隠し事
学校へ戻ってきた私達は、イグノーツと一緒に敷地内へ入る。
こちらが戻ってきたことに気付いたスタッフは、お帰りの挨拶だけするとすぐにイグノーツのことについて尋ねた。あの時避難所へ入ることを拒んだ相手が、なぜノコノコとやってきたのか気になったらしい。
「実は私は魔法士でしてね。何かと役に立つと思い戻ってきました。ああ、二人とも知り合いですよ」
胡散臭いことも混ぜて言っていたのでスタッフは困っていたが、「私達よりずっと腕の立ち、なんでも出来る人」と私とサヤでフォローすると、受け入れてもらえたようで中に入ることを許可された。最初からこうしていれば良かったのかな。
体育館に入ったイグノーツは、中に広がっている光景から状況を把握すると、その実力を見せつけんとばかりに魔法を使用。僅かに入り込んでいた外の悪臭を消し飛ばし、避難者達の使用する汚れつつあった毛布類にほつれ出していた衣類を瞬く間に綺麗に直し、更には色々な用途が考えられる綺麗な水を用意してくれた。これには避難者のみならずスタッフまでも絶賛する。
「あっという間に受け入れられたわね」
「水を発生させる魔法はまだ発見されてないはずなんだけどね……」
魔法に詳しい人が私達しかいないせいか、一連の行為に混ざっているものがどれほど凄いか気付いていない人も多い。給水魔法具を知っていても、その仕組みについては知らない人も世に多いから、仕方がないのだろうけれど。
ちなみに、リストバンドは腕から外して服のポケットにしまってある。彼が避難所に留まれるようになった以上、使う必要性が下がったためだ。
「あ、サヤ! 帰るのが遅かったから心配していたんだぞ」
「あら兄さん」
サヤの姿を見つけたケイスケさんが、こちらへと駆け寄ってくる。サヤも気付くとケイスケさんの方へ数歩前に出た。
「何があったんだ? 意味もなく道草を食うようなやつじゃないと思っていたんだが」
「……少し、ここでは話せないようなことがね。後で説明するわ」
「……? 分かった。ツカサさんも大丈夫かい? なんだか疲れているように見えるけれど」
ケイスケさんがこちらの方を向いて尋ねてくる。顔色に出ていたのかな。経緯を伏せるならともかく、心の疲弊を隠すような余力なんてなかったんだろう。それでも何とか笑って見せよう。サヤのお兄さんに余計な心配はさせたくない。
「大丈夫です。少し歩き疲れただけですから」
「そうかい? まあ、無理はしちゃいけないからね。サヤと付き合っていると色々振り回されることも多いだろうから、自己主張は忘れずにするんだよ」
「妹を悪者みたいにするとはいい度胸ね。兄さん、覚悟は出来ているかしら」
「覚悟なんていつになっても出来ないよ。そう、俺は——」
「言わせるか!」
スパァンッ! という小気味良い音がした。二人のやりとりが微笑ましくて、ふふっと小さな笑いが出てくる。仲が良くていいなあ。
「ツカサ……?」
「ん? あ、ごめん。ちょっとおかしくて笑っちゃったの。ごめんね」
「いいじゃないか。こんな世の中なんだ、笑える時は笑いなよ。俺は別に気にしないから」
「……ありがとう、ケイスケさん」
私はケイスケさんにお礼を言った。貴方のお陰で少し元気になれたから、その気持ちを込めて伝える。お礼されたケイスケさんは、「じゃあね」と言って立ち去った。
「全く兄さんは……私が臆病者ってもう言わないと約束した途端、自分から言おうとするのよ? 困ったものだわ」
「あはは……でもそれはサヤが悪いんじゃない? 初恋の人相手にずっと気持ちを言えないでいたからってチキンって呼んでいたんだから。きっとサヤに意趣返ししたいんだよ」
呆れたものね、とサヤがため息を吐く。ささやかな仕返しだろうから受けてあげなって。復讐としては可愛い方じゃん。
私が無関係だからと楽しそうにしていると、サヤはこちらをじーっと見つめてきた。
「その初恋の相手に、最初からあれくらい接することが出来ていればね……私の兄は愚か者よ」
「サヤはお兄さんにその人とくっついて欲しかったの?」
なんだかサヤの振る舞いがそう見えてきたので、試しに聞いてみた。
サヤは顔に影を作るように額へ手を当てて、考えるような素振りをする。
「……そうね」
「へーそうなんだ。当時のお兄さんは、その人とどんな感じだったの?」
「関係なんてなかったわ」
どういうこと? 初恋の人なんでしょ?
私が話の疑問点を思うと、サヤが続けて説明してくれた。
曰く、ケイスケさんと初恋の人との関係は、ケイスケさんが遠くからチラッと見ている程度だったらしい。そんな距離だから相手には覚えられてなかったし、会話なんて当然していない。ゆえに進展しようがなかったと。
「バカよバカ。一目惚れとはいえ、好きならもっとアタックしなさい。なんで挑戦もせずにあきらめているのよ……」
「いやあ、それはしょうがないんじゃないかな……」
サヤはお兄さんの行動に文句があるようだが、私がその立場だったら、自然に接点が持てそうにない時点で諦めるよ。初恋が遠くからの一目惚れだなんて、どうすればいいか分からないだろう。
「ん? でもケイスケさんは最初の頃だけは接点があったような言い方してた気が……」
「それ、せいぜいが廊下ですれ違ったとか図書室で本を読んでいるのを見かけたとかそういうレベルの話よ」
……ケイスケさん? 本人の感じ方は人それぞれだと思うけど、それは接点とは言いにくいんじゃないかな。せめて同じ部活にいたとかくらいの状態で接点があるって言うと思うんだ。
なんだよ図書室で本を読んでいたのを見かけたって。それ相手絶対気づいてないよ。
「もうね、あれよ。兄さんはバカ。バカ・カンマ・バカ・カンマ・ベスト・オブ・ザ・バカ」
「バカカンマバカカン……なんて?」
「——ともかく!」
聞き取れなかった私をスルーして、話を続けようとするサヤ。
「ともかく、私はそんな兄さんにくっついて欲しかったの。初恋だからって諦めて欲しくなかったの。今となってはもうどうしようもないけど、せめて告白くらい……はあ」
このご時世では最早その希望もないと見たか、サヤは心底から吐いたような息と同時に肩を落とした。
あんなこと言いながらもお兄さんの幸せを考えていたんだね。お兄さん想いの妹だなー。私は「よしよし」とサヤを宥める。
「大丈夫だよ。サヤのお兄さんにもきっと良い人が見つかるって」
「それは絶対無理」
「妙に厳しいね……ところで兄さんの初恋の人って」
「はいはい、この話はもう終わり。今日はご飯を食べて寝て休みましょう。ツカサも疲れてるでしょう」
聞こうとしたら強引に話が打ち切られてしまった。サヤはこれ以上話したくはないようだ。
仕方がない。私はちょっぴり残念さを感じながらも、それ以上の詮索はやめるのだった。
その日の夜。体育館の中でダンボールで区切られたスペースの中、毛布にくるまっていた私は寝付けずにいた。
「…………っ!」
手足が震える。それは寒さからではなく恐怖からの震え。体が寒いのではなく、心が怯えているがゆえの症状。
昼間はまだ平気なつもりでいたのに。時間が経って段々とあの体験が記憶として定着しようとしてくると、あの時のことが自分の中に根を張っていくような気がして、どうしようもなくなりそうな気分に陥る。
このままではいけないと思い、私は毛布から出て、体育館から運動場のある方へ向かった。幸いなことなのか周りは綺麗に寝静まっていて、私以外に起きている様子の人は誰もいない。恐らく一人を除けば。
「あ…………」
私が運動場に出ると、ポツンと一人先客が立っていた。
「どうされましたか」
「ちょっと、寝れなくて……イグノーツさんは?」
「私は月を見ていました」
イグノーツはそう言って空に浮かぶ月を見上げる。今夜の月は満月ではないが、雲が遮っていないのでよく見える月だった。
「寝れないのであればご一緒にどうです? 月以外にも夜空は見ていて楽しいですよ」
「何か見えるの?」
私が試しに尋ねてみると、「そうですね」と吟味するようにイグノーツは空を観察し始める。そして何か良いものを見つけたのか、ピッと指を差して答えた。
「あそこにある星々の集まりが見えますか」
「あー……んー……どれ?」
「実はあれ、こぐま座なんです」
いや場所が特定出来てないんだけど? 何をドヤっているんだ。
あと「こぐま座」という単語自体は知っているけれど、星の配置に関しては記憶も曖昧で直接見たこともないのでよく分からない。都会の空は基本星が見えないのだ。
「異世界の人なのに、こっちの星空にも詳しいんだね」
「学ぶ機会がありましてね。それで丁度覚えていたのです」
ふーん。私がいない間に避難所の誰かに教えてもらったのかな? イグノーツはここへ来て色々と人の役に立つことをしてみせたもんね。にしたって理解度が早すぎるが。
「じゃああっちには何か星座ある?」
「あっちですと……あれですね。北斗七星です」
おおー、あれが北斗七星。なにかで聞いたことがあるやつだ。
その後も色々と夜空に浮かぶ星座を聞いて回った。私の目では全部は見えなかったが、地上からの明かりが少なくなっている今空を見ると、以前より一杯の星の瞬きが見え、ちょっとした感動ものであった。
「面白かったー……空って意外と見るものがあるんだねえ」
「見ようとしていないだけで、世の中面白いものは数えきれないほどあります。人類は雑食で大抵のものは食べてしまいますが、こういうことには食わず嫌いなんですよ。分かりますか?」
「全然」
固そうな話なので半分くらいしか聞いていなかった。人類がどうとか言われても私には困る。所詮は身の回りのことで精一杯になる一人の人間だから、そこまで巨大な視野は持てないよ。
「けれど少しは気持ちが楽になりましたかね」
「そうだね……うん。ちょっと楽になったと思う」
「ならば良かった。ツカサさんは私の大事な本の所有者ですから」
「……イグノーツさんは私が本の持ち主だから仕方なく守っているの?」
ふと気になる。イグノーツは私を守ることに対してどういう目線で考えているのだろう。あの本の現在の持ち主として仕方なくやっているのか、それとも何か別の理由で守っているのか。
私が質問した内容に対し、イグノーツはすぐに答えた。
「前にも申しましたが、“本は貴方に差し上げます”。ですので、貴方のことを仕方なく守っているという訳ではありませんよ。今日のはちょっと……ギリギリのところを見極めて学ばせようとしたに過ぎないのです。あの程度の相手ですから容易く事態を解決出来ましたが、何度もそういうことが続くとは限らないので」
この人の価値観は、やはり現代日本人の私にしてみれば相当ズレたところがある。虎は自分の子を崖から落として、這い上がってこれた子だけを育てるなんて逸話を聞いたことがあるけれど、全く違う環境で育つと、人というのもかなり変わるのかな。前にイグノーツの世界の話を聞いたことはあったが、彼の半生は中々に壮絶なものだった。
ドラゴンストライク。それが齎したものが、彼に大きな変化を与えたのだろうか。詳細は知らずとも、相当にシビアな感覚を培っているのは振る舞いから伝わってくる。なら……。
「何か考えていますね?」
「……見殺しにするって選択も、あったんじゃないの。結局イグノーツさんと私って他人でしょ。どうして助ける必要があったの」
「貴方に他人と言われると寂しいですね。一応私の方は、貴方とそれなりの関係がある立場だと思っているんですが」
「関係って本の所有者? でもそれ以外にないじゃん」
彼との接点はそこが始まり。私が『異世界災害収集録』を手に入れたことであの本の異常性に気付き、本に書かれてある現象を調べる中で、その中に保存されているイグノーツという意識と接する機会が生まれた。
「ありますよ。私は、身内贔屓をするタイプですから」
「身内? 私がイグノーツさんの?」
怪訝な目で問い詰める。そんな関係は一切ないはずだと。しかしイグノーツはいつもと同じ表情で夜空を見上げる。
「もう夜も遅い。ツカサさんも寝た方がいいですよ。明日だって早いのでしょうし、これ以上は体に響きます」
イグノーツは私の追求を煙に巻くように、そう促してきた。




