浮かべている者はいる。しかし、迷いという気持ちはなかった。
「サヤちゃん……本当に俺達がやることは、それだけでいいのか?」
「今回の場合一番重要なのは、救出が成功するまでの囮役。それを成し遂げるには最低でも数十分は全力で動き回れる体力があって、足腰が丈夫な若い人なの」
イグノーツが言うことが事実なら、作戦実行中に巨大植物が何かしらのアクションを見せてくる可能性は高い。その時真っ先に狙われうるのは、煩わしい魔法を実行している人間であると。
ゆえに安全圏から魔法を発動させたいサヤだが、距離が離れると魔力操作の精度が落ちてしまう。なので、遠すぎず近すぎずの距離から発動することになる。恐らく相手からの妨害は避けられないだろう。更にサヤは広範囲の魔力制御を行うため発動中は動けないという事情があった。
これを解決するには、作戦中サヤの代わりに狙われてくれる囮役が絶対に欠かせない。
比較的年齢層が高めの避難所内において、最低年齢に属するサヤは自分が動けない代わりに、その次に年齢が若くて運動が出来る人を選ぶことに決めていた。その最適任者としてサヤが選んだのが、自身の兄でありまだ21歳のケイスケだった。
「兄さんは私より2歳年上だけど、元は運動部で今もある程度体力が残っている。それに最近まで私の方でも体力強化をさせていたから、最近までサッカーをやっていたという人がいなければ、この中では一番動ける方よ」
「い、妹に体力強化されていたのか?」
「ははは……まあ、そうですね……」
隣の人に言われて、苦笑いするばかりのケイスケ。周囲の視線が刺さるように感じてか、目線が人のいない方へズレていく。
自信があるのか、任せていいのか困る反応。周りは当然心配になり出す。彼に任せてもいいのだろうかと。一応ケイスケだけに任せるには荷が重いと考え、他にも何名か囮役を募ってはおり、本当にダメであるならそちらに任せるという選択もあった。だけどサヤはケイスケの妹であるからこそ、彼のことをよく知っている。故に大丈夫だという自信が確かにあった。
けれどそれはサヤにだけ通じる話。他の人はそうは思わない。そのことを囮役を決める時点で予想していたサヤは、その場でケイスケと会話を交わす。
「……今一度聞くわよ兄さん。いいのよね?」
「勿論。ツカサさんを助けられるまで、あの植物の注意を引きつけておけばいいんだろう? 何とかしてみせるさ」
「死ぬかもしれないわよ」
大事なことであると言いたげに、再度の確認を行うサヤ。それでもケイスケは笑って言う。
「助けられるまでは頑張って生きるさ。それに、ここで何もせず成り行きを見守っているよりはずっと楽な役目だろ?」
「兄さん……」
「もし俺が死んでも、ツカサさんとは仲良くするんだぞ。大切な友達なんだから、恨んだりしちゃいけないからな。良いかい?」
優しく教えるように語るケイスケ。少し前に周囲に見せていた頼りない姿とは一転して、覚悟の決まった姿勢を示す兄。その姿を見た周囲の目から、心配するような視線が減った。それをサヤは一瞬の間に周りを見て理解すると、少しだけ笑みを浮かべ、用意していたかの如く次の言葉を放った。
「大丈夫よ。その時はツカサじゃなくて兄さんを恨むから」
「そうか……ええ!? 酷くないかなそれは……」
「だったら絶対に死なないように囮をやり遂げてね。でないと……残された私がツカサに何を吹き込むか、分からないわよ? ツカサは意外と純粋なところがあるから、私がそれっぽく言ったら信じるかもねえ」
サヤは不敵な笑みと共に脅す言葉を残し、驚愕しているケイスケから視線を外した。この瞬間、2人の上下関係は妹が完全に上であるとその場にいる誰もが理解する。
準備は整い、必要なものは揃え、役割も決まった。救出作戦開始まで、残されているのは合図のみ。
「——じゃあ、行きましょう」
その合図が今、全員に下された。




