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予兆に予兆なし

「……事情は分かったけれど、それならそうと事前に連絡をして頂戴。心配するわ」


 先日の雑草駆除、私は途中から無我夢中になって続けていた。その結果どうなったかというと、夜のご飯時にいないことが気付かれて迎えが来るまで戻らなかった。お陰でサヤを心配させてしまい頭をポカッと軽く叩かれる。


 サヤは他の人から聞いて私が今も雑草駆除をしている可能性があると、校舎の周りを探し出しすぐにこちらを見つけたため大事には至らなかったが、端的に言って「何をやっているんだ」と叱られてしまう。言い訳のしようもない。


「ごめんねサヤ。なんだかやっている内に時間の感覚が抜けちゃってて、ご飯の時間だってこと忘れてたの。次は気をつけるよ」

「気をつけるって言って気をつけられたら、みんな苦労しないわ。とりあえず今度からは2人でやりましょう」

「さ、流石に悪いよそれは」


 あの植物はその性質上、魔力を上手に扱える腕がないと危ないとイグノーツの説明から判明している。魔力の操作に馴染みがない人に手伝わせてしまうと危険だし、魔力の操作が上手いサヤには治療以外にも任せられる仕事がある。助けを借りられるとしたらサヤ以外にない。

 そうなったら困る人も多いはずだ。そんな事態は避けるべきと私は考える。しかし、


「大丈夫よ。丁度ここに暇していて、手伝えそうな人がいるの」


 そう言ってサヤは「おーい」と誰か遠くにいる人へ呼びかけた。その声に反応してやってきたのはサヤの兄、ケイスケさんだった。


「何か用か?」

「兄さん明日暇でしょ。ツカサがやっている雑草駆除の手伝いをして欲しいのよ」


 事情を軽く説明されるケイスケさん。ふむふむと相槌を打ちつつ把握した様子のケイスケさんはこちらを見る。


「でも、ツカサさんはそれでいいのか? 俺は問題ないけれど、ツカサさんの方にも都合だってあるだろ?」

「……ツカサ、どう?」


 ケイスケさんに手伝わせてもいいかと確認してくるサヤ。私は正直戸惑っていた。


「あの、今行なっている雑草って魔力を丁寧に扱える人じゃないと駆除が難しくって、だから私一人でやってたんだけど、ケイスケさんは出来るの?」


 そもそも私だけでやっていた理由はそれだ。別にあの作業を好んで一人でやっていたのではないし、ならざるを得なかった経緯があったのだから。適した能力を持つ人が手伝ってくれないと、あまり意味がないような気がするとこちらが考えていると、サヤが答える。


「魔力の扱いなら大丈夫よ。兄さんは試験を受けてないから魔法士ではないけれど、私が手解きして相応の腕に鍛えているわ」

「え?」


 そうなの? という視線をケイスケさんに送ると彼は苦笑して見せた。


「実際に見てみれば分かるわよ。ツカサは他に心配なところはないのよね?」


 サヤは自信あり気に笑みを浮かべ、私が後の質問に他に気になる点はないと答えると、明日の作業にケイスケさんを同行させる方向で合意することになった。






 翌日、校舎の東側へとやってきた私とケイスケさん。ここは学校の中で正門がある方であり、横を見れば運動場が存在する。そして、目の前には膝くらいの高さまで伸びている雑草の群生域。学校の中とは思えないほど遠くまで広がる緑の絨毯は、文字通りの草原であった。


「草原みたいだ……」


 同じことを思ったのかケイスケさんはそう口にした。


「今日はこの東側の草を取り除いていく予定です。結構な長丁場になると思いますが、大丈夫ですか?」

「体力は平均ある方だと思うから問題ないよ。にしても本当に丈夫な草だね」


 ケイスケさんは目の前に生えている雑草を抜こうとして抜けず、スコップで周囲の土を掘り出そうとするが頑強な根に阻まれて失敗したのか、「あれ?」という反応をしていた。そんな様子を後ろから見ているとなんだか間抜けに映り、笑いそうになる私。


「昨日も言ったと思いますが、普通にやろうとしても取れませんよ。まずは草と融合した魔力を分離しないといけないんですから」

「あ、ああ、そうだったね。今思い出した。どうやればいいのかな?」


 照れ隠しするケイスケさんにやり方を教えながら、2人で雑草の駆除を進めていく。そんな中、私にとって驚きの事実が判明する。


「ケイスケさん、魔力の扱いが上手なんですね」


 植物と融合した魔力を分離する際、繊維のように重なった魔力を解くのが基本となる。落ち着いて丁寧にやれば特に問題なく解けていき最後は勝手にバラバラになるのだが、とにかく量が多い。急いでやったり先を考えずに進めていくと糸が絡まってこんがらがるみたいな状態になり、余計に手間を取ってしまう。

 ただでさえ数が多くて集中力が切れやすい上に魔力の高い操作技術が求められるので、私でもミスしないかヒヤッとすることが何回かあった。


「そうかな? 妹にはまだ甘いって言われているんだけど」


 謙遜しているがケイスケさんは私が知っている人の中でも、5本の指に入るくらいには魔力の操作が上手い。丁寧に魔力を解く作業をそれなりのスピードを維持しつつ実行していて、こっちが1本の草から魔力を分離しきるのに10秒くらいかけている中、8秒くらいで済ませてしまっている。それはもう目を見張る早さだった。


 本人の才能によるものなのか、それともサヤの教え方によるものなのか。こうも上手いとこの腕に至るまでの過程も気になるが、いずれにしろ頼もしい戦力が追加されたと私は喜んだ。


「まだ持続力の方は分からないですけど、この早さでキープ出来るなら夕方くらいには終わるかも」

「夕方かあ。それなら晩御飯には間に合いそうだね。頑張るよ」

「どうしてこんなに上手いんですか? 昨日の話だとサヤが教えているって感じでしたけど」

「ああ、これには少し訳が……といっても妹の都合が7割くらいなんだけど」


 ケイスケさん曰く、元々は魔法の勉強なんてする予定はなかった。現在21歳なのでマジックネイティブ世代ではないが、幼少期より魔法具には触れる機会があり魔法自体にも慣れ親しんでいる。一応やろうと思えば魔法が使いやすい側だったろう。しかし魔法に関連するものへの興味がなかったため、その道には進もうとしなかった。魔法は魔法具で十分、他の人に任せるというのがケイスケさんの考え方であった。


 だがその状態を変えるキッカケとなったのが、妹のサヤだった。サヤはお兄さんに対してある日突然「魔力の扱いを学びなさい。拒否権は認めない」と脅迫してくる。理由を問うものの教えてくれない。断れなかったケイスケさんはサヤの教えのもと魔法を学び出した。魔法を使うには体力がいるので、体力強化のために肉体的にもハードな内容を課せられたという。


 最初はただキツかった。どうして魔法なんて学ばないといけないのか、そういう疑問を抱きつつ、仕方なくでもやり続けたと答えるケイスケさん。


「なんで断れなかったんですか?」

「妹が怖くてね……」


 サヤはマジックネイティブと呼ばれる世代。それ以前の世代と比べて世代全体で学習能力が高く、その能力を活かすべく学校の学習範囲も大学で扱うような内容が高校まで一部下りてきている状況だった。2つしか年が離れていないケイスケさんだったが、妹に対しては複雑な感情がない混ぜになるほど、明確に頭脳の『差』を感じていた。


「魔法でも比べられるのが嫌だったのかもな。世間ではサヤと同い年以下の子をマジックネイティブって言うのを聞いて、物覚えがいいだけじゃなく魔力の扱いも上手いって聞いて、サヤならきっと魔法士を目指すだろうから俺は別の方向に進もうって」


 そんな訳で当初は魔法なんて関わるつもりは毛頭なかったとケイスケさんは語る。


「だったら……」

「ああ。本気で断れば多分妹も折れてくれたと思う」


 ではなぜ断らなかったのか。そう聞くと、当時のケイスケさんには心境の変化が訪れていたかららしい。私はケイスケさんのことについて全然知らない方だと思うが、最近知ったことの中に1つだけもしやと思える心当たりがある。


「それってこの前聞いた……初恋の?」

「あはは。まあそうだね」


 少し恥ずかしげに応えるケイスケさん。

 初恋と魔法の勉強。もしかして初恋の相手は魔法士志望だったのかな。

 この前聞いたサヤの話も考慮すれば、最初の頃だけ接点があって廊下ですれ違うことがあったという。もしや上の学年の人だったり? それなら学年が違うからそれくらいしか機会がなかった、1年以上経つと向こうが卒業して会えなくなるって意味に捉えられるし。


 でも話しかけることは出来なかったんだよね。でも諦められなくて、それでその人と少しでも近づきたくて勉強を……ああ切ない。


 ケイスケさんの初恋で勝手な妄想を膨らませる私は大変失礼である。後で謝るべきだろうと一瞬思いつつ、思考は会話の内容へと戻っていく。


「お陰で妹のキツい授業にも耐えられたよ。公式の試験は受けてないからどれくらい出来るかは分かってないけど、ツカサさんが褒めてくれるなら、ある程度の腕はあるんだろうね」


 言い終わった後、ケイスケさんが寂し気な目をしているように見えた。声も最後辺りで元気がなくなっていく風に聞こえる。


「……気持ちを伝えなかったこと、後悔していますか?」


 こんな世の中になってしまっては、二度と伝えることも出来ないかもしれない。それどころか、二度と会えないかもしれない。好きな人はいないけれど、もし私がケイスケさんの立場だったら、どう思うだろう。そんなことを考えてしまう。


 私の質問に対しケイスケさんは「んー……」と腕を組んで悩む仕草をし、それから答えをくれた。


「半分くらい後悔で、もう半分が納得かなあ」

「それは……“分かっているけれど、気持ちではまだ心残りがある”、的な?」

「そうそう、それ! 言葉にするのが上手いねツカサさん!」

「そ、そうですか?」


 そういう風に言われたことはないけど、ちょっと照れちゃうな。


「あ! この草なんか他のやつと違って妙に強いぞ」


 話を切り上げるように私に向けて行ってくる。どれどれと彼が指で示している先を見てみるが、普通の草だ。


「特に変哲の無い草に見えますけど……」

「そう言わずにやってみてよ。これかなり強敵だから」


 そこまで言うなら…………むむ……なんだこれ、難しいな。

 ケイスケさんに代わって指定された草の魔力を分離しにかかるが、融合密度が今までに相手してきたやつの10倍以上はあって非常に密接……1つの物質みたくなっている。いや融合だからその通りといえばそうなのだが。


「どうしよう、ちょっと分離出来る自信がないかも……」

「後回しにしようか? これ一本にどれだけ時間を取られるか分からないなら、先に他の草をやって余裕があったらこれを相手にした方がいいと思う」


 それがベストっぽいっと私が頷きかけた時、マイナスGがかかった時のようにふわっと体が浮く感覚が全身に走る。


「うん……?」


 ……足元を見るとちゃんと地面に足はついている。


 気のせい? そう思った直後、私が駆除しようと格闘していた例の植物が急激に大きくなりだした。豆腐のように砕かれる地面。その裂け目より出現する植物の根と思しき多数の物体。


「え、なに!?」


 理解が追いつかぬまま植物は目の前で急速に成長していく。そのスピードたるや、地表に顔を出したばかりの筍の比ではない。童話に出てくる豆の木の如くグングンと高く太く伸びていく。数秒前まで膝くらいの高さだったのがすぐに1階天井付近までの高さになり、次の数秒で3階よりも高くなろうとした。


 私は危険を感じて植物より離れようとし、けれど植物の下側から生えてきたツル状の部分に足を取られてしまう。身動きが取れず不味いと思った時には、私の視点は2階と同じ高さにあった。


「——危ない! ツカサさん、早く降りて!」


 ケイスケさんが咄嗟に私へと叫ぶが遅かった。

 もはや聞き取れない高さにまで上昇してしまった私は、彼が言ったことを実行することも出来ない状態で、校舎の屋上よりも高い場所へと連れて行かれている。その上でなお高いところにまで向かわされようとしていた。


「これって……!?」


 まさか極大繁茂!? いや、まだ発生するまでの予想では最短で1週間以上はある。なら予兆の一部? 時期が早まったと考えるよりはそちらの方が現実的か?


 私は必死に考えをめぐらせて事態の把握に努めようとするが、その間も絶え間なく植物は成長を続け、樹齢何千年のセコイアの如く、ひたすら真っ直ぐに太く伸びていく。そして最後にはビルと肩を並べられるほどの高さへ至ったところで、成長が止まった。


「……どうしよう」


 高度何十メートルかも分からない場所で、私は1人きりになってしまった。

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