雑草駆除
校内に生えまくっている雑草が、校舎の中にまで侵入しそうになっていると誰かが言った。
実際ここ最近の植物の異常成長により砂地の地面は埋もれ、コンクリートでさえ侵食されかけているので不思議ではなかったが、まさか校舎の中にまで入り込もうとしてくるとは。
外と比べれば太陽の光が当たりにくく影も多い。栄養となる土だって碌にないはず。しかしそんなことお構いなしとばかりに大小無差別な植物が校舎の出入り口や窓から入ろうとしてきているのを見て、これは不味いとスタッフ達も思ったのだろう。
体育館に比べると校舎はほぼ使われていないに等しい。嵐で割れた窓ガラスなども散乱した教室が多く、2階3階と階を上がるほどそのままな傾向だ。それでも1階は体育館に置き切れない物などの収容スペースに当ててあるので、ここへ入れなくなると困る。
早速、日時を決めて校舎へ入る寸前の草を駆除しようということになった。私も駆り出される形で当日参加する。
……さて、私はここで本の中に書かれてある極大繁茂の説明に、このような一文があったことを思い出す。
“この災害で異常成長した植物は魔力との融合が進んでおり、頑丈かつ強靭で火災と外圧への強い抵抗力を有するため駆除が困難”
雑草駆除は始まって早々に難航した。なにせ枝のように細い茎や根が信じられないほど固く、切るのが大変だからだ。ハサミでも葉っぱに切り込み一つ入れられないと言えば、異常な固さが伝わると思う。コンクリートを割って生えてきているので、人力で抜き出すのも至難。
という感じで、切れない・抜けない・折れないと害悪レベルの強さであったため、普通のやり方では取り除けないと判断した私は未だ遠くに出かけているイグノーツに助言を求めた。そうしたら「魔力を分離して強度を落としてください」と言われたので、やり方を聞いて実行する。すると、
「おお、あんなに手強かった植物があっさりと……」
容易く取り除くことに成功してしまった。頑丈になっている原因は魔力と融合してのことなので、それをどうにかすれば元の植物と同じになる…………理屈は頭で分かっているけど、なんで魔力と融合しただけでこんなに頑丈になるんだ?
『ツカサさんはご存知ないかもしれませんね。魔力には周囲の魔力圧が変わらないとエネルギー……魔法を発生させる性質がありますが、この時発生させる効果は魔力圧の大きさに応じて変化するんです』
私の疑問を覗いたイグノーツの言葉で、そういえば国立魔法研究機関に行った時も似たような話を聞いたような、と思い出す。あの時にも魔力圧と魔力と魔法の間には関係があるって内容を詳しく聞いた覚えだけど。
『おや、既にその関係性について研究する段階まで来ていたのですね。でしたら今から話すことも飲み込みやすいかと思います』
それからイグノーツは魔力圧と魔法に関する話を詳しく説明し出した。私は聞きながら内容をまとめる。
曰く、魔力の状態を不安定化させた際に魔法が発生するという現象はイグノーツが知っている色んな世界で共通している。この時ある程度の決まった法則があることが知られていた。
それは魔力圧の高さに応じて、魔法の効果や性質などの傾向が分かれること。とある国で、同質の魔力を用いて魔法を起こそうとした時、高魔力圧と低魔力圧でどんな結果が得られるかという実験が行われた。当初の予想では効果の大小や範囲の広さが違うという予想であったが、実際には全く違う効果が発生した。それがきっかけでその国では様々な魔力圧下での魔法のデータを研究され、最終的に『族』という定義のもと魔法のカテゴリーを分けるようになった。
この族というのは【1族】から【9族】の9種類、そしてその両端である【0族】と【10族】の9+2種類あり、まとめて【基本系11族】と呼ばれる。それぞれが別の効果・傾向を持つものになるよう分けられたものだ。馴染み深いファンタジー世界風に置き換えるなら、炎系・氷系・風系・土系みたいな具合に。そしてこれがまた特徴的なのだが、それぞれの族では圧力の幅が違うらしい。
圧力の幅? といっても何のことか伝わりにくいと思う。かくいう私も一回聞いただけでは分からなかったので、一例を挙げる。1族と3族の魔力圧の違いだが、その世界ではこう明記されていたとか。
“1族は魔力圧が 21〜60 の間で発生するものを指す”
“3族は魔力圧が 301〜450 の間で発生するものを指す”
21から60の間で魔力圧を保った場合に発生するのが1族扱いなのに対し、301から450の間で発生するのが3族扱いされている。1族の幅は40くらいしかないが、3族の幅は150……3倍以上の幅。魔力圧が近いと似た傾向の魔法が起きるみたいだが、その幅は全てが一定の長さではないということだ。族によっては幅が全然なかったり、やたらと幅があったりする。
私はふうんと思いつつ聞いていたが、イグノーツが言うに、この幅が狭い族のものは発生させる難易度が高い。幅が狭いからちょっとズレると狙った効果が出なくなりやすいとか。
……ん? 私が国立魔法研究機関へ行く切っ掛けの一つで、魔法の成功率には使用する際に魔力へかかる圧力が関係している的な内容が書かれていた気が。
『幅の広い族と同じ感覚でやろうとすれば、失敗もしやすいでしょうねえ』
——まさかこんな形で答えが出てくるとは。
『話が脱線した気がするけれど、この植物が固くなっているのはその族のどれかが関係しているってことでいいの?』
『はい。恐らくは【5族】に分類される魔法の影響が出ているものと思われます』
5族とはイグノーツが教えてくれた中で【変質系】と呼ばれる効果の傾向がある族。物の性質や構造を変えるような魔法が発生するらしく、定義上の幅は魔力圧481以上800以下。ちなみに幅が広いほど族の中に存在する魔法は多いらしい。物体を中身から変えられる魔法が豊富に存在……色々と危険さを感じる族だなあ。
『そんなものが自然に発生してくるだなんて……なんで発生するのさあ』
『幅が広い族の魔法は、自然に発生する確率が高いだけです』
族の間で幅が違うということは、自然に魔法が発生する確率にも差があるということ。定義上は11種類に分けられる魔法だが、人為的に発生させたものを除けば自然界で起こるのは2、3種類がほとんどである。そのうちの1つが5族なんだとか。
異世界、魔法との付き合いが長いだけに研究が進んでいる。
『それは尤もだけど、ご尤もだけどさあ』
これから頑丈化した植物達を元通りにするための作業が続くと思うと、文句の一つくらい言わせてほしい。
不安定でなくなればすぐに効果がなくなる魔法という現象で、どうやって何日も効果を維持しているかは気になるところだが、植物を変質させている魔法は安定した効果を維持している。最悪だ。放置していて変わらないなら手を加えないと元に戻りそうにないということだから。
「ツカサさん、なんとか出来る? 私達では到底手も足も出そうになくて」
年上の女性スタッフがこちらへ振り向いてお願いしてくる。
魔力の分離は魔法士でなくとも多分不可能ではない。が、植物と融合している魔力は相当な密度で強固に結びついている。念には念を入れて慎重に分離させたが、それだと時間がかかりすぎる。
『少し雑でも魔力を分離出来ればいいかな……』
『駆除ですからどう扱おうと自由です。ただ適当に扱って族が変わったら危険ですよ。6族ならまだ安全な方ですが、4族は怪我をしてしまう恐れが高いので』
こんなんでも魔法が発動した状態なので、下手にやると隣り合う族である4族か6族に変わる恐れがあるとのこと。ちなみに4族は【切断系】と字面からして取り扱い注意な族で、「骨を切らずに済めばいいですね」と彼が心の声で忠告する程度には危ないようだ。怖すぎて鳥肌が立つ。
なんにせよ安全にやるなら、魔法士としての高水準な魔力制御が求められる、か。それでは他の人には頼めないなあ。スタッフや動ける避難者の中には若い人もいるけど、私と同じもしくはそれ以下の年齢はいなかった。つまり魔力の扱いに長けているマジックネイティブは私とサヤだけ。
となればこの避難所にいる人で対処出来る人は私含め異世界人で魔法の扱いが上手いイグノーツの3人。うちイグノーツは外に行っているので除外。サヤも今は長期の避難生活で体調を崩したり怪我をした人の治療を行っているので体育館から動けない。
ああ、私一人でこの校舎を包囲する全部の量をやらないといけないのか。
「分かりました……」
出そうになった息を飲み込んで、私はスタッフの人達へ承諾した。
雑草の駆除が始まって数時間、校舎の北から侵入しようとしていた植物達をなんとか3分の1駆除した。
……3分の1。これだけ頑張って時間を費やしても、3分の1かあ。一人でやったにしては上出来なのかもしれない。けれどまだ3分の2がそのまま残っている。夏場でなくて良かった。これがもし猛暑日での作業だったらとっくに熱中症で倒れている頃だ。
お水を飲んで一度休憩する。イグノーツが出掛ける前に大量に予備の水を用意してくれたので当分水には困る気配がない。それが避難所で暮らしている人達へ少し余裕を持たせており、水不足のストレスに悩まされないという良い影響をもたらしていた。
あの人がいなかったら今頃どうなっていただろう。私達はもうとっくに限界を迎えていただろうか。あの魔力嵐の日に生き延びられただろうか。あの日、デパートに向かっていたら。
……頭が余計なことを考え出した。もう十分休憩出来ただろうし作業を再開しよう。過ぎたことは過ぎたこと、切り替えろ。あの時のことはただの事故。そう思おうとして、イグノーツの言葉がなぜか思い出された。
“そもそも、貴方が自らの身を危険に晒していなければ、避けられたリスクだという話です”
「…………」
私はどこか、この事態の深刻さを認識していなかったのだろうか。目の前に広がる非日常的な光景から目を逸らそうとして、それに動じない人を想像して強がっていたのだろうか。
考えながら、魔力を分離して一つ一つ刈り取る。さながら自分の心に生えた雑念を刈り取るように。そうすることで少しだけ気分が楽になる気がした。
今日刈り始めた時より2〜3センチは伸びている植物を相手に、私は無心に駆除を続ける。それは一日が終わる頃まで、北側の雑草を全て駆除するまで続いた。




