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復讐の前進

 ツカサ達が避難している中学校より、東に2キロの方角にある小学校。魔力嵐による日本縦断後、付近に住む住民のうち50名近い人数と、10名近くからなるスタッフがそこへ集い、避難生活をしていた。


 この日、天気は晴天。昼に一番高く昇った太陽の日差しが、学校敷地内の建物へ濃い影を落とす。避難者の中にはまだこの学校へ通うような年頃の子供も3人おり、校内に設置された遊具で暇を潰していた。


「ねえ、あれなんだろう」


 遊具で遊んでいた子供が、ふと運動場の見える方角の空を指差した。その先には、小さな点がポツンと見える。目が悪いと見えなくてもおかしくないサイズの小さな点だったが、その子は視力が良かった。


 他の子は指の先にあるものを追いかけようとする。けれど指差す物が中々見つからない様子で、「どこー?」「どれー?」などと言いつつ探している。するとそれに応えるように、小さな点は段々と大きくなっていき、3人の子供はしっかりと点が見えるようになった。


「ほんとだー! なんだあれー!」

「なんか細長ーい」


 点は近づいていくると、次第に輪郭がハッキリしてくる。丸く見えていたのは縦に細長い物体であり、それらは更に下半分のところで枝分かれし、上の方でも三叉に分かれていた。その特徴的な外見ゆえに、子供達はそれが何なのかをいち早く察する。


「人……?」


 学校へ空から近づいて来ていたのは寛ぐように立った姿勢の人だった。その人は運動場の上まで来るとゆっくりと垂直に降りてきて、地面へ足をつける。あまりに不思議な光景に好奇心をそそられ、子供達はその人が運動場へと走り出した。


 子供達が駆け寄る姿を視界の端に捉えたのか、その人——ブラウンのコートを羽織った男はそちらへゆっくりと振り向き、そっと微笑んだ。


「おじさん誰ー? 今お空を飛んでたよねー? どうやったのー?」

「どうも皆さん。私はイグノーツと言うものです。魔法で空を飛んでこちらへ訪れたのですが、大人の方はいらっしゃいますか?」


 痩せ気味の体で丁寧に挨拶をしたイグノーツは、子供達へ尋ねた。


「大人の人なら校舎の中と体育館にいるよー」

「大人の人にご用事ー?」

「ええそうです。もし良かったら、皆さん一緒に連れてきてもらえませんか。私がここで待っているとお伝えして貰えると有難いのですが」

「そうしたらさっきのやつまた見せてくれる?」


 いいですよ、とイグノーツは微笑んだ。その窪みのある痩せた頬で。子供達は先ほどの魔法を見せて貰えると言われ、喜んで大人達を呼びに向かった。


 恐らく、彼らが大人を連れて戻ってくるまでに4、5分ほどかかるだろう。


「さて……」


 イグノーツが周囲を見渡して、何かを確認するような素振りを取る。その目は学校を覆うフェンスや植えられた木で形成された壁を見ているように映る。しかし、イグノーツ自身はそれらにピントを合わせている様ではない。


「——どうやら、学校の外に出て行っている人はいないようですね」


 落ち着いた雰囲気のまま一人呟くと、安心したように地面をトントンと靴裏で叩いた。

 間もなく、子供達に連れられて校舎内や体育館にいた大人達が運動場の見える位置へ出てくる。急に運動上へ現れた男を警戒しているのか、遠巻きに見つめているものが多数だ。


 そのことを察した風なイグノーツは、


「代表者はおりますでしょうか?」


 と、彼らのいる位置にまで届く声で呼びかける。


「俺が代表だ」


 イグノーツの呼びかけに、一人の成人男性が前に出てやってくる。肌が少し老化を始めていて、けれど未だ活力がありそうな30代くらいの男だ。


「こんにちは、私はイグノーツ・ステラトスと申します。まずはアポイントもなしにこちらへお邪魔したことを謝罪しましょう。本日ここへ来たのは、二つほど用があってのことです」

「……謝罪を受けよう。それで、用件とはなんだ?」


 代表たる男の方はイグノーツを信用していないらしく、自らの名は名乗らずに用向きだけを確認する。空から急に現れた人間への対応なので、警戒しているがためである。しかしイグノーツはそれを気にしない。


「まず一つ目、先日私の関係者が避難所の外、街の中で活動していた際にとある男達の集団によって乱暴されかけ、危うく心と体に消えない傷を負いかける事態が発生しました。彼らの名前を今から読み上げます」


 イグノーツは順に5人の名前を読み上げた。それらはあの時、デパートの中で嫌がるツカサに強引に事へ及ぼうとした者達の名前であり、その名を聞いた代表者は驚いた様子を示す。


「……以上。さて代表の方、これらの名前に聞き覚えはありませんか?」

「…………ここより追放した者達の名前だ」


 代表はそれら5名の者が、かつてこの避難所に避難してきて一時は一緒に暮らしていたが、その素行ゆえにスタッフ一同や他の避難者達に強く問題視され、やがて追放に至ったという経緯を説明する。


 イグノーツはそれを黙って聞きながら、けれど表情に変化は見せない。ただ静かに事の起こりを聞いているといった態度。


「その男達と、その者達に乱暴された関係者というのは、どうなったんだ?」

「私達の方で対処致しました。関係者……女性については何とか無事です。男達については私が最後に対応しました。証拠などもございますが、必要ですか?」

「そうか……迷惑をかけたことを謝罪する」


 代表が上体を前に倒して謝罪の姿勢を取ると、周囲にいた人が代表の方を見て微かなざわめき声が聞こえてくる。


「謝罪を受けましょう。一応フォローしておきますと、男達に乱暴される前、女性は友人を逃すために自ら囮になって姿を晒すという行動に出ていました。ですのである意味仕方ない部分もあります」

「仮にも女性をそのような目に遭わせて、仕方ないなどとは言えない。後々こちらから本人の方へ謝罪の旨を伝えに行かせてもらう」


 一時とはいえ自身のところに属していた人達が迷惑をかけ、あまつさえそのような事態に発展していたなどと知り、代表の男は誠意ある態度を示し出した。イグノーツはそれに少し満足したような笑みを浮かべる。


「結構。代表の意思は私が彼女に直接伝えますので」

「し、しかし……」

「大事には至らなかったとは言いましたが、全く心に傷が残らなかったという訳ではありません。襲われてからまだ日が浅いですので、見知らぬ男性の方に近づかれると要らぬ不安を抱いてしまうこともありえるでしょう。それに一つ目の用件はついでです」


 今のがついでと言われ、代表は口を半開きにしたまま立ち尽くす。既に彼の中ではこの異常な事態に頭の処理が追いついていない。周囲の大人達も、耳にした言葉を理解しあぐねるような戸惑った表情や、嫌悪感が滲んでいる顔色で二分されつつあった。

 それを軽く見遣って確認するとイグノーツは、代表の混乱が収まるのを待たずに二つ目の用件に入る。


「こちらが本題の用件です。現在、私はとある目的のために動いておりますが、まだまだ達成のためには長い道のりになるようでして、それを実行するために皆さんの協力を願いたく思いまして」

「協力……?」


 何を言われるかと思えば、協力。何かやりたいことを手伝ってほしいというところだろうか。物資の融通、はたまたは彼がいる避難所との情報共有? 他にも色々と考えられる。

 代表は頭の中で様々な可能性を思い浮かべた。少なくとも6、7種類。想像出来ていないだけでもっとあるのかもしれない。


「全員、ここで死んでくださいませんか?」


 しかしそのどれとも違う答えを、イグノーツの口から吐かれた。辺りが一気にざわめき出し、様子を見ていた子供達が傍の大人に庇われるような状態になった。子供達はイグノーツが言ったことを聞き取れなかった様子でポカンとしている。


「……今、なんと?」

「全員、ここで死んでくださいませんか?」


 聞き間違えを疑うレベルの発言だったため、代表は確認のため聞き直した。結果、自身の耳は正常であったことを認識したのだろう。周囲に目配せをしたあと、イグノーツへ向けて告げる。


「断る。決して受け入れることは出来ない」

「でしょうねえ。生への未練があるからここに集まっているのでしょうし」


 イグノーツは断られてもあっけらかんとする。初めからこうなることを予想、もしくは分かりきっていたのか、彼に動揺は一切見られない。


 直後、代表の横から数名の屈強な肉体をした男達がやってきて、イグノーツに立ち塞がるように間に立った。


「外国人……なるほど、用心棒ですか。それで彼らはここに留まれなくなってこちらにまで逃げて来たと」


 日本人とはかけ離れた特徴を有する彼らを見て、一人納得した風に喋るイグノーツ。彼から見てもその外国人達は体格が良い。純粋に肉弾戦をすれば賭けも成立しなさそうな相手だ。だが彼は冷静であり続ける。


「イグノーツ、お引き取り願う。そして二度と近づかないでくれ」

「ふむ……では最後に一つお聞きしましょう」

「何……?」


 そう言ってイグノーツは、コートのポケットから4枚のカードを取り出す。いずれも無地で何の柄もないものであったが、それぞれ白と黒、赤と青に色分けされており、それらを相手に見せるように片手で持つ。


「死ぬ前に見る色を選ぶなら、()()がいいですか?」


 場が沈黙する。それは即ち、イグノーツの答えだった。ここにいる人間全てを殺すまで帰る気はないという、宣戦布告である。


 一瞬の躊躇いの後、代表の男は外国人達の方を見遣る。


「——やれ!」


 用心棒たる外国人内でリーダーと思しき男。その一声で動き出す。しかし、


「では遠慮なく」


 イグノーツのその言葉と共に、外国人達の後ろで大きな音が鳴り響き、空気が激しく揺れ動いた。


「——!!?」


 大きな音に立ち止まり、後ろへ振り返った外国人の一人。彼は見た。先程まで沢山の人がいた場所より誰もいなくなっているのを。そして数秒後、人々のいた場所に大きな何かが落ちてきて、グシャリと何かを撒き散らしながら潰れる。

 一瞬、落ちてきたものが何なのか外国人は信じられなかった。何故ならそれは、さっきまでそこに立っていた人達だったから。


「…………!? …………!!」


 驚いて立ち止まっていた外国人が前へと向き直ると、イグノーツに突っ込んでいった他の外国人達が地面に倒れ伏しているのを目撃する。全員頭や腕から血を流して倒れていた。まるで相当な衝撃で重く硬いものに打たれたみたいに。


「魔法士相手に魔法を使わず挑むだなんて、とんだ素人ですね。肉弾戦の技術を修めているなら、魔法戦の技術も修めておきなさい。飛び道具を使った判断は認めますが、魔法戦闘を考慮していないからマイナスですよ」


 外国人の誰かが投げナイフなどを投擲して攻撃したのだろうか。イグノーツは自身に襲いかかってきた者達へ忠告のように話しかけている。しかし倒れ伏しているの者の中に起き上がる気配のある者はいない。流れ出る血の量からして、生きているのかさえ疑わしい。


 さて、と残った外国人一人を見つめるイグノーツ。外国人は身構える。


「おや、少しは魔法戦の知識がある方もいたんですね。ひょっとして軍務経験……いえ、魔法士相手を想定した訓練の経験がお有りですか?」

「——っ!?」


 何も言ってないのに、自らの経歴を見抜かれた。体こそ動揺した様子を見せなかったが、外国人の目が震える。


「まあいいでしょう。こちらの軍人やそれに準じる階級のものがどれほど戦えるのか、一度調べてみたく思っていたところです」


 ゆらりと、落ち着いた足取りで未だ立っている外国人へと近づく。そんなイグノーツを見て、対する外国人の男も手加減は出来ないと悟ったようだ。

 既に距離は非常に近く、離れることは逆に危険と判断。イグノーツの呼吸の裏拍に合わせて前進、相手の魔法発動より先に胸部の急所を殴って、動けなくしようとする。相手の咄嗟の魔法反撃に合わせて、自身への『対策』も施し済みだ。タイミングは完璧と思われた。


「…………っ!」


 しかし、なぜか攻撃は外れた。完璧に相手の急所を狙い正確に放たれたはずの拳は宙を殴り、逆にイグノーツは外国人の背後に立っている。


「ちゃんと物、見えていますか? 適当なところを殴って遊んでいる訳ではないですよね?」


 あり得ない方向から聞こえたイグノーツの声に、外国人は反射的に屈んで後方へ足払いを仕掛ける。しかし、なぜか攻撃は外れた。


「まさかこの世界の人間は『第3魔法戦』への対策どころか、存在さえ知らないのですか? 思ったより、魔法における技術差という物を実感しますねえ」


 今度は右横、数歩離れた距離辺りから声がする。外国人も、流石にこの異常な事態が魔法によるものだと気付く。

 恐らくは自身が何らかの魔法にかけられて、正しい認識を歪められている。そのせいでイグノーツの居場所を正しく認知することが出来なくなっており、居もしない方向を殴ったり、居もしない方向から声が聞こえたりする。外国人は頭の中でそう推測を立てた。


「おや、大分正解に近づいていますよ。流石は経験値が違いますね。順応が早い」


 するとイグノーツはその()()()()()()彼を褒めた。心が読まれていることに驚いたのか、ビクッと動揺する相手。


「では特別にご褒美といきましょう。今から私は貴方にかけた魔法を解いてあげます。そして殴り合いに応じましょう。ただし早い者勝ちです。先に当てた方がチャンスですよ」


 次の瞬間、外国人にかけられた魔法が解かれた。イグノーツは男の真正面、数十歩の距離に立っている。


「さあ、どう——」


 銃声。パンパンという音が運動場に響く。どうやら外国人は拳銃を隠し持っていたよう。正確に眉間や心臓のある位置を狙い、弾がなくなるまで撃ち切る。


 撃ち終わったあと、外国人は興奮のあまり息を切らしながらその場に立ち尽くす。


「はぁ……はぁ……」

「気は済みましたか?」


 イグノーツは平然とそう問いかける。無傷だった。


「拳銃を使ってはダメとは言ってませんからね。良い判断でした。次はこちらの番と行きましょう——ヘルトラ・プル・イアペト」


 謎の呟きと共に、イグノーツの体が輪郭以外黒く塗り潰されていく。やがてその輪郭は大きく変化、巨大かつ無骨な姿へ変じる。輪郭以外のものが再び視認出来るようになった際、彼の姿は灰色の肌に、体の各部へ輪切りにするように——または輪の形に——彫られた黒い紋様、それが随所に見受けられる威圧的な風貌、3メートルに至るであろう巨大な人であった。


 ここへ至り、外国人は自身より逞しく大きな体をしたイグノーツと相対する。生まれてこの方、首を持ち上げなければ顔が見えない相手などいなかった。生存本能すら沈黙する絶望感。もう、彼にはこの状況をどうこうする術など思いつかない。


「——我が拳によって、死ね」


 イグノーツは力の限りでぶん殴ると、外国人は凄まじい音と共に校舎の2階まで吹き飛んで教室内で倒れた。指先一つピクリとも動かず、瞳からは光が消えている。即死である。


 それを見て分かったのか、イグノーツは先程と同様の方法で姿を変え、コートを着た痩せ気味の姿に戻った。


「範囲内の人間に生存者なし……とりあえず良しとしますか。子供達は最期に楽しんでくれたでしょうかねえ。空を飛ぶことに興味があったようなので、校舎より高く打ち上げてあげましたが」


 心残りのように子供達のことを語る。この学校へ訪れて最初に話しかけてくれた相手だけに、思うところがあったのかもしれない。


「ひとまず、敷地内の死体はまとめて消しておきましょう。ここから発生する臭いが原因で、ツカサさん達が困ったら大変ですからね。さて……」


 彼が片手を開くと『異世界災害収集録』が現れて、勝手にページが開かれる。そこには一文だけ数字が書かれてあった。


 “6,927,250,058”


「あと69億……先は長いですねえ」


 出現した数字を見て、イグノーツは困ったように笑いながら遠くの空を見つめた。

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