外食
前略。私は呪われました。
何度捨てても戻ってくる本のせいです。ぐすん。
「呆れたわ……」
休みの日の昼下がり時、お昼も兼ねて友達を誘って外食に行った私。
現在地は洋風レストランの店内。その中の二人用テーブル席についてやってくる食事を待ちながら本に呪われたことを話すと、サヤは言葉通り呆れた素振りをして見せた。
「そんなコッテコテの古典的呪いが現存していたこともそうだけど、それにまんまと引っ掛かってしまう間抜けな貴方にも驚きね。遺言があるなら聞いてあげるわ」
「冷たくない!?」
「自業自得よ」
空調の効いている店内よりも冷たい女、サヤ。それが私の友達だ。
「その通りだけど、もっと慰めてよ! 呪いは殆ど不可抗力だよ!?」
「だからこそ、事前に可能性を疑っていったり怪しい物には触れない、近づかないことで回避も出来る。それが呪いよ。これは注意を怠った貴方の問題で終始するわ」
「呪った人! 呪った人がこの世のどこかにいます! そいつが悪です!」
「潔く腹を切れ。私の友達なら、誇り高く死になさい」
助ける気ゼロ!? そして友達にキツくない!?
というか死ぬこと以外道はないみたいに言わないでちゃんと考えろ!
私はポカポカとサヤを叩き猛抗議する。
「もっと背中側を叩いてくれると嬉しいわ」
「え、こ、こう?」
「その調子でお願い。最近座ってばっかの仕事が多くて体を動かす時間が取れないの」
「なるほど〜大変だねえ……って違ーう!!」
私はサヤの表側に回って再度主張した。「あら」とか言って残念そうにするな!
そんなことをやっていたら注文していた料理が運ばれてきた。店員さんに変な目で見られる。違うの店員さん、私が席を立っていたのはこの人のせいなんです。
「マナーがなっていないわね。店内で用もなく立ったままだなんて」
「んんー? 誰のせいで私が席を立ったのか記憶にございませんか?」
「それは本当に私のせいかしら。少なくともあの時「今はレストランの中だから無理です」と言えば断れたと思うけど。ねえ、本当に私のせいだと思う?」
「ああ言えばこう言う……!」
実際にその通りだと思うから言い返そうにも自分の不注意も抉る形になるため言えない。けどそれはそれとしてムカつく!
目の前で怒りを滾らせている相手がいようが涼しい顔をして過ごす女、サヤ。
「まあいいよ。別にサヤに話してどうにかなるとは初めから思ってないから」
私は怒りを収めるためにもひとまず食事に手をつけることにした。
そうだ。そもそも話したくらいでどうこうなるだなんて思ってない。サヤは私と同じ高校に通っていた友達だけど、呪いのエキスパートという訳じゃないし、本人もそっち方面への関心は薄い。ただ私がこの気持ちを共有したくて呼んだだけ。
本を手に取って読もうとしたら、よく分からないうちに呪われてたという理不尽な体験のことを。
「でも、聞いている分には面白いわね。題名のない読むと呪われる本か……」
「正確には題名はちゃんとあるんだけど、普通の本じゃないのは確かよ」
私があの本を捨てようとしてから色々なことを試してみたが、何にしても特殊なのだ。既に言ったようにいくら捨てても戻ってくるという特性以外に、燃やそうとしても燃えない、ページを千切ろうとしても千切れない、ハサミを持ち出して実行しようとも一ミリすら切り込みが入らない。まるで破壊を拒むように……。そんなことして余計呪われない? と弟には言われたけど、私は考えつく全ての方法を以てあの本を抹殺せんとした。が、ダメだったのである。
「一応聞くけど、持ってきてないわよねその本」
「持って来れないわよ。言ったでしょ、普通の本じゃないって。人前に出せるようなものじゃないの」
「なら良かったわ。呪いが移ったりしたら大変だもの」
……持ってくるべきだったかな。もしサヤに移ってくれれば私助かったのでは。
でもサヤに呪いって効くかなあ。あんまり呪いとか効かないイメージがあるから、逆に跳ね返されて痛い目を見そうだし。やっぱ持って来なくて正解かも。
「ちなみにタイトルは何て言うの?」
「えーっと確か『異世界災害収集録』だったっけ」
「……検索しても出て来ないわね」
ネットでいま調べたらしい。私は既に検索しているから知っているが、こんなタイトルの本は存在しない。
そもそも完全にお手製と思われ国際標準図書番号すら付いていない本なので、ネットで調べようが出てくる代物じゃないだろうことは想像に難くない。ふっ、思い知ったか。
「名前からするに異世界の災害をあれこれ記載した本ってとこかしら。とても呪われているような本っぽくない表題だけど」
「でしょー? とてもじゃないけど自然科学とかそういうのを扱ってるタイプの本としか思えなくてさあ、これで呪われてるとか回避しようがないよ。私は悪くな〜い」
「はいはい。で、内容はどうだった?」
本の内容を聞かれたので、私は自分の身に起きたことを交えながら話した。
本を読んだ瞬間どこか知らない場所にいたこと、そこで嵐に遭遇したこと、本を読んだらそれが魔力嵐という現象だったこと、本を書いたと思しき人の言葉など。
サヤはジュースをストローで吸いながら静かに聞いていた。そして全てを聞き終えると、ふうんと口を開く。
「……どうしてそれで呪われてるの?」
それは私が一番知りたいよー。
「けど内容は凄く興味あるわ。今までの情報から考えて、その本にはイグノーツ・ステラトスという人が異なる世界で見聞きした現地特有の災害が記してあるんでしょ? 他のページにはどんな災害が記載されていたか覚えてない?」
呪いなんて所詮他人事だからか、純粋に中身が気になり出してきた様子のサヤ。
なんてやつだろう、私は是非とも呪いを変わって欲しいくらいなのに。食事する手を一旦休め、仕方なしに説明する。
「残念だけど魔力嵐のこと以外何も書かれてないの。他のページは真っ白で何も書かれていないから」
「そう。でも話を聞いた分だと元々は何も書かれてないように見えたんでしょ? だったらきっとまだ書かれているはずよ」
現在は自室の机上に置いて放置しているその本は、魔力嵐について記した部分とイグノーツ・ステラトスの言葉以外は真っ白のまま。
しかしサヤの言う通り、何かしら条件を満たせば他のページにも文字が浮かび上がってくるかもしれない。試そうと思う気は今のところないけど、まさかあれだけしか内容がないなんて有り得ないと思うのだ。
「…………魔力嵐、ね」
私が考えに耽っていたため少しの間会話が途切れ、サヤがふとそう呟いた。けれど私は考えるのに夢中でそれには気付いていなかった。
「ねえツカサ。私達の世代が世間でどう呼ばれているか知っている?」
「何よ急に……えっと、マジックネイティブ世代、だっけ」
魔法が科学側の存在として認知されるようになったのは割と歴史では新しめのことだ。それまではオカルト的な扱いかファンタジー要素の一種であり、現実と科学とは分けて考えられてきた。
遡ること数十年前、まだ私たちが生まれてすらいない頃。世界中で突如観測されていない物質が観測されるようになり、それに付随するように新たな現象が立て続けに起こった。それらは既存の科学常識では説明のつかないもので、間もなくその新物質の作用が関係していると判明する。その後、その物質は『魔力』と名付けられ、それを利用して起こせる新現象を『魔法』と呼んだ。
魔力の研究によって人類は魔法を操れるようになり、新たな時代……魔法時代が始まった。日常の様々なところへ魔法が使われ出し、それがごく普通のものへと世界は変わる。もはや右を見ても左を見ても魔法が見えない光景なんて中々見られない。
そしてマジックネイティブ世代とは、生まれた時から魔法が身近に存在した世代を指す言葉。魔法のない世界を見たことがない、それがあって当然という感覚のもと育ってきた人達のこと。
この世代はそれまでいた人達のように魔法がない世界から適応してきた人々ではない。生まれた頃から魔法に慣れていて魔力の扱いは大抵の大人より優秀。そして将来の職業には魔法士というカテゴリーが当然存在し、学校からもそれを積極的に推奨される。ゆえに魔法を活かして世の中を変えていこうとするものも少なくない。そしてそうやって世の中に出て行くのだ。
ゆえにマジックネイティブ世代とそれ以前の世代の間には、決して埋まらない認識の差がある。私達もその世代であるからこそ、よく実感している。
「働き先で目上の人から凄い凄い言われるくらいなら可愛い方。魔法のことに詳しくなくて楽して働いているように思われたり、年齢のせいで魔法の扱いが上手くなりにくくて嫉妬からの職場苛めが起きたり、それに反抗した相手が魔法を使って傷害事件になったり、それで世間の目を集めることも少なくないわ」
「あー……あるよね。実際は魔法を使うのにも体力が必要だから楽な訳でもないのに、そういうのが中々伝わらないせいでずっと言われたり」
魔法を使うと体力をその分消耗するのだが、マジックネイティブ世代は現状最高でも19歳なので基礎体力は言うまでもない。対してマジックネイティブ世代にやっかんだり羨んだりする世代は高年齢層に偏っていて、その体力差を比べると仕方ないのが当然。けれどそういうのを今まで感じたことのない人達にはまるでズルをしているように見えるのだ。
それもこれも魔法士という職がまだ新しく、人々にあまりその価値や役割が浸透していないのと、新規特有の「とりあえず出る杭は叩く」がまだまだ残るところでは残ってるのが原因。理解してくれる人はちゃんといるのだけど、そういう人に巡り合えるかどうかはまだまだ運の時代だ。
「結婚する相手も、魔法士に理解がある人がいいわね」
「本当だねー。でもそうそう見つからないし、正直諦め入りそう」
「そう? ツカサは諦めるには早いと思うけど」
サヤはジュースを飲み終え、暇そうにストローを弄りながら語る。
「だって私の近くで魔法士について偏見がないのって、同世代以外だと弟しかいないんだもん。みんな何かしら魔法士って楽なんだろうなあとか、なんでアイツはあれだけでいいんだって、口にはしなくとも頭の中で思ってるし。きっと一緒に暮らすとこまで行けてもどこかでそれが爆発するんだろうって考えると、だったらもう結婚しなくていいよね? って」
「重症ね」
カラカラと氷が動く音を鳴らしながら、サヤは相槌を打った。
だってそうじゃん? わざわざ嫌な思いをしてまで同じ屋根の下に暮らす必要性ないでしょ。お互いそんなことして得なんてないんだから。
私には理解ある弟がいるのだ。それで十分、他は何も要らぬ! 家族になれる人を探して相性確認なんぞしなくとも、弟くんは既に家族なのだ。パーフェクト! 余裕で合格!
「サヤも分かってくれるはずだよ、私の弟を見ればどれだけ良い子なのか……一人っ子では味わえない喜びを」
「弟自慢はいいから。それに私一人っ子じゃないし」
「え、そうなの?」
知らなかった。サヤはいつも自分のことはあまり語らないし、家庭がどうとかも言いたがらない雰囲気を感じて突っ込みもしなかったので。
「兄が一人ね。年も二つしか離れていないし同じ学校に通っていたわ」
「あーじゃあ一年生の頃見たことあるかもしれないんだ。誰も覚えてないけど」
「でしょうね。覚えていたら逆に誰か聞きたいくらいだもの」
そんなこんなで話が弾んでいると、注文した食事もそのうち食べ終わり、もう話すの以外ここですることがなくなってしまった。
流石に注文もしないのの店内に居続けるのはどうかなあ、と思いここで御開きとなる。
「良かったらまたその本の内容を聞かせてね。他のページに何が書かれてるのか興味あるから」
「そんなに気になるなら貰ってくれていいんだよ?」
「遠慮しておくわ。こういうのは安全なところから見ているのが一番楽しいもの」
「遠慮がないよねサヤって……まあ気が向いたら教えるよ」
私とサヤはそうして会計を済ませたあと別れた。サヤは自分が頼んだ分の代金をキッチリ払ったので、私も自分が注文した分の代金を払って店を出る。
頼んだ分だけ払い責任を明確にする女、サヤ。
「じゃあね」
「ええ、また今度」
またねと挨拶を交わし、お互いに帰路へとつく。
そんなサヤが私の友達だ。