表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/129

救出準備

 あれから悪戦苦闘すること暫く。私が置かれた状況は未だ変わっていない。

 何度もこの植物の拘束を解こうと魔力の分離を試みて上手くいかず、使えそうな魔法も試したがものの見事に効果がなく、打てる手は依然として見つからない。


「これもダメか……」


 思いつく限りの手はやっているが、まるで手応えがなくて気持ちの方も参ってきた。足の方が痺れてきて感覚がおかしくなり始めているのも厄介。集中しようにもそれが気になって邪魔になるから、魔法を起こす手や魔力の操作から精密さが欠け始めている。


 1級魔法士としてのなけなしの意地を出してやっているけれど、恐らく今のやり方だと抜け出すには時間がかかりすぎるか間に合わない。このやり方ではダメだ。別の方法を考えないと。

 残っている方法はなんだ? 魔力による分離はダメ。魔法によって植物の硬度を低下させたり、ゲーム脳みたく植物内に魔力のコアみたいなやつがないかと探ったけれどなかった。物理でゴリ押しするには何もかも足りない。


 頭を必死に回転させる私。色々なアイディアは思いついた端からやってみた後なので、もうぽんぽんと思い浮かんではこないし、これは絶対無理だと試しもしなかったアイディアばかり浮かんでくる。くっ、もっと良いアイディアは浮かべられないのか私の頭は。マジックネイティブなんでしょ! 物覚えが良くても必要な時に思い出せなくてどうするの!


 半分感情的になりながらも頭を動かし続け、


「……族の変換」


 思い浮かんだアイディアの中で、他よりも可能性を感じた発想を呟く。

 この植物の巨大化は5族の魔法の影響であるだろうとイグノーツは言っていた。5族は物体の性質を変える【変質系】の効果を持つグループで、その隣には4族と6族が隣接している。4族は【切断系】、6族は確か……【結界系】だったっけ? イグノーツから教えられたことを思い出せ私。確かあの人はそれぞれの族についてこう言っていたはず。


 4族は物体等を2つ以上に分ける効果のグループ。発生する魔力圧の幅は狭く、自然に発生しにくいがどれも危険で命に関わる事態が起こりやすい。

 6族は魔法が発生したところを起点に一定領域を囲うような効果のグループ。発生する魔力圧の幅は結構広い。その性質上安全度は4族と比べるまでもないが、効果が判明している魔法でもない限り使用にはリスクが伴う。なんでも、6族の新魔法を探すために実験してた人が、意図せず発生した『範囲内の空気を奪う魔法』で死にかけた事故があったとか。


 それでも変換出来るなら、6族の方がマシ。だけど……


 族の変換。そのやり方を私はイグノーツから聞いていない。なにより6族の中で判明している魔法があるのか、あるならどういうものかなどを聞いていなかった。ゆえにこれを実行するなら、正しく魔法の族を変換出来るか定かでない状況で、“効果不明”の魔法を発生させるリスクを伴わなくてはいけない。


 身動き出来ない今、そのようなリスクを犯すのは危険過ぎる。もし今ここで族の変換が正しく出来たとしても、それがそのような命を失いかねない魔法であれば、私は助かるどころか死んでしまう。


 イグノーツと連絡が取れるリストバンド。あれをポケットから取らなくては実行に移せない。最初の頃にやってからずっと考えを試すのに必死でやっていなかったが、時間が経った今なら出来るかも。


 そう思って、私は手を伸ばした。


「……なんで」


 あと少し、ポケットの中に触れられそうな距離まで来て腕は動かなくなってしまう。


「……なんで急に動かなくなるの?」


 理解が出来ない。なぜこのようなことが私の体に起きているのか。

 自分の手なのに、自由に動かせない。そのもどかしさが今の私には辛い。どうして動かないの……私がそう自問自答した直後だ。


 “危ないところに進んで突っ込まれてそれを守れとなっても、困る話だと——”


 ふと、頭の中でイグノーツの声が再生された。それはあのデパートの一件の時、彼から聞いた言葉。なぜ今急に、その言葉が思い出されたのだろう。思い出すと耳が痛くなるような、後ろ向きな気持ちに襲われる。


 横から吹き付けてくる風に煽られ、髪が揺れた。反射的に目を閉じると同時に頭を下げる。そして植物の根本の方を、偶然だったけど目に入れた。


「誰かいる……?」


 この事態に気付いたのだろう。校内に生えてきた巨大なこの物体に驚き、何人もの人影が根本の近くに集まっていた。ここからだと遠すぎて誰が誰だなんて分からないし、心を読める魔法でも距離的に読めないけれど、私はその中に知り合いがいないかを気にした。


「うっ……」


 圧迫されてる腹部の当たりに痛みが走る。


 最初の時からどれくらい経った? 時計を見れないので体感でしか測れないが、30分以上は余裕で経過している気がする。1時間? それとももっと?


「…………どうして、私は」


 自力ではこの状況に解決の糸口を見つけ出せず、下の人達が何かしてくれることを祈る。そんな自分が情けなく思えて、同時にそれに期待しかけている自分の心が、胸の奥を刺すようだった。





 地上ではサヤ達がツカサの救助をするべく動いていた。

 校内にツカサがいないかの念を入れた捜索。捕らえられている人を確認するため双眼鏡などの要請。巨大植物を中心に一定距離ずつ白線を引かせる。万一の落下の衝撃を和らげるために大量のマットを準備。スタッフ達やそれに協力してくれる避難所の人達の働きのもと、着々と準備は進められていた。


「サヤちゃん、他に必要なものはあるかい?」

「そうね。使うかどうかは分からないけれどメガホンをあれば持ってきてくれる?」

「俺達はどうすればいいサヤちゃん。もっと毛布を集めてきた方がいいか?」

「お願いするわ。あの高さからだとこの量で足りるか心配だし、落下の予想位置も広がりそうなの」

「だったら1階に入れておいた予備の布団を出してくるか。行ってくる」

「注意してねロクトさん。片付けてはいるけれどガラス片とか足元に残ってるかもしれないから」


 休むことなく人が動き、その中心にはサヤが立っている。スタッフ達も多くは彼女の指示に従っていて、とてもよく言うことを聞いている。その理由は、彼女が魔法士として避難所に貢献しているためだ。


 避難所にサヤが訪れ2週間ほどが経過したが、その間に彼女は怪我人の治療や街中に放置された死体の焼却処理、それに伴う悪臭の改善、街中のスーパーなどから必要な物資を厳選して集め、極大繁茂の予兆が起き始めてからは、物資調達に出た人達が迷わないようルートの整備から案までを出し、溜まっていた問題の解決に努めてきた。


 それによって最初はサヤに信頼を置いていなかった人達も、彼女の人となりを理解するようになって一定の信用を得るサヤ。特に、迷いや動揺などを見せることが少なく、常に自信のあるような態度は周囲に強いリーダーシップを感じさせ、多少の口調的問題など些細なものとして受け止めさせている。


 結果、このような極まった非常事態になるとスタッフもサヤの言うことをまず聞くようになって、彼女を中心に動く体制のようなものが短期間のうちに形成されていった。


「あんたの妹さん凄いよな。こんなもんを前にして全くビビらず堂々としていて、しかも指示出しも出来るときた。あの年でここまで肝が据わってるとは驚いたよ」

「あ、ええ。そうですね」


 予備の布団を抱えて落下予想地点にまで早歩きで来たケイスケに、協力している避難者の男が話しかける。見るからに20以上も年上の人に対し、ケイスケは思わず敬語になる。


「あそこまで年齢差に関係なくリーダーシップを発揮出来る人ってのは中々見かけない。ひょっとして偉い人の近くで働いていたりして振る舞い方を学んだのかね?」

「えっと、妹からはあまり詳しく聞いている訳ではないので俺にはなんとも」

「確か1級魔法士だって言っていたよな……年もハタチ行ってるかどうかって感じだし、もしかしてマジックネイティブってやつか?」

「……ええ」


 言葉遣いからして人伝に聞いたような言い方だが、ケイスケは頷いておいた。

 するとサヤがマジックネイティブだと知った男性は「ほ〜」と感心したような声と顔をする。


「ウチの会社にもマジックネイティブの世代の子が今年入ってきたけど、凄かったよ。言われたことはすぐ覚えるし間違いも少ない。愛想の方はちょっと残念だったけど他は割と満遍なく出来てさ、俺らの頃は何度もミスをしながら覚えていったってのに、これが新時代かーって思ったもんだ。その子もまあ驚いたけれど、あそこにいる妹さんはそれ以上に見える。あんたも良い身内を持ったな」

「そ、そうですね」


 会話の中身はケイスケの妹が予想以上の子だったので褒めているという感じだが、聞いている兄の反応はサヤが褒められて嬉しいというものではない。どちらかといえば、どう受け止めればいいのか分からないという風な顔をしている。


 そのことを男性も、ケイスケの微妙な態度から気付いたらしい。


「ま、いいさ。この話はここで終いにしよう。今はあのツカサって子を助けるのが優先だ」


 そう言って男は自身から振った会話を打ち切った。

 間もなく目的地へ来た2人。その目の前には沢山のマットが敷かれたところへ毛布が積み重ねられている。2人は適当に場所を選ぶとそこへ持ってきた布団を乗せ、男性はまた布団を取りに校舎へ向かう。


「戻ってきたわね兄さん」


 ケイスケの後ろから呼ぶ声がする。彼はその声に気付いて振り返ると、そこに立っていたのはサヤだった。


「準備の方は進んだかい?」

「進めているわ。常識的に見れば素人としてよくやっている方だと思う。もう、こんなの初めてよ……」


 周りには聞こえない小さなぼやき。それを聞いたのはケイスケだけ。ケイスケはそれを深く聞いたりなどしない。サヤのことは、家族として、兄として理解している。


 彼女だって一人の人間。愚痴の1つや2つ言いたくなる時も、思いを口から吐き出したくなることもある。それを理解しているから、ケイスケは次に言う言葉も自ずと決められた。


「らしくないね。緊張しているのか」

「私が緊張したら悪い?」

「いいや。でも緊張した姿なら俺の方が似合うと思うよ。サヤは堂々としている方が様になる」

「……兄さんが羨ましいわ。今からでもいいから立場とか生まれとか、全部変わってくれないかしら」


 無理難題を突きつけてくる妹に、ケイスケは苦笑した。サヤは冗談を言った後、全身に感じていた緊張が少し和らいだことを感じ取る。


「ありがとう、兄さん」

「はて、俺は何かしたっけ。忘れちゃったよ」

「大丈夫よ。私が覚えておくから」


 こわいこわい、と冗談めかして笑うケイスケ。そんな兄の様子を見てフッと笑みを溢したサヤは、すぐに表情を直した。

 そして、これから手伝ってもらうから待機するよう兄に告げる。


「分かった。サヤも気をつけてな」

「危ないのは兄さんの方でしょ。私よりも自分の心配でもしていなさい」


 サヤは巨大植物の方を見上げ、未だ垂れ落ちている葉柄を見遣る。ツカサを拘束している奴から地上までの間には、合計4つほどの節が見られる。その全てに1つの葉柄がくっついていて、像のように動かない。


 これからやることを頭に叩き込んでいたサヤは今一度それを確認し、そして、彼に向けて心で喋る。


『……このやり方で合っているんでしょうね』

『サヤさん達が手順を守って実行すれば、ツカサさんを拘束している植物は半分くらいの確率で対処出来るでしょう。植物側の詳細が掴めないためそれ以上は保証できませんが、サヤさん達であれば何とか出来ると信じております。ただ、ツカサさんが拘束されてからどれくらいの時間が経っているか気になるところです』


 心を読む魔法で連絡している相手は、イグノーツ。

 遠方の地に行っておりこの場にはいない男の声が、サヤの中に聞こえていた。


『回復魔法ならすぐに出来るよう準備しているわ。こんなことで、ツカサを死なせたりしない』

『それは心強いですね。では……後は頼みましたよ。私はこちらでやらねばならないことがあるので、しばらく連絡が取れなくなります』


 イグノーツが唐突に放った発言に、サヤは思わず「は?」と口に出してしまった。ハッとなったサヤはそれが周りに聞かれなかったかさり気なく見て確認し、誰も気付いた様子がないと理解すると、再びイグノーツとの会話に意識を傾ける。


『どういうこと?』

『少々連絡の余裕が取れない行動をします。それ以上はプライバシーの都合によりお伝え出来ません』


 都合よくプライバシーという言葉が使われた気がして、思わず指摘するかどうか考えるサヤ。しかし、それはサヤも同じことだった。そもそもサヤの方からプライバシーを考慮しろ、現地のルールは守れと言ったので、強引に聞き出す理由がなかったのである。

 サヤは心の中で吐きそうになった言葉を飲み込む。


『ならせめて、どうしてこのタイミングなのか理由を聞かせなさい』

『ちょうどいまツカサさんのお願いで遠くまで来ているのですが、それとは別件にやりたいことが御座いまして。それをするのに丁度いい位置まで来ているのです。今を逃すと当分出来る機会がないと思われるので、ここで実行しておこうかと』

『それは、ツカサのことより重要なのかしら?』


 イグノーツが遠くへ行っている理由はツカサから聞いて把握している。必要なことであると理解もしていた。だがそれと別件で、しかも本の所有者であるツカサの危機より優先しなければならないことなのかと、サヤは目を細めながら問う。表情はこの連絡方法では相手に伝わらないが、感情の方は顔を見るより詳細に届いていた。


『どちらも私にとっては大事なことです。それに私の現在地ですとアドバイス以外手伝えそうにありません。なにより、ツカサさんの傍にはサヤさんがおりますでしょう?』


 それは、普通に考えれば仕方ないし当然の言い分であっただろう。彼が異世界の人間でなければ。引き留めようかとサヤは考えたものの、リストバンド越しに伝わってくるイグノーツの感情は真剣そのもの。本気でそれをしなければならないと思っている様子である。ゆえにすぐに諦め、了承だけした。

 2人の間にあった連絡が切れると、サヤは用済みとなったリストバンドを外して、ツカサがいる上空を見上げる。


 その顔は、大事な親友の安否を心配する顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ